29 - 盟約
中等部の校舎は、高等部の喧騒から離れた場所にあり、放課後のこの時間帯、ここに足を運ぶ生徒はほとんどいない。
その屋上に、京介と凛、そして鷹野千紘の姿があった。
「ここに来るのは久しぶりだな」
フェンスから外を眺める鷹野千紘の横顔が、傾きかけた日の光に照らされている。
中等部の頃、鷹野はよくこの屋上で一人、空手の稽古をしていた。部活動の時間だけでは足りず、空いた時間を見つけてはここに通い続けていたのだ。
いつからか、部活動を終えた京介と凛もここに顔を出すようになり、三人で他愛のない話をする時間が生まれた。
「高等部に上がってからは、こうして三人で会う機会も減ったわね」
時折強く吹く風に煽られる髪を抑えながら、凛は中等部時代の三人の姿を思い出していた。
「ここなら人も来ないし、安心して話ができる」
昔話をしに来たわけではないが、この場所に立つと、三人の間にはあの頃の空気が自然と蘇ってくる。
「それで? 廉正裁定の前にあらかた話は聞いたが、あれから何か進展があったのか?」
京介は廉正裁定の前に鷹野と会い、旧校舎での出来事を含め、自分たちの事情を明かしていた。
「学園規則にリコール制度があったかもしれないって話、伝えてたよな?」
「そのために旧校舎で探し物をしていたんだろう?」
「ええ。……その後も、色々なことがあったのよ」
リコール制度は確かに成立していたが、五年前に総会の決議を経て削除されていた。しかし、そのことを見越した十年前の先輩たちが、学園規則とは別の仕組みを残していた。
「——部長全員が賛成すれば、リコール投票が始められる、ということか」
「その証拠は、レリーフに刻まれて残されているらしいんだが……よりによって、生徒会室にあるんだ」
「生徒会室……」
「もしかして、鷹野さんなら、レリーフを確認できないかしら?」
空手部は風紀委員会とともに、学園の治安維持を任されている。鷹野は空手部の主将として、生徒会と接触する機会もあるはずだった。
「以前なら可能だったと思うが、最近空手部は邪魔者扱いされてきていてな」
そう言って、鷹野は肩をすくめてみせる。
「廉正裁定で対立したのがまずかったか」
「うちは以前から、生徒会の意向に従うだけの組織ではなかったからな。それだけではないと思うが、あれが決定打になったのは間違いないだろう」
結局のところ、白銀は、自分の意にそぐわない者たちを遠ざけていっているのかもしれない。
「だが、今の空手部の在り方は、十年前の出来事から続いているものだった。私の代まで、その思いが受け継がれていることが分かって良かったよ」
十年前、部活動連合の先頭に立ったのは、当時の空手部主将。学園の自治が歪められようとした時に、最初に声を上げたのは自分たちの先輩だった。
鷹野は、その事実の重さを噛みしめていた。
「——いずれにせよ、空手部はお前たちに協力する」
「鷹野さん、ありがとう!」
凛は両手を合わせて喜びを露わにし、その横で京介も頷いている。
「二人は、昔から変わらないな」
二人のその微妙な距離感を見て、鷹野はふふっと口元に笑みを浮かべた。
空手部の部員が今の鷹野の表情を見たら驚くことだろう。それは、三人でいる時にだけ見せる、屈託のない表情だった。
「変わらない? まあ、そうかもな。なんやかんや、俺も凛も新聞部の活動が好きだからな」
京介の耳には、変わらないのは部活動のこととして聞こえたらしい。
だが凛は気づいていた。鷹野の視線が一瞬、自分と京介の間を行き来したことに。
「……ちょっと、鷹野さん。余計なことは言わないでよ」
「ん? 何がだ?」
怪訝そうな京介をよそに、凛は髪を耳にかけながら視線を逸らしている。
「さっきからなんの話だ?」
「いいから! 気にしないで」
「凛がそう言う時は大抵、気にした方がいいんだがな」
鷹野がそう呟いた途端、凛が頬を膨らませて睨む。
「どうした? 鷹野が変なこと言ったか?」
「さあな。私は何も知らない」
凛の耳がわずかに赤い。それに京介はまるで気づいていない。中等部の頃から変わらないのは、この鈍さも含めてだろう。
「そ、それよりも、問題はまだ解決してないんだから。今日はその相談でしょう」
「ああ、そうだな」
凛が咳払いして話題を変える。強引だったが、京介は特に気にしていない様子だった。
「……剣道部のことだが、龍崎には私から話そう」
「剣道部の協力は必要だが……。大丈夫か?」
「ああ、任せてくれ」
龍崎の動向は気がかりだったが、今はそれにも増して考えなければならないことがあった。
「それより、レリーフの件はどうするんだ? 何か考えがあるのか?」
「蓮見の話を聞く限り、探しているレリーフはそれに間違いないと思う。もちろん確認する必要はあるが」
「もし目的のものだとしても、勝手に処分されないように確保する必要もあるわ」
「……こっそり確認できればいいんだが、簡単にはいかなそうだ」
あの後、図書委員長の藍原とも情報を交換し、相談を重ねているが、いまだ解決の糸口は見つかっていない。
「何か作戦を考えないとね」
「簡単じゃないが、やるしかない」
「こちらで協力できることがあったら言ってくれ」
それでも、空手部の協力を得られたことは大きな前進だった。
「たまにはこうして、三人でここに来るのも悪くないな」
屋上を去り際に、鷹野がぽつりと呟いた。




