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秀烽学園新聞部 ただいま取材中  作者: 音鳴 凪
第四章

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19 - 前兆

 放課後の道場に、木刀を振る音が規則正しく響いている。


 榊原(さかきばら)(つかさ)は、一人きりの稽古場で素振りを繰り返していた。

 居合道研究会には部員がほとんどおらず、こうして一人で稽古することは珍しくない。


「あ、あのー、失礼します」


 声の方を振り返ると、道場の入口に、見覚えのある三人の男子生徒が並んで立っている。


「おう、怪我の具合はどうだ?」


 先日の旧校舎のいざこざで、新聞部の部員を庇い、ラグビー部に立ち向かった三人だ。


「もう大丈夫です」


 確か、椎名(しいな)桐山(きりやま)、それから梅田(うめだ)だったな。榊原は、三人の顔を見ながら、先日の出来事を思い出していた。

 椎名の顔や腕には、まだ痣が残っている。桐山は片足を引きずっているし、梅田も額に大きな絆創膏をつけている。


「本当にありがとうございました。あの、今日はお礼を言いたくて」

「別に、大したことはしてないが」

「大したことあります! 榊原さんが来てくれなかったら、俺たちどうなってたか」


 そう言って、三人は同時に頭を下げた。

 ランニング中にたまたま通りかかり、自分から首を突っ込んだ。榊原としては言葉通り「大したことない」ことだった。


「ところで、お前たち、新聞部とはどういう関係なんだ? あの後、藤枝(ふじえだ)が礼を言いたいというから戻ったんだが、いつの間にかいなくなってたな」


 三人はお互いに肘をつつき合う。

 何かを小声で囁き合うと、椎名が口を開いた。


「実は……僕たちは、非公式の藤枝(りん)ファンクラブのメンバーなんです」

「……ファンクラブ?」

「はい、非公式ですけど。あと、ファンクラブの名称は仮です」


 椎名の横で、桐山と梅田がうんうんと頷いている。


 ファンクラブ?非公式?


「普段は影から藤枝さんの活躍を見守っているんですが、あの時はさすがに黙っていられなくて」

「おい、それって、いわゆるスト——」

「「「違います!!」」」


 榊原が言いかけた言葉を、三人は口を揃えて否定する。椎名は顔の前で大きなバツ印まで作っている。


「ファンクラブです! 普段は藤枝さんが書いた記事を読んで、みんなで感想を言い合ったり、藤枝さん情報を交換しあったりしてますが」

「決して非合法なことをしているわけじゃないですよ!」


 榊原にとっては、どうにも理解し難いことではあったが、彼らには彼らなりの矜持(きょうじ)があるようだった。

 藤枝さん情報、とやらの出どころが気になるところではあったが。


「ま、まあ、それは置いておいて……礼くらいは言わせてやってもいいだろう」


 だが、その言葉に、椎名は慌てて両手を振った。


「い、いえ! 推しに認識されるのは本意ではありません。あくまでも、影から見守ることこそ、我々のポリシーです」

「その通り。我々は、見返りなんて求めていませんから」

「ただ、藤枝さんが無事であれば、それだけで——」


 三人が口々に言い募る。これも彼らなりのルールであるらしい。



 新聞部の部室には、京介、(りん)遥斗(はると)の三人に加えて、文芸部部長である(ひいらぎ)の姿があった。


「まず、廉正裁定(れんせいさいてい)の件からだ」


 旧校舎で承認された廉正裁定。その結果によって何がもたらされるか。


「榊原が勝った場合、風紀委員会に求めるのは二つ。旧校舎での行動について、公式の謝罪を行うこと。そして、今後の治安維持について、空手部側と交渉の場につくこと」

「交渉の場につくだけって、なんだか甘くないですかね?」

鷹野(たかの)さんには何か考えがあるんでしょう」


 この条件は、形として当事者である榊原から提示されたが、実際には鷹野が考えたものだ。


「——もし風紀委員会側が勝った場合は、旧校舎への立ち入り禁止措置が発せられる。そして、新聞部と空手部は、一定期間の活動停止だ」

「……新聞部、完全に目をつけられてるじゃないですか」


 旧校舎への立ち入り禁止。これは旧校舎を風紀委員会の管理下に置くことが目的だ。

 もしそうなれば、これ以上旧校舎を調べることができなくなる。


「柊、そっちはどうだ?」


 柊は机に広げたファイルの束に目を通していた。

 京介たちが旧校舎から持ち出した三冊のファイル。初めてリコール制度が記載された学園規則と、それに続く二冊だった。


「ちょうどすべて確認したところです。……この中にある学園規則には、すべてリコール制度が記載されていますね」

「いつから記載が無くなったのかは、もっと調査が必要か」

「まあ、彼らの焦りっぷりからすると、リコール制度が現在も有効であることは明白ですが」


 京介としても、柊のその意見には賛成だった。しかし、現在の学園規則に記載がない以上、リコール制度が有効である証拠が必要だ。


「いずれにしても、廉正裁定に勝てれば、また旧校舎を調べられるわ」

「そうだな。まずは、廉正裁定の結果を待つしかない」


 廉正裁定の結果が出るまで、旧校舎は誰も干渉できないように封鎖された。現在は風紀委員会と空手部、それぞれが監視している。


「そうだ! 号外、出しますよね? 俺、号外を配るのやってみたかったんです!」

「お前、気にしているのはそこか」

「いいじゃないですか! 号外って、なんかこう、新聞部っぽくないですか」


 遥斗の能天気さに、京介と凛は顔を見合わせ肩をすくめた。


 柊は、京介たちのやり取りを見てくすくすと笑っていたが、ふと何かを思い出したように鞄に手を伸ばした。


「うっかりしていました。今日は新聞部の皆さんにお見せしたいものがあるんです」


 柊が取り出したのは、古い新聞の一面だった。


「それは?」

「図書館にあったリコール制度成立時の学園新聞。そのファイルの末尾に挟まっていた物です」

「コラム? 当時の新聞部の部長が書いたみたいね」

「はい、そのようです。でも、内容としては『宣言』ですね」


 柊は手に持った紙面を、全員が見えるようにホワイトボードに貼り付けた。


「書き出し部分はこうです。——生徒会発足時、我々は会長を賛辞し、その施策を後押しする記事を書いた。結果としてそれは大きな誤りであり、学園生徒たちを誤った方向に誘導してしまった」

「……自分たちの報道活動の反省か」

「ええ。そしてこう続いています。——円卓会議の成立に際して、新聞部にも円卓に座る権利が与えられたが、我々はそれを辞退した。今後、どの立場にも属さず、常に中立の立場から『事実』を伝える役割に徹する」


 円卓に座る権利を持ちながら、あえてそこに座らない。報道は主張するものではなく、事実を伝えるもの。

 判断するのは自分たちではなく、事実を知った生徒たちが行うもの。


「今の俺たちと、同じ考えだな」


 伝えることで何かが変わるかは分からない。だが、伝えなければ、何も始まらない。


「仮にリコール制度が有効だったとして、それが成立すると思う?」


 リコール制度を請求するためには、全校生徒の三分の一以上の署名が必要だ。さらに、解職投票で全校生徒の過半数の賛成が必要になる。


「簡単じゃないだろうな。白銀は成果を出している。新クラス区分に不満を持っている生徒はいるが、満足している生徒もいる」

「私たちがやることは、伝えることね」


 上位クラスと下位クラスの分断、風紀委員会の横暴、部活の降格圧力。それぞれを目の前のこととしては感じていても、全体の繋がりに気づいていない生徒が多い。


 学園の現状は、まだ正しく伝わっていない。


「新聞を書くぞ」



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