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秀烽学園新聞部 ただいま取材中  作者: 音鳴 凪
第五章

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22 - 剣戟

 白銀(しろがね)の宣言が余韻を残す中、試合場の両端から、二つの影が姿を現した。


 一人は木刀を肩に担いだ長身の男、居合道研究会の榊原(さかきばら)(つかさ)

 榊原は、いつものジャージ姿のまま、まるで散歩の途中であるかのように悠々と歩いてくる。


 そしてもう一人は、剣道部主将龍崎(りゅうざき)(たける)。長い髪をひとつに結んだ龍崎は、防具を着けない剣道着姿で、木刀を右手に提げている。


 二人が試合場の中央に歩み出ると、場内のざわめきが一段と大きくなった。


 龍崎の視線が、試合場の脇を一瞬横切る。

 その先にいるのは、腕を組んで立つ鷹野(たかの)千紘(ちひろ)だった。龍崎と鷹野、二人の視線が、ほんの一瞬交差する。


「よろしくな、龍崎」


 榊原の言葉で、龍崎の視線がようやく対峙する相手に向いた。


「——貴様が、居合道研究会の代表か」


 龍崎の視線が榊原の手元に落ちる。


「木刀とはな。てっきり鞘に収まった模擬刀(もぎとう)を使うものだと思っていた」

「よく言われるよ」


 榊原は木刀の先を軽く回し、手首の具合を確かめるように一振りした。


「だが、居合道とは、制限のある状況で戦うための術理だ。抜刀術はその中の一つに過ぎない」

「講釈はいい。チャンバラの腕を見せてもらおう」


 龍崎の声には、侮りの色が滲む。

 居合など所詮は型の演武——その認識は、廉正裁定を引き受けた時から変わっていない。


 審判が試合場の中央に進み出る。


「事前に決めた通り、『突き』は禁止だ。そして、これは試合だということを忘れるな。過剰な攻撃は控えるように——」


 両者が頷いたことを確認し、審判が開始の合図を送る。


「始め!!」


 立ち合いは静かだった。


 龍崎が木刀を正眼に構える。基本にして攻守に優れた構え。

 対する榊原は、前屈みに腰を落とした下段の構え。


 お互いに間合いを計り、足裏を使った細かい移動を繰り返す。


 会場中が息を呑む中、まず動いたのは龍崎だった。


 鋭い踏み込みからの面打ち。剣道仕込みのスピードに乗った一振りが、榊原の頭上に迫る。


 榊原の木刀が跳ね上がり、その軌道を受け止めた。乾いた音が武道場に響き渡る。


 龍崎はすぐさま二撃目を放つ。面から小手に切り替えた連続打ち。

 榊原の手首を狙った正確な打ち込みだったが、榊原は半歩身を引き、木刀の軌道を滑らせるようにして受け流す。


 龍崎の打ち込みは、一撃一撃が的確だった。だが、榊原は、木刀で受け、体を捌き、時に足を使って間合いを外す。


 そして、龍崎の連撃が途切れた一瞬——低い構えから榊原の木刀が跳ね上がり、龍崎の顎先をかすめた。


 龍崎が咄嗟に首を反らしたところに、続けざまに横薙ぎが一閃した。

 龍崎の木刀が辛うじてそれを弾いたが、受けた衝撃に腕が流れ、構えが崩れかけた。


「……なるほど」


 打ち合いを断ち切り、龍崎が間合いを取り直した。切れ長の目が、改めて榊原を見据える。


 チャンバラだと思っていた。型だけの見世物だと。

 だが、目の前の男は違う。打ち込みを捌く技術、間合いの取り方、体の運び。そのどれもが、実戦の中で磨かれたものだった。


「少しは見直したか?」

「——認めよう。貴様はただのチャンバラ使いではないらしい」


 龍崎の構えが、それまでより半歩深く踏み込んだ中段に変わる。切っ先がわずかに下がり、重心が前に寄る。


「先手を取らないのはお前の流儀か? 甘く見ると痛い目を見るぞ」


 続く龍崎の一撃は、先の打ち込みとは速さも重さも比較にならないものだった。


「……!」


 榊原の木刀が大きく弾かれ、初めて体勢が乱れる。


「——これがお前の本来の剣筋かっ」


 榊原は大きく間合いを取ろうとしたが、龍崎は流れるような足捌きでそのまま間合いを詰めていく。

 剣道独特の足捌き、継ぎ足と呼ばれる技術だ。


 榊原が体勢を整える間もなく放たれた打ち込みが、正確に榊原の手元を打つ。

 その瞬間、榊原の手から木刀が離れ、板張りの床を跳ねて転がった。


 会場にどよめきが走る。


 榊原が丸腰になった一瞬を逃さず、龍崎が木刀を振りかぶったまま踏み込んでくる。


 肩口を狙った、とどめの一撃。


「榊原、危ない!」


 だが、榊原は退かなかった。龍崎の懐に向かって、自ら一歩踏み込む。

 

 木刀の間合いの内側、剣が届かないほどの至近距離で、榊原の掌底が龍崎の胸元を打った。

 地響きがするほどの強烈な踏み込み。


 龍崎の体が一瞬宙に浮き上がり、その動きが止まった。

 次の瞬間、榊原の手が龍崎の道着の襟を掴んだかと思うと、足を払い、そのまま床に引き倒す。


「剣道ならそっちの勝ちだったな」


 龍崎の首筋にぴたりと木刀の切先が当てられる。その手には、いつの間にか龍崎の木刀が握られていた。


「……俺の、負けだ」


 龍崎の声は低く、しかし明瞭だった。


「勝者——榊原!」


 一拍の沈黙の後、武道場が割れるような歓声に包まれた。


 榊原は龍崎に手を差し出したが、龍崎はその手を一瞥しただけで、自力で立ち上がる。道着についた埃を払うと、一言も発することなく試合場を後にしていく。


「お見事でした、榊原さん! 最後の技、あれなんですか!」


 戻ってきた榊原に、遥斗が真っ先に駆け寄る。


「木刀を飛ばされた時はどうなるかと思ったが……よくやった」

「本当にすごいわ!」

「まあ、こんなもんさ。これをきっかけに入会希望者が増えるといいんだがな」


 激戦を終えて、なお、軽口を叩く余裕がある榊原を、京介は頼もしく思う。藍原や柊が健闘を讃えて、榊原の肩を叩き、凛は口元を押さえて涙ぐんでいた。


 喧騒収まらぬ会場の中で、京介はふと特別席を見上げた。


 そこでは、今まさに白銀が席を立つところだった。

 試合場を見下ろすその表情からは、何も読み取れない。


 白銀は横に控える朱鷺沢に何か声をかけると、丹羽と灰島を従え去っていく。


 残された朱鷺沢の顔は怒りに歪み、両手の拳は固く握りしめられていた。


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