27 - 所在
「詩織ちゃん、こっち見て!」
「い、いえ、本当に今日は違うんです、蓮見さん——」
絵筆を握った蓮見の手が、なおも凛の背中に隠れた柊を捉えようと伸びる。
「ちょ、ちょっと落ち着け、蓮見……」
柊の姿を見て、突然興奮し始めた蓮見を、京介たちはその後、数分かけてようやく落ち着かせた。
「……最近次の展覧会に向けて煮詰まってたところだったから。急な詩織ちゃんの供給で取り乱したわ……」
柊は凛の後ろに完全に隠れてしまっている。
「蓮見さんの名前を出した時、柊さんが挙動不審になった理由が分かったわね……」
どうやら蓮見は柊を「理想の文学少女」として認識していて、絵のモデルになることを熱望しているらしい。
ただし、その思いは柊からすると迷惑のようで、蓮見の希望はいまだ叶えられていない、そういう事情のようだ。
「蓮見、まずはこっちの話を聞いてくれ」
蓮見の視線は、名残惜しそうに凛の背中に隠れた柊の姿を追っているが、ようやく会話ができる程度には落ち着いてきていた。
蓮見は明らかに不満そうに大きく息を吐くと、ようやく京介に向き直る。
「それで、詩織ちゃんがモデルになってくれること以外の用件って何かしら」
先ほどのテンションはどこへやら、その口調には刺々しさが宿っている。
「こ、この人信用できるんですかね?」
「しっ!」
京介の後ろで遥斗が囁くが、凛にすばやく制止されている。
そんな二人のやりとりを背中に感じながら、京介は軽く咳払いし、ようやくここに来た本題に触れた。
「十年前、この美術部に楠木煌という生徒が在籍していたと思うんだが、名前を聞いたことはあるか?」
楠木の名前を口にした途端、蓮見の表情が変わった。柊への興味とは別の色が、その目に灯る。
「楠木さん? もちろん知っているわ。私が憧れている先輩のお一人よ」
蓮見は腕を組み、いくぶん背筋を伸ばす。
「美術部では有名人よ。当時、その才能は学園中に広まっていたらしいわ」
手記の中で楠木は、調和を大事にする柔和な性格として書かれていた。
生徒からの人気が高かったとも記されていたが、それに加えて、美術分野の才能も相当だったようだ。
「実はちょっと理由があって、楠木さんの作品について調べているの」
「楠木さんの作品なら、今もいくつか学園内に残っているわよ。絵ならここにもあるけど」
凛の言葉に、蓮見は部室の壁を指差す。
美術部の壁には大小様々な絵が飾られている。このうちのどれかが楠木の手によるものなのだろう。
「絵ではないんだ。レリーフを探している」
「レリーフ……? どんなデザイン?」
「それが、細かいデザインは分からないのよ。——記念に作られたものらしいのだけど」
手記には、レリーフの設置場所はおろか、そのデザインについても書かれていなかった。
「呆れたわね、形も分からないものを探しているの?」
「手がかりは、楠木さんが制作した、ということだけだ」
「変な話ね。——何か事情がありそうだけど」
明らかに訝しがる空気が漂う。
いずれにせよ、蓮見にはすべてを話す必要がある。
できれば先にレリーフを見つけ、リコール制度実現の可能性を確認してからにしたかったが。
「あ!待って。レリーフって、あれじゃないかしら」
話し出そうとした京介の言葉は、蓮見の言葉に遮られた。
蓮見は何かに思い当たったようで、ポンと手のひらを合わせる。
「何か心当たりがあるのか?」
「ええ、思い出した! 素晴らしい作品で、今でも印象に残っているものがあったわ」
「それは、どんなデザインのものだ?」
蓮見は眉間に指を当てて、記憶を辿る。
それは、楠木の作品にしては珍しく、木彫りのレリーフだった。
長方形の枠には精緻な蔦模様が描かれ、そして——。
「確か、中央に燃え盛る炎がデザインされていて」
その炎は、木彫りとは思えないほどに精巧に表現されていた。
「その炎を見守るように小さな星が輝いているのよ。それから、炎を囲むように配置された五種類の花。——全て異なる花なのに、全体として調和が取れている。それは素晴らしいものなの」
「炎、星、そして五種類の花……」
京介の鼓動が、わずかに速くなる。
後ろを振り返れば、凛も遥斗も頷いていた。
「間違いありません。きっとそれです」
凛の背中から柊が顔を出し、その手に持った手記を示す。
炎と星。
新たに生徒会長となった碧山修と、その横で彼を支える紫苑恭一。
五種類の花。
炎と星の元に集った、五つの部活動、その部長たち。
空手部鶴見、剣道部馬場、美術部楠木、文芸部葛城、そして新聞部菫川。
あの手記を読んだ京介たちには、楠木がそのデザインにこめた想いがはっきりと感じられた。
「それが、あなたたちが探しているもの?」
「ああ、間違いなさそうだ」
京介は頷いて肯定する。そして、もう一つ確認すべき大事なことがあった。
「蓮見はそのレリーフの裏側を見たか? 裏側に何か彫られていなかったか?」
蓮見は怪訝そうに首を傾げた。
「いいえ、見ていないわ。飾ってあるレリーフを見ただけで、直接手に取ったわけじゃないから」
「そのレリーフはどこにあるのですか?」
蓮見の言葉に、柊が思わず前に出てくる。
「生徒会室よ。ほら、生徒会長が座っている豪華な椅子があって、ちょうどその後ろの壁に飾られているのよ」




