23話 むこうの校舎へ
うっけの足が、先に動いた。
頭より先に、体が出ていた。
四年五組の戸を開けると、中庭の光が、すぐそこにあった。
くつの下で、土と小さな石が、ざり、と鳴った。
うっけは、渡りろうかの入口に立って、はじめて息をすった。
「……ほんとにあった」
まるみが、ぱっととなりに出た。
カサネも、少しおくれて来た。
柱のあいだから、中庭の光が入っていた。
屋根の下を、風がすっと通った。
まるみは、むこうの木の校舎を見た。
「学校、もういっこある」
「見に行こうぜ」
「うん」
カサネは、むこうの校舎を見たまま、少しだけだまっていた。
「ひとりだったら、たぶん行かない」
しばらく、だれも言わなかった。
まるみが、小さく言った。
「わたしも」
うっけは、前を向いたまま言った。
「三人で行けばいいだろ。とうぜん」
それだけだった。
でも、渡りろうかの足音が、三つになった。
こつ。
こつ。
こつ。
柱のかげを通るたびに、明るくなったり、すこしだけ暗くなったりした。
まるみの髪が、風でふわっとゆれた。
カサネは、木の柱を見ながら歩いていた。
「木、古いね」
「うん。この木、四年五組と似てる」
うっけは、むこうの木の戸を見た。
「四年五組は、もう知ってる」
まるみが、うっけを見た。
「こっちは?」
うっけは、すこしだけだまった。
「まだ、知らない」
まるみは、うなずいた。
「わかる」
三人は、渡りろうかの先まで歩いた。
そこには、大きな木の戸があった。
戸のよこに、小さなまどがあった。
まるみが、背のびをした。
「中、見える?」
「ちょっとだけ」
うっけも、まどをのぞいた。
すりガラスのむこうに、ほそい光がのびていた。
「長いな」
「うん。奥、あるね」
カサネは、戸の木に手を当てた。
「木のにおいがする」
うっけが、戸に手をかけた。
がら。
木の戸が開いた。
中は、やっぱり木のにおいがした。
閉まった戸がならんでいる。
すりガラスのまどが、すこしずつ光を返していた。
まるみは、ろうかの奥を見た。
「めいろみたい、だ!」
「まっすぐだろ」
うっけが言った。
「まっすぐだけど、ひろくて、めいろみたい」
カサネも、ろうかの奥を見ていた。
「戸が、いっぱいあるからかな」
まるみは、ならんだ戸を、指で数えようとした。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
その先で、指が止まった。
「……いっぱい」
「だから、そう言っただろ」
うっけが言った。
まるみは、閉まった戸のひとつに、そっと手を近づけた。
ふれなかった。
でも、近づけた。
「わたし、こういうの、すき」
うっけが、まるみを見た。
「こわいだろ」
「こわいよ」
まるみは、手をひっこめた。
でも、目は戸からはなさなかった。
「こわいけど、見たい」
うっけは、ならんだ戸を見た。
「見るだろ。新しい校舎だぞ」
まるみの顔が、ぱっと明るくなった。
「あとで、ぜんぶ見る?」
「見る」
うっけは、すぐに言った。
「ぜんぶ見るなら、弁当……」
そこまで言って、うっけは口を閉じた。
カサネも、すりガラスを見ていた。
「見ないと、わからない」
うっけは、うなずいた。
「まず、先だな」
三人は、まっすぐ進んだ。
ろうかの先が、すこし広くなっていた。
木のくつ箱が、ずらっとならんでいた。
上のだんにも、下のだんにも、なにも入っていなかった。
まるみは、くつ箱を見た。
それから、大きな戸を見た。
「ここ、くつをはくところ?」
うっけは、大きな戸を見た。
「……外に出るところじゃん」
まるみの目が、大きくなった。
カサネは、戸のすきまからもれる明るさを見ていた。
「外、あるんだ」
うっけは、戸へ一歩近づいた。
「出られるってことだよな」
まるみは、くつ箱の前で、少しだけ足をそろえた。
「ほんとに、外?」
大きな戸の上と、両わきに、色のついたガラスがはまっていた。
青。
みどり。
赤。
きいろ。
ガラスの色が、木のゆかに落ちていた。
まるみが、ゆかを見た。
「……ステンドグラスみたい」
「なにそれ」
「こういうの」
まるみは、戸の上を指さした。
うっけは、ゆかに落ちた青い色を見た。
くつの先を、そっとのせた。
くつが、すこし青くなった。
「……ほんとだ。すげえ」
まるみが、きいろのところへ足をのせた。
「かわいい」
「そこかよ」
「だって、かわいいもん」
カサネは、みどりのところへ、そっと足を置いた。
三人のくつに、三つの色がのった。
だれも、すぐには言わなかった。
でも、三人とも、戸のむこうを見ていた。
カサネが、小さく言った。
「むこう、もっと明るい」
うっけの手が、戸の手前で止まった。
うっけのおなかが、小さく鳴った。
きゅ。
三人は、しばらくだまった。
戸のむこうの明るさは、まだそこにあった。
まるみが、口をおさえた。
「いま」
「聞こえてない」
「聞こえたよ」
カサネが、少しだけ笑った。
「ぼくも、おなかすいた」
まるみも、うなずいた。
「わたしも」
うっけは、もう一回、戸のむこうを見た。
「……じゃあ、弁当いるな」
まるみの顔が、ぱっと明るくなった。
「お弁当?」
「お弁当」
カサネが言った。
「三人ぶん、持っていこう」
うっけは、くるっとふりむいた。
「いったん、もどろう」
まるみは、大きな戸に手を当てた。
「あとで、開けるからね」
「すぐもどるだろ」
うっけは、もう一回、大きな戸を見た。
「いくの、やめるんじゃないからな。お弁当を作ったら、すぐここに来る。それで、今度こそ外に出る」
まるみとカサネは、うなずいた。
うっけも、うなずいた。
三人は、四年五組のある校舎へむかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は6月5日 1:00に更新します。




