16 - 包囲
旧校舎二階の東側、突き当たりの教室。
「ここ、見覚えがあります」
扉に手をかけた柊が、ふと指を止めた。
京介たちの後ろから、他の教室を調べていた文芸部員と図書委員たちも集まってくる。
柊が扉を開けると、教室の中は他の部屋とは違う気配を漂わせていた。
壁際にずらりと並んだスチールラック。書類箱が、上から下まできっちり同じ向きに揃えて積まれている。
「ここ、《《当たり》》じゃないか?」
「間違いなさそう。生徒会の資料だわ」
凛が手に取ったファイルの背表紙には『生徒会中央総会・予算案控え』という文字が書かれていた。
「なんか、キチっとしすぎていて、棚から生徒会オーラが漂ってますね」
藍原や柊たちも、ここ数日の作業で遥斗のテンションに慣れてきたのか、いちいち突っ込むこともなかった。
藍原の指先が、棚の端をなぞって、年代の入った背表紙の上を順に滑っていく。
「……あったぞ。過去の学園規則」
「この辺は全部そうみたいね」
ファイルの背表紙には、タイトルとファイリングされている期間が記されていた。
「このファイルだわ。柊さん、お願いできる?」
「はい、お任せを」
凛からファイルを手渡された柊は、得意の速読で学園規則の内容を読み取っていく。
「ありました!」
「見せてくれ」
柊が示した箇所には「生徒会長の解職」「生徒会の解散」といった項目が並んでいた。
「本当にあったわ」
「規定も細かく定められているな」
「そうですね。全校生徒の三分の一以上の署名があれば、選挙管理委員会に請求することができる。その後の全校生徒による解職投票で、過半数の賛成により、生徒会長は失職する」
新聞の記事のとおり、リコール制度は成立し、正式に学園規則に定められていた。
しかし、まだ手放しで喜ぶわけにはいかない。
「これだけだと、過去にこの規則が存在したことが分かるだけだわ」
凛の指摘は正しかった。重要なのは、この規則が「現在も有効であるか」ということだ。
「もう一つ確かめるべきなのは、学園規則から消えたのはいつからか、ということだな」
「そちらは少々時間がかかりそうですね」
成立した時期は分かっていたが、いつから消えたのかについてはヒントすらない。
「仕方ない。また手分けして確認していこう」
「必要なファイルを文芸部の部室に移動させて、そこで作業しましょうか」
柊の提案で、持ち出すべきファイルを整理し始めようとした、その時。
階下から、複数の足音が聞こえてきた。
さらに、足音だけではなく、話し声も聞こえてくる。
「……誰だ?」
「他の部活動でしょうか?」
京介たちがここで作業を始めてから、他にこの旧校舎を訪れる生徒の姿は見かけていなかった。
倉庫として利用されている状況から、他の部活動が入ってくること自体はおかしくない。
しかし、今この状況を見られるのは少々まずい。
「……勝手に他所の場所を漁っているところを見られるのはまずいな」
「ファイルの場所は分かりましたし、いったん引き上げましょう——」
「藍原さん! 風紀委員会です!」
ファイルを片付けようとしていたところに、図書委員の一人が駆け込んできた。
「風紀委員?」
「はい、副委員長と風紀委員が数人、こっちに向かってきています」
*
「——ここで何をしている」
風紀委員会副委員長、紫藤直哉は、二階の一角に集まっている生徒の姿を確認すると、誰何の声をかけた。
「紫藤副委員長、こんなところに何かご用でも?」
生徒たちの中から小柄な女子生徒が進み出る。女子生徒は大判のファイルを数冊抱えていた。
「文芸部部長の柊だな。旧校舎は許可なく立ち入ることは禁止されているぞ」
「俺が文芸部に頼んで連れてきてもらったんだ」
そう言って進み出たのは、図書委員の腕章をつけた男子生徒だ。
「藍原図書委員長か……事情を聞かせてもらおう」
白々しい小芝居だ、紫藤はそう思いつつも、まだ自らの手の内を晒すわけにはいかない。
「この旧校舎が本や資料の保管場所に使われていると聞いて、現状を調査している」
「文芸部は部室に収まりきらない本をここに保管していまして。私はここの出入りについて、ちゃんと許可をもらっていますよ」
藍原の言葉を受けた柊が、ポケットから鍵を取り出し、紫藤にも見えるようにかかげる。
「現状の調査だと?」
「この場所は紙を保管するには向いていない。もし保管場所が不足しているのなら、図書委員会として何か協力できることはないかと考えていてな」
それらしい言葉を並べているが、紫藤はその言葉を信じてはいなかった。
「それにしては大所帯じゃないか。そんなに人手が必要なのか?」
藍原と柊の後ろには、文芸部と図書委員たち数人の姿がある。
「ついでに文芸部が倉庫の片付けをするというので、うちからも手伝いを連れてきた」
紫藤の鋭い視線を浴びても、藍原と柊は飄々とした態度を崩さない。
「その手に持っているものはなんだ? 何か勝手に持ち出そうとしているんじゃあるまいな?」
紫藤が指差したのは、柊が抱えているファイルだった。
「これはうちの部のものです。なんですか? 証拠もないのに文句でもあるんですか?」
「え? どういうこと? 横暴じゃない?」
「こいつら急に来てなんのつもりだ?」
柊の言葉をきっかけに、その場にいた生徒たちがザワザワと騒ぎ始めた。
「紫藤副委員長。先ほど言ったように、ここには許可をもらって入っている。他に用事がなければ行っていいか?」
だが、藍原たちの前に、風紀委員たちが立ちはだかる。
「いいや、そのファイルはこちらで預かろう」




