02 - 開幕
総会の会場となる第一会議室は、秀烽学園で最も格式の高い部屋だった。
高い天井、重厚な木製の壁、正面に掲げられた学園の校章。
会議室の中央には円卓状に席が並べられている。
「この会議室は初めて来ました。広いですね〜」
開場直後の会議室に足を踏み入れた遥斗が感嘆の声をあげる。
「口開けてないで早く座れ」
遥斗に続いて会議室に入った京介は、座席の配置を見て足を止めた。
去年までは、中央の円卓にすべての参加者が座っていた。だが今年は円卓の後ろに、折りたたみ式の椅子が何列か並べられている。
「去年と座席の配置が違うな」
「そうね。後ろの座席は何かしら」
隣に立つ凛も首を傾げている。
秀烽学園は創立以来、「生徒による自治」を基本原則として運営されてきた。校則の制定も、予算の配分も、施設の管理も、すべて生徒たちの手で決められる。
教師は顧問として助言を行うが、最終的な判断は常に生徒に委ねられていた。
その自治の中枢を担うのが生徒会であり、重要な決定を下す場が、この生徒会中央総会だ。
総会には生徒会の役員、各部活動の部長、そして風紀委員会や会計監査委員会など各委員会の代表が集う。
全員がひとつの円卓を囲むのが、この学園の自治の象徴でもあったはずだ。
新聞部の席は、円卓から離れた壁際に設置された簡易席。
新聞部に総会における発言権や議決権があるわけではなく、あくまで記録と報道のために同席を許されている立場だ。
京介は遥斗の背中を押して記者席に向かう。
総会の開始まではまだ少し時間があったが、すでに参加者が一人、また一人と会議室に入ってきていた。
「部長、あの人たちが全員、総会の参加者ですか?」
遥斗がきょろきょろと見回している。初参加の遥斗にとって、この光景は圧倒的だろう。
「せっかくだ、教えておいてやる。あそこから入ってきたデカいの、見えるか」
京介が示した先、会議室の扉をくぐったのは、周囲の人間が一回り小さく見えるほどの巨体だった。刈り上げた頭に太い首。制服の上からでもわかる鎧のような筋肉が、歩くたびに軋むように動く。
「アメフト部主将、牛島鉄平。学園で一番デカい部活のトップだ」
牛島は誰にも挨拶することなく、悠然と自分の席に向かった。椅子に腰を下ろすと、それだけで周囲の空気が重くなる。
「あの人、本当に高校生ですか?」
「見た通りだ。で、あの牛島と同じ体育会系だが——」
次に入ってきた人物に、遥斗の視線が吸い寄せられた。
ベリーショートの黒髪に、すらりと伸びた長身。女子生徒にしては目立つ背丈だが、それ以上に目を引くのは、まとう空気の鋭さだった。
「空手部主将、鷹野千紘。超高校級の空手の達人だな」
「あの人が……色々と噂を聞いたことがあります」
「どんな噂かはあえて聞かないが、命が惜しければ下手なことは言わないことだな」
鷹野が円卓の席に向かう途中、ふと新聞部の簡易席に目を向け、軽く片手を上げる。
京介が小さく頷き返し、凛も会釈を返した。
「部長たち、知り合いなんですか?」
「……まあな」
鷹野に続いて、長い髪をひとつに結び上げた男子生徒が入ってきた。切れ長の目で真っ直ぐ前だけを見ている。
「剣道部主将の龍崎健。剣道部は龍崎の代になって、どこの派閥にも属さない中立派になった」
龍崎は誰とも目を合わさず、黙って自分の席に着いた。牛島とも鷹野とも距離を置いた座り方。
サッカー部、水泳部、弓道部、美術部、吹奏楽部。その後も主だった部活動の部長たちが円卓に着席していく。
一方、後方の椅子には文芸部、茶道部、写真部、演劇部、それに野球部の部長たちが案内されていた。
「野球部は今年、部の創立以来、初めて予選敗退だったわ」
凛は席次と部長たちの名前をメモしている。
「まさか、部活動の成果で席を区別しているのか?」
「そうとしか思えないわね」
「それってどういう意味があるんですか?」
遥斗の問いかけは突然の怒号にかき消された。
声のした円卓を見ると、陸上部とサッカー部の部長が立ち上がっている。京介の耳に、グラウンドの使用時間がどうという声が聞こえてくる。
次第に声が大きくなり、陸上部の部長が相手の胸ぐらに手を伸ばしかけた。
「ここでの揉め事はなしだ。おとなしく座っていろ」
京介が立ち上がりかけたその時、円卓のひとつから声がした。声の主は空手部部長の鷹野だ。
声を張ったわけでもない。ただ静かに、座ったまま発しただけ。
「風紀委員会の立ち会いなしで、学園内で私闘を行うことは禁止だ」
鷹野の言葉にサッカー部の部長は舌打ちをしながらも引き下がろうとしたが、興奮した陸上部の部長が今度は鷹野に向かって声を荒げる。
「うるせえよ! お前には関係ないことだ!」
鷹野が静かに席を立つ。
「関係なくはないな。空手部は学園の治安維持の役目も請け負っている。それ以上言いたいことがあれば私が聞こう」
「……!」
鷹野の声はあくまで落ち着いていたが、有無をいわさぬ迫力に、陸上部の部長は鼻を鳴らして席についた。
「……怖っ」
その光景を見ていた遥斗が小声で呟き、慌てて口を抑える。
やがて部活動の部長たち全員が席についた頃、会議室奥の重々しい扉が開かれた。
会議室の空気が、目に見えて変わる。
全員の視線が入り口に集まる中、扉の向こうから現れたのは、この学園の生徒会長、白銀沙耶だった。
長い髪が歩みに合わせてさらりと揺れる。整った顔立ちに浮かぶ微笑みは穏やかだったが、その目には有無を言わせない光が宿っている。
後ろには眼鏡をかけた生徒会副会長の丹羽太一郎と、書記の灰島薫が続く。
「生徒会長を見るの、入学式の時以来です。相変わらず綺麗な人ですね」
「白銀沙耶。昨年度、二年生にして生徒会長選挙に圧勝した。中学から今まで一貫してトップクラスの成績を誇り、学園内での人気は他の追随を許さない」
白銀はゆっくりと円卓の上座に向かう。その足取りには一切の迷いがない。
白銀が着席すると、会議室の全員が自然と姿勢を正した。牛島でさえ、わずかに背を起こしている。
京介は改めて、この人物の持つ力を感じていた。会議室にいる全員が、白銀の存在を意識している。
「すごい迫力ですね」
「……そろそろおしゃべりは終わりよ」
凛はすでにメモを走らせている。遥斗も慌てて手元のノートを開いた。
白銀がゆっくりと立ち上がる。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
穏やかで、それでいて一語一語に有無を言わせない重みがある声。
「ここに生徒会中央総会の開会を宣言します。実りある議論をお願いいたします」
こうして秀烽学園生徒会中央総会が開幕した。




