28話 小川のそとがわ
三人は、小川からはなれるほうへ歩いた。
うしろでは、まだ、水の音がしていた。
さらさら。
ころころ。
前へ歩いているのに、音だけは、背中にくっついてくるみたいだった。
うっけは、肩を少し上げた。
「うしろにいろよ!」
「え。だれに言ったの?」
「小川。こんどは、そっちへ行かない」
まるみが、少しだけ笑った。
「小川から、はなれよう」
細い道は、家のあいだへ入っていった。
木のかべ。
低い屋根。
古い看板。
水の音は、だんだん小さくなった。
そのかわりに、町のものが、近くなった。
「あ。お米屋さん」
店の前には、米袋がならんでいた。
うっけは、入口をのぞいた。
「だれかー」
へんじはなかった。
となりには、八百屋さんもあった。
赤いトマト。
緑のきゅうり。
まるみは、奥を見た。
「なんか、へん」
カサネは、道の先へ目を向けていた。
「まだ、続いてる」
三人は、看板のならぶ道を進んだ。
小川の音は、もうほとんど聞こえなかった。
児童館の前に、空き地があった。
大きな木のかげが、草の上にまるく落ちていた。
まるみが、足を止めた。
「あそこ」
三人が座れば、ちょうどおさまりそうなかげだった。
まるみは、お弁当を見た。
「お弁当、食べない?」
うっけの弁当が、さっきより重く感じた。
「そうだな、食べようか」
三人は、木のかげに座った。
お弁当を開けると、おにぎりのにおいがした。
うっけは、おにぎりをひとつ手に取った。
ほんの少しだけ、手のひらに米のあたたかさがうつった。
「おにぎりまで、ぐるっとしてたらいやだろ」
まるみが笑った。
「まるいけどね」
うっけは、ひとくちめを、少し大きくかじった。
米が、口の中でほぐれた。
「……うま」
カサネも、ゆっくりかじった。
「とっても、おいしい」
風が、木の葉をゆらした。
まるみは、町をながめた。
「ここ、ちょっといいね」
「へんなのに?」
「へんなのに」
カサネは、草の上にそっと手をついた。
「ここ、すわっていい感じがする」
三人は、お弁当をしまった。
「あとで、ここでまた食べてもいいよね」
「まず、あとで来られるかだろ」
三人は、空き地を出た。
児童館のよこをぬけた。
小さな薬局。
郵便局。
そして、次の角を曲がった。
ふいに、足のうらの感じが変わった。
目の前に、木の門があった。
阿波瀬小学校だった。
「……お弁当のところは?」
お米屋さんも、八百屋さんも、空き地も見えなかった。
うっけは、頭をかいた。
「もう一回」
「また?」
「こんどは、ちがう道」
こんどは、三人はちがう道を選んだ。
小さな家が少なくなった。
畑。
田んぼ。
山が、さっきより近かった。
小川の音は、もう背中にもいなかった。
そのかわり、空が広かった。
カサネは、山の下にある大きな建物を見つけた。
「あれ」
入口の上に、古い看板があった。
うっけは、その文字を読んだ。
「佐々江町役場」
まるみが、まばたきをした。
「ささえまち?」
「佐々江町、だって」
「ここ、阿波瀬じゃないのかよ」
まるみは、山のほうを見た。
「もっと先に行ったら、外に出られるかな」
「行く」
三人は、役場のよこを通って、山のほうへ進んだ。
道は、先へ続いているように見えた。
そのはずだった。
次の角を曲がった瞬間、山の緑が消えた。
目の前に、木の門があった。
阿波瀬小学校だった。
うっけは、頭をくしゃくしゃにかいた。
「もう、歩いて覚えるの、むりだ」
まるみが、うっけを見た。
「じゃあ、かけば?」
「なにを」
「歩いたとこ。見たとこ」
うっけは、はっとした。
「地図?」
「うん。町の」
カサネが、ぽつんと言った。
「小川も、かく?」
「かく」
まるみの指が、空中に、すっと線をかいた。
学校から、小川のそとがわへ。
お米屋さんへ。
空き地へ。
役場へ。
そして、また学校へ。
でも、その線は、空中で、どこかにぶつかったみたいに止まった。
「……かいたほうが、わかるかも」
うっけは、学校の中を見た。
「紙と、色えんぴつ」
カサネが、うなずいた。
「地図」
三人は、学校の中へ戻った。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
でも、うっけの手は、もう紙と色えんぴつを探していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月10日 1:00に更新します。




