17 - 共闘
教室の扉に張り付き、京介は廊下の様子を窺っていた。
風紀委員たちの足音が、隠れている教室の前を通り過ぎていき、やがて紫藤の声が廊下の向こうから聞こえてくる。
「よし、今だ」
京介は凛と遥斗に合図すると、戸を細く開け、廊下に滑り出る。三人は風紀委員たちとは逆方向、二階の奥側にある階段へと駆け出した。
「藍原さんたち、うまくやってくれてますね」
藍原と柊たちが風紀委員を引きつけ、その隙に旧校舎を抜ける——風紀委員が来ると図書委員から報せを受けた時、咄嗟に決めた役割分担だった。
「藍原さんたち大丈夫かしら」
「証拠がなけりゃ、風紀委員会といえど何もできないだろ」
京介たちはファイルを一冊ずつ抱えている。先ほど発見した、初めてリコール制度が記載された学園規則と、それに続く二冊。
削除された時期までは調べきれていないが、今ここから持ち出せるのはこれがすべてだった。
「その階段だ。そこを下りれば裏口にいけるはずだ」
だが、三人が階段を下りようとしたその時、京介の目に思いもよらぬ光景が飛び込んできた。
「止まれ!」
階段の下、一階の廊下に、見上げるような体格の生徒たちが何人も立っている。幅広い肩、太い首、見覚えのあるユニフォーム。
「……ラグビー部か?」
「まじっすか」
「なんでラグビー部がここに?」
引き返すべきか、京介が迷っている間に、ラグビー部員の一人が、階段の上にいる京介たちに気づいた。
「新聞部だな? 本当にこっちに来るとは」
ラグビー部員は、にやりと笑い、他の部員を手招きする。
「ラグビー部が旧校舎に何の用だ」
「俺たちは指示を受けているだけだ」
「指示だと?」
「そうだ。ここから逃げ出そうとする奴がいたら捕まえろ、ってな」
うまく紫藤たちの裏をかいたつもりだったが、相手の方が一枚上手だった。別の出口にも人を配置していた。
京介は一瞬で腹を決めた。
自分の抱えていたファイルを、遥斗の腕に押し付ける。
「持ってけ。二人とも、バラバラに逃げろ」
「え?」
「京介っ」
「時間を稼ぐ、急げ!」
遥斗がファイルを抱え直すのを確認する間もなく、京介はラグビー部員の正面に立った。
「お前たち、これがどういうことか分かってるのか。誰の指示だか知らないが、正式な手続きもなく他の部活の生徒を拘束する権限が……」
「そんなこと知ったことか。責任を取るのは俺たちじゃない」
京介の後ろで、凛と遥斗が別々の方向に走り出す気配がする。ラグビー部員の視線がそちらに向くが、追おうとはしなかった。
「逃げるだけ無駄だ。お前はどうする気だ? 大人しくしてれば、痛い思いはしないぜ」
「どかないと言ったら?」
「だったらこうするまでだ」
身構える暇もなかった。
先頭のラグビー部員があっという間に階段を駆け上がると、気づいた時には、京介の体は壁際まで押し込まれていた。
腕を掴まれ、肩を抑えられ、身動きが取れない。新聞部の部長と、鍛え上げたラグビー部員との体格差は、理屈でどうにかなるものではなかった。
「おい、こいつを縛り上げておけ」
後ろの仲間に呼びかけるが、返事の代わりに聞こえたのは、廊下の奥のざわめきだった。
「早くしろ! 何やってる……」
ラグビー部員が後ろを振り向き、声を上げた瞬間、その体が横に弾き飛ばされた。
壁から解放された京介が見たのは、空手着姿の一団だった。その先頭に立つのは、ポニーテールを揺らす小柄な少女。
「——小熊?」
「槙野先輩、怪我ないですか」
空手部一年、小熊ひなた。その後ろに空手部員が数人続いている。
「何だ、お前ら! 空手部が何の用だ!」
「最近、治安が乱れ気味なんで、うちも巡回を強化してるんですよ」
「はあ? 余計なお世話だ。引っ込んでろ」
先頭のラグビー部員が、ひなたに掴みかかる。
だが、伸ばした腕はひなたの回し受けに弾かれ、流れるように突き出された正拳が放たれる。
ひと言も発さぬまま、ラグビー部員の巨体が崩れ落ちた。
「……マジか」
残りのラグビー部員たちの顔色が変わった。
ひなたの後ろから、空手部員たちが一斉に前に出る。
*
遥斗と別れた後、凛はあえて遠回りし、ようやく旧校舎の外に出ていた。
「向こうから裏庭に出られるはず……」
走り出そうとした凛だったが、その足はすぐに止まった。
曲がり角から、三人のラグビー部員の姿が見える。
「おっと。こっちに来たか」
一人が腕を広げ、凛の退路を塞ぐ。残りの二人が、左右から距離を詰めてくる。
「大人しくしろ」
「あなたたち、こんなことをして恥ずかしくないの?」
時間を稼ぐか、逃げ道を探すか。
京介と遥斗、そして藍原たちはどうなったのか。
凛は思考を巡らせるが、この状況を脱する方法は出てこない。
「俺たちは言われた通りにしてるだけだ。別に——」
「待てぇぇぇぇい!」
ラグビー部員たちの背後、茂みの中から叫び声があがり、三人の男子生徒が飛び出してきた。
「藤枝さんに手を出すな!」
体中に葉っぱをつけ、息を切らしながら、中央の生徒がラグビー部員を指差す。
自分の名前を呼ばれたことに、凛は目を見開いた。見たことのない顔だった。
「な、何だお前ら」
「文化研究会代表、椎名!」
「同じく文化研究会、桐山!」
「映像研究会、梅田!」
ラグビー部員たちは、一瞬きょとんとした顔で、目の前の三人を見た。
椎名は中肉中背、桐山は痩せ型、梅田に至っては椎名より頭一つ小さい。どう見ても、ラグビー部員の相手にはならない。
「訳あって、助太刀する!」
「待って、あなたたち! 無茶よ!」
凛の制止も聞かず、椎名が真っ先に飛びかかったが、片手で襟首を掴まれ、あっさりと地面に叩きつけられた。
続いて桐山が横から殴りかかるが、肩で弾き返されて地面に転がり、梅田は足にしがみつこうとして、そのまま引きずられていく有様だった。
「何だこいつら……」
ラグビー部員が呆れた声を漏らした。
「……まだだ」
「は?」
「まだ、終わってない」
口の端が切れ血を流しながら、椎名が立ち上がる。
「藤枝さんには、指一本触れさせない」
桐山が梅田に肩を貸し、二人もよろめきながら起き上がった。
「おい、そいつらに構うな。早く連れて行け!」
ラグビー部員が凛に向かって手を伸ばした瞬間、椎名がその腕に噛み付いた。
「いて! てめえ、噛みやがったな!」
ラグビー部員が腕を振り回すと、椎名の体が宙に浮いて放り投げられた。だが、桐山と梅田が、すかさず倒れた椎名の前に立ちはだかる。
「いい加減にしろ!」
ラグビー部員が低く身を沈めたかと思うと、その巨体が桐山と梅田をまとめて押し潰すように突進した。二人の体は軽々と弾き飛ばされ、壁に叩きつけられてずり落ちていく。
倒れた三人になおも詰め寄ろうとするラグビー部員に、背後から声がかかる。
「おいおい。それくらいにしておけ」
ジャージ姿に、木刀を肩に担いだ長身の影。
いつの間に近づいたのか、そこに立っていたのは、居合道研究会の榊原だった。




