嘘つき③
「宇田ってさぁ、付き合ってる人いるの?」
「へ?」
海鮮丼を二人で頬張っていたら、稲川にいきなり突拍子もないことを訊かれた。
文脈の欠片もなかったから、驚いて箸からご飯が溢れ落ちてしまった。
「ずっといない、けど」
彼氏なんてものは、生まれてから今日までできたことがなかった。あの人良いかもなとか、あの人好きかもなとかは思ったことあるけど、私にその気持ち以上に踏み出す勇気も気力もあるはずがなかったから、永年傍観者を貫いてきた。
「へぇー意外」
「……お世辞?」
稲川に言われると、どうも馬鹿にされている気がしてならなかった。
稲川のほうが、美人だし。あと、背もちょっと高いし、華奢だし。恋愛においては、あの世間見ずも有利に傾く気さえした。
「全然、真面目にいると思った」
「見る目ないよ」
告白されたことだってないと言うのに。
箸で掴んでいたいくらが、私を嘲笑うように転げ落ちた。
「稲川は、いそうだね」
態々訊いてくるということは、そういうことなんだろう。中学で五人くらいと付き合っていたと言われても、そこまで驚かない。友達は私だけだと言っていたけど、彼氏はいないとは言っていないわけだし。
しかも、入学初日から教員の目を躱せるくらいの小賢しい茶髪と、ピアス。今彼氏がいなかったとしても、告白なんて明日にでもされていそうだった。
そのくらい魅力は、悔しいけどあった。
稲川は髪を掻き上げて、甘海老を頬張った。
「いたことないよ」
いくらがもう一粒、今度は呆気にとられながら落ちていった。
「ひとりも?」
「え、うん」
これは、私がおかしいことを言っているのだろうか。稲川は、何の気なしに海鮮丼を食べ続けている。
「告白されたことは?」
「ないよ」
「はぇー……」
みんな、見る目がないのかな。そう思いながら、私もいくらを口に運んだ。
でも、会ってから初めて、稲川に親近感が湧いた気がした。ずっと、稲川は私よりも先を歩いていたから。
やっと歩幅が合った気がして、少し嬉しかった。
「でも、稲川はすぐできちゃいそう」
「それはわたしがかわいいってこと?」
「……ノーコメント」
「なんだよー」
だって、稲川を調子に乗らせると、碌なことがないから。
ちゃんと言える日は、もう少し先になりそうだった。




