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俺は人間だ!!  作者: 野狐


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忍び寄る魔の手

 砦の奥まった一室に、幹部達が集まっていた。

 石造りの壁に囲まれた狭い部屋に、悟、サイラ、トニー、ディーン、そしてナターナエルが顔を揃えている。テーブルの上に、周辺の地図が広げてあった。

「仲間を増やすとなれば、方法は大きく三つだ」

 悟は腕を組んだまま言った。

「一つは今までと同じように、砦の近くをうろついている野良を拾い上げる。もう一つは、ハンターに捕まっているモンスターを積極的に救出しに行く」

「今まで通りじゃ遅すぎる」

 トニーが即座に言った。

「三つ目は?」

 ディーンの問いに、悟が答えた。

「旅団の名声を広め、自分から仲間に入りたいと思わせる」

「そりゃ簡単そうだ」

「アメリカ人に健康的な食事をさせるくらいにはな」

 双子が皮肉で返した。

「このペースじゃいつまで経っても数が揃わない。積極的に動く頃合いだ」

「でも大きな動きを増やせば、それだけハンターを刺激する事になります」

 悟にサイラが静かに返す。

「今は静かに力を蓄える時期だと私は思います。大きな戦力が整う前に人間側を警戒させるのは得策じゃない」

「静かにしてたって、ハンターは向こうから来る。先手を打つ方がいい」

「リスクが高いです」

「リスクを取らなきゃ何も変わらんぜ」

「弟に同意だ。今のペースじゃ、砦を守れる数にすらならないうちに潰される」

「潰されないために慎重に動くべきだと言っています」

 サイラと双子が互いに一歩も引かない。悟は二人のやり取りを黙って聞いていた。トニーが今度は悟に向けて口を開こうとした時、それまで黙って羊皮紙を眺めていたナターナエルがぼそりと言った。

「かずより、とりでじゃないか」

 全員の視線がナターナエルに集まった。白い剛毛に覆われた巨体が、岩の上の地図をじっと見ている。

「……続けろ」

 悟が言った。

「いまのとりで、こわれてる。かずふえても、まもれない」

 短い沈黙が落ちた。サイラが静かに目を細め、トニーとディーンが顔を見合わせた。悟は羊皮紙に視線を落とし、しばらく考えた。

「正論だ。だが今すぐ砦を移せるほどの余力はない。当面は今の場所を使いながら、移転先を探す必要がある。という事は――」

 その時だった。廊下を走る足音が近づいてきて、扉が勢いよく開いた。見張りに立てていた身体中に目がある異形の男が、荒い息を吐きながら言った。

「見張り台で見張りが殺されてました」

「何だと?」

 悟は立ち上がった。

「会議は中止だ、案内しろ」


 異形の先導で見張り台へ向かうと、血溜まりの中に鴉獣人のサダムが倒れいた。

 全身に黒い羽毛を持ち、くちばしの形の鼻と口を持つその体は、仰向けに倒れている。頭部と胴体が切り離されていた。切断面は鋭く、一撃で落とされたと分かる。周囲に争った痕跡はなかった。

「発見者は?」

「俺です、見張りの交代で上がってきた時に見つけました」

「最後に生きているのを確認したのはいつだ」

「一時間前に二ゼルが食料を届けた時です」

 悟はしゃがんで死体を観察した。首の断面、地面の血だまり、倒れた方向。見張り台の外縁を歩き、手摺りを確認する。何も異常は見当たらない。

「外から侵入した痕跡はない」

 サイラが悟の隣に立った。

「内部の犯行という事ですね」

「断言はできないが、可能性はある」

「内部、ね」

 トニーが腕を組んで辺りを見回す。

「俺達の仲間がやったって事か?」

「今の時点では何とも言えない」

 悟は立ち上がった。

「砦内を封鎖する。全員持ち場を離れるな。捜索班を組んで砦内を隅々まで当たれ。発見した死体には触れるな。不審な点があれば即座に報告しろ」

 ナターナエルが低く唸った。

「おれ、いりぐちまもる」

「頼む」


 最初の死体が発見されてから、一時間も経たないうちに第二の死体が見つかった。

 砦の東側の通路。ヘルハウンドのユージーンが壁際に倒れていた。黒い毛並みの大型犬のような体格で、鼻はとても効く。戦う時は炎を使って戦うが、周囲に焼けた後や煤の跡はない。喉を深く切られて絶命している。見張り台と同様、争った痕跡が乏しく、無抵抗のまま喉を斬られたように見えた。

「足音を消せる個体か、あるいは被害者が犯人を警戒していなかったか……いや、ヘルハウンドの嗅覚があれば足音を消しても意味がない。なら後者か?」

 悟は壁を指先で触れながら呟いた。通路の幅は狭いが、死角は無い。

「確かにヘルハウンドの鼻を掻い潜るのは容易じゃありませんね。信頼していた相手、あるいは無害だと認識していた相手に近づかれた可能性が高いです」

 サイラが言った。

 その三十分後、今度はリザードマンのレベッカの死体が見つかった。砦の南側、老朽化で床が抜けて使われてない小部屋の前だ。細身の体が床に伏せて倒れ、鱗の多い背中から刃物が深く刺さっている。

 悟は部屋の扉を開け、中を確認した。埃が積もっていて、誰かが入った気配はない。

「やはり今回も隠れていた訳ではないか」

 悟は独り言のように言う。

「間隔が縮まっていますね」

「最初が一時間、次が一時間未満、次が三十分。殺し方も雑になっている。犯人が大胆になっているのか、あるいは急いでるか」

「急ぐとしたら何故?」

「何かの期限が迫っているとしたら、犯人は急いでいる。急げば何かしら隙が出る」

 悟は死体の傷口を改めて確認した。刃の厚みが薄い。力の強いモンスターが使うには薄過ぎて、武器側が壊れてしまう。これは人間用の、細身のナイフによる傷だった。

「この傷、人間のナイフだ」

 サイラが静かに息を飲んだ。

「砦でナイフを扱えるのはトニーとディーンだけでしたね」

「俺らはずっと一緒にいたぜ」

「じゃあ人間が砦の中に?」

「だが侵入した痕跡はなかった」

「では最初から中にいた、という事ですか」

「もしくは正々堂々と入ったか」

「正々堂々?」

 悟は立ち上がり、しばらく黙った。頭の中で今日起きた事を順番に並べ直す。見張り台の鴉獣人。東通路のヘルハウンド。封鎖部屋前のリザードマン。いずれも一撃で、誰にも気づかれずに仕留められている。

 砦の中に潜んでいる。しかし侵入した形跡がない。

「仮に人間だとして、どうやってバレずに潜入した……犠牲者の一人はヘルハウンド、あの嗅覚を掻い潜るのは簡単じゃない」

「匂いを偽装してるとか?」

「そして見た目も。恐らく侵入者は旅団員に化けている」

 悟は言った。

「そんな事出来るのか」

 トニーが眉を寄せた。

「魔術を使えば不可能じゃないわ。簡単ではないけど、いくらでもやりようはある」

 沈黙が落ちた。

「……じゃあ今も俺達の中に」

「ああ。急いで見つけ出さないと、次の犠牲者が出る」


 そして、また死体が見つかった。四体目はサキュバスのエリンだった。

 翼を持ち、艶めかしい外見を持つその個体は、砦の一階にある小部屋で発見された。扉には内側から鍵がかかっていたが、発見者が扉を破壊し、今は粉々になっている。

 部屋の中には窓がなく、換気用の小さな穴が一つあるだけで、人が出入りできる大きさではない。

「密室だ」

 ディーンが言った。

「内側から鍵。どうやって殺した」

 悟は部屋の中に入り、天井を見上げた。死体の周囲を歩き、壁を触り、換気穴を覗き込んだ。サキュバスの死因は首を絞められた痕だった。刃物ではない。

 悟は部屋をもう一度ゆっくりと見渡した。天井、壁、床。サキュバスが逃げ込んで鍵をかけたとすれば、部屋に入る前から誰かが中にいた事になる。あるいは鍵をかけた後に入り込んだか。換気穴は小さすぎる。扉は内側から施錠されている。

「考えられる手段は二つ。一つは、魔術で不定形の姿になった。もう一つは、そもそも部屋から出ていない」

「不定形化は肉体への負担が大きいので、人間がそこまでのリスクを負うとは思えませんね。まあ、完全に否定はできないけれど。でも部屋に隠れられる場所はありません」

「いいや、どうかな。ここは一階だ、アレがあっても不思議じゃない」

 悟は床に敷かれたラグを足で払う。そこにはハッチが取り付けられていた。

「こんな部屋に地下への入り口?」

「全然知らなかったな」

「いや、ただの床下収納だ。知らなくても無理はない。だが、人一人はなんとか入れる」

 悟は斧を手に握った。

「ハッチを開けろ、一気にだ」

 双子は左右からハッチの取っ手を掴むと、一気に開いた。その瞬間、人影が飛び出してくる。オークの姿でナイフを構えて突進してくる。

「×××××!!」

 人間の言葉だった。驚く間も迷う間もなく、オークの姿の者に悟は斧を振り下ろした。脳天から縦に体を切り裂き、肉体が左右に分かれた。

 殺した事を咎める者は誰もいない。なぜなら言葉が通じず尋問も出来ない人間を生かすだけ無駄だからだ。

「終わりましたね」

 悟はしゃがみ、死体を調べた。

 それはやはり人間だった。暗い茶髪の四十代の人間の男の表面には剥がれかけたオークの皮が纏わり付いていた。くすんで変色した緑の肌。見覚えのある特徴だった。

「こいつが被ってる皮……哨戒のベンジャミンだ」

「モンスターの皮を着てたってのか」

「着るだけじゃすぐバレる。皮を着るのは魔術に必要な工程なんだろう」

 悟は魔術に詳しいサイラに目を向ける。

「魔術は既にほぼ解けてますが、これは変性魔術の一種ですね。モンスターの肉体を身に纏ってそれに化けるのは、不可能じゃありません。ヘルハウンドのユージーンが匂いで気づかなかったのも納得です」

「趣味の悪い奴らだ」

「ゾッとするぜ」

 悟は訂正はしなかったが、本心では皆分かっていた。趣味云々の話ではない。敵の死体を身にまとい、単身で乗り込む覚悟が人間にはある。敵として厄介極まりない。

「こいつは始末したが、砦の構造やこちらの戦力は既に報告済みと思った方がいい」

「物量で押されちゃ不味いな」

「その前に先手を撃つか」

「何をするにも慎重に動く必要があるな。だがモタモタしてられない。会議をもう一度開く。後の事はそこで決める」


 そして夜が深まった頃、幹部達が再び集まった。

「砦の場所は知られている。今回の侵入者は密偵とし、こちらの情報を既に共有されたと想定して動く。そうなると、近いうちに人間による大規模な攻撃が来る」

 誰も反論しなかった。

「この砦では守り切れない。今日、ナターナエルが言った事が正しかった。仲間の数より先に、拠点の問題を解決しなければならない」

「移転先を探す、という話でしたね」

 サイラが言った。

「探す必要はない」

 悟は地図を広げ、一点を指で叩いた。

「ここを奪う」

 トニーとディーンが顔を見合わせた。

「人間の砦か?」

「街道から外れた場所にある人間の要塞だ。今の駐屯数は多くない。堅牢な石造りで、水源があり、防衛に適していて、武器もある。ここを落とせば長期的な拠点になる。しかも、砦を落としたとなれば瞬く間に名声は広がる。自然とモンスターは集まってくる」

 双子はうんうんと頷くが、すぐに眉間に皺を寄せた。

「要塞を落とすだけの戦力があるか?」

「圧倒的に数が足りてない」

 双子の問いかけに、悟は地図から視線を上げた。

「当然正面からやり合って勝てるとは思ってない。だが、俺たちはモンスターだ。人間の常識で物事を考える必要はない」

 サイラは黙ったまま視線をナターナエルに向ける。

「ナターナエル、あなたはどう判断する?」

 サイラが問いかけた。ナターナエルはしばらく地図を眺め、太い指先で要塞の場所をぽんと叩いた。

「とれる」

 それだけだった。しかし全員に、その三文字が十分すぎるほど届いた。それには理由があった。

「決まりだ。元ノルウェー海軍少佐のナターナエルが取れると言ったんだ、だったら不可能は無い」

 悟は地図を折りたたんだ。

「アース旅団は要塞を取る」

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