↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/10

名前は稲川②

 私だって、可愛《かわい》いと言われて嫌な気はしない。でも、だから泊まらせてほしいと言われると、それは一気に不埒《ふらち》な理由になってしまう。


「いや……え?」


「どうしてもだめ?」


「どうもしなくても、無理」


 早く戻ってこないかな、担任。これ以上絡まれると、私がどうかなってしまいそうだった。


 稲川《いなかわ》はそんな私を意にも介さず、鼻歌を口ずさんでいる。たぶん、まだ粘れると思っているんだろう。呑気《のんき》に揺れる顔が、やけに憎たらしかった。


「あ、じゃあ連絡先だけでもさぁ」


「まぁ……それなら」


 正直それすらも断りたかった。でも、私にも情くらいはあったから、渋々(しぶしぶ)スマホをポケットから取り出して、二次元コードを読み取ってもらった。


 アイコンには茶トラ猫が映っていて、『いなかわ』とだけ書いてある。稲川と髪の色がそっくりで、猫(・)は(・)可愛《かわい》かった。


「かわいいでしょ」


「うん。猫は」


「わたしは?」


「……ノーコメント」


 稲川は泣く演技をして、背もたれに突《つ》っ伏《ぷ》していた。いかにも態《わざ》とらしい。


「宇田《うだ》のは……どここれ?」


 私のアイコンは、家族旅行をした時に撮った長野にある橋だった。稲川のに比べたら、全然面白(おもしろ)くないし、可愛《かわい》くもない。なんか、恥ずかしい。


「どっかの、橋」


「へー」


 ちゃんと説明するのは負けた気がしたから濁《にご》したけど、稲川は大して興味なさそうだった。自分から訊《き》いてきたくせに。


 帰ったら、飼ってる金魚にでも変えておこう。


「で──」


 稲川がまた何か言いかけた時、教室のドアが勢いよく開いた。担任が戻ってきたみたいで、教室の視線は一斉に教卓へと向けられた。


 稲川もすぐに姿勢を戻して前を向くと、何事もなかったかのように頬杖《ほおづえ》をついていた。変なところで、潔《いさぎよ》い。


「今日から一年このクラスを──」


 担任の自己紹介と今後の予定が話されている間も、稲川は頬杖《ほおづえ》をついたままだった。


 背中まで伸びた茶髪は、そのがさつな中身とは違って真《ま》っ直《す》ぐだった。私が髪を染めたら、もっと傷《いた》んでしまいそうだ。ただでさえ枝毛の目立つ自分の触角《しょっかく》を持ち上げながら、少しだけ稲川を羨《うらや》んだ。


 担任の話が一段落《いちだんらく》すると、すぐに休み時間になった。教室はさっきよりも活気づいて、どこもかしこも友達が出来始めている雰囲気《ふんいき》だった。皆仲良くなるの、早いなぁ。


「でさ、宇田」


「……はい」


 そんな私の目の前で友達面《ともだちづら》をしていたのは、相も変わらず稲川だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。