救出
森を抜ける街道沿いに製材所のある小さな村の近くをモンスターの集団が通った。まだ住民の大半が気がついていないが、山鳥を持ち帰っていた猟師はその集団を見つけ、木陰にへばりつくようにして隠れ、弓を胸に抱えたまま震えていた。それに気づいた、モンスターの中では人間の姿にかなり近い女が口を開く。
「サトル。今隠れた人間、隙を伺ってるのかもしれません。殺しますか?」
黒いドレスの裾を夜風に揺らしながら、サイラ・テレシコフが囁いた。雪のように青白い肌と、ゆるく波打つ黒髪が月明かりに映えている。薄く開いた唇の端から覗く白い牙、そして血の通っていない人形のような顔立ち。ヴァンパイアであるサイラは、暗闇の中でも猫のように目が利いた。その視線が猟師の潜む木陰に鋭く向けられている。
「放っておけ、怯えて隠れてるだけだ。ここで騒ぎを起こすとハンターに勘付かれる。先手が取れないのは避けたい」
答えたのは、鮮やかな赤い鱗に覆われた皮膚を持つ男だった。傷ひとつない二本の角が額の上から伸び、ドラゴンを連想させる異形の外見でありながら、立ち姿には知性を感じさせる落ち着きがある。男の名は高野悟。彼は人間と同様の衣服を纏い、腰には手斧を下げている。
悟の仲間は他に十三体いた。その中でも悟が特に信頼を置く仲間が四体。吸血鬼のサイラと、野生の熊のような巨躯が白い剛毛に覆われたトロール。名はナターナエル・ベスターだ。その巨体は夜の森の中で白くぼんやりと浮かび上がり、じっとしていれば雪を被った岩にも見える。毛皮が厚くて服を着る必要もなく、何も身に着けていない。残り二人は双子のゴブリン兄弟、トニー・A・ベイカーとディーン・S・ベイカーだ。身長は小さな子供ほどで、くすんだ緑色の肌に魔女のような鉤鼻、頭の脇からひょろりと横に伸びた長い耳を持つ。二人の顔つきは双子故に瓜二つで、悟以外の者は二人を見分けることも出来ない。二人とも毛皮の衣服を着込み、腰には革紐を編んだ投石紐をそれぞれ下げている。
「サトル、おれハラへった」
ナターナエルが涎を垂らしながら猟師の方をちらりと見た。
「今日は人間は我慢だ。帰ったらイノシシをたらふく食わせてやるからそれで我慢しろ」
ナターナエルは指を咥えながら「はーい」と従った。その間もよだれは止まらない。
その時だった。遠く、森の奥の方から、何かが地鳴りのように響いてきた。鳥の声でも風の音でもない。生き物の声だ。怒りとも絶望ともつかない、森全体を震わせるような咆哮が、木々の間を抜けて届いてきた。ナターナエルが太い首をもたげ、サイラが視線を森の奥へと向けた。
「今の声」
「人間じゃないな」
「ただの獣でもない」
「獣系のモンスターだ」
トニーとディーンが息を合わせたように交互に言った。
悟は森の奥を見据えたまま答えた。
「間違いない、助けを求めてる」
「サトル。私達が目指してたハンターの拠点、声の方じゃありませんか?」
サイラが静かに確認した。悟は頷き、仲間を見渡した。
「急ぐぞ。ハンターに先を越されるな」
「ハンターの拠点を襲撃する計画は中止ですか?」 サイラが確認した。すると、双子が口を開いた。
「当然だろう」
「俺らはアース旅団」
「迷えるモンスターに救いの手を差し伸べる」
「それが俺たちの使命」
「ハンターの拠点は後回し」
双子が交互に捲し立てる。
「サトル、あなたが決めた事なら、みんな従います」
サイラは悟に確認した。
「予定変更だ。幹部以外は拠点に戻れ、急ぎだから少人数で行く」
「はしる?」
ナターナエルが聞いた。
「飛んで行く」
悟が答えた。
「この人数で?」
サイラが聞いた。
「流石に無理があるぜ団長」
声を揃えたトニーとディーンがナターナエルの白い巨体をちらりと見た。
「ごめん、おれがでかいから」
ナターナエルは申し訳なさそうに首をすくめた。
「問題ない、全員乗せれる」
悟は断言した。悟は幹部以外のモンスターと別れると、木の少ない開けた場所へ移動した。次の瞬間、その身体が急速に膨らみ始めた。二足歩行の人型がみるみる巨大化し、あっという間に翼を持つ巨大なドラゴンへと変貌した。赤い鱗が月光を受けて鈍く光り、大きく広げた翼が周囲の木々を揺らす。
「さあ、乗れ」
サイラはドラゴンの後ろ脚にするりとつかまり、根のように太い足の指の上に立った。ナターナエルは小柄な双子を肩に乗せてから、馬に跨るようにして悟の背中に乗り込んだ。大きな翼が空気を叩いて地面を押し、巨体が一気に夜空へと舞い上がった。サイラは冷静にで地上を見渡し、ナターナエルはがっしりとしがみついてぶるぶると震え、トニーとディーンは遊園地のアトラクションでも楽しむように片手を高く上げて叫んでいた。
しばらく森の上空を飛んでいると、サイラが「見つけました」と指を差した。そこには二人のハンターと、馬に縄で繋がれて引き摺られているウェアウルフの姿が見えた。
「まずいですよ、もうハンターに捕まってます。馬で引きずられてる!」
「遅かったか」
「まだ生きてるか?」
「ここからじゃわからんな」
「首を持ち帰らずに体ごと引きずってるから、たぶん生きてる。ハンターにとっては生け捕りの方が金になるからな」
悟は上空で旋回しながら下を確認した。ハンター達はまだ上空の悟達に気づいていない。
「見ろ、腰に座標の灯火を下げてやがる」「戦闘になったら魔術師が飛んでくるぞ」双子が言う通り、ハンターの腰には緑に淡く光るランタンがぶら下げられていた。魔術師は座標の灯火の近くに転移ができる。
「着陸すれば風圧でバレるが、敵は少数だ。魔術師を呼ばれる前に一気に畳み掛けるぞ」
「了解」
悟は翼をすぼめ、一気に急降下した。地面すれすれで大きく翼を広げ、轟音と共にハンター達からわずか二十メートルの地点に着地する。爆風のような風圧が土煙を巻き上げ、突然の出来事に二人組のハンターは悲鳴を上げて木陰に飛び込んだ。
着地と同時に皆は地面に降り立っていた。ナターナエルが咆哮し、白い巨体で真正面に向かって突進する。サイラは身体を霧へと溶かして姿を消し、トニーとディーンは身軽な動きで素早く木に登った。
「×××××××××!?」
「×××!! ×××!!」
突然の襲撃に取り乱したハンターの怒鳴り声と馬のいななきが夜の森に響く。迫り来るナターナエルの白い巨体に、慌てながらも二人は弓へと手を伸ばした。しかしその瞬間、二人の額と顎に重い衝撃が走った。木の上に陣取ったソニーとディーンが投石紐を素早く振り回し、放った石がそれぞれに正確に直撃したのだ。顎を撃ち抜かれた一人はそのまま崩れ落ち、一人は膝をついたものの、すぐに起き上がろうとした。しかし、彼の目の前で霧が凝縮してサイラの腕が実体を取り戻し、ナイフのように伸ばした爪でその喉を裂いた。倒れた方はナターナエルが無造作に頭を踏み潰し、決着をつけた。
「良くやった」
獣人の姿に戻った悟は短く言い、周囲を確かめた。逃げ出した馬を木の陰に見つけて駆け寄ると、ロープで繋がれたウェアウルフの巨体が地面に横たわっていた。手足と口をぐるぐると縛られ、苦しそうに呼吸している。灰色の毛に覆われた大柄な身体には、矢が何本も刺さったままだった。
「まだ生きてる。やはり生け捕りにされていたな」
悟は拘束を解き、刺さっている矢を次々と抜いた。
「腹のやつ、内臓やられてないか?」
トニーが恐る恐る聞く。
「やられてる。でもウェアウルフの自然治癒力なら、内臓の傷は肉を食べてしばらく寝ていれば何とかなる。問題はこっちだ」
悟は肩甲骨に刺さっている矢に手をかけた。引き抜くと、周囲の炭化した皮膚がボロボロと崩れ落ちた。
「火の属性を付与した矢だな。ハンターと魔術師の連携攻撃だ。これじゃ自然治癒じゃどうにもならん。連れ帰って治療を受けさせる必要がある」
その後再びドラゴンの姿に戻った悟の背に、気絶したウェアウルフの巨体をロープで固定する作業は難航したが、何とか終えた。ウェアウルフの両脇にトニーとディーンが陣取り、サイラが後ろ脚につかまった。
「すまないなナターナエル。さすがにこの状態でお前まで乗せるのは無理だ。一人で帰れるか?」
「だいじょうぶ! おれひとりでかえれる!」
「ハンターに見つかるなよ」
悟は夜空へと飛び上がった。満天の星を背に、赤い巨体が森の上をゆっくりと流れていった。




