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適当な君③

 稲川《いなかわ》は目を丸くして、私を見つめていた。


「……やば」


 そう呟《つぶや》いて階段の途中で止まったから、私だけ一歩先に行ってしまった。


「めっちゃ、撮ろ。めっちゃ」


 めっちゃって、連写でもするつもりなんだろうか。私のスマホだと、容量が足りるか心配だ。


 稲川は満更《まんざら》でもないみたいに今度は階段を駆《か》け降りて、最後の数段を飛び越えていった。運動神経、良いんだなぁ。


「行こっ。宇田《うだ》」


 綺麗《きれい》に着地を決めて私に向けたその顔は、純然《じゅんぜん》そのものだった。


「待ってー」


 私は怪我《けが》をしたくないから、一段ずつ降りていく。その間、稲川は待ち切れなさそうに、身体《からだ》を弾《はず》ませながら待っていた。そんなに喜ばれると、ちょっと照れる。


 別にそれを隠すわけじゃないけど、軽く咳払《せきばら》いをしながら稲川の隣に並んだ。


「えーい」


 ロッカーに向かおうとしたら、稲川が態《わざ》とよろけて肩をぶつけてきた。二人しかいない廊下にブレザーの擦《こす》れる音が響く。


「肩折れたんだけど」


「よし」


 なんなんだこいつは。どこまでも能天気で、適当な奴だ。やられっぱなしも癪《しゃく》だから、肘《ひじ》で横腹を小突いておいた。


 上履きを脱いでロッカーに仕舞《しま》う。今更気づいたけど、稲川は私より背が少しだけ高い。背伸びをしなくてもロッカーの一番上に手が届いていた。茶色いスニーカーを持つその指も、心なしか細く長く見える。


 なんだか少しずつ稲川に負けている気がして、悔しかった。でも、常識なら負けないかな。


 ローファーを履いて外に出ると、校門の前では新入生と保護者で賑《にぎ》わっていた。写真を撮ったり、駄弁《だべ》ったり、舞い散る桜も相まって様《さま》になっている。


「ちょっと並んでるね」


 立て看板の近くには、記念写真を撮ろうとする親子の列ができていた。そこまで長いわけじゃないけど、生徒二人だけで行くと、なんとなく浮いてしまいそうだった。


 稲川、気にしないかな。


 少し遠目に、校門を見つめる。


 私たちが二人で孤立しているみたいな、穏やかな疎外《そがい》感がそこにはあった。人がいなくなってから行くほうが良いのかもしれないと思った。


「並ぼ」


 突然袖を引っ張られて、足が縺《もつ》れる。


「あ、うん」


 稲川はそんなこと歯牙《しが》にもかけず、ただ前に進んでいた。


「わたしもお腹空いてきた」


 そうだった。稲川は、適当だ。


 茶髪が青空に靡《なび》き、笑顔が眩《まぶ》しかった。


 また私は、稲川に負けてしまったみたいだ。

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