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嘘つき①

「宇田《うだ》の、画質良い?」


 あと少しで私たちの順番だというときに、稲川《いなかわ》がスマホを掲《かか》げて訊《き》いてきた。


「そんなだと思う」


 私のはそこまで性能の良い機種じゃないし、二年くらい前に買ってもらったものだから、たぶん役に立たない。


 高校生なら写真を撮る機会も多いだろうし、入学祝いの体《てい》で強請《ねだ》ってみてもいいかもしれない。でも、まだ壊れていないからとか言われてすぐに突《つ》っ撥《ぱ》ねられるのが落《おち》だろう。


「じゃあ、わたしので」


 稲川のスマホは私のより大きかった。全然詳しくないけど、大きいから良いやつなんだろう。


 列が進んで、やっと私たちにお鉢《はち》が回ってきた。五分も並んでいないとは思うけど、親子に挟まれていた所為《せい》かやけに長く感じた。


 並んでいる間に、稲川から中学校で美術部に入っていたことを聞いた。でも、殆《ほとん》ど幽霊部員だったらしくて、絵には然程《さほど》興味がないみたいだった。


 高校では部活に入る予定はないみたいで、バイトをするつもりらしい。一応、うちの高校バイト禁止なんだけどな。


「うーん」


 稲川が腕を伸ばしてスマホを構える。「入学式」の文字が隠れないように立て看板を二人で挟んだら、上手く自撮りの画角に収まらなかったみたいで、稲川は肩を寄せてきた。


 微《かす》かに触れた肩は、少し温かかった。


「うんうん」


 稲川は納得した様子でピースをして、シャッターを切った。ポーズするなら、言ってよ。


「いい感じ」


 撮った写真を見返して、稲川は満足げに頷《うなず》いていた。「式」は見えないし、「学」は少し見切れているけど、なんとか入学式だと分かるくらいだろうか。稲川の笑顔は自然で、作り笑顔に慣れていない私とは対照的だった。


「あの」


 二人でまじまじと写真を見ていたら、いきなり誰かに声を掛けられた。声のした方向に顔を向けると、そこにいたのは列の先頭にいる保護者だった。一緒にいる長い黒髪の同級生は、少し気まずそうにその人の背中から私たちを眺めていた。たぶん、クラスは違う。


「お二人、撮りましょうか?」


 てっきり、早く替《か》われとでも言われるのかと思ったから、突然の親切に驚いてしまった。


 稲川と顔を合わせ、小さく頷《うなず》く。


「じゃあ、お願いします」


 お言葉に甘えて、稲川がスマホを渡した。稲川って敬語使えたんだ。


「よかった」


「ね」


 自撮りも良いけど、折角《せっかく》なら綺麗《きれい》に撮っておきたかった。親にはちゃんと撮ってもらったけど、私ひとりしか写らなかったから、誰かと一緒に撮ってもらうのは新鮮だった。


 今度こそ立て看板が見えるように立って、レンズを見つめる。稲川の顔が遠くなって、どんな表情をしているのか分からなかった。


「撮りまーす。笑ってー」


 たぶん、私に言っている。稲川に負けないようにできる限り口角を上げて、慌ててピースを作った。


「撮れてるか見てもらえる?」


 稲川がスマホを受け取って確認する。画面の中には、立て看板と私たちが丁度良く収まっていた。奥の桜も、何の気なしに写っている。それでも、やっぱり私の笑顔は下手だった。


「二人は、中学が一緒なの?」


「今日、初めて会いました」


 稲川が意気揚々(いきようよう)に答える。そんなに自慢することでもない気がするけど。


「ほんとぉ。全然そんなふうに見えないね」


 その人は目を丸くしながらそれだけ言って、私たちと場所を交代した。


「あ、ありがとうございました」


 私たちも親子の写真を撮ったほうが良かったかなと思いつつ、綺麗《きれい》に締《し》まった感じもしたから、そのまま二人で駐輪場に向かった。


「全然見えないって」


 自転車に鍵を挿《さ》すと、稲川が何やら嬉しそうに私に言ってきた。


「たぶん、稲川のせいだよ」


「せいじゃなくて、おかげだろー」


 背中を小突《こづ》かれて、擽《くすぐ》ったい。


 私たちがどう見えているかなんて、今の今まで考えてもいなかった。稲川に振り回されっぱなしだったし、稲川としか話していなかったし。


 今日会ったばかりなら、もっと余所余所《よそよそ》しいのが普通なんだろうか。いや、きっとそうに違いない。


 でも、稲川にはそんなこと関係なかった。最初に泊まらせてほしいと言われてから、気まずさなんて元からなかったことになっていた。


 私は結局それを受け入れて、ここにいる。


 だから、改めて人からそう言われると、鼻がむず痒《がゆ》く感じた。


「宇田?」


「あ、ううん。ちょっと色々考えてた」


「わたしを泊めてあげようかなって?」


 今からでも、余所余所《よそよそ》しくしてやろうと思った。

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