23 - 痕跡
廉正裁定の翌日、風紀委員会から公式の声明が出された。
声明は風紀委員会の掲示板に張り出され、昼休みには人だかりができていた。廉正裁定の熱が冷めやらぬ中での謝罪声明は、否応なく生徒たちの耳目を集めている。
声明では、旧校舎における風紀委員会の行動は不適切であったと認め、さらに、副委員長であった紫藤直哉の更迭も公表された。
「紫藤の更迭か。朱鷺沢が切ったのか、それとももっと上からの圧力か……」
「どちらにしても、風紀委員会としては幕引きを急いだわね」
風紀委員会からの声明には、書かれていないことの方が圧倒的に多かった。なぜ風紀委員会が旧校舎での調査を妨害したのか、その背景には一切触れられていない。
「こちらとしてもまだ書けないことがあるけど、でも、このことは伝えないと」
「榊原さんのインタビューも載せましょう! 俺、取材に行ってきますよ!」
「そうだな。ついでに居合道研究会の宣伝もしてやるか」
「入会希望者が増えるか気にしてたものね」
廉正裁定の結果はすでに学園中に知れ渡っていたが、風紀委員会の謝罪と紫藤の更迭を併せて読むことで、事態の全体像が浮かび上がる。
新聞に書かれているのは一つ一つの事実。しかし、並べ方ひとつで生徒たちの想像力を刺激する。
学園の中で、確実に何かが動き始めていた。
「旧校舎の立ち入り制限も解除されたはずだ」
「あっちの調査も再開しましょう」
*
旧校舎から持ち出してきた学園規則のファイルが、図書館の閲覧室の机を埋めていた。
「手分けして年度ごとに確認しよう。リコール制度の記載がなくなった年が分かれば、そこで何があったか絞り込める」
「私はこちら側を見ましょう」
柊が早速ファイルを手に取り、ページを繰り始める。京介たち新聞部の三人も、手分けして調査を開始した。
「八年前にはまだあります」
「こっち、七年前にも残ってるわ」
「六年前も大丈夫です」
学園規則が改定されるのは、基本的に一年ごとのようだったが、不規則に改定されているケースもあるようだ。
「部長! これ!」
「どうした、見つけたか?」
全員が遥斗の元に集まり、手元のファイルを覗き込む。
「五年前の学園規則にはリコール制度の項目がありますけど——四年前のには、もうどこにも見当たりません」
「五年前か」
「確かに、これ以降は記載がされていないようですね」
柊が次の年のファイルを確認する。
十年前に定められたリコール制度は、五年前を境に学園規則から消えていた。
「ここで何があったか……。記録として残っているとしたらどこだ?」
「もし正式な手順で規則から削除されていたとしたら、総会の議事録には残っているはずよ」
「よし、まずはそれを確認しよう」
「俺、藍原さんに伝えてきます!」
しばらくして、藍原が議事録の束を抱えて閲覧室に入ってきた。
「話は聞いたぞ。五年前の総会議事録はこの辺だ」
「総会は年二回開催されるのが通例だが、この年は夏に臨時開催があったようだな」
藍原は五年前の日付が記された三種類の議事録を広げ、全員が見えるように目次の欄を開いていく。
「あった!」
京介が指差す先、夏の臨時総会の目次には『議題第七号:リコール制度の廃止について』の文字が書かれていた。
「この議題は生徒会側から立案されたようです。経緯が詳細に書かれています」
制度が設立されてから一度も行使されることがなかったこと。制度の存在自体が生徒会の運営を萎縮させ、迅速な意思決定を妨げているという指摘があったこと。
「それに対して、この制度は将来の備えであり、存在すること自体に意義があるという反対意見も出されていたようです」
そして、採決の直前に発言した当時の生徒会長の言葉も残されていた。
『リコール制度は、すでにその役割を果たしました。この学園にはもう、この制度は必要ありません』
「それで、採決の結果は?」
「……賛成多数で可決している。賛成と反対の差は、わずか一票だ」
リコール制度の必要性を最後まで訴えた声はあった。しかし、わずかな差で廃止が決まった。
「正式な手続きを経て廃止されていた……」
「つまり、学園規則の上では、リコール制度はもう存在しないってことね」
「そんな……ここまで来て……」
遥斗の声にはいつもの勢いがない。
だが、遥斗だけではない。その場の全員に落胆の色が見えた。
京介の頭の中では、ここ数週間の出来事が駆け巡っていた。
図書館から持ち出された議事録。部室から盗まれたバックナンバー。旧校舎での妨害……。
さらには、廉正裁定まで経て、ようやくここに辿り着いた。
「……ちょっと待ってくれ。何かおかしくないか」
「え?」
京介の脳裏に微かな違和感が浮かぶ。
「正式に廃止されているなら、なぜ白銀たちは、俺たちの調査をあそこまで妨害する必要があったんだ?」
正式に廃止された制度なら、それを白銀たちが恐れる理由はないはずだ。
「……確かに、そうね」
「あいつらが隠したかったのは、リコール制度のことじゃないのか?」




