34話 しみわたる
りっかは、まだ、社の前にいた。
苔のついた石のそばで、白い光は、もうほとんど見えない。
落ち葉も、短い草も、もう音を立てていなかった。
けれど、りっかのまわりだけ、まだすこし明るかった。
まるみが、そっと聞いた。
「だいじょうぶ?」
りっかは、まばたきをした。
長い髪の下で、口がすこしだけ動いた。
「……さむい」
うっけは、すぐに自分の上着に手をかけた。
「これ、あったかいかは、わかんないけど」
うっけは、上着を持ちあげた。
「ないよりは、いいだろ」
うっけは、りっかの近くにしゃがんだ。
「かけてもいいか?」
りっかは、ほんの少しだけうなずいた。
うっけは、上着をりっかの肩のあたりへかけた。
まるみは、自分の両手に、はあ、はあ、と息をかけた。
それから、りっかの手を、そっと包んだ。
りっかの指が、すこしだけ動いた。
まるみは、もう一度、自分の手ごと、はあっと息をかけた。
「すぐには、あったかくならないかも」
カサネは、顔を上げた。
社の下。
木の根のあいだ。
石段の横。
カサネは、何かを探すみたいに、あたりを見まわした。
それから、ぱっと立ちあがった。
「見てくる」
「え、どこ?」
まるみが聞いたときには、カサネはもう、社の横へ走っていた。
うっけは、りっかに上着をかけたまま、カサネを見た。
「カサネ、あんまり遠くに行くなよ」
カサネは、木の根のむこうをのぞいた。
苔のついた石の間をのぞいた。
短い草の奥をのぞくみたいに、しゃがんだ。
それから、ぱっと顔を上げた。
「見つけた!」
うっけが、顔を上げた。
「なにを?」
カサネは、社の横を指さした。
「あったかいところ。あそこ、地面からお湯が出てるみたい」
まるみの目が、大きくなった。
「どこ?」
「こっち。木の根のむこう」
うっけとまるみは、りっかを見た。
りっかは、上着の下で、すこしだけ体を起こそうとした。
まるみが、りっかの手を包みなおした。
「ゆっくりでいいよ」
うっけは、りっかの背中の近くに手を出した。
「立たなくていい。動けるところまででいいから」
りっかは、ほんの少しだけうなずいた。
三人は、りっかを支えながら、木の根のそばへ近づいた。
ぽこ。
根と石のあいだから、小さな音がした。
うっけは、目をまるくした。
「いま、なんか言った?」
「お湯の音だと思う」
カサネが言った。
木の根のむこうには、小さなくぼみがあった。
くぼみの中には、お湯がたまっていた。
底から、小さなあわが出ている。
湯気が、ふわっと上がった。
まるみは、息を吸った。
「ほんとに、お湯だ」
うっけは、白い湯気に鼻を近づけた。
「たべちゃいけない、たまごみたいな、におい」
りっかの口もとが、ほんの少しだけ動いた。
うっけは、りっかを見た。
「たまごで、わらうのか?」
「うっけの言い方でしょ」
まるみが言った。
カサネは、湯気の上を見ていた。
「ここ、温泉なのかもしれない」
「温泉?」
うっけは、ぽこ、とあわの出たあたりへ、指を近づけた。
「あつっ」
まるみが、うっけを見た。
「そこ、まん中だよ」
「だって、そこから出てるし」
カサネも、お湯のはしに手を入れた。
「まん中はあついけど。はしのほうなら、そこまであつくない」
まるみは、りっかの手を握った。
「りっか、やってみる?」
りっかは、湯気のむこうを見て、小さくうなずいた。
うっけが、りっかの足の下に手を出した。
「ちょっとずつな」
まるみとカサネが、りっかの体を支えた。
りっかの足の先が、お湯に触れた。
りっかの肩が、ぴくっと動いた。
まるみが、すぐに聞いた。
「あつい?」
りっかは、首を横にふった。
それから、お湯の中の足を見た。
白かった指の先に、ほんの少しだけ色が戻っていく。
「あったかい」
まるみの顔が、ぱっと明るくなった。
「よかった」
うっけは、ほっとした顔をした。
それから、温泉を見た。
「じゃあ、次は温泉まんじゅうだな」
まるみが、うっけを見た。
「え。どういうこと?」
「温泉っていったら、まんじゅうだろ」
うっけは、すこしだけ考えた。
「たぶん。温泉まんじゅうっていうくらいだし」
まるみは、笑った。
りっかも、湯気のむこうで、小さく笑った。
ぽこ。
また、底から小さなあわが出た。
りっかの肩が、ぴくっと動いた。
うっけは、すぐに言った。
「だいじょうぶ。いまの、お湯だから」
まるみが、うっけを見た。
「うっけ、うるさい」
「え。だいじょうぶって言っただけだろ」
「声が、大きいの」
お湯の中で、りっかの足の指が、ほんの少しだけ動いた。
「足、動いた」
「おお」
うっけが、大きくうなずいた。
「じゃあ、まんじゅうまで、あと少しだな」
「まだいってるのそれ?」
まるみが聞いた。
「いうだろ。おなかも空いてきたし、温泉の次は、とうぜん、温泉まんじゅうだ!」
まるみは、もう一度、うっけを見た。
「やっぱり、うるさい」
「やっぱりってなんだよ」
まるみとりっかは、顔を見あわせて笑った。
うっけも、すこし遅れて笑った。
カサネは、お湯の底から出る小さなあわを見ていた。
ぽこ。
もう一度、あわが出た。
その音に、りっかは、もうびっくりしなかった。
湯気の中で、三人とりっかは笑っていた。
その笑い声は、湯気の中をぬけて、鳥居の向こうへ、広がった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月15日 1:00に更新します。




