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婚活相手が推しのエロゲ声優だった。気づいているとは言えないのに、隠し事ができない彼女がポンコツすぎる。  作者: 速水つばくろ


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第8話 なんで失礼な奴に限って鋭いことをズバズバ言うのだろう

 ✳︎✳︎✳︎




「ふふ……『ありがとうございます、美鳥さん』だって」



 帰りのタクシーの中で、運転手に聞こえないくらいの声量で独りごちる。


 家族以外の人に名前で呼ばれたのなんていつぶりだろう?


 高校時代以来?


 いつもはあっちの名前——ひなちゃんとかひなたんとか呼ばれてるし、自分の名前なんて意識したことなくて。


 だから呼ばれた時はびっくりしちゃった。



 大倉さん、私の下の名前覚えてたんだなーって。



 実は、この前から気づいてた事がある。


 大倉さんは私じゃなくて、私ではない何かを見ているって。


 それが何かは分からないけど。本当に女の人……というか、「人」に興味がなさそうで。


 結婚願望がなかったってのは本当なんだなって。


 だから私もムキになって、今日は本気で楽しませる方法を考えてきた。


 いろんなお酒飲み比べできるようにしたり、会話のレパートリーをたくさん増やしてきた。


 この交際を通して結婚というものを考えたいって言ってたから、それを考えさせるのは私の使命だー! ……って。


 でもその必要全然なくて。


 大倉さんはちゃんと楽しみに来てくれてた。


 それどころか、私を楽しませようと色々考えてくれてたのが分かった。


 おさかな食べられなくてごめんねって感じだけど。


 すごい慌ててたのが逆に面白かったし——楽しかった。


 だから私も必要以上に張り切って……大倉さんがお酒を呑み過ぎたのは私のせい。


 だったらいいなってほんの少し思ってる。


 だって不公平だもん。お金だって半分出されちゃったし。あのお酒ほとんど私が飲んだ分だよ。


「着きましたよ」


「あ、はーい」


 そうそう……このタクシー代だって——、


「料金は18560円になります。お連れ様から10000円お預かりしておりますので、残り8560円ですね」


「なんか高くないですか?」


「深夜料金も入ってますので……」


 これは払ってもらって良かったね。うん。




 ✳︎✳︎✳︎




「二日酔いだ」


 二日酔いである。



 もう当たり前というか予定調和というか。


 起きようとした時にはもう「起きる」という概念が死んでて、ベッドから動けずうつ伏せで頭を抱えたまま動かない状態を丸々6時間。


 流石に喉が渇いたし、薬を飲みたくなったので適当なカップ麺を取り出した。


 想像以上に悪酔いである。


「……ペースおかしかったもんなぁ」


 鶴山さんが、ではない。


 鶴山さんのペースはもう逆におかしくない。


 問題はそれについて行こうとしてしまった俺にある。


 流石に反省しないといけない。30にもなってお酒との付き合い方を知らないわけがなく。


 それであろうことか婚活相手に迷惑をかけるなど、幻滅もいいところだ。


 ……そのはずなんだけど。


「なんでか、笑ってたんだよな」


 嬉しそうに。


 ……なんか可愛かったとか言われたし。


 一体俺はあの時、何を言ったのだろう?


 具体的なことは何も分からない。あの時、まるで夢を見ているかのような感覚だけがあって……その時、俺は大事なことを知った気がする。


「確か……鶴山さんが耳元で何かを……囁(ささや)、い……て……」



 ?



 囁いて?



 それって。




 生 A S M R だ っ た の で は ?




「——」


 痛みが引かない頭を両手で抱えて唸る俺。


 なんで……なんで覚えてないんだよ!!


 なんかめちゃくちゃ気持ち良かったもん!


 すごい、なんかすごいなんかが!


 幸せ? 的な! なんだおい! 語彙力!


「…………」


 残ったのは虚無と、30歳男性のキモい姿であった。


 そうなると、もしかしたらとてつもないことを呟いたのかもしれない。


 ひなたん好きーとか?


 言ったこと無いけど、言ったら終わりなんだよな。


 いやでもそれでニコニコしてたらおかしいしな。


 今の俺は爆弾を抱え過ぎている。鶴山さんに対して迂闊(うかつ)なことは絶対言えない。


 細心(さいしん)の注意を払って……その上で鶴山さんの迂闊な発言を拾わないようにして……婚活を進めていかなければならない。


 ハードモードすぎるわ。


 幸い、向こうから拒否はされていない。だからゲームオーバーにはなっていない。


「教訓……記憶を失うほど酒を呑まないこと」


 これに尽きる。


 「……ん?」


 PCからぽこんっとメッセージが来た音がした。


『ひま?』


 つるきちからのメッセージ? だ。


 要は通話の誘いである。


『アホみたいに頭痛くて死んでる以外は何もしてない。という意味では暇』


 かかってきた。


「大丈夫なん?」


「二日酔いの二日目だから明日になれば大丈夫だろ」


 酒飲んだ日を一日目と数えるのならば。


「ふーん。そんなキツいんだ」


「お前なったこと無いの? 酒強いのか?」


「いやぜんぜん吞まない」


 最近の若い奴それ多いよな。まぁ酒は呑まないなら呑まない方がいいらしいし。


「身内は酔っぱらったりとかしてないのか?」


「いや?」


「酒呑まない家族か」


「酒呑んでるけど酔っぱらったところを見たことがない」


 そんな人鶴山さん以外いるんだ。


「じゃあお前も強いんじゃないの?」


「そうかもしれないけど、普通にまずいよね」


「ガキ舌がよー」


「そうだよ。辛いのも苦いのも苦手だから全く飲めない。ビールとか呑むやつ頭おかしい」


 まぁ気持ちはわからんでもない。初めて呑んだ時はなんでこんな苦いの呑むんだと思ったものだ。


「二日酔いってことは、デート上手く行ったの?」


「う~ん……デートは成功なんだろうけどな」


「何その奥歯に引っかかったような言い方」


「実のところ、帰りの記憶がない」



「襲ったのか?」


「するかボケ」



 俺は猿じゃないはずだ。


「いや記憶がないんじゃ証明のしようがなくね?」


「タクシーに乗って気がついたら家の前だったよ」


「ああそういうこと」


 そのタクシー内で生ASMRを愉しんだらしいことは伏せておく。どちらにせよほとんど記憶にないし。


「で……そこで俺は妙なことを口走ったらしいんだが」


「妙なこと?」


「寝言で」


「寝言」


「何を言ったかわからんくて怖い」


「乙女か」


 ちゃうわ。


「何言ったの?」


「だから分からんて」


「アレじゃない? 雛坂日奈子推しなんですーって」


「もうそれ答えやん。向こう平静保てないだろ」


「じゃあ。ボクは死にましぇ~ん。とか」


「なんでネタ走ったん。てかお前それ知ってんの?」


「知らん」


 俺も知らんのよ。


「いい匂い~とかは言いそう」


「偏見か? お前俺が本当にそれ言いそうだと思ってんの? 今度覚えてろよな」


 ぶちのめすから。



「まぁでもアレやろ? 別に変な感じじゃなかったんやろ? 引いてるとか」


「多分違う」


「じゃあ気にしなくていいんじゃない?」


 まぁ俺もそう思うけど。


「相手がどう思ってるかとかどうせわかんねーんだからさ。自分がどうだったのか思い出した方がいいんじゃないの?」


「いつもどおりの正論助かるわ」


 若いくせに頼りになるよ。


 ……自分がどうだったか。それは。


「……楽しかったんだよな」


 楽しかった。


 自分がどうだったかって、それでしかない。


「自分でセッティングしたデートでそれなら、じゃあまごう事なく成功なんじゃね」



 ——自分でセッティングしたデート。



 そうだ。


 相手から連絡されるのを待つなんて男らしくない……なんて動機でも。


 俺は自分でデートを決めて、場所も考えて、どうやって楽しませようか考えた。


 それが結果的に成功したことを……嬉しいと思っているのか。


 それって、つまり——。


「俺さ」


「ん?」



「思ってたより積極的な人間なのかもしれねえわ」



「そうでもないんじゃない?」


 ……。


 めっちゃ気づきを得たー! って感じだったのに。一蹴されるとは。


「別に陰キャじゃないけどさ。積極的だったらもうファンだって打ち明けてるんじゃない?」


 ……結局そこになるか。


 俺が物事を進められない一番の理由。


 もしそれが枷になっているなら。


 今、俺は「もし打ち明けていたら」と考えて怖くなった。


 その勇気がまだ足りないことが……今の自分の立ち位置ってわけか。


「まぁなんとかなるよ。多分」


 つるきちの楽観的な反応に。


 消極的で弱虫な俺は「そうだったらいいな」と返すことしかできなかった。

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