第5話 はたらく声優
「はーい、ゲキオシの皆さんこんばんはー! ラジオパーソナリティの雛坂日奈子です! わーぱちぱちぱちー。本日もよろしくお願いします! ということでね、そろそろね夏の始まりって感じなんですけど、今年は空梅雨なのかなー? 全然雨が降らない感じで——」
「……相変わらず雛坂日奈子はテンションが高いな」
俺は今、寝室兼仕事部屋(兼エロゲ部屋)で在宅仕事をしながら「雛坂日奈子の推し活ラジオ」を聞いている。
毎週日曜日の夜10時から30分、雛坂日奈子がたまにゲストを交えながら、リスナーからの生お便りを読んだり一芸コーナーをやったりするバラエティ放送だ。
東京近辺だけのローカル放送であり、こういう時、自分が都民で良かったなとしみじみ思う。
それにしてもラジオってなんで最初、天気や気温の話をするのかね。
間が持たない時の緊急手段として会話デッキに天気の話が入ってるけど。
つまり、ラジオの最初は間が持たないのか。気持ちはすごいわかる。
正直、婚活の時も間が持たない感覚はあった。何を話せばいいのか分からず、会話が弾んだとは言い難い。
会話デッキから「質問」を使ってEXデッキから「趣味」とか「好きなもの」とか引っ張り出してきただけだ。
それを使っている間はなんとか話になるが、それが使えない状況やそもそものスタートのとっかかりとなると、なかなか難しいものがある。
まぁつまり何が言いたいかと言うと。
「……次のデートの誘い方が分からねえ」
ということだ。
俺がすっかり頭を抱えているうちに、既に8日が経過しているのである。
今こうしてラジオをやっていたり塾講師をやっていたり、生配信や本業もやっていたり……。
こちら目線いつ休んでいるのか分からないくらい忙しそうで、いつメッセージを送って大丈夫なのか分からず、二の足を踏んでしまっている。
そうでなくとも、俺は女性をデートに誘うなんて経験は一度もない。
エロゲではデートする選択肢はいくつも出てくるのだが、彼らは失敗しない未来が確定しているからやれるのだ。現実とは違う。
妹に電話で聞いたら「そんなこと私に聞いてくるなこの甲斐性無し!」と怒鳴られた。
まだ仕事場にいたのか声が凄いピリピリしていた。
そんなわけで、俺が自分でデートに誘う口実を考えなければならない。
「向こうから連絡してきたら楽だけど……それは男としてどうだかなぁ」
男女平等という昨今のジェンダー観においてこのような区別は奨励されないのだろうけど、それでも「男がやるべき事」を放棄するのは何かが違う。
とはいえそろそろタイムリミットであるのは間違いなく。
何かちょうどいいデートプランがないものか……。
「続きまして、新コーナー! "あなたの理想のデートを楽しむひなたんのASMR"!? いや新企画について事前に聞いてましたけど、改めて見ると凄い無茶振りなんですけどこれぇ!?」
……ん?
「えー企画の趣旨なんですけど。リスナーさんから頂いた理想のデートシチュエーションのリクエストを私が読んで、そのシチュエーションで楽しんでいる私を"アドリブ"で演じるという、もうイジメみたいな企画です! 一体どんなリクエストが来るのか今から怖くてしょうがないんですけども、でーきーるかーぎーり精一杯やらせていただきますので、ぜひCMの間にリクエスト募集してますので、どんどん送ってきてください! お待ちしてまーす!」
「……ふむ」
何ともタイムリーな。鶴山さん……ではなく雛坂日奈子がどんなデートでどんな反応をするのか聴けるということか。
自分からリクエストを送る勇気はないが、デートプランの参考にはなるかも……!
流しっぱなしにしていたPCにヘッドホンをつけて(いつもPCでラジオを聴いている)装着する。仕事の手は一旦止めておこう。
CASE1
「——CM開けまして早速頂きましたシチュエーションはこちら! うわいきなり凄いのきたなぁ、えーと……カップルジュースを飲みながら恥ずかしそうにはにかむひなたん! えー、早速行きますね。コホン……"えへへ……顔、近いね。あ、ダメだよこっち見ちゃ……ドキドキしちゃうもん"」
CASE2
「……これでいいんですか? え、OK? ほんとにこれでいいんですか? えぇー……。この調子? はい、わかりましたでは次いきます! 次は……。ちょっと待ってこれセンシティブすぎる! 大丈夫なんですかこれ! え、大丈夫になるように頼む!? やっぱこの企画いじめです! びしょゲ声優いじめ!」
……なんかめっちゃ騒いでんなぁ。
「えっと……えっちなホテルでホニャララしてからお風呂から出た後の激甘トーク! はい、やります! んんっ……"あなたと一緒になれて幸せよ。このまま大好きな貴方と眠りたいわ。"——もうわかんないからちょっとアダルトな雰囲気でやってみた! だってこれどうしようもないじゃんこれ! 登場人物は全員18歳以上です!」
CASE3
「次行きましょう! はい次は……。……。なにこれ? エアーズロックの中心で最後の力を振り絞って彼氏に愛を囁く力尽きそうなひなたん? セカチュー……え、なんですか? それ」
俺も世代ではない。
「助けて下さーいって叫ぶんですか? 叫ばれる方? あっ力尽きそうって死にそうなんだ。やだ死にたくないよー! フリだけ? はあわかんないけどやってみます! "……風が、気持ちいい、ね……。ありがと……最後に、こんな、ところに……連れて、きてくれて……きっと、すごい景色なんだろう、けど……ごめんね、もう……ほとんど、見えてなくて。……最後に、一つだけ、言わせて……あなたのこと……あい……して…………る……"」
そんな話だったっけ?
答えを知ってるのは多分俺より上の世代のリスナーだろう。
にしても迫真の演技だなぁ。
「いやあの、これ理想のデートなんですか? 私がエアーズロックで最期を迎えるのを看取るのが理想なんですか!? 嫌です! そんな理想はNGです! だめっ!」
そらそう。
「もう私に無茶振りする企画にしかなってませんから! ちゃんと! 理想の! 私が楽しめるデートをお願いします! 私さっきのめっちゃ苦しんでますからね!? お願いしますよほんとに!」
CASE4
「はい、次にいきます。次はまともなやつでお願いします! 選ぶ方もちゃんと選んでください。……これでいいですか? ほんとにいいですか? あんまりダメだとNGにしますからね? ……えーっと、映画村でお姫様になりきってるひなたん。また無茶振りだー……けどちょっと楽しそう! 時代劇でいいんですよね? よし。大丈夫です! いきます! "なにをしておる! ほれ、はようついてまいれ! 下町に来るのは久方ぶりなのじゃ。お団子に芋ようかん、あんみつとやらもあるらしいの! ……なに? 甘いものばかりじゃと? そんなもの茶を飲めば平気じゃ! ほれ、ちゃんと妾の手を繋ぐのじゃ。……離れるでないぞ?"」
……なんか聴き覚えあるなと思ったら、数ヶ月前に買った戦国エロゲのお姫様 (CV.雛坂日奈子)そのまんまだ。無意識に寄ったな?
「……なるほど」
よし、わかったぞ。
つまり。
江戸村でカップルジュースを飲みエアーズロックに行って愛を叫んでラブホテルに行ってピロートークすればいいんだな。
俺はさっそくそのデートプランを伝えようとスマホを手に取り、
即座に全力で投げ棄てた。
俺 は バ カ か ?
あまりにも切羽詰まり過ぎて頭がおかしくなったらしい。
そんなデートコースがあるわけねぇだろ。
どいつもこいつも貧困な想像力しやがって。
もっと参考になるようなマシなシチュエーション考えろよ! そんなんだからキモオタって言われんだろ!
「……俺はそれ以下か」
たとえ中学生の妄想みたいなものでも、シチュエーションが思いついているだけ俺より1兆倍マシなのだ。
いやどうすっかな……と悩み始めたところで、どうやらラジオの方は締めに入ったようだ。
「はい、いろいろやってきましたけど……この企画難しすぎるので、程々にしていきたいと思います! 思ったより大変だった! いや大変だったんですからねスタッフさん笑い事じゃないんですよ! もー……」
実際、ここまで嫌がってるのは初めて聞いた。相当嫌だったみたいだが、どうしてこんな企画が通ったんだろうな?
「ちなみに私の理想のデートは……居酒屋で美味しいお酒を一緒に呑むことです! そういうアットホームな感じでまったり過ごしたいですね! あっ宅呑みでもいいなー!」
ん?
「そんなわけで、本日はこれにて雛坂日奈子の推し活ラジオは終了となります! ゲキオシ! の皆さん今週も頑張りましょう! それではまた来週〜」
エンディングが流れ始めたところでヘッドホンを外す。
そして俺は布団に突き刺さっているスマホを叩き起こして妹に電話をかけた。
「……なぁ、二回目のデートで居酒屋ってありか?」
「だから私に聞くなっつってんだろこのボケ!」
ツー、ツー、ツー。
めっちゃキレられた。まだ職場だったのかなあ。




