26話 ぐるっと、したのかな
三人は、丸いベンチをさがしに、橋のほうへ歩いていった。
さらさら。
ころころ。
水の音は、さっきより近かった。
草のあいだから、小川が光って見えた。
そのむこうに、小さな橋がかかっていた。
まるみが、少し足を止めた。
「ここから、町に入るんだね」
うっけは、橋のむこうを見た。
屋根があった。
道があった。
知らない町が、そこから始まっていた。
「入るだろ」
うっけは、そう言って、橋に足をのせた。
こつ。
橋は低かった。
水が、すぐ下を流れていた。
さらさら。
ころころ。
音が、足の下から来た。
まるみが、橋の上で、ちょっとだけ肩をすくめた。
「三人だと、ぎゅってなるね」
「ぎゅってならないだろ」
うっけが言った。
カサネは、橋のふちから水を見ていた。
「下、すぐ水」
「おちないから」
そう言ったうっけが、よろっとした。
まるみが、ぱっと手を出した。
うっけは、その手をつかまなかった。
でも、ちょっとだけ肩がまるみにぶつかった。
「ほら」
「ほらじゃない」
まるみが笑った。
カサネも、少しだけ笑った。
「橋がせまいんだよ」
「せまいのは、橋のせい」
「そう。おれのせいじゃない」
うっけは、前を向きなおした。
水の音が、足の下でころころ鳴った。
まるみは、橋のまんなかから、下をのぞいた。
「小川、近いね」
カサネが、うなずいた。
「うん。音が、下から来る」
三人は、橋をわたった。
こつ。
こつ。
ざり。
足の下の音が、かわった。
木ではなく、土だった。
まるみが、足もとを見た。
「こっち、やわらかい」
うっけも、土を踏んだ。
さっきまでの校庭とも、橋の上とも、ちがった。
町の土だった。
うっけは、うしろを見た。
橋のむこうには、さっきまでいた道があった。
木のあいだから、阿波瀬小学校の屋根が、少しだけ見えた。
うっけは、まばたきをした。
阿波瀬小学校。
それは、知っている名前だった。
でも、見えている屋根は、うっけの知っている屋根ではなかった。
知っている名前の、知らない屋根だった。
まるみも、うしろを見ていた。
「……あわ小なのにね」
「だな」
うっけは、前を向いた。
前には、もう町があった。
家のかべ。
細い道。
小川。
山のにおい。
まるみが、小さく息をすった。
「知らない町なのに、ちょっと見たい」
「だろ」
うっけは、お弁当を持ちなおした。
「じゃあ、丸いベンチのとこ、あるか見ようぜ」
「阿波瀬公園?」
「そう。あれがあったら、そこだろ」
三人は、小川ぞいの道を歩いた。
道は、家と家のあいだをぬけて、少しずつ上り坂になっていった。
小川は、道のよこで光ったり、草のかげにかくれたりした。
さらさら。
ころころ。
まるみが、顔を上げた。
「あっち、遠くまで見えそう」
うっけも、つられて顔を上げた。
「丸いベンチも、見えるかも」
まるみが、うっけを見た。
「もう走りそう」
「走ってない」
「でも、足が前に行きたそう」
「足は、そうかも」
「言っちゃった」
まるみが笑った。
三人は、坂を上りはじめた。
坂は、思ったより長かった。
一歩上るたびに、屋根が少しだけ下へ下がった。
もう一歩上ると、さっき通った道が、家のあいだから細く見えた。
さらさら。
ころころ。
小川の音は、だんだん下のほうから聞こえるようになった。
まるみが、息をはずませた。
「町、下にある」
「おれたちが上ってるからだろ」
「うん。でも、町が、下に行ってるみたい」
カサネは、坂の途中で足を止めた。
「音も、下に行った」
うっけも、小川のほうを見た。
水は見えたり、見えなかったりした。
でも、音はあった。
「まだ、いるな」
まるみが言った。
「うん」
うっけは、もう一歩上った。
坂の上で、風が少し広くなった。
三人は、そこで足を止めた。
町が、見えた。
さっき渡った橋が、小さく見えた。
橋のそばに、小川が光っていた。
屋根が、ひとつ、ふたつ、三つ。
そのむこうにも、まだあった。
道は、家のあいだを曲がっていた。
まるみが、ぽつんと言った。
「……すごい」
うっけは、町を見下ろした。
「丸いベンチ、どこだ」
「そこ?」
まるみが、指をさした。
屋根のあいだに、木が集まっているところがあった。
うっけの顔が、ぱっと明るくなった。
「公園っぽい!」
カサネは、その場所をじっと見ていた。
「でも、音は、あっちからもする」
「小川?」
「うん。町の中を、まだ行ってる」
さらさら。
ころころ。
音は、下のほうで、家のあいだを通っていた。
「たしかめてみる?」
まるみが聞いた。
うっけは、うなずいた。
「行こう」
三人は、坂を下りはじめた。
下りは、上りより早かった。
うっけの足が、どんどん前へ出る。
「うっけ、お弁当、ゆれるよ」
カサネが言った。
「走ってないだろ」
「でも、ちょっと走りたいって足が言ってる」
まるみが言った。
「足は言わない」
「さっき、足はそうかもって言ったよ」
「それは、それ」
坂を下りると、ひらけた場所へ出た。
そこは、公園ではなかった。
草があった。
木もあった。
小川も近かった。
けれど、すべり台はなかった。
ブランコもなかった。
砂場もなかった。
もちろん、丸いベンチもなかった。
うっけは、草の上で止まった。
「公園じゃない!」
まるみも、まわりを見た。
草が、風でゆれていた。
木の下に、少しだけ日かげがあった。
小川の音が、草のむこうから聞こえた。
さらさら。
ころころ。
まるみは、少しだけ笑った。
「でも、ここ、すきかも」
カサネは、木の下を見た。
「ここでお弁当食べたら、おいしそう」
まるみの顔が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ、ここで食べようよ」
「いいけど、ベンチないぞ」
「木の下、あるもん」
うっけは、木の下を見た。
たしかに、すわったら気持ちよさそうだった。
お弁当を広げたら、風が来そうだった。
小川の音も聞こえそうだった。
「……それは、ちょっといい」
うっけは、少しだけだまった。
まるみが、木の下を見ていた。
カサネも、そこを見ていた。
三人とも、少しだけ、そこにすわった時のことを考えていた。
でも、空き地のむこうに、まだ道が続いていた。
うっけは、その先を見た。
「でも」
まるみが、うっけを見た。
「うん」
「もうちょっとだけ先を見たい。丸いベンチ、あるかもしれないし」
まるみは、少しだけ首をかしげた。
「もうちょっとだけ?」
「うん。もうちょっとだけ」
カサネは、小川の音を聞いていた。
「音も、まだ先にある」
まるみが、木の下をもう一回見た。
「じゃあ、お弁当は、あとで」
「あとで」
うっけが言った。
三人は、空き地のむこうへ歩き出した。
道は、さっきより少し広かった。
小川は、見えたり見えなかったりした。
姿はかくれるのに、音だけはずっと聞こえていた。
さらさら。
ころころ。
道の先が、少しずつ明るくなってきた。
うっけは、足を少し早めた。
まるみも、となりに来た。
カサネは、少しだけ後ろから、音を聞いていた。
「……あれ」
うっけが言った。
まるみが、足を止めた。
「……うっけ」
「なに」
まるみは、前を見ていた。
「あの長い屋根、さっき見た」
うっけは、前を見た。
長い屋根。
ならんだまど。
古い木のかべ。
カサネが、小さく言った。
「校舎の屋根」
うっけの足が、そこで止まった。
まるみも、カサネも、止まった。
道の先に、学校の門があった。
さっき出た門だった。
うっけは、門を見た。
それから、うしろを見た。
坂は見えなかった。
空き地も見えなかった。
橋も見えなかった。
でも、三人の足は、たしかにそこを歩いてきた。
「……なんで」
うっけの声は、小さかった。
まるみは、学校の門を見ていた。
それから、ゆっくり、うしろをふりかえった。
「橋、わたったよね」
「わたった」
「坂、上ったよね」
「上った」
「空き地、あったよね」
「公園じゃなかったけど、あった」
まるみは、もう一回、学校の門を見た。
それから、小さく言った。
「ぐるっと、したのかなぁ」
うっけが、まるみを見た。
「ぐるっと?」
まるみは、指で、小さく丸をかいた。
「うん。まっすぐ行ったつもりだったけど、ぐるっとまわって、もどってきちゃったのかなって」
カサネも、うしろを見た。
「でも、そんなに曲がった感じはしなかった」
うっけは、少しだまった。
さらさら。
ころころ。
学校の前で、小川の音がした。
まるみが、耳をすました。
「音も、もどってる?」
カサネは、小川のほうを見た。
「わからない。でも、まだ続いてる」
うっけは、門の外を見た。
「じゃあ、もう一回だ」
まるみが、うっけを見た。
「もう一回?」
「たまたま、ぐるっとしただけかもしれないだろ」
「たまたま、ぐるっと?」
「そう」
うっけは、少しだけ口をむすんだ。
「こんどは、ちゃんと見る。橋も、坂も、空き地も。どこでぐるっとしたのか、見つける」
まるみとカサネは、うなずいた。
さらさら。
ころころ。
音は、まだ門の外にあった。
三人は、学校の門の外へ、もう一回、歩き出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は
6月8日 1:00に更新します。




