33話 ながいかみの子
その子は、まだ、地面に触れていない。
社の前の空気は、白い光のままだった。
苔のついた石。
落ち葉。
短い草。
そのすぐ上に、長い髪の子が、空中でねむっているみたいに浮いていた。
風はない。
葉の音もしない。
それなのに、髪だけが、ゆっくりゆれていた。
背中も、手も、はだしの足も、地面のすぐ上にある。
でも、つかない。
つきそうになって、また、ふわっと離れる。
落ち葉は、つぶれない。
短い草も、たおれない。
うっけは、白いボールをかかえたまま、息をのんだ。
まるみの手が、うっけのそでをつかむ。
カサネは、その子から目を離さなかった。
まるみが、小さな声で言った。
「ずっと、つかない」
カサネが、声を落とした。
「降りてきてる、のかな」
「落ちるの?」
「ううん。落ちてるんじゃない。ういてる」
うっけは、白いボールをかかえたまま、社の前を見た。
白い光は、石の台の前で、しずかにゆれている。
「じゃあ、下にいたほうがいいだろ」
その子が、また、ふわっと地面に近づいた。
つきそうで、つかない。
うっけは、白いボールを地面にそっと置いた。
まるみが、はっとした。
「うっけ、あぶないよ」
うっけは、長い髪の子を見た。
その子は、苔の石と落ち葉のすぐ上で、ゆらゆらしている。
うっけは、前へ出た。
「おれ、下にいる」
カサネが、すぐに反対がわへ回った。
「ぼくは、こっち」
まるみは、うっけと、カサネと、その子を見くらべた。
それから、うっけのとなりに立った。
「わたしも」
「こわいだろ」
「こわいよ。だから、三人で支えるの」
うっけは、うなずいた。
「ぎゅってしない。落ちてきたら、ちょっと受けるだけ」
まるみは、小さくうなずいた。
「いたくしないようにね」
三人は、その子の下に立った。
白い光は、まだ音を立てなかった。
その子は、空中でねむっているみたいなまま、ふわりとゆれた。
長い髪が、うっけの顔の近くまで降りてくる。
けれど、からだは、まだ地面につかない。
うっけは、両手を出した。
「おい」
声が、思ったより小さくなった。
うっけは、もう一度、言った。
「ここ、地面あるぞ。いきなり落ちなくていいからな」
まるみも、下から声をかけた。
「だいじょうぶ。三人いるよ」
カサネは、反対がわで、手を出していた。
「こっちも、あいてる」
その子は、白い光の中で、すこしだけ上へもどった。
また、地面から離れる。
うっけは、息を止めた。
でも、こんどは、遠くへは行かなかった。
白い光が、ゆっくり、ゆっくり、下へ降りてくる。
その子も、同じように、地面へ近づいてくる。
三人の手の上を、白い光が、ふわっと通った。
だれの手にも、ずしんとはこなかった。
つかまえた、というより、光が通ったみたいだった。
それから、その子は、社の前の地面に、そっと降りた。
立つのでも、座るのでもない。
空中でねむっていたときと同じ形で、地面の上にいた。
長い髪が、顔のよこへ、さらりと落ちた。
白い光は、まだ、その子のまわりに残っていた。
石のすきまから出た短い草が、光の中で、ゆっくり揺れている。
でも、風はなかった。
うっけも、まるみも、カサネも、しばらく声を出せなかった。
その子のまつげが、すこし動いた。
まるみが、そっと息を吸った。
でも、声は出さなかった。
その子の目が、ゆっくり開いた。
はじめに、空を見た。
それから、木の葉を見た。
それから、社を見た。
三人は、その目がこっちへ来るのを、だまって待った。
三人を見たのは、いちばん最後だった。
まるみは、少しだけ下がった。
うっけも、出していた手を、そっと引っこめた。
カサネは、社の横を見た。
さっきまで白かった空気が、木の葉の色に、すこしずつまじっていく。
音のなかった場所に、さら、と葉の音が戻った。
そのとき、その子の口が、ほんの少しだけ動いた。
「……どこ」
まるみは、小さく答えた。
「神社のところ」
その子は、まるみを見た。
まだ、はっきり見えていないみたいだった。
うっけは、口を開けかけた。
でも、すぐに閉じた。
まるみが、そっと聞いた。
「名前、聞いてもいい?」
その子のまぶたが、すこし動いた。
「……り」
まるみは、待った。
うっけも、カサネも、動かなかった。
「……りっか」
その名前が出たとき、白い光が、すこしだけ明るくなった。
まるみは、そっと言った。
「りっか」
その子は、まばたきをした。
もう一度、まるみが呼んだ。
「りっか」
長い髪が、地面の上で、すこしだけ揺れた。
カサネが、小さな声で言った。
「名前だ」
まるみは、りっかから目を離さなかった。
「うん」
白い光は、もう、ほとんど消えかけていた。
でも、りっかのまわりだけ、まだすこし明るかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月14日 1:00に更新します。




