第2話 バレちゃダメなんじゃないの!?
問題:推しの声優に偶然、しかも婚活の場で出会ってしまったら?
「やべえ! 推しと付き合ったり結婚したりできるかもしれない!」
——なんて、景気良く思春期男子の妄想みたいにはしゃげれば良かったのかもしれないが。
そんな時期を既に一回り以上通り越した身としてはそんな無邪気になれるはずもなく。むしろいろんなことを考えてしまう。
例えば、プロフィールには声優であることを書いていなかったこと。
今回使っているアプリは「つばめのす」というオタクグッズを売っている会社が主導している婚活マッチングアプリ「つばこん!」だ。
元会社もオタクの婚活をウリにしている。
そんな中で声優であることを隠している理由はおそらく……エロゲ声優であることがバレたくないのだ。
六本木の高級レストランは喧騒と言うほどは喧しくなく、ムーディーな音楽に包み込まれてどこか優雅さを醸し出していた。
シャンデリアはオレンジに近い暖色の光を振り撒いて、料理を味わう人々に落ち着きを与えている。
俺は食前酒で出された辛めの赤ワインを一口飲み、気持ちを落ち着けた。
俺のミッションは、如何に鶴山美鳥(推定:雛坂日奈子)さんに「声優だと気づいていること」を気づかれないようにこの食事を終わらせること。
彼女と仲良くなることではない。決してないが……。
それで婚活らしさを失えば、彼女はきっと気まずくなってしまう。故に話題を振ったり振られたりすることは必須。
いや冷静に考えて難易度高すぎるだろ。
お偉いさんとの接待でもここまでの無茶振りはない。ヒラだからやった事ないけどさ。
鶴山さんの方を見ると、彼女は空のボトルをグラスに傾けていた。
というか、ワインを飲み干していた。
グラスではない。
ボトル一本丸ごとだ。
いつの間に注いで飲んでいたのか、俺に注がれた分以外はどうやら鶴山さんの喉を通り越したようだ。
だというのに、ケロッとしてる。酔った気配が全くない。
「あ、ウェイターさんすみません。ワインおかわり頂けますか? 銘柄は今日のおススメで」
なんか手慣れてやがるし。
「鶴山さんはワインがお好きなんですか?」
「あ……はい。ワインというか、お酒全般に好きで。ついつい飲みすぎちゃうんですよね、えへへ」
いや可愛くはにかんでるけども。今ウェイターさんが持ってきたワインをにこにこしながら自分のグラスに注いでるけども。
いくらなんでも早すぎない? うわばみ?
……そういえば、雛坂日奈子はV配信する時、定期的に酒飲み配信をしてたし、無類の酒好きであることを公言していた。
今の「えへへ」もものすごく雛坂日奈子っぽかったし(かわいい)。やはり同一人物なのだろう。
にしても、こんなペースでいつも飲んでいたのか。すごすぎだろ……。
やがてコース料理が運ばれてきたが、食べるペースは普通。むしろ遅いくらいでこちらも合わせた方がいいかなと思うくらいだが……。
「あ、今度はモンラッシェっていう白ワインをください。ボトルで。あ、大倉さんも飲みますか?」
「い、いえ……まだ赤ワインが残ってるので、大丈夫ですよ」
ってか赤ワインと白ワインってちゃんぽんして良かったっけ……。
そんな感じで食事よりもお酒がどんどん鶴山さんの喉に吸い込まれていく。ゴクゴク飲んでる。ワインってそんな飲み方しないだろ。ビールじゃねえんだぞ?
っていうか、このままだと若い女性がお酒飲んでるのを眺めているだけになりかねない。
……いや、無事に済ませるつもりならその方がいいのか?
「……そ、そういえば。普通になんかお食事会みたいになっちゃってますけど。これ一応その……婚活ですから。いろいろお話していきたいなって」
「……あ。す、すみません! 私こういう機会がないとなかなか来られないので、美味しい料理があると、どうしても——」
料理ちゃんと食べてました?
「——お酒が進んじゃって」
「あるだけで?」
彼女ほどの酒豪ならば美味しい料理の存在だけでつまみになるらしい。
「なるほど、まぁすごくお酒好きなのはわかりました、あはは」
ちゃんと笑えているのかな、俺。不安だわ。
「家でも結構飲まれるんですか?」
「はい、配信しながら飲んでます!」
「——」
地雷踏んだ。
「あ、あぁ。配信流しながらですか。確かに今はテレビとかより生配信とか主流ですものね!」
「……? ……あ、はい! そうです、人の配信とか見るのも好きで」
「も」じゃねえんだよ隠す気あんのかっ!?
一瞬きょとんとした顔したから察したかと思ったのに!
いや察したのか?
察した上でその対応か?
……配信者は今や数多くいる。もしやエロゲオタクではないから自分は見られてないと高をくくっているのか!?
俺はガッツリ見てるんだからな! 言えないけど!
この話題はこれ以上膨らませたらダメだ。気づかなかったフリして別の話題を振ろう。
「鶴山さんって休みの日は何をしてるんでしたっけ」
確か、趣味は音楽鑑賞とか読書とか書いてあったし、その辺で話を膨らませれば事故は起きないは——
「休みの日は撮り溜めたアニメとか見て、今みたいにお酒飲んだりしてます」
オタク暴露すんの!?
なんでだよ……なんでそっち方面行っちゃうの鶴山さん。そっちは地雷原だらけの紛争地域だよ?
「あれ、趣味の欄には書いてなかったような……」
「うーん……なんとなく恥ずかしかったので趣味の欄に書かなかったんですけど、大倉さんって何となくそういう偏見なさそうだと思ったので、思い切って話しちゃいました」
……そう言われると、なんとなく嬉しい。確かに偏った目では見ないよ。
だって自分がそうだからな……!!
「それに、ここの運営サイトって元々そういう趣味の人が多いですし」
そうでした。
……しかし、そうなると。
俺がオタク趣味であることはバラしても良い、のか……?
「……」
正直、何から雛坂日奈子に繋がるかわからない。ここはリスクを最小限に抑えるべきだろう。
「確かに、そういう目では見ませんね。私もある程度はアニメ観てますし」
まぁあながち間違いではないだろう。実際、今はオタクじゃない人でも深夜アニメを見ている人がいるし。
一般人が何見てるかは知らんけど。
「へー! どんなアニメ見てるんですか?」
「……」
……一般人が何見てるか知らんけど!!
実際に俺が見ていた作品は、エロゲ原作のアニメだけ。
しかし国民的アニメを挙げても、角は立たないかもしれないが、オタク趣味に理解がないと捉えられかねない。
「あー、えっと……」
詰んだ。
いや詰んでる場合じゃねえんだよ。
今時一般人でも深夜アニメ見てるよな。最近有名な深夜アニメ……あれだ。
「そうですね、エージェントファミリーとか最近は見てましたね」
「あー、あれ知ってます! 有名ですよね!」
はい、知ってます。有名なので。
でも見てません!
一応漫画は最初の方読んだ覚えがあるので話を振られても大丈夫なのだが……でもこの言い方だと、もしかしてそんなに詳しくないのかな?
まあそれならそれで良い。さっさと次の話題に——、
「私が最近見てるのが『すけぼく』って作品で」
「あー! はい、知ってます。あの『すけべなゲームの主人公になった僕はどうすればいいですか?』を原作にし——」
——たアニメ?
その原作って。
エ ロ ゲ だ ろ !
見てたよそりゃ。エロゲ原作アニメでその筋には有名なやつだよ。だから超知ってるよ。
知ってるからつい反応しちまったよ。
緩んでいた頬はそのまま硬直し、背中に嫌な汗をかく俺。
しかもその作品、原作には雛坂日奈子がサブヒロインとして登場していた。
すなわち。
原作を知っている=雛坂日奈子を知っている
という構図になる。
「あ、そうです。よく知ってますね。もしかして……」
「ご歓談中失礼致します——」
ウェイターがコース料理の主菜を持ってきた。
料理名は聞き取れなかったが、柔らかそうなステーキ肉に鮮やかな紫色のソースがかかっている。
「これは……なんのソースなんですかね」
どこかで嗅いだことのあるフルーティーな香りだが、不思議とミスマッチでは無いように感じる。
「ブルベリーソースらしいですよ。私の友達が北欧料理が好きで、こういうのに詳しくて。ベリーだけど別に甘くないんですよ」
へえ。
確か雛坂日奈子とよく絡んでいるエロゲ声優がどこかの帰国子女とか言っていたけど、北欧だったのかな。
「よくありますよね、友人が詳しいと自分も又聞きで知るって」
あ。言い訳が思いついたぞ。
「さっきのアニメも友人が結構詳しくて。私はその……し、知らなかったんですけど、友人はオタクだもんで饒舌に語ってくれました」
「あー、そうなんですね。よく知ってるなーって思いました」
からからと笑う鶴山さん。
しかし、その表情はどこか固く見えた。
もしかしてここまでの反応……俺を試していたのだろうか。
迂闊に見えた質問は、こちらの様子を伺ったものではないのか。
向こうの立場に立って考えてみれば。
彼女には越えなければいけないハードルがいくつもある。相手が自分のファンではないこと。オタクに偏見がないこと。
相手が声優である自分にたどり着く可能性がないこと。
つまり「自分が出演しているエロゲの原作を知っている友人がいる」俺はそのハードルを越えておらず、この瞬間に警戒度が危険水域にまで達したのである。
一般論として、声優の結婚相手で一番ベストなのが「仕事と趣味に理解を得ている上で、過度に干渉しない人」である。
しかし、そんな人を見つけるのは……オタクへの偏見が薄れた今でも難しい。エロゲ声優ならば尚更だ。
そんな中でオタ婚活主導のマッチングアプリを使うのは……諸刃の剣ではないか?
……これは分水嶺だ。
今、俺の頭の中に選択肢が浮かび上がった。
一つは、このまま別の話題を続けること。
もう一つは……ここで踏み込んだ質問をすることだ。
少し考えて、俺は——。
「鶴山さんは、どうして婚活を始めたんですか?」




