35話 温泉まんじゅう
うっけは、まだ、お湯のそばで、まんじゅうのことを考えていた。
りっかの足は、お湯の中で、ほんの少しだけ動いた。
それを見たうっけは、にやっとした。
「よし」
まるみが、うっけを見た。
「なにが、よし、なの」
「温泉まんじゅうだ」
「まだいってる」
「まだじゃない。ここからだ」
うっけは、まじめな顔でうなずいた。
「お湯が出た。湯気も出た。だったら、まんじゅうも出る」
まるみは、ちょっとだけ考えた。
「そういうものかなあ」
「そういうものだろ」
りっかが、ぽつんと言った。
「……あまいの?」
うっけは、すぐにりっかを見た。
「うん。あまい」
りっかは、お湯の中の足を見たまま、もう一度聞いた。
「あったかいの?」
「たぶん、あったかい」
「たぶんじゃなくて」
まるみが言った。
うっけは、胸を張った。
「あったかい。あまい。まんじゅうだ」
りっかは、すこしだけ目を上げた。
「……へんなの」
「へんなのが、いいんだよ」
うっけは、鳥居のほうを見た。
「紙と、色えんぴつ、とってくる」
まるみは、すぐに立ちあがった。
「わたしも行く」
うっけは、まるみを見た。
「まんじゅう、かける?」
「うっけよりは、かけると思う」
「おれだって、まるくらいかける」
「まんじゅうは、ただのまるじゃないの」
まるみは、りっかの手を、そっと包みなおした。
「りっか。少しだけ行ってくるね」
りっかは、小さくうなずいた。
カサネが、りっかのそばにしゃがんだ。
「ぼくは、ここにいる」
うっけは、石段のほうへ走りかけた。
まるみが、すぐに言った。
「うっけ、走らない。石段」
「はやく歩いてるだけ!」
「それ、走ってるの!」
ふたりの声は、鳥居のむこうへ、ぱたぱた遠くなっていった。
お湯の底から、ぽこ、と小さなあわが出た。
りっかは、すこし肩を動かした。
カサネは、お湯を見た。
「いまのは、お湯の音」
りっかは、カサネを見た。
「カサネ」
「うん」
「うっけと、まるみ」
カサネは、うなずいた。
「うっけは、まんじゅうのことを考えてるほう」
りっかは、すこしだけまばたきをした。
「まるみは?」
「りっかの手を、あっためてたほう」
りっかは、自分の手を見た。
まだ、少しだけ赤かった。
カサネは、鳥居のほうを見た。
「ふたりとも、すぐ戻ってくる」
りっかは、だまってうなずいた。
しばらくして、石段のほうから、ぱたぱたと足音が聞こえた。
「カサネー!」
うっけの声だった。
「うっけ、紙、まがってる!」
まるみの声も、すぐあとから聞こえた。
うっけとまるみが、鳥居のほうから戻ってきた。
うっけは、紙を両手で持っていた。
まるみは、色えんぴつの箱を抱えていた。
うっけは、息をはずませながら言った。
「取ってきたぞ」
まるみも、息をはずませていた。
「落としてないからね」
「おれも落としてない」
「うっけは、紙だけ」
「紙も大事だろ」
うっけは、木の根のそばに紙を広げた。
まるみは、茶色の色えんぴつを持った。
それから、りっかを見た。
「じゃあ、まず、りっかのからね」
りっかの手が、お湯の中で止まった。
「りっかの?」
「うん。りっかの」
まるみは、紙に、まんじゅうを一つかいた。
少しだけ平たい、まる。
その上に、ほわほわした湯気をかいた。
それから、まんじゅうの横に、小さなお皿もかいた。
うっけは、紙をのぞきこんだ。
「それ、うまそう」
まるみは、すこし得意そうに言った。
「りっかのだからね」
りっかは、紙のまんじゅうを見ていた。
「これを、食べるの?」
カサネが、紙の上を見た。
「絵を食べるんじゃない」
りっかは、カサネを見た。
「ちがうの?」
「うん。絵を見て、頭の中に、ほんとのまんじゅうを作る」
カサネは、すこしだけ考えた。
「あったかくて、あまい。ほんとのまんじゅう」
りっかは、もう一度、紙を見た。
「……へんなの」
「うん」
カサネは、うなずいた。
「でも、できると思う」
うっけは、紙のまんじゅうへ顔を近づけた。
「温泉まんじゅう、出ろ」
まるみが、うっけを見た。
「そんなに近くで言わなくていいの」
「聞こえたほうがいいだろ」
「まんじゅうに?」
「まんじゅうに」
りっかの口もとが、ほんの少しだけ動いた。
そのとき。
ことん。
白い紙のとなりに、小さなお皿があった。
お皿の上に、温泉まんじゅうが、一つのっていた。
少しだけ割れていて、中のあんこが、ほんの少し見えていた。
湯気が、ふわっと上がった。
まるみが、息を吸った。
「出た」
うっけも、お皿を見た。
「出たな」
りっかは、お皿の上を見ていた。
「これ、りっかの?」
まるみは、大きくうなずいた。
「りっかのだよ」
りっかは、両手で、お皿を受け取った。
お皿は、りっかの手の中で、ほんのりあたたかそうだった。
りっかは、小さく言った。
「ありがとう」
それから、お皿を見つめた。
「まだ、あったかい」
うっけは、うれしそうにうなずいた。
「だろ」
まるみは、紙のまんじゅうを見た。
「じゃあ、うっけたちのぶんも、出るかな」
うっけは、すぐに言った。
「出る」
カサネも、紙のまんじゅうを見た。
「いまので、少し、わかった」
「じゃあ、いくぞ」
うっけは、まじめな顔で言った。
「温泉まんじゅう、三つ、出ろ」
ほわ。
紙の上から、ほんの少しだけ湯気が上がった。
小さなお皿にのって、三つの温泉まんじゅうが出ていた。
うっけは、いちばん近い一つに手を伸ばした。
「あつっ」
まるみが笑った。
「だから、あったかいまんじゅうなんでしょ」
うっけは、まんじゅうに、ふうっと息をかけた。
まるみは、自分のまんじゅうを両手で持った。
カサネも、まんじゅうを持った。
「まだ、あったかい」
カサネが言った。
うっけは、まんじゅうを半分に割った。
中から、あまいにおいがした。
「あんこだ」
まるみが言った。
うっけは、すぐに食べようとした。
まるみが、うっけを見た。
「ちゃんと味わって」
「味わう」
うっけは、まんじゅうをひとくちかじった。
「あまい」
まるみも、ひとくちかじった。
「あまいね」
カサネは、まんじゅうを両手で持ったまま、すこしだけうなずいた。
りっかは、自分のまんじゅうを見ていた。
それから、ほんの小さく、かじった。
りっかの目が、すこしだけ開いた。
「……あまい」
まるみは、うれしそうに笑った。
「うん。あまい」
うっけは、まんじゅうをもう一口かじった。
「ちゃんと、あまい」
まるみが、うっけを見た。
「それ、うっけが言いたいだけでしょ」
「大事だろ。ちゃんと、あまいって」
りっかは、お皿を両手で持ったまま、まんじゅうを見ていた。
湯気は、もうほとんど消えていた。
でも、りっかの手の中は、まだ、あたたかかった。
しばらくして、りっかが、ぽつんと言った。
「ほんとうに、出るんだ」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月16日 1:00に更新します。




