第6話 いくら吞んでも酔わない人っているよね
そんなわけで居酒屋である。
どんなわけで?
もちろんデート。
ラジオでヒントを得た次の日の昼に連絡して、即座にOKをもらったわけだ。
お互いの仕事の都合でそれから4日後の夜となったが、暖簾をくぐる前からウキウキだった鶴山さんはとても印象的だった。
この人、デートじゃなくて酒を呑めることが嬉しいのではなかろうか?
事前に予約していた座席に座り、メニューを開く。この店は魚市場から取り寄せた新鮮な青魚がメインらしい。
なるほどーと思って鶴山さんに話しかけようとしたら、食事ではなく酒の銘柄を真剣に確認していた。
……まぁ、真剣な人に水を差すものではないな。
「最初のご注文はお決まりでしょうか?」
店員が注文を取りに来たみたいだ。一応、最近のスタンダードとして電子注文板があるのだが、多分客が多いので時間がかかるのだろう。
最初のお酒は優先的に運んできてくれるシステムなのかもしれない。
「まぁとりあえず生ビールで。鶴山さんはどうしますか?」
「私も同じのをお願いします」
声だけで反応する鶴山さん。メニューから目を離してない。
「大中小いかがなさいますか?」
「とりあえず——」
「大で」
……………………。
「かしこまりました」
「…………じゃあ、大で」
っょぃ。
酒ガチ勢の圧が強すぎる。なんなんだこれは。勝てない。
思えば鶴山さんの印象は前回と違う。
「前回は顔合わせでレストランを選んで堅苦しい感じだったので、逆に今回はラフな感じで行きましょう」
と提案したのも理由だろうが、前回よりも化粧は薄めで、丈が長い落ち着いた青色のワンピース。
歩いている時に見た足元はヒールではなく革靴。女性らしいオシャレさはキープしながら、動きやすさも考慮した格好だ。
なるほど、呑みに来ているな。
「凄いいろんな種類のお酒があって、次に呑むものに迷いますね」
まだビールも来てないのに次呑むお酒のことを?
「私、ここ知らなかったです。すごい、大倉さんよく知ってましたね」
「いえ、私も初めて来たんです。身内にいい居酒屋無いか聞いて、それで教えてもらいました」
「そうなんですか? お父様ですか?」
「いえ……恥ずかしながら妹です」
そう言って、俺は目を逸らすついでに店内を見渡した。
仕事帰りで何故かめちゃくちゃ機嫌が悪い妹に平謝りしてなんとか教えてもらったことを悟られたくないためだ。
店の雰囲気は和風の大衆酒場といった感じ。
暖色のLED電球が天井から吊るされ、モダンで暖かみのある木目の壁と敷居によって店全体が日本の夕暮れのような雰囲気になっている。
座椅子から入り口の巨大な水槽があるのが見え若干のチグハグさはあるものの、むしろそれがこの居酒屋の独特な世界観なのだろう。
……あの水槽の中の魚がメニューになってるのかな。
「妹さんですか! 妹さんもお酒好きなんですか?」
「ええ、仕事のストレスをお酒で洗い流すタイプの酒呑みです」
実家が遠いからって定期的に俺の家に上がり込んで泊まっていきます。呑む為に。
「それは……なんだか親近感が湧きますね」
「お仕事そんなに大変なんですか?」
俺の質問に対して、鶴山さんは、
「いえ! とても楽しくて充実してますよ」
と、本当に楽しそうに笑って答えた。
そうか。
"何も知らない俺"視点では、「塾講師の仕事が楽しい」という事になっている。
だけど俺にはわかる。
この人は本当に楽しんでやっているのだ。
声優という仕事を。
なんだか嬉しくて笑顔になってしまったので、「それなら良かった」と安堵したことにして誤魔化した。
そんな話をしていると生ビールとお通しが来たので、乾杯する。
「では、今週もお疲れ様でした」
「おつかれさまでーす」
しかし、ビールに口をつける前に俺は噴き出してしまった。
「? どうしました?」
「い、いえ……なんか会社の打ち上げみたいになっちゃったなって。私が言い出しちゃった事なんですけど」
鶴山さんもケラケラと笑い出した。
「確かに……ふふっ。そんな、休み前の飲み会みたいなノリで言われたらそうなりますよー!」
「だって! こういう時なんて言えばいいのかわかんなくて! あはは」
ひとしきり笑い合った後に、ジョッキを煽る。呑んでいるうちに思い出し笑いしてまた噴き出しそうになった。
——楽しい。
以前と違ってフランクな場だからなのか、前より自然体になれている気がする。
妹以外の女性と二人でサシ飲みなんてしたことがなくて、ずっとどうしたらいいのかわからなかったけど。
なるほど、ノリでいいのか。
「ふう……大ジョッキだと結構呑んでも半分いかないなあ。鶴山さんは……」
当然ジョッキが空になっていた。はえーよ。
「……生ビール以外も頼めば良かったですかね?」
「いえ! じっくり次に呑むお酒を考えるのも醍醐味なのです!」
力説する鶴山さん。居酒屋奉行だ。
そしてそう言いながらも既に電子注文板を手に持っている。心なしか目がキラキラしてるような。
「あ、ではついでにおつまみも注文しましょう。鶴山さんの好きな感じで」
……本当はこの店のウリである海鮮を色々頼みたかったけど、まぁ鶴山さんが好きに頼んだ方が良い。
このデートは鶴山さんの為のものだから。
今回のデートの主目的はこれだ。
鶴山さんのことを知っていくこと。
なんか漠然としているのは、実質的に最初のとっかかりだから。
雛坂日奈子として好きなものはある程度わかる。しかし、それが鶴山さんと完全一致なのかはまだ分からない。
……少なくとも大のお酒好きなのはもう間違いないが。
「でも、次に会う場所が居酒屋なんてびっくりしました。確かにお酒が好きだと言いましたけど……」
「いやー自信はなかったんですけど」
大嘘です。
「ワインを美味しそうに呑んでたし、お酒全般に好きとおっしゃっていたので、お酒の種類がたくさんあるお店がいいかなーって」
「へーすごい偶然。実は大倉さんからご連絡貰う前日にデートをするならどこかなーって考えたところだったんです」
知っています。
思いっきりカンニングしてました。
だって何故か魔法を使えるようにならなかった30歳童貞がデートの行き先をすんなり決めるなんてできるわけなく。
仕方ないから文明の力に頼るしかなかったんです。
「ちょうどラジオしてるとそんな話が出たので、ほんと超能力者かなって」
そう、ラジオという文明の超能力で——、
い や 何 の ラ ジ オ だ よ ?
言っちゃダメでしょそれ俺が拾ったら貴方詰むでしょうが!
へえそれ何のラジオですか?
とか聞いたら場が凍るだろ!
「あー……はは。メンタリズムかもしれません」
ヤバいって油断してた。この人こういうところあるんだって。
前の時も思ってたけど……鶴山さんって、ポンコツでは?
「そういえば、ここではお刺身が豪勢で美味しいらしいですよ」
妹にオススメされた理由がこれである。実は俺にとっても楽しみで、来たら絶対頼もうと思っていた。
「あー、ごめんなさい私……青魚苦手で、食べられないんです」
「——」
…………………………………………。
「す、すみません知らなかったとはいえごめんなさいそうですねならアレですねフライドポテトとか枝豆とか頼んでいきましょうイカのから揚げとかああダメだイカは海鮮だーあーーーー」
なんたる失態だ!?
鶴山さんの苦手なものを知らずにそれがメインの店に連れてきてしまっただって?
事前に苦手なもの聞いておけよ俺このバカ野郎!
「い、いえ……イカは青魚じゃないですし塩辛とか食べますから大丈夫ですよ」
フォローまで引き出してしまった!?
何やってんだ俺。
よく見ると、確かにお通しに手をつけていない。
どういう料理か知らないがこれは魚の何かを揚げたもの。
お酒が好きだから先に呑んでいるのだと勝手に思っていたけど(それも間違いではないと思うが)手をつける食べ物がなかったからかよ!
メンタリズム? 聞いて呆れるわ。
……いや、冷静に。冷静になろう。俺がそれを知らないのは当たり前なんだ。こんな失敗、最初のうちは誰にでもある例え相手が雛坂日奈子だとしても無理だああああ冷静になれるわけねええええ死にてええええ!
「いやほんとに……ほんとにごめんなさい! 事前に聞いておけば良かったです」
俯き平謝りする俺。
どうにもならなくない?
文字通り顔向けできないわ。
「気にしないでください! 美味しそうなお酒はいっぱいありますし来てよかったなって思ってますよ!」
うわっこれ詰んでね? これ何言ってもフォローされて惨めになるだけじゃね?
「にしても……ふふふっ」
「…………?」
突然笑い出した鶴山さんが訝しくて、思わず顔を上げてしまう。
「ごめんなさい……ふふ。大倉さん、顔合わせの時はすごく爽やかで落ち着いた方だなって思ってたんですけど。こんなに慌てることあるんだって思ったら面白くてつい」
「あ、あはは……」
幻滅しちゃったのかな?
と思ったけど、かわいらしく笑う鶴山さんは別に引いてる様子ではない。
——かわいらしく?
俺は今そう思ったの?
鶴山さんの笑顔を。
「…………」
先ほどとはまた違う戸惑いを覚えていると、店員がやってきた。
鶴山さんが頼んだであろうおつまみと酒、酒、酒、酒、酒、さ——頼みすぎ!
これ全部呑むの?
「わ、ほら! いろんなお酒がありますね! 何から呑もうかなー」
呑むみたいですね。
「大倉さんもどうぞ。小さいグラスで呑めば色々楽しめると思います」
「……こんな色々呑んでちゃんぽんにならないですかね」
「全部日本酒だから大丈夫だと思いますよ!」
日本酒同士ならちゃんぽんにならないのかー……。え、そうなの?
「じゃ、じゃあ……いただきます」
俺は鶴山さんが手ずからに入れてくれたお酒をいただいた。なんだかフルーティーな味わいで不思議だ。日本酒なのに。
そうか。鶴山さんは、今できる最大限で俺を楽しませようとしてくれているのか。
このデートは俺が鶴山さんを楽しませるもの……と思っていたけれど。
鶴山さんも同じことを考えてくれていたのかもしれないな。
「鶴山さん」
「……ごくっ。……ん、なんですか?」
「ありがとうございます」
お酒を愉しんでいた鶴山さんは、何の前振りもなく言った俺のお礼の言葉にきょとんとした顔で返す。
今回の失敗は俺が独りよがりな考えでプランを立てたのが原因だ。
もっと、鶴山さんを知る為に色々会話して、二人で決めるようにしよう。
男のやるべき事だなんて見栄を張ったって、童貞男の見栄などたかが知れている。
肩肘張ったってろくなことにならないっていう教訓だ。
「今日は、私も楽しみます。早速他の次のお酒をいただ——」
あれ?
さっきまであったお酒が消えて、全てグラスだけになっていた。
「ごめんなさい、もう全部呑んじゃったので他の頼みますねー」
「いやうわばみにも程があるでしょ」




