37話 あの岩をめざして
道は、少しずつ細くなった。
人はいないのに、家だけある。
りっかは、新しいくつで歩いていた。
こつ。
くつの先に、町の土がついた。
りっかは、足もとを見た。
「音、する」
「するな」
うっけが言った。
「そのくつ、いいな」
りっかは、くつの先を、もう一度見た。
それから、少しだけ笑った。
しばらく歩くと、道の奥に、ほかの家より大きな建物が見えてきた。
入口の横に、木の看板がかかっていた。
佐々江町役場。
りっかの足が、ぴたりと止まった。
「佐々江」
「そうだな。佐々江町役場」
うっけが言った。
りっかは、看板を見たまま言った。
「佐々江は、聞き覚えある。でも、役場は、知らない」
ぎい。
風が、うっけたちの前を通り、看板を鳴らした。
うっけは、役場の横を見た。
建物のかげに、細い道がのぞいていた。
「こっち、行けそうだな」
四人がその道へ入ると、道の先が広くなった。
児童館の前の、空き地だった。
大きな木のかげが、草の上に落ちていた。
「おにぎり食べたところだ」
うっけは、木のかげから空を見上げた。
枝の間に、山が見えた。
町の屋根のむこう。
畑のむこう。
木が濃くなっている、山の中ほど。
うっけが、目をほそめた。
「なんだ、あれ」
まるみも、枝の間を見た。
「どれ?」
「ほら、あそこ」
カサネが、少しだけ前に出た。
「岩が、二つ」
山の中ほどに、岩が二つあった。
二つの岩は、左右からよりかかっているみたいだった。
りっかは、その岩を見た。
りっかの目が、すこし大きくなった。
「あの岩で、思い出した」
まるみが、りっかを見た。
「なにを?」
りっかは、すぐには答えなかった。
二つの岩の下のほうを、じっと見ていた。
「佐々江温泉」
うっけは、山を見た。
「温泉?」
「うん。わたしが、小さいころ、行ったところ」
りっかは、二つの岩の下のほうを指さした。
「あの岩の、下のほう」
うっけは、背のびをした。
「見えるのか?」
「見えない。でも、あの下のほう」
りっかは、岩の下のほうを見た。
「でも、今は、やっていないの」
「なんで?」
うっけが聞いた。
「わたしが行ったとき、もうすぐ、しまりますって書いてあった」
「しまる?」
「うん。もう来られなくなるって」
カサネは、二つの岩を見ていた。
「でも、場所は、まだ見えてる」
「行く」
うっけが言った。
りっかが、うっけを見た。
「でも、もう閉まっているよ」
「閉まっててもいい」
うっけは、山を指さした。
「おれたち、この町のこと、なんにも知らないんだぞ」
まるみは、はっとして、役場のほうを見た。
佐々江町役場。
名前はあった。
でも、だれも、そこを知らなかった。
カサネも、二つの岩を見ていた。
「ぼくも、知らない」
その声は、いつもより小さかった。
うっけは、りっかを見た。
「でも、りっかは知ってる」
りっかは、少しだけ目を上げた。
うっけは、もう一度、山を指さした。
「りっかが知ってる場所なら、行く」
まるみが、うなずいた。
「うん。行こう」
カサネも、小さくうなずいた。
「知ってる場所なら、なにかあるかもしれない」
りっかは、山の岩を見た。
「……うん」
それから、うっけを見た。
「うっけくん、すぐ走るね」
「まだ走ってない」
「でも、もう走りそう」
うっけは、空き地の奥の道を見た。
「あの岩のところまで行く」
四人は、空き地の奥の細い道へ入った。
細い道は、草の中へ入っていった。
りっかのくつに、草の先が触れた。
さわ。
りっかは、足を止めなかった。
うっけは、前を歩いた。
でも、りっかから離れなかった。
役場の裏をぬけると、畑が広がった。
畑の先で、道は土の坂になった。
カサネは、足もとの土を見た。
「ここまで道が続いたの、はじめてだと思う」
うっけの顔が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ、行ける!」
まるみが、すぐに言った。
「うっけ、まだだよ」
「でも、続いてるだろ!」
うっけの足が、少し早くなった。
りっかは、くつの先を見た。
土が、もう少しだけついた。
「さっきより、山に近い」
まるみが、息を吸った。
「ほんとだ」
坂を上ると、町の屋根が下に見えた。
「高いところまで来てる!」
うっけの声が、はずんだ。
二つの岩も、さっきより大きく見えた。
りっかは、息を吸った。
「近い」
まるみも、山を見上げた。
「ほんとだ。もうすぐみたい」
うっけの足が、また少し早くなった。
「行ける。これ、行けるぞ!」
「うっけ、走らない!」
「走ってない! でも、もうすぐだろ!」
りっかも、新しいくつで、坂を上った。
こつ。
こつ。
石の音が、山のほうへ続いていくみたいだった。
坂の先で、木が増えた。
二つの岩は、葉の間に見えたり、かくれたりした。
うっけは、岩が見えるたびに、前へ出そうになった。
まるみが、そのたびに言った。
「まだ」
「わかってる」
「わかってないよ」
りっかの口もとが、すこしだけゆるんだ。
木のにおいが、近くなった。
二つの岩は、もう、木の上から、すぐそこみたいに見えていた。
うっけが、手を伸ばした。
「もうすぐだ」
りっかの足も、止まらなかった。
でも、カサネだけが、少し足をゆるめた。
「……静かすぎる」
うっけが、振り返った。
「なにが?」
「山なのに、音がない」
まるみも、耳をすませた。
葉の音も、鳥の声も、しなかった。
りっかは、二つの岩を見た。
「でも、見えてる」
うっけは、前を向いた。
「だったら、行く」
次の曲がり角。
そこを曲がれば、岩の下へ出る。
はずだった。
うっけは、曲がった。
そして、止まった。
木の校舎があった。
山へ向かっていたはずの道は、昇降口の前で終わっていた。
うっけは、口を曲げた。
「またかよ」
まるみは、後ろを振り返った。
さっきまで見えていた二つの岩は、町のむこうに戻っていた。
りっかは、校舎ではなく、町のむこうの山を見た。
「あそこに、あったはずなのに」
うっけも、山を見た。
うっけの手は、まだ、前に伸びかけていた。
「じゃあ、出そう」
「なにを?」
「佐々江温泉」
まるみは、目を丸くした。
「温泉とか、大きすぎるよ」
「でかいなら、でかくかけばいいだろ」
うっけは、校舎を見上げた。
「歩いて行けないなら、出す」
りっかは、町のむこうの山を、まだ見ていた。
まるみも、カサネも、山を見た。
うっけは、もう図工室のほうを向いていた。
「佐々江温泉を、出そう」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月18日 1:00に更新します。




