7話 なくしたくない
このお話は全年齢向けの作品です。
気軽に読んでいただけたらうれしいです。
三人は、体育館前の広場に立っていた。
うっけは、となりを見た。
「ま……」
そこで、口が止まった。
言えるはずだった。
さっきまで、何回も呼んでいた名前。
なのに、出てこなかった。
となりの女の子が、うっけを見た。
「なに」
「いや」
「なに」
「……おい」
女の子のかおが、すこし変わった。
「おい、ってやだ」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
言ってから、うっけはこわくなった。
そんなの、聞くことじゃない。
知っているはずだった。
女の子は、うっけを見た。
「そっちだって」
「なに」
「そっちだって、えっと」
女の子の口も、そこで止まった。
うっけのかおを見ていた。
そこにいるのに、名前が出ない。
「えっと、じゃないだろ」
「じゃあ、なに」
「知るかよ」
「知っててよ」
「そっちこそ、知ってろよ」
言い合っているのに、名前だけがなかった。
男の子は、なにも言わずに、二人を見ていた。
うっけのむねが、ぎゅっとなった。
「なんだよ、これ」
そのとき、男の子が言った。
「あたま、すこし、はっきりしてきた」
うっけは、ふりむいた。
「は?」
男の子は、さっきより目を開けていた。
もう、ねむそうではなかった。
「今それ言うのかよ」
「今だから」
男の子は、うっけと、女の子を見た。
「ぼくも、二人の名前が出ない」
「……おまえまでかよ」
うっけのこえは、小さかった。
「うん」
その言い方が、よけいにこわかった。
男の子は、黒を見ていなかった。
女の子を見た。
そして、うっけをまっすぐに見た。
「ぜんぶ、わかったわけじゃない」
「じゃあ、だまってろ」
「だまってても、変わらないよ」
「そんなの、わかってるよ!」
うっけのこえが大きくなった。
でも、男の子はびっくりしなかった。
ただ、二人を見ていた。
「名前が、出ない」
「だからなんだよ」
「次は、もっと、なくなる」
女の子が、うっけのそでをつかんだ。
ぎゅっと。
男の子は言った。
「なくしたくない」
「なにを?」
男の子は、もう一度言った。
「二人を、なくしたくないんだ」
女の子の手が、うっけのそでをつかんだまま、ふるえた。
うっけも、泣きそうだった。
でも、男の子をにらんだ。
「名前も出ないのに」
「うん」
「どこ行くかも、わかんないのに」
「うん」
「それで、なくしたくないって言うのかよ」
男の子は、うなずいた。
「言う」
「へんすぎるよ」
「そうかも」
でも、うっけの足は、一歩、男の子のほうへ出ていた。
男の子が、黒くなっていくほうを見た。
「行く」
「どこへ」
「たぶん、あっち」
「たぶんで、行くなよ」
「たぶんでも、行くよ」
「なんで」
男の子は、二人を見た。
「ここにいたら、なくなっちゃう」
となりの女の子は、なみだが出ていた。
うっけは、女の子の手をつかんだ。
「来いよ」
うっけは言った。
女の子は、うなずいた。
「うん」
女の子の手が、うっけの手をにぎりかえした。
名前は出なかった。
でも、はなしたくなかった。
男の子が先に歩いた。
黒くなっていく体育館のほうだった。
「そっち、だめだろ」
うっけが言った。
「だめ。だけど」
「でも、こっち」
「わかんないんだろ」
「ぜんぶは、わかんない」
男の子は、体育館の手前を見ていた。
「まだ、ある」
うっけも、そっちを見た。
体育館は、黒に飲まれていた。
大きな屋根も、かべも、黒くなっていた。
うっけは、足が止まりそうになった。
でも、にぎっている手があった。
となりの女の子も、黒を見ていた。
それから、黒ではないところを見た。
「ねえ」
うっけは、ふりむいた。
「なに」
女の子は、体育館の手前を、ゆびさした。
「掲示板」
黒くなった体育館の手前に。
あさ、名前を見た掲示板が、まだそこにあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
8話は明日、5月7日 1:00に更新予定です!




