適当な君①
「宇田って家どっち?」
昼下がりまでに新入生向けの催しも全て終わって、担任が帰りの挨拶をしてからの開口一番がこれだった。稲川はもう鞄を持って、私の隣に立っている。私はまだ、帰り支度の途中なんだけど。
「えっと、あっちかな」
「ふぅん……」
一緒に帰るとは言ったものの、稲川と家の方向が同じとは限らなかった。この高校は南北を通る大きな道路の側にあるから、生徒の通学路は大体二分されていた。北からは電車、南からは自転車で通学することが多いと聞いている。
私が指を差したのは、明るく日の照る南側の道路だった。教室の窓から一望できるその道には、四月らしく桜並木が映えている。
「稲川は?」
「わたしも、そっち」
幸か不幸か、稲川も同じ方向みたいだった。その稲川は早く帰ろうと言わんばかりに、机に腰を下ろして私を急かすように頭を揺らしている。
「じゃあ、自転車?」
高校から家まで自転車で三十分以上掛かる私からしたら、稲川も自転車通学だと都合がよかった。一応バスでも行けるけど、駅で乗り換えをしないといけないから面倒臭い。
「歩き」
「え、歩き?」
あまりに平然と答えるから、思わず訊き返してしまった。南だと駅まででも自転車で二十分は掛かるし、徒歩で行こうものなら毎日遅刻を覚悟しなければいけないくらいだったから。
「家、そんなに近いの?」
それなら、尚更私の家に泊まろうとする意味が分からない。別に泊めるつもりは、元からないけど。
「んー……」
稲川は態とらしく腕を組んで、何かを企むような笑みを見せてきた。
「うん。めっちゃ近い」
白々しい感じがするのは、気の所為だろうか。本当はバスだけど、私に気を遣って歩こうとしているのかもしれない。
でも、この稲川がそんな気遣いをする奴だとは思えなかったから、気にするほうが毒だった。
「あ、全然行くよ。宇田のとこまで」
「遠いよ。けっこう」
「全然」
それは、私も歩けということなんだろうか。やっぱり、稲川に気遣いは似合わない。
「たぶん、日暮れちゃうよ」
少なく見積もっても、二時間は掛かりそうだった。入学初日からそんなに歩いたら、折角の新しいブレザーが皺だらけになってしまう。
「いいじゃん。宇田、夕日似合うよ」
「……私はお腹が空きました」
稲川が何か言っているけど、私は早く帰りたかった。ただでさえ私の家に泊まろうとした無礼者の対応で、疲れているというのに。
「じゃあ、一緒に食べようよ。ご飯」
「……」
今回ばかりは、稲川に隙を与えた私が悪いのかもしれない。




