32話 鳥居のむこう
うっけは、白いボールをかかえたまま、鳥居を見上げていた。
木の鳥居は、石段の上、木もれ日の奥に、しずかに立っていた。
赤かったのかもしれない色は、うすくなって、木そのものの色にまざっていた。
その向こうに、細い道が続いている。
でも、その道は、まだ、だれも歩いていなかった。
「……ここからだな」
うっけが言った。
まるみは、鳥居の奥を見ていた。
「ここ、なんか、ちょっとちがう」
「なにが?」
「町の道じゃないかんじ。ずっと前から、ここにあったみたい」
うっけも、石段を見た。
たしかに、そこは、お米屋さんの前の道とも、役場へ行く道とも、ちがっていた。
石。
苔。
落ち葉。
短い草。
木の根。
町の音は、もううしろにあった。
ここには、木の葉をゆらす風の音だけがあった。
カサネが、鳥居の柱にそっと手をあてた。
手のひらに、古い木が、ぴた、とくっつくみたいだった。
「でも、ここも、道」
うっけは、カサネを見た。
カサネは、石段の上を、じっと見つめていた。
「上に続いてる」
うっけは、白いボールをかかえなおした。
「じゃあ、行くか」
三人は、鳥居をくぐった。
くぐったとたん、耳の奥が、つんとした。
うしろの音が、すこし遠くなった気がした。
うっけは、ふり返った。
役場のほうへ続く道は、木のあいだから、まだ見えていた。
でも、なんだか、あついガラスの向こうにあるみたいだった。
「見えるけど、遠い」
まるみが、小さく言った。
「うん」
うっけは、前を向いた。
「でも、戻ってない」
「うん」
三人は、石段をのぼった。
一だん。
二だん。
三だん。
ぬれているみたいに色の濃い石のあいだに、見たことのない形の草がはえていた。
まるみは、つまずかないように、足もとを見ていた。
カサネは、石段の横の木を、ずっと見ていた。
うっけは、白いボールを胸に近づけた。
石段をのぼるたび、町の音が、また少し遠くなった。
うっけは、石段の先を見た。
やがて、石段が終わった。
石段の上は、社の前だけ、すこし開けていた。
ぐるりと高い木にかこまれて、そこだけ木もれ日が落ちていた。
足もとには、苔のついた石と、落ち葉と、短い草がまじっていた。
ここは、入るまえから、声を小さくしたくなる場所だった。
まん中に、小さな社があった。
雨にぬれたことのありそうな、古い木でできた、ちいさな家みたいなもの。
前には、苔のついた、低い石の台がある。
横には、文字の消えかけた細い木の札が何本か、ななめに立っていた。
「ここ、神社?」
まるみが言った。
うっけは、あたりを見回した。
「たぶん」
「また、たぶん」
「だって、神社っぽいじゃん」
「ぽいね」
まるみは、小さくうなずいた。
カサネは、社の前に立っていた。
「ここ、町の音がない」
うっけは、耳をすませた。
さらさら。
ころころ。
あの小川の音は、聞こえなかった。
だれかの生活の気配も、ここにはなかった。
ただ、木の葉がゆれる。
遠くのほうで、名前の知らない鳥が一回だけ鳴いた。
それだけだった。
「しーんとしてる」
まるみが言った。
「しーん、だな」
うっけも言った。
でも、いやな静かさではなかった。
こわいのに、そこにいられる静かさだった。
カサネは、社の向こうを見ていた。
「まだ、奥がある」
うっけも、そっちを見た。
かさなった木のあいだに、すきまがあった。
子どもがひとり、やっと通れそうな、細いすきまだった。
「……あそこ?」
まるみが言った。
「たぶん」
うっけが言った。
今度の「たぶん」は、少しだけ小さかった。
カサネは、じっと、その暗いすきまへ目を向けていた。
「そこから、何かする」
「何か?」
うっけが聞いた。
「聞こえる、じゃない」
カサネは、首を少しだけ横にふった。
「でも、ある」
まるみが、うっけのそばへ寄った。
「あるって、なに?」
カサネは、うまく答えられないみたいだった。
ただ、木のかげの奥を見ていた。
うっけは、手の中のボールを胸に近づけた。
「じゃあ、行くしかないな」
うっけが言った。
まるみは、うなずいた。
カサネも、うなずいた。
三人は、社の横を通り、木のかげのすきまへ近づいた。
足もとの落ち葉が、かさ、と鳴った。
苔のついた石のすきまに、短い草がはえていた。
まるみは、うっけのそばに寄った。
カサネは、まっすぐ前を見ていた。
そのとき。
社の前の空気が、ふっと白くなった。
うっけは、足を止めた。
カサネだけが、顔を上げていた。
まぶしい光の中で、なにかが、しずかにゆれていた。
白い光が、少しずつうすれていく。
長い髪が見えた。
その子は、地面に触れないまま、空中でねむっているみたいに、ゆっくり降りてきた。
うっけは、息をのんだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第三章はここでおわり
つづきはまたこんど!




