36話 シンデレラのように
りっかは、まんじゅうを食べ終わってからも、しばらく何も言わなかった。
お皿を両手で持ったまま、湯気のなくなったまんじゅうのあとを見ていた。
それから、ぽつんと言った。
「ほんとうに、出るんだ」
うっけは、まだ半分のまんじゅうを持ったまま、うなずいた。
「出る」
まるみが、うっけを見た。
「うっけがえらそうにするところじゃないよ」
「おれも、ちゃんと考えただろ」
「まんじゅうに近すぎる声でね」
うっけは、まんじゅうをもう一口かじった。
カサネは、りっかの足の先を見ていた。
お湯で色の戻った足は、まだ、はだしだった。
カサネは、鳥居のむこうを見た。
「道を歩くなら、くつがいる」
りっかも、自分の足を見た。
くつは、なかった。
りっかは、はだしの足の指を、ほんの少しだけ動かした。
「そうだね。くつ、ない」
それから、りっかは、鳥居のむこうを見た。
石段の下には、さっき通ってきた道がある。
そのむこうには、町がある。
どこまで行けるのかは、まだ、だれにもわからなかった。
りっかは、小さな声で言った。
「それに、なんでここにいるのかも、なんにもわからない」
うっけも、まるみも、カサネも、すぐには言わなかった。
湯気だけが、木の根のそばで、ふわっと上がった。
まるみが、りっかのとなりにしゃがんだ。
「わたしたちも、わからないこと、いっぱいあるよ」
りっかは、まるみを見た。
まるみは、すこしだけ笑った。
「でも、りっかに会えて、よかった」
うっけも、うなずいた。
「それに、ここから歩くなら、いっしょだろ」
りっかは、だまっていた。
カサネは、白い紙を見た。
「まんじゅうが出たなら、歩くものも、出せるかもしれない」
うっけは、ぱっと顔を上げた。
「くつだ」
まるみも、紙を見た。
「りっかのくつ」
うっけは、まじめな顔でうなずいた。
「痛くないやつがいい」
「すべらないやつ」
まるみが言った。
カサネは、りっかの足をもう一度見た。
「軽いのがいい」
まるみは、色えんぴつを持った。
「うん。軽くて、痛くなくて、すべらないくつ」
りっかは、小さく聞いた。
「わたしの?」
まるみは、りっかを見て、うなずいた。
「うん。りっかの」
まるみは、紙にくつをかきはじめた。
右のくつ。
左のくつ。
つま先は、すこしだけ丸くした。
足首のところは、やわらかそうにした。
くつの下には、ぎざぎざの線をかいた。
うっけは、のぞきこんだ。
「それ、すべらないやつだな」
「そう。すべらないやつ」
まるみは、くつの横に、小さく、りっか、とかいた。
りっかは、その字を見た。
「りっか」
まるみが言った。
「うん。名前も、りっかの」
うっけは、紙を持つ手に力を入れた。
「じゃあ、これで出るな」
カサネが、紙のはしをおさえた。
「まだ」
うっけは、カサネを見た。
「まだ?」
カサネは、りっかに言った。
「このくつで歩くところを、頭の中に作ってみて」
りっかは、すこし困った顔をした。
「歩くところ」
「うん」
カサネは、鳥居のむこうを見た。
「石段を下りる。道を歩く。町を見る」
りっかは、鳥居のむこうを見た。
それから、ゆっくり目を閉じた。
「わたしでも、想像するのは、とくいかもしれない」
まるみは、だまって待った。
うっけも、口を閉じた。
カサネも、紙をおさえたまま、動かなかった。
りっかは、はだしの足を、ほんの少しだけ前に出した。
石にふれる、と思った。
その前に。
ことん。
りっかの足の下に、くつがあった。
うすい茶色。
つま先が少し丸い。
下には、ぎざぎざの線がある。
まるみの絵と、同じくつだった。
りっかは、目をつむったまま、くつに足を入れた。
くつは、りっかの足を、そっと包んだ。
りっかが、小さく息を吸った。
「……うまく、出せたみたい」
まるみは、息を吸った。
「りっかの」
りっかは、目を開けた。
くつを見た。
それから、まるみに聞いた。
「これ、あとで、なくならない?」
うっけも、くつを見た。
「そうだよな。まんじゅうは食べたらなくなるけど、くつはなくなったらこまる」
カサネは、すこしだけ考えた。
「なくならないと、思う」
りっかは、カサネを見た。
「なんで?」
カサネは、紙のくつを見た。
それから、りっかのくつを見た。
「シンデレラのくつも、まほうがとけても、なくならなかった」
うっけは、少しだけだまった。
「シンデレラって、そうだっけ」
まるみが言った。
「そうだよ。ガラスのくつが残るの」
りっかは、新しいくつを見た。
「まほうが、とけても」
「うん」
カサネは、うなずいた。
「これは、りっかのくつ」
まるみも、すぐに言った。
「りっかのために、かいたくつ」
うっけも、うなずいた。
「りっかが歩くためのくつ」
りっかは、くつの中で、つま先を少し動かした。
「痛くない」
まるみは、ほっと息をはいた。
「よかった」
りっかは、もう片方のくつも、そっとはいた。
りっかの足に、ぴったりのくつだった。
りっかは、社の前に立った。
さっきまで地面に触れないで降りてきた足が、いまは、くつの中にあった。
りっかは、一歩だけ歩いた。
こつ。
まるみの顔が、ぱっと明るくなった。
「うん。歩けてる」
りっかは、その音を聞いて、すこし笑った。
もう一歩、進んだ。
こつ。
うっけは、にっとした。
「じゃあ、行くぞ」
りっかは、鳥居のむこうを見た。
「このくつで、歩いてみたい」
まるみは、白い紙をたたまずに持った。
「紙も、色えんぴつも持ってく」
「なんで?」
うっけが聞いた。
「また描けるかも、しれないでしょ」
うっけは、うなずいた。
「よし。行くぞ」
こつ。
りっかは、自分のくつで、もう一歩、進んだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月17日 1:00に更新します。




