38話 だいけっさく。そのに
「ごめんなさい」
りっか、だった。
うっけの出した六枚。
まるみは、角を合わせた。
カサネが、ずれないようテープでとめた。
りっかのごめんなさいは、図工室に広がった。
床の画用紙にも、広がった。
そう。
石だけだ。
ごつごつした石。
それ以外、画用紙の白。
それなのに。
うっけは動かない。
まるみの色えんぴつも。
カサネの絵の具も。
りっかの声も。
でも、だれも。
りっかを責めていなかった。
りっかは石から、目を離せなかった。
「りっか。だいじょうぶ?」
まるみの手が、色えんぴつを握りなおした。
「うまく、思い出せないの」
りっかは、石の上の白を見た。
「この上」
うっけも、そこを見た。
そこには、まだ、なにもなかった。
りっかは、もう一度、小さく言った。
「わたしが覚えてないと、作れないのに」
まるみは、色えんぴつを置かなかった。
「ぜんぶじゃなくていいよ」
りっかが、まるみを見た。
「ぜんぶじゃなくて?」
「うん。色でも、見えたところだけでもいい」
カサネは、白いところを見た。
「ちがっても、直せる」
りっかは、カサネを見た。
カサネは、静かに続けた。
「あとで思い出したら、そこにかける」
うっけは、石を指さした。
「石は、もう出た」
りっかが、うっけを見た。
うっけは、六枚の白を見まわしてから、石をもう一度指さした。
「だったら、そこから広げればいい。温泉なんだから、いっぺんにぜんぶ出なくてもいいだろ」
まるみは、ふっと笑った。
「いまの、理由になってる?」
「なってる」
「まあ、なってるかも」
りっかは、石の上を見た。
ぜんぶは、まだ出てこない。
でも、石はあった。
ぬれていた。
その上に、木の色があった。
「木の屋根が、重なってた」
まるみの手が動いた。
木の屋根。
湯気に入っていく、細い階段。
建物の横の、小さな看板。
佐々江温泉。
白かったところに、少しずつ場所が出てきた。
りっかの声も、少しずつ戻ってきた。
「階段は、湯気の中に入っていくみたいだった」
まるみが、細い線を入れた。
「看板には、佐々江温泉って書いてあった」
まるみが、小さな看板に、細い字を入れた。
まるみは、顔を上げた。
「さっき見えた、二つの岩は?」
りっかは、顔を上げた。
そこだけは、答えが早かった。
「山の中で、近くに立ってた」
うっけは、灰色の折り紙を重ねた。
まるみが、ごつごつした線を足した。
カサネは、二つの岩の間を見ていた。
「もう少しだけ、間をあけて」
「くっつけないのか?」
うっけが聞いた。
りっかは、二つの岩を見ながら言った。
「くっついてないのに、倒れない感じだった」
まるみは、二つの岩の間を、ほんの少しだけ開けた。
その形を見たとき、りっかの目が大きくなった。
「うん。二つの岩は、この立ち方だった」
まるみは、筆を持った。
「最後に、湯気」
白い絵の具が、石の間から上がった。
木の屋根をかすめた。
細い階段を包んだ。
二つの岩の下へ、ふわっと流れた。
うっけが、息をのんだ。
りっかは、動けなかった。
さっきまでばらばらだったものが、湯気でひとつになっていった。
まるみは、りっかを見た。
「どう?」
りっかは、絵から目を離さなかった。
「うん。わたしが覚えてる佐々江温泉は、こういう場所だった」
図工室の床に、佐々江温泉があった。
本物ではない。
でも、四人の頭の中には、もう、同じ温泉があった。
まるみは、あはっと笑った。
「だいけっさく。そのに、だ!」
「なんのこと?」
カサネが聞いた。
「カレーの絵が、そのいち。温泉が、そのに」
まるみは、床いっぱいの温泉を見た。
「みんなで作ったから」
りっかは、絵の中の湯気を見ていた。
それから、二つの岩の下を見た。
「あの岩のところに、行けるはず」
うっけが、りっかを見た。
「行ける?」
りっかは、床いっぱいの絵を見た。
「うん。佐々江温泉が、もう頭の中にある」
カサネが、小さくうなずいた。
「ぼくの頭の中にも、ある」
うっけは、にっとした。
「じゃあ、今度は行ける」
うっけは、もう昇降口のほうを見ていた。
「温泉、あるはずだ。行くぞ」
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次回は
6月19日 1:00に更新します。




