26 - 活路
柊の案内で文芸部の部室に移った京介たちは、葛城文乃の手記を読み終え、しばらく言葉を失っていた。
十年前の先輩たちが残した仕掛け。その全容が、ようやく見えてきた。
「……つまり、リコール制度は廃止されたけど、別の形で残っていた、ということね」
凛が小さく息を吐く。
京介はその言葉に頷きながら、手記に書かれた内容を思い返す。
「五つの部活動、その部長全員が賛成すれば、解職を請求することができる。しかも、この取り決めは、学園規則を変更しても有効だと書かれている」
「すごいです! 先輩たちのおかげで希望が見えてきました!」
リコール制度は、五年前に学園規則から削除されていた。
だが、まさにそうした事態を見通していた十年前の先輩たちは、いざという時のための備えを残してくれていたのだ。
「条件としては、空手部、剣道部、美術部、文芸部、新聞部、この五つの部活動の部長全員の賛成が必要なのね」
「文芸部はもちろん賛成しますよ」
柊はピシッと親指を立てて見せる。自分たち新聞部、柊の文芸部は問題ないとして、残る部活動の賛成を得る必要がある。
「空手部は鷹野先輩がいますから、話を持っていけば協力してくれるはずですよね」
「そう思いたいが……。鷹野は白銀の続投に賛成していた」
白銀が総会で選挙なしでの続投を動議にかけた時、鷹野は賛成に挙手していた。
「でも、廉正裁定を提案してくれたのは鷹野さんよ」
「ああ、そうだな。鷹野は味方になってくれると信じたいが、確認する必要があるな」
「剣道部はどうでしょうか?」
剣道部の龍崎とは、つい先日、廉正裁定で争ったばかりだ。正確には風紀委員会の代理ではあったが。
「龍崎は本来中立の立場だったはずだ。生徒会とどんな取引があったかわからないが……」
抜け道は見つかった。しかし、その実現のためには課題がありそうだった。
「そういえば、結局そのレリーフはどこにあるんですか?」
「そうだ、まずはレリーフを確認しないとな」
「それなんですが……。肝心のレリーフの設置場所が書かれていないんですよ」
柊の言うとおり、手記には、レリーフの制作が楠木に任され、その後、無事に完成したことは書かれている。
しかし、レリーフの設置場所には触れられていなかった。
「どこかにそれらしいものが飾られているのを見たことあるか?」
「うーん、私はそれっぽいもの、見たことがない気がします」
その質問には誰も答えられなかった。そもそも、手記にはレリーフの意匠についても書かれておらず、ヒントが少なすぎた。
「レリーフの制作を担当したのは、当時の美術部部長だわ。美術部には、何か情報が残されていないかしら?」
「『抜け道』の実現にも、部長の賛成が必要だしな。まずは、美術部に接触してみるか」
美術部は総会の時に円卓に座っていた。遥斗はその時に見かけた美術部部長を思い出した。
長い髪を無造作にまとめ、目の下に隈が浮かんでいた。何やら疲れ果てた様子が印象に残っている。
「えっと、今の美術部の部長さんは蓮見さんですよね? 総会で見かけました」
「ああ、そうだ、蓮見真昼。俺はほとんど話したことがない」
「私も話したことないわね。柊さんはどう? 総会でも一緒だったと思うけど」
凛が柊を見ると、柊は下を俯いたまま何も答える様子がない。
「柊さん?」
「——い、いえ、何でもないです。何でも」
凛が訝しげな視線を向けるが、柊は手記に視線を落として、それ以上は何も言わなかった。
「どうしたの? 蓮見さんと何かあった?」
*
「部長、お客さんが来ています。新聞部だとか」
美術部の部室の奥、イーゼルに向かう蓮見真昼の背中に、部員が遠慮がちに声をかけた。
返ってきたのは、舌打ちと、絵の具で汚れた指が筆を強く握り直す音だった。
「……今は作業中と言っているでしょう。誰だろうと追い返して」
筆を置こうともしないその背中は、華奢でひょろりと細い。無造作にまとめた長い髪が、肩甲骨のあたりで揺れている。
「えっと、それが、追い返そうとしたんですが、その……」
声を絞り出す部員の脇から、京介たちは部室に足を踏み入れた。
「部活動中にすまないな。新聞部の槙野だ。美術部の蓮見部長で間違いないか?」
京介の声に、ようやくイーゼルから振り返った蓮見の顔には、はっきりと不機嫌が浮かんでいた。
目の下には深い隈が刻まれ、顔色は青白い。
「新聞部? うちに何の用? あいにく、取材なら——」
蓮見は筆を置くと、ずかずかと自分の領域に踏み込んできた訪問者たちを追い返すべく立ち上がった。
「あら?」
だが、その視線が、京介の後ろにいる人物を捉えた。
途端に、蓮見の顔から不機嫌の色が消え、変わって満面の笑みが浮かんだ。
「し、詩織ちゃん!」
「あ、あの、こんにちは、蓮見さん……」
柊の声は、明らかに引いている。前に立つ凛の背中に半分隠れるようにして、肩を縮めている。
「詩織ちゃんが美術部に来てくれるなんて! ついにモデルになってくれるのね!?」
「い、いえ、違います! そうじゃなくて、今日は違う用事で——」
柊は両手を前に突き出して必死に否定するが、急上昇する蓮見のテンションの前に、その言葉は届かないようだった。
「いつ見ても理想の文学少女! その儚げな佇まい、眼鏡の奥に潜む潤んだ瞳、睫毛の影——この姿をキャンバスに留めおかないなんて、人類の損失よ!」
絵筆と絵の具にまみれた蓮見の手が、柊の肩を掴もうと伸びる。柊はそれを避けるように、凛の背中にさらに深く隠れていった。
「ど、どういうことだ?」




