夢
メリューズは思っていたより大きな街だった。
石畳の通りに沿って商店が軒を連ね、広場では露店が賑わい、馬車が行き交う音と人々の声が混ざり合っている。オレリアはラバを引きながら辺りを眺め回した。旅の途中で立ち寄る村とは規模が違う。商人の往来も多く、街の中心にある商会の建物は、石造りの二階建てでかなりの構えだった。
アルベールとコレットはラバを宿の厩舎に預けると、すぐに商会へと向かった。オレリアとガストン達もそれに続く。
商会の応接室は広く、長いテーブルを挟んで商会側の担当者が三人待っていた。四十代の恰幅の良い男が代表らしく、両脇に若い書記が控えている。アルベールとコレットが向かいに座り、オレリアはその後ろに立った。ガストンとトマは別の部屋で自分達の商談をするとの事で、先に別れた。
最初に口を開いたのはアルベールだった。
「此度はお時間を頂きありがとうございます。南方より仕入れた香辛料と薬草、それに染め布をお持ちしました。品質については自信を持ってお勧めできます」
「ほう、南方の品ですか。最近は物流が不安定でしてね、なかなか良い品が入ってこないんですよ」
担当者はにこやかに言いながら、運ばれてきたサンプルを手に取った。香辛料の袋を開け、匂いを確認し、染め布を広げて光にかざす。表情は穏やかだが、目は鋭く品定めをしている。
「品質は申し分ない。ただ、量がねえ。うちとしてはもう少しまとまった量が欲しいところで」
「量の件については、次回の入荷でご期待に沿えるかと。今回はまず品質をご確認いただくという意味合いもございます」
アルベールは柔らかく微笑んだまま答えた。担当者がわずかに眉を上げる。
「では価格の方は」
「こちらとしては一束あたり銀貨十二枚を希望しております」
「それは少々高い。十枚でどうでしょう」
「十一枚と、次回入荷時の優先取引権をお付けする事で如何でしょうか」
担当者は少し考える素振りをした。オレリアはその横顔を見ながら、父親の言葉の組み立て方に内心感心していた。単純に価格を下げるのではなく、次回の優先権という別の価値を乗せる事で、相手に損をさせない形で着地させようとしている。
しかし本当に恐ろしいのはコレットだった。コレットはここまで一言も発していない。ただ書類を手元で整えながら座っているだけだ。しかしその沈黙が、担当者に妙な圧力を与えているのをオレリアは感じ取っていた。何かを言いそうで言わない、という空気が相手をじわじわと焦らせている。
「十一枚と優先権、ですか。なかなか強気ですね」
「品質に見合った価格だと自負しております」
その時、コレットがおもむろに口を開いた。
「実は先ほど、通りで別の商会の方からお声がけを頂きまして」
担当者の目が一瞬だけ動いた。
「もちろん長年のお付き合いを優先したいとは思っておりますが」
コレットはそれ以上何も言わず、また書類に目を落とした。
「……分かりました、十一枚で」
担当者は笑顔のまま言った。オレリアは後ろで小さく息を飲んだ。見事だった。コレットが競合の存在を示唆しただけで、相手が折れた。しかもそれが嘘かどうかも分からない言い方をしている。
商談は滞りなく終わり、三人は商会を後にした。通りに出るなり、アルベールが大きく息を吐いた。
「上手くいったな」
「当然です」
コレットは涼しい顔で言った。
「パパとママって、すごいね」
オレリアは素直に言った。アルベールは照れ臭そうに頭を掻き、コレットはほんの少しだけ口元を緩めた。
「さて、荷解きと買い付けで今日は忙しい。オレリア、明日の昼まで自由にして良いぞ。ただし、遅くなる前に宿に戻る事」
「分かった!」
翌朝、宿を出たオレリアは石畳の通りを歩いていた。露店を覗いたり、荷馬車が行き交うのを眺めたりしながら、特に目的もなくふらふらしていると、聞き慣れた声が後ろから追いかけてきた。
「どこ行くんだ、一人で」
振り返らなくても分かる。オレリアは少し歩調を緩めた。完全に無視するほどの元気は今日はなかった。
「別に。ぶらぶらしてるだけ」
「俺も暇だ。ついていっていいか」
「勝手にすれば」
トマは隣に並んで歩き始めた。
しばらくは無言だった。露店でパンを二つ買い、一つをトマに押し付けると、トマは「サンキュー」と素直に受け取った。こういう時だけ素直なのが気に食わない、とオレリアは思いながら自分の分を齧った。
「ここ、思ったより大きい街だな」
「そうね。商人が多いわ」
「あそこの露店、変な香辛料売ってる。なんだあれ」
「南方のやつじゃないかな。昨日仕入れたのと同じ産地かも」
それだけの事を話しながら歩いていると、広場の端に小さな書店があるのが目に入った。オレリアが引き寄せられるように足を向けると、トマも黙ってついてきた。
棚に並ぶ本を指でなぞりながら眺めていると、トマが一冊引き抜いた。
「なんだこれ、モンスターの研究書じゃないか」
オレリアはぴくりと反応した。トマは表紙を眺めながら言った。
「モンスターの生態、習性、討伐方法……ハンター向けの本か」
「ちょっと、見せて」
受け取って開いてみると、挿絵入りで様々なモンスターが紹介されている。インプの項目があった。オレリアの指が止まった。マークと同じ種族だ。そこには「知性は低く、人間を遊び半分に襲う習性がある」と書かれていた。
「……全部本当って訳じゃなさそうけど」
オレリアは独り言のように言った。
「マークの話か」
トマは特に揶揄う様子もなく言った。オレリアは少し驚いたが、本から目を離さないまま答えた。
「遊び半分で人を襲うってさ。マークはそんな事しなかった」
「本に書いてあることが全部正しいわけじゃないだろ」
「そうだよね」
二人は本を棚に戻し、書店を出た。広場のベンチに並んで腰を下ろし、しばらく行き交う人々を眺めた。
「ねえ、トマ。もしモンスターと人間が仲良くなれたら、どうなると思う?」
言ってから少し恥ずかしくなったが、撤回するのも悔しいのでそのまま待った。トマはしばらく考えてから答えた。
「この街がどうなるか、想像してみろよ。露店にモンスターが並んで、普通に買い物してる」
オレリアはその光景を想像し、思わず笑う。
「なんだそれ。でもなんか面白そう。あそこのパン屋、トロールが経営してたりして」
「でかすぎてカウンターに入れないだろ」
「じゃあカウンターを大きくすれば良いよ」
くだらない話だと分かっていたが、なぜか止まらなかった。
「ゴブリンが露店で商売してたら意外と繁盛しそうよね。あの背の低さで必死に呼び込みしてたら可愛くて買っちゃいそう」
「ヴァンパイアの店は夜だけ営業か?」
「昼は閉めてるのね。でも夜は絶対雰囲気良さそう」
「ドラゴンはどうする。街に入れないだろ、でかすぎて」
「あまりイメージが浮かばないなあ」
そしたらトマが何か思いついたように口を開く。
「ドラゴンは騎士の相棒だろ。竜騎士だ。ドラゴンの背に乗って大空を駆ける。これが本当のモンスターとの共存じゃないか」
オレリアはトマの顔を見た。目が普段より少し輝いている。
「……竜騎士?」
「ドラゴンと人間が対等なパートナーとして並び立つんだ。強大な力と人間の知恵が合わされば、無敵だろ。街を守る存在にもなれる。絵になると思わないか」
オレリアは口を半開きで聞いていたが、終いには我慢できず吹き出した。
「あはははっ、なんだそれ。竜騎士って、あんたそんなのに憧れてんの?」
するとトマが顔を赤くする。
「べっ、別になりたいとかじゃねえよ! でも男なら誰だってそういうの憧れるんだよ、馬鹿にすんなっ!」
「ははははっ、ごめんごめん。馬鹿にしたつもりはないよ。ただおかしくて……」
オレリアは息を整えた。
「竜騎士かあ。でも確かに、かっこいいかもしれない」
「だろ」
トマは素直に言って、それから少し照れた様子で視線を逸らした。
「まあ、夢物語だけどな」
「いつかそんな日も来るかも」
「まあどっち道、俺は騎士にはなんねえよ」
「ガストンおじさんの後継ぐんでしょ?」
トマは黙り、地面を見た。そして、意を決したように口を開く。
「本当は俺、商人よりやりたい事あるんだ」
「やりたい事?」
「笑わないって約束するなら言う」
「じゃあ笑わない」
トマはポケットの中から小さな箱を取り出し、ゼンマイを刺して数回まわした。すると、音楽が流れ始めた。
「オルゴール?」
「俺が作曲したのを職人に作ってもらった。恥ずかしくてあんま人に聞かせた事ないけど」
「凄い……綺麗な音楽」
オレリアは目を閉じてオルゴールの音に浸る。自然と口元は緩み、リズムに合わせて肩を揺らした。
「俺、作曲家になりたかったんだ。まあ叶わない夢なんだけどさ」
「なんで叶わないの? すごく良かったじゃん! 私、この音楽大好き。絶対トマならなれるって、作曲家」
トマはオレリアのまっすぐな言葉に頬を赤く染め、目を逸らして照れ臭そうに頬を掻いた。そしてオルゴールの蓋を閉じ、オレリアに突きつけた。
「やる」
「えっ、でもこれ、大事なものなんじゃ」
「ん」
トマは強引に押し付けた。
「この曲、好きって言ってくれたのお前が初めて。だからやる」
オレリアはオルゴールを受け取り、頬を赤く染めながら微笑んだ。
「宝物にする」
「んな大層なもんじゃねえよ」
それだけ言って、トマは立ち上がった。オレリアも立ち上がり、また歩き始めた。昨日より少しだけ、歩く距離が近くなっていた。
翌日、出発の準備が整った頃には朝の光が石畳を照らしていた。
アルベールは昨日の商談で得た代金で新たな仕入れを済ませていた。今度は染料と乾燥薬草の束、それに街でしか手に入らない蜜蝋だ。ラバ達の荷物が増え、オレリアは一頭一頭の背負い具の具合を確認して回った。
「重くない? 無理しないでね」
声をかけられたラバは耳をぴくりと動かした。大丈夫だという意味だとオレリアは解釈した。
門の前でガストン達と合流すると、トマは片手を上げただけで何も言わなかった。オレリアも特に何も言わなかったが、先日みたいに「来ないで」とは言わなかった。
「次はどこへ?」
オレリアがアルベールに聞くと、アルベールは地図を広げた。
「東へ向かう。途中にベルタンという小さな村がある。そこで少し売り買いをして、その後さらに東のファリエールへ」
「ガストン伯父さん達も同じルートなの?」
「そうだ。道中は一緒に行動しよう。人数が多い方が安全だからな」
ガストンは護衛の二人に目配せした。護衛の二人も頷く。コレットは列の整列を確認し、問題ないと判断すると短く言った。
「では行きましょう」
一行は街の門を抜け、東の街道へと踏み出した。
街を出て一時間ほど歩くと、街道は森の中へと続いていた。
木々が密に生い茂り、日差しが遮られて薄暗い。足元は落ち葉と土で柔らかく、ラバの蹄の音が森に吸い込まれていく。オレリアは列の中ほどを歩きながら、左右の茂みに目を配った。
最初に気づいたのはラバだった。何かを感じ取ったラバ達が突然立ち止まり、耳を激しく動かして声を上げ始めた。
「ちょっと、どうしたの」
次の瞬間、前方の木々の間から白い糸が走った。
「モンスターだ!!」
ガストンの護衛の一人が叫ぶと同時に、巨大な蜘蛛が四体、茂みから飛び出してきた。人の胴体ほどの大きさの黒い体に、八本の長い脚。腹部からは次々と糸を吐き出し、先頭のラバに絡みついた。
「やめて!!」
オレリアは叫んだが、蜘蛛は構わず糸を巻き付けていく。アルベールとコレットが即座に杖を構え、青い閃光を放った。一体の蜘蛛の腹部を直撃し、体を抉られて仰向けにひっくり返り、脚をばたつかせながら動かなくなった。
「もう一体!」
コレットが続けて閃光を放ち、突進してきた蜘蛛の頭部を直撃する。頭部は吹き飛び、痙攣しながら転がるが、残り二体は怯まずに前進してくる。
護衛の二人が剣を抜いて前に出た。一人は蜘蛛の脚の付け根めがけて斬り込み、一本を断ち切る。しかし残った七本の脚で薙ぎ払われ、木の幹に叩きつけられた。もう一人も蜘蛛の腹下に潜り込もうとしたところを糸で絡め取られ、動きが止まった。
「数が多い、後ろも確認しろ!」
アルベールが叫んだ瞬間、さらに二体が茂みから現れた。合わせて四体。二体は仕留めたとはいえ、残りを相手にするには手が足りない。コレットが追加の蜘蛛に向けて閃光を放つが、今度は命中が甘く、木の幹を抉った。
「ガストン、下がれ!」
アルベールが叫んだ時にはガストンが剣を構えて前に出ていた。しかし蜘蛛の動きは速く、剣を脚で弾かれ、バランスを崩したところに糸が絡みつく。そのまま引っ張られ、ガストンの体が地面に引き倒された。
「ガストン!!」
コレットが閃光を放ち、ガストンに迫っていた蜘蛛を吹き飛ばした。しかしその隙に、別の蜘蛛がコレットの足に糸を絡みつけた。コレットが体勢を崩す。アルベールが庇いに入るが、残り三体を同時に相手にするのは限界だった。
オレリアはラバの傍らで身を低くしながら、自分の杖を握った。魔術の腕は両親に遠く及ばない。使えるのは簡単な治癒魔法程度や撹乱程度。それでも何もしないよりはましだと、蜘蛛の目に向けて光を放った。蜘蛛は一瞬ひるんだが、すぐに向き直ってオレリアへと脚を伸ばす。
オレリアは転がるように避けた。泥の上に手をついて、顔を上げた瞬間、蜘蛛の大きな顔が目の前にあった。八つの目が一斉にこちらを向いている。
息が止まった。
その時だった。トマがオレリアと蜘蛛の間に入るよう、オレリアに覆いかぶさる。
「トマ駄目っ!」
オレリアは叫んだが、無慈悲にも蜘蛛は飛びかかった。
しかし、目を閉じる二人には何も起きなかった。
蜘蛛の体に矢が三本突き刺さっていた。蜘蛛の甲殻の継ぎ目を正確に射抜いた矢が深く刺さり、蜘蛛が苦しげに体を捩って二人から後退する。続けて横合いから複数の人影が飛び出し、剣や槍を手に蜘蛛へと向かった。
「大丈夫か! 下がっていろ!」
男の声だった。二十代半ばの、赤みがかった髪の男が先頭に立ち、迷いのない足取りで蜘蛛に向かっていく。鎧には見知った紋章が刻まれていた。ハンターズギルドの紋章だ。
オレリアとトマは身を寄せながら縮こまっていた。
後から出てきた仲間四人、合わせて五人のギルドメンバーが瞬く間に戦列を整えた。弓使いが継ぎ目を狙い撃ち、槍使いが蜘蛛の脚の間合いの外から突き込む。剣を持った者は正面から蜘蛛の注意を引きつけ、別の者が背後から斬り込む形で連携する。赤髪の男は蜘蛛の正面に立ち、その動きを引き付けながら仲間が攻撃できる角度を作り続けた。
「甲殻の継ぎ目を狙え! 腹の付け根だ!」
弓矢が継ぎ目に次々と刺さり、槍が深く突き込まれる。蜘蛛が激しく暴れた。赤髪の男はその暴れる脚をギリギリで躱しながら、剣を脇腹の継ぎ目に深く差し込んだ。蜘蛛が地面に倒れ、激しく痙攣して動かなくなった。
残りも、ギルドメンバーの連携の前にあっという間に仕留められた。
森が静かになると、赤髪の男がオレリアとトマの方へと歩いてきた。
「怪我はないか?」
「……大丈夫です。ありがとうございました」
「坊主、かっこよかったぞ。まるで騎士だな」
言われたトマは顔を赤くし、オレリアから離れた。
男はアルベール達の方を確認した。倒れた護衛に仲間が駆け寄り、傷の具合を見ている。大きな怪我はないようだった。
「おい、こっちに傷薬がある。使ってくれ」
ギルドメンバーの一人が革袋から薬の瓶を取り出し、護衛に手渡した。糸で体を縛られていた護衛の拘束を、別のメンバーが黙々と解いてやっている。ガストンが引き倒された時に弾き飛ばされた剣も、誰かが拾って戻してくれていた。
「あなた方はメリューズから?」
赤髪の男がアルベールに聞いた。
「ええ、東のファリエールへ向かっております。助けていただいて、本当に助かりました」
「礼には及ばない。俺達も同じ方向へ斥候に出てる。ここを抜けるまで一緒に行こう。この森、他にも出るかもしれないから」
アルベールとコレットが頷き、ガストンも深く頭を下げた。
オレリアは少し離れたところから、ギルドメンバー達を眺めていた。護衛の傷を手当てしている者、蜘蛛の死体を街道から退かしている者、ラバに絡まった糸を丁寧に外してやっている者。誰も偉そうにせず、淡々と、しかし手際よく動いている。
オレリアはその背中を見ながら、胸の中でぐるぐると何かが渦巻くのを感じた。
森を歩きながら、オレリアはずっと考えていた。
ハンターズギルドはモンスターを狩る人間達だ。オレリアはそう教わってきた。今日助けてくれたのも、そのハンター達だった。
傷ついた者に寄り添い、誰かに感謝されなくても黙々と仕事をする。命をかけて人々を守るその姿に、どこか批判できるところがあるかと問われれば、オレリアには言えなかった。
モンスターに心がある事は、マークで証明された。でも今日の蜘蛛達は、話しかける間も無く襲ってきて、そして皆殺された。
「難しい顔してるな」
トマが隣に並んだ。
「ハンターって、モンスターの敵じゃない」
「そうだな」
「でも今日のあの人達、すごく良い人達だった」
「何がおかしい?」
オレリアは少し考えてから言った。
「私はモンスターにも心があると思ってる。でも同時に、ハンターさんがいてくれて本当に良かったって思う。その二つが同時に本当な気がして……うまく整理できない」
トマはしばらく黙って歩いた。
「全部同じだと思うから整理できないんじゃないか。マークはマークで、今日の蜘蛛は今日の蜘蛛だ。ひとまとめにしなくていいだろ」
オレリアは足を止めなかった。歩きながらその言葉を転がした。
マークには理性があった。名前があり、笑みがあった。今日の蜘蛛には、それがあったか。分からない。ただ、あの八つの目には、マークの目とは違う何かがあった。
良いモンスターもいる。それはマークで証明された。そして人間を襲うモンスターもいる。それは今日証明された。そしてそんな世界で、ハンター達は人間を守っている。
それでいいんだ、とオレリアは思った。今は全部を解決しようとしなくていい。ただ、自分の目で見たものを信じればいい。
「そうね。ひとまとめにするのはやめる」
オレリアは言った。
「マークは良い子だった。今日の蜘蛛は危なかった。あのハンター達は助けてくれた。全部、別々の事実よ」
「それでいいんじゃないか」
前を歩くギルドメンバー達の背中が、木漏れ日の中で揺れている。オレリアはその背中を見ながら、少しだけ胸の中が整理された気がした。
「そういえば」
オレリアはトマの前に出て振り返った。
「さっきはありがと」
ちょっぴり照れの混じった笑顔をトマに向けた。トマは目を逸らして頬を赤らめて「フン」と言った。
森の出口が近づいたところで、赤髪の男が立ち止まった。
「ここから先は開けているから、俺達はこの辺りで戻る。他にも出没情報がある場所があってな」
「本当にお世話になりました」
アルベールが深く頭を下げた。コレットも珍しく丁寧に頭を下げる。
「街道を外れるな。次の村まで半日もあれば着く。気をつけて」
男はそれだけ言い、仲間達を連れて森の奥へと戻っていった。最後に振り返る事もなく、足音が遠ざかり、やがて木々に吸い込まれていった。
オレリアはその方向をしばらく見ていた。
「行くぞ、オレリア」
アルベールの声で、オレリアは前を向いた。ラバの手綱を握り直し、明るい丘陵地へと一歩を踏み出した。




