27話 ぐるっと、ぐるっと、ぐーるぐる
三人は、学校の門の外へ、もう一回、歩き出した。
さらさら。
ころころ。
小川の音は、まだ門の外にあった。
うっけは、さっき来た道を見た。
道は、ふつうに続いていた。
ふつうに続いているのが、いちばんへんだった。
「……おれたち、こっちから来たよな」
まるみも、道を見た。
「来た」
カサネは、小川のほうを見ていた。
「音も、こっちから来てる」
うっけは、頭をかいた。
「でも、もどった」
だれも、すぐには言わなかった。
さらさら。
ころころ。
うっけは、道を見た。
それから、小川を見た。
もう一回、道を見た。
「道が、曲がったのかもしれない」
まるみが、うっけを見た。
「道が?」
「おれたちが、気づかなかっただけかも」
まるみは、少しだけ首をかしげた。
「でも、そんなに曲がった感じ、しなかったよね」
「だろ」
うっけは、小川を指さした。
「だから、こんどは、小川ぞいに行く」
「小川ぞい?」
「水って、流れてくじゃん。水についてけば、どっか行くだろ」
まるみは、小川を見た。
「流れるプールみたい?」
うっけは、まるみを見た。
「それ、まわって戻ってくるやつだろ」
「うん。だから、ちょっと思った」
うっけは、少しだけだまった。
「……じゃあ、なおさら確かめる」
三人は、小川ぞいの細い道を歩き出した。
水は、草のあいだを、きらきら流れていた。
道は、小川のすぐよこにあった。
草が、うっけのくつのよこをかすった。
さらさら。
ころころ。
音は、左から来たり、足もとから来たりした。
まるみは、ときどき水をのぞきこんだ。
カサネは、まるみより少し後ろで、水の中を見ながら歩いていた。
「石、いっぱいあるね」
まるみが言った。
カサネは、小さくうなずいた。
「形が、ちょっとずつちがう」
「そこまで見てるのかよ」
うっけが言った。
「見ちゃう」
カサネは、水の中の黒っぽい石を見た。
「こういうの、あとで同じだったら、わかるかも」
うっけは、前を向いた。
「あとで同じになるなよ」
少し行くと、小さな橋が見えた。
まるみが、足をゆるめた。
「さっきの橋」
うっけも、橋を見た。
橋の上を通ったときの、こつ、という音を、うっけは思い出した。
足の下に、水の音があった。
まるみの肩に、少しだけぶつかったことも思い出した。
「今回は、渡らない」
「渡らないんだ」
「小川ぞいって決めたからな」
三人は、橋をよこに見て、そのまま進んだ。
橋は、少しずつ後ろへ行った。
でも、水の音は、横にいた。
さらさら。
ころころ。
「橋、行かないと、へんな感じ」
まるみが言った。
「行かないために、行かないんだよ」
「わかるけど、言いかた」
そのとき、まるみが足もとで何かを見つけた。
小さな、黄色っぽい葉っぱだった。
草の上に、ぺたんとのっていた。
まるみは、それをつまみあげた。
「これ、流したら、どこ行くかな」
うっけは、葉っぱを見た。
「いいじゃん。あとで見つけたら、ひろう」
「また戻ってくるって思ってる?」
「思ってない。もしもの話」
カサネは、小川の水を見た。
「ここなら、ちゃんと流れそう」
まるみは、小川のはしにしゃがんだ。
水は、草のかげから出て、まるみの指のそばを通った。
まるみは、葉っぱを水の上に、そっとのせた。
葉っぱは、いったん止まった。
三人とも、そこを見た。
小さな波が、葉っぱの下を通った。
くるり。
葉っぱは、一回まわった。
それから、すうっと先へ流れていった。
「行った」
まるみが、小さく言った。
「よし。あれについてく」
三人は、葉っぱを追うように歩いた。
葉っぱは、小さかった。
でも、黄色っぽいから、水の上でよく見えた。
石にあたると、くるっとまわった。
草のかげに入ると、少し見えなくなった。
まるみは、見えなくなるたびに、少し背のびをした。
うっけは、葉っぱの先を見た。
カサネは、葉っぱの下を見ていた。
「その石」
カサネが、小さく言った。
「なに」
「さっきも、あの石、あった」
うっけは、足を止めそうになった。
でも、止まらなかった。
「まだ、わかんないだろ」
カサネは、もう一回、その石を見た。
黒っぽくて、まんなかに白いすじがあった。
「うん。まだ、わかんない」
葉っぱは、まだ先へ行っていた。
そのはずだった。
さらさら。
ころころ。
水の音が、少し遠くなった気がした。
「……あれ」
まるみが、小さく言った。
うっけは、葉っぱを見ようとしていた。
でも、前に見えたのは、葉っぱではなかった。
木のあいだから、長い屋根が見えた。
ならんだまど。
古い木のかべ。
カサネが、小さく言った。
「校舎」
うっけの足が、そこで止まった。
まるみも止まった。
カサネも止まった。
門があった。
木の表札があった。
阿波瀬小学校だった。
三人は、学校の前に立っていた。
うっけは、うしろを見た。
橋は見えなかった。
さっきよこを通ったはずなのに、見えなかった。
葉っぱも、見えなかった。
「……なんでだよ」
うっけの声は、小さかった。
「小川ぞいに歩いたのに」
カサネは、水のほうを見ていた。
「葉っぱ、まだ来てない」
うっけは、カサネを見た。
「え?」
「さっき、先に行ったから」
まるみは、うっけのそでを少しつかんだ。
三人は、小川を見た。
さらさら。
ころころ。
学校の前の小川の上から、何かが流れてきた。
小さくて、黄色っぽいものだった。
まるみの指が、うっけのそでをぎゅっとつかんだ。
「……葉っぱ」
うっけは、息を止めた。
カサネも、水の上をじっと見ていた。
葉っぱは、三人の前を通った。
さっきと同じように、くるりとまわった。
それから、また下のほうへ流れていった。
うっけは、笑おうとした。
口だけ、少し動いた。
でも、笑えなかった。
「……ほんとに、流れるプールかよ」
まるみは、そでをつかんだまま、水を見ていた。
「でも、プールじゃないよ」
「わかってる」
「水、ちゃんと先へ行ってるのに」
カサネが言った。
「ぐるっと、してる」
水は、ちゃんと先へ進んでいるように見えた。
なのに、葉っぱは戻ってきた。
三人と同じように。
「ぐるっと、ぐるっと」
まるみが、つぶやいた。
「ぐーるぐる、ってことかよ」
うっけが言った。
水は、答えなかった。
ただ、流れていた。
うっけは、少し長く息をはいた。
まるみの手は、まだそでにあった。
カサネは、水から顔を上げた。
「小川ぞいだと、たぶん、また戻る」
うっけは、カサネを見た。
「たぶん?」
「たぶん。でも、さっきより、そう思う」
うっけは、小川を見た。
さらさら。
ころころ。
その音は、さっきまで好きだった音と同じだった。
でも、今は少しだけ、こわかった。
「じゃあ、こんどは、あれからはなれる」
「外側?」
まるみが聞いた。
「そう。小川の外側」
知らない町のほうだった。
まるみは、そでをつかんでいた手を、ゆっくりはなした。
「また、戻るかな」
うっけは、少しだけ困った顔をした。
「……戻ってきちゃうかも」
まるみは、少しだけ目を丸くした。
「言っちゃった」
「でも、言わないと、考えられないだろ」
まるみは、うなずいた。
カサネも、小川の外側を見た。
「音が、少し遠くなるね」
「遠くしてやる」
うっけは、門の外を見た。
「小川から、はなれる。戻ってくるかは、そのあと見る」
三人は、すぐには歩かなかった。
学校の門の前で、水の音を聞いていた。
さらさら。
ころころ。
さっき流した葉っぱは、もう見えなかった。
でも、その通ったあとだけが、三人の目に残っていた。
うっけが、一歩前へ出た。
まるみも、足を出した。
カサネは、最後に小川を見た。
「まだ、流れてる」
「流れてろ」
うっけは、知らない町のほうを向いた。
三人は、学校の門の前から、小川の外側へ歩き出した。
小川の音は、うしろで続いていた。
さらさら。
ころころ。
ぐるっと。
ぐるっと。
ぐーるぐる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月9日 1:00に更新します。




