適当な君②
「宇田は何食べたい?」
「え、ご飯決定なの?」
「え、うん」
どうして私が間違っているみたいな顔をできるんだろう。どう考えてもおかしいのは、稲川のほうだ。
「まぁ……なんでも」
でも、ここで断っても、たぶん稲川には意味がない。それくらいの予想は容易くなってきた頃だった。
「じゃあ、帰りながら探そーう」
「おー……」
高々と拳を上げる稲川に合わせて、頭の中でだけ自分を鼓舞しておいた。きっと、今の私の目は死んでいる。
溜息を吐きながら準備を終わらせて、席を立つ。もう教室には、私たちと数人しか残っていなかった。たぶん、他のみんなは親と校門にある入学式の立て看板まで写真を撮りに行ったんだと思う。
私の親は行きに撮ってさっさと帰ってしまったからいいけど、稲川は撮らなくて大丈夫なんだろうか。
「稲川、今日親は?」
上機嫌になってひとりで揺れていた稲川は、それを聞くと微笑みながらも少しだけ唇を結んだ。
「来てないよ」
「そう……なんだ」
思わず言葉が詰まる。こんなに涼しい顔をする稲川は、初めてだった。
「ま、無理に持て囃されるよりは楽だし」
そんな言い訳めいたことを言いながら、稲川は軽い調子で歩き出した。
「宇田、帰ろーう」
肩に鞄を掛けて、私を手招きする。
さっきの表情が気掛かりだったけど、稲川はそんなことどうでもよさそうだった。それなら、私が気にしてもきっと仕方ない。そう思って、稲川の後に続いた。
隣の稲川を横目に、階段を降りる。稲川の鼻歌が耳に入ってくるけど、何の曲かは思い出せなかった。
やけに嬉しそうだけど、そんなに私と帰ることが良いのだろうか。どちらかと言えばけっこう適当にあしらっているし、私からしたら何が良いのかさっぱり分からなかった。
人付き合いは、暗闇で綱渡りをするようなものだと思う。確かに綱には触れられるけど、渡り切るには相当の覚悟と感覚が要る。一歩踏み違えばすぐに落ちてしまうし、怖がって進まなければいつか綱は千切れてしまう。
稲川は私に引かれた綱を、走りながら渡ってきた。何も見えていないはずなのに、真っ直ぐ、落ちずに。それが正しいかどうかは知らないけど、落ちていないことだけは確かだった。
そんな私は、どこまで稲川に近づいているんだろう。まだ、綱に触れているかすら分からなかった。
「稲川」
「んー?」
だから、少しだけ歩いてみようと思う。
「写真、撮らない?校門で」
この綱が千切れるまで、どのくらい踏み込めるんだろう。




