21 - 嚆矢
新聞部の部室。京介と凛の前には、刷り上がったばかりの学園新聞が積み上がっていた。
『廉正裁定、開催決定! 居合道 対 剣道』
告知された開催日時と会場、対戦者の名前。さらに、この廉正裁定が開かれるに至った経緯が記事にまとめられている。
「旧校舎での件は、ラグビー部のことは曖昧にするしかないわね」
「そうだな、風紀委員会の仕業だという証拠がない。それに、俺たちの本当の狙いについても、今はまだ書くわけにはいかない」
そしてもうひとつ。紙面の下段には、京介が書き上げるまで最も時間をかけた記事が並んでいた。
学業の成果がすべてに優先される空気が、学園を覆い始めていること。成績の結果ひとつで、生徒の扱いに明確な差が生まれていること。その陰で、部活動が軽んじられ、居場所を失いつつある生徒たちがいること。
「俺たちが今できることは、この学園で何が起きているか伝えることだ」
「この学園の未来は、私たち生徒自身が決める。現状を知った上でどうするか、みんながそれぞれ考えなければいけないわ」
原稿を書いている間、何度も感情的な言葉が筆先に乗りかけた。風紀委員会の横暴、成績至上主義の歪み——書きたいことは山ほどある。だが、そのたびに筆を止め、書き直した。
先輩たちが残してくれた宣言。あの言葉が、京介の中で何度も響いていた。
「部長、配り終わりました! 部数足りないくらいでした!」
部室の扉が勢いよく開き、遥斗が飛び込んでくる。額から顎にかけて汗が滴り、制服の襟元もぐしゃぐしゃだったが、その目は興奮で爛々としていた。
「そんなに反応があったか?」
「廉正裁定に興味がある人たちが多かったですけど、部長の書いた学園の現状も、みんな読んでくれてましたよ!」
念願の号外を配るため、学園中を走り回ってきた遥斗は、その興奮が冷めやらぬまま、矢継ぎ早にまくしたてる。
「——伝わり始めているわね」
凛の声に京介は深く頷いた。自分たちの活動に、静かな手応えがある。
白銀の方針を支持する声が、すぐに消えるわけではない。成績上位の生徒にとっては、今の制度こそが自分たちの努力を正当に評価するものだ。反発の声だけでなく、賛同の声も含めて、すべてはこの号外から始まる。
「あとは、廉正裁定の結果を待つしかない」
*
一週間後、廉正裁定の当日。会場となった第一武道場には多くの生徒たちが集まっていた。
第一武道場は、学園にある武道場の中で最も広い。普段は複数の部活動が共有する道場だが、今日はその姿を一変させている。
道場の中央に試合場が設けられ、周囲には観戦用の席が何列にも並んでいた。
開場の時刻を待ちきれない生徒たちが列をなし、席が埋まっていくにつれて、武道場の中の温度そのものが上がっていくようだった。
学園中の目が、今この場に集まっている。
「部長、こっちです」
遥斗に続いて、試合場脇のセコンド席に腰を下ろす。新聞部の三人に加えて、藍原と柊がすでに席についていた。
「すごい人ですね。新聞部の宣伝も効果があったんじゃないですか?」
柊は眼鏡の位置を直しながら、観客席を見渡している。いつもの飄々とした調子が、今日はわずかに固い。
「榊原はどうしてる」
「さっきまでそのへんで素振りしてたが、奥に引っ込んでいった」
藍原が顎で試合場の裏を示す。
「まったく緊張した様子もなかった。あいつは放っておいても大丈夫だろう」
「相手はあの龍崎だってのに、大したやつだな」
この状況で緊張しないとは、あの男らしいというべきか、それとも呆れるべきか。
「今日はいつになく、警備が厳重ね」
試合場のあちらこちらに、風紀委員会と空手部の腕章をつけた生徒たちが警備に立っていた。
普段は睨み合うことの方が多い両者が、同じ持ち場で背筋を伸ばしている。その光景だけで、ここが日常の延長ではないことが伝わってくるようだ。
「鷹野も出張っているのか」
警備の中には、鷹野千紘の姿があった。試合場のすぐ脇、腕を組み、静かに正面を見据えている。
試合開始の時間が近づく中、膨らんでいた場内のざわめきが、ふっと収束した。
試合場の正面奥、一段高く設えられた特別席。そこに続く階段を、ゆっくりと上がっていく人影がある。
会場にいる全員の意識が同じ方向を向いた。
「生徒会長のお出ましだ」
先頭に立つのは、白銀沙耶。長い髪が一歩ごとにさらりと揺れる。その後ろを丹羽太一郎、灰島薫、そして朱鷺沢鈴音が続いた。
白銀が特別席の中央に立ち、軽く手を上げた。
それだけで、拍手と歓声が、武道場の天井を突き上げるように弾けた。足を踏み鳴らす音が重なり、板張りの床がびりびりと震えている。
改革への不満がどれだけ広がろうと、この生徒会長の持つ力は健在だった。
「——自信満々だな」
特別席から見下ろす穏やかな微笑み。あの総会の時も、取材の時も、そして今も、何ひとつ変わらない。
白銀がもう一度片手を上げると、歓声が嘘のように引いていく。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
声を張っているわけではない。それでも一語一語が、武道場の隅にまで染み渡るように届いていく。
「ここに、廉正裁定の開催を宣言します」




