20 - 密謀
生徒会執務室。その奥に設えられたデスクには、この学園の生徒会長である白銀沙耶の姿があった。
「——以上が、廉正裁定が承認された経緯です」
白銀の彫刻を思わせる整った顔立ち。その冷ややかな視線を浴びて、朱鷺沢鈴音は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
朱鷺沢の隣には、紫藤直哉が立っていたが、その顔は緊張に強張っている。
朱鷺沢からの報告が終わると、白銀はようやくその視線を朱鷺沢から外す。
「申し訳ございません。すべて、自分の責任です」
その場の重たい空気に耐えられなくなった紫藤が、深く頭を下げた。
朱鷺沢から呼び出された時の光景が、紫藤の脳裏にちらつく。あの時の朱鷺沢の怒りは、これまで見たことがないほど激しいものだった。
「彼らは、あのことに気づいているのですか?」
白銀は紫藤の言葉には応えず、椅子から立ち上がると、執務室の窓から外に目を向けた。生徒会の執務室からは直接見えないが、その方向には中央図書館がある。
「確実なことは分かりませんが、彼らの行動から推測するに、たどり着いていると思われます」
「——そうですか」
朱鷺沢の答えを聞くと、白銀はその細くしなやかな指先を顎に当てる。
こんな状況でなければ、その麗しい姿に感嘆のため息をつくところだが、今の朱鷺沢には、そんな余裕はなかった。
「図書館側が素直に従ってくれれば、ここまで事態がこじれることもなかったでしょうに。藍原さんも頑固な方です」
「一応、証拠となりそうなものはすでに押さえています。ご心配なさらずとも——」
「いいえ、『一応』などと、曖昧なことでは困ります。物事は、常に万全を期すべきではないですか?」
「はっ、おっしゃる通りです」
廉正裁定に風紀委員会側が勝利すれば、旧校舎は封鎖できる。そうすれば、彼らも当面の間、これ以上詮索できなくなるはずだ。
「そのためにも、廉正裁定には、この朱鷺沢が出ます」
「待ってください、朱鷺沢委員長。それは——」
その申し出を聞いて、紫藤が慌てて遮ろうとするが、朱鷺沢は紫藤の方に一瞥もくれずに言葉を続ける。
「部下の不始末は、私自身の手で」
朱鷺沢の声には、まだ怒りの残滓が含まれている。その気配の前に、紫藤は口をつぐむしかなかった。
「いいえ、朱鷺沢さん、あなたが出る必要はありません。手綱を握る者が、自ら噛みつく必要はありません」
白銀の視線が、朱鷺沢を真っ直ぐに射抜く。
確固たる自信に裏付けされた、強い意志を秘めた瞳。
「私に心当たりがあります」
「心当たりとは?」
「剣道部の龍崎健。相手が居合道というならば、彼が適任でしょう」
「龍崎……。確かに適任かもしれませんが、こちらに協力するでしょうか」
「あちらに鷹野千紘がいることを知れば、むしろ彼から協力を申し出ますよ」
龍崎と鷹野の因縁は耳にしたことがある。
鷹野へのライバル心のために、龍崎が率いる剣道部は中立の立場を守っている。
空手部は学園の治安維持業務の一部を担っており、外から見ると生徒会に近しいからだ。
だとすれば、鷹野が生徒会と対立している現状を伝えれば、喜んでこちら側につく可能性は高い。
「朱鷺沢委員長、懐に入れる者は慎重に選ばなければなりません」
白銀の口元には穏やかな笑みが形作られているが、朱鷺沢には、そこに温度がないことが感じられた。
「そして、時には切り捨てる決断が必要です」
「…………」
それは朱鷺沢から見た紫藤のことでもあり、また、白銀から見た朱鷺沢自身のことでもあった。
「あなたには期待していますよ」
その言葉を最後に、白銀は二人を振り返ることなく、執務室を後にした。
*
「わざわざ出向いてみれば、俺に廉正裁定に出ろと? しかも、風紀委員会の代理?」
龍崎は呼び出しに応じて、風紀委員会の本部棟に出向いていた。
「その通りです。風紀委員会の代表として、この朱鷺沢から正式に依頼いたします」
「なぜ俺が貴様らに協力しなければならない」
『戦う風紀委員』として畏怖される朱鷺沢を前にしても、龍崎は臆することなく応じる。
「このことは、白銀会長もご承知です。勝利の暁には、剣道部に見返りを、と」
「なるほど。裏に生徒会長様がいるというわけか。だが、そんなことで利を得ることは望んでいない」
この男を信頼して良いものか。
白銀の名を出してさえ、なお不遜な態度を崩そうとしない龍崎を見て、朱鷺沢の脳裏には一瞬そんな考えが浮かんだ。
しかし、白銀会長自らが龍崎の名を挙げた。
今は龍崎をうまく動かすことに専念し、いざとなれば、自分が会長を守る盾になればよい。
「得られるものが、空手部の鷹野千紘と戦う権利だったとしても?」
鷹野の名を聞いた途端、龍崎の表情が変わる。
噂通り、鷹野に対するライバル心は相当なもののようだ。
「……今回の相手は居合道研究会だろう」
「はい。鷹野千紘とは、あくまで廉正裁定に勝利した後のこと」
「公の場でのやつとの勝負。——それが果たされるのであれば、今回に限りそちらにつこう」
秘密裏に行うのではなく、公の場での勝負。
勝負の結果を周知したいということだろうか。
二人の間に、どんな因縁があったのか分からないが、ここまでくると執着とでも呼ぶ方が相応しい。
いずれにせよ、空手部を盾にすれば、あの鷹野が断るとは思えない。白銀の采配で、勝負の場はどのようにでも準備できる。
「お約束しましょう。白銀会長のお力を持ってすれば容易いことです。——その代わり、必ずや勝利を」
龍崎は嘲りとも思える笑みを浮かべながら鼻を鳴らすと、朱鷺沢に背を向け出口に向かった。
「居合道などチャンバラに過ぎん。この俺が負けるはずもない」




