名前は稲川①
「今日さ、君の家泊まらせてよ」
入学初日に同級生と交わした言葉は、それが最初だった。
「えっ……は?」
それは、入学式を済ませて教室に案内されて、これから始まる高校生活に胸を躍らせていた矢先の話だった。担任がどこかへ行った途端に、周りは同じ中学校だった人たちで集まったり、勇気を振り絞って高校で初めての友達を作ろうと隣に話しかけたり、新生活に奮起する人ばかりになった。
壁際の私も例に漏れず、首を縮めながら話しやすそうな人を探している最中だった。高校初日に友達を作れなかったら三年間終わったと思えと、先輩に散々聞かされていたから、人見知りなりに頑張ろうとしていた。
まぁ、だから、話しかけられたという点で言えば喜ばしい話ではあるんだけど、その内容が、あまりに非常識だった。
「泊まらせてほしいんだ。君の家」
「えっと……」
こういうのを絶句と言えばいいのだろうか。何を言っているのか、全く理解できなかった。まだ同性なだけましだと思うべきなんだろうか。
「あ、わたし稲川」
「……宇田、です」
思いついたように名前を教え合ったけど、色々と順序が違う気がする。いや、順序が合ってたとて、それに正当性は生まれようがないけど。
席が前後だったのが運の尽きだったのだろうか。稲川は背もたれに腕を組んで、罪を知らない瞳で私を一心に見つめている。
「宇田ね。おっけー」
別に私はおっけーではない。既に周りは友達を見つけ始めて、助けを呼ぼうにも知り合いは目の前の稲川しかいなかった。これは、詰んだ?
その稲川は、見た目はそう奇抜ではなかった。若干の茶髪は目立つけど、化粧もそこまで派手じゃないし、ピアスの穴も一つしか空いていなかった。
「……えっと、どういうこと?」
「どういうことも何も、そのまま」
「じゃあ、無理」
「えっ」
それは私の台詞だった。逆に何故大丈夫だと思ったのか理由を教えてほしい。そもそも誰かを自分の家に泊めたことすら片手で数えられるくらいなのに。
私だって、友達を作りたくないわけじゃない。もっとこう、段階を踏んで、帰りにスタバに寄るくらいが今日の精一杯なんじゃないだろうか。
「けちー。宇田のけちー」
稲川は足をぶんぶん振ってなんだか怒っているみたいだけど、怒りたいのは私のほうだった。高校生活初日に変な奴に絡まれた私を、誰かに慰めてほしい。このままだと、三年間が終わってしまう。
「あのー……ちなみになんで?」
理由を聞いても泊めることは絶対にないけど、ほんの好奇心で不貞腐れる稲川に訊いてみた。変な奴だけど、稲川なりの理由があるのならまだ仲良くできるかもしれないと思ったから。
「え、宇田かわいいから」
だめそうだった。




