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婚活相手が推しのエロゲ声優だった。気づいているとは言えないのに、隠し事ができない彼女がポンコツすぎる。  作者: 速水つばくろ


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第17話 器用に生きられない私たちの詩

 ショッピングモールでのデート。そしてつるきちと合流して入ったコラボカフェ。


 それらが終わって、俺と鶴山さんは帰路につき、今は帰りの電車に乗っている。


 この時間は大抵東京向きの電車はほとんど人がいない。逆だと満員だったりするのだが。


 お陰でゆったりとした座席スペースを確保できている。気まずさを感じる必要はあまり無かった。



 つるきちは「ごゆっくり〜」と投げやりに言いながらどこかに消えた。その去り際に俺に耳打ちしていった。



「な? 心配することなかったやろ?」



 その言葉が指しているのは、結局今日一つも話題に出さなかった「遊園地のナイトパレード」のことである。


 あの時、鶴山さんは「告白が近い」と誤解したかもしれない。そう思って、今日はその誤解を解くことが目的だった。



 でも……今日一日ずっと鶴山さんを見て、ナイトパレードの後みたいなぎこちなさを感じなかった。それどころか、前よりも自然体に見えたくらいだ。



 ボイスチャットでつるきちが言った「大丈夫」は、真実だったのだろう。



「……今日一日ショッピングモールの中を歩き回りましたが、疲れたりしてないですか?」


「いえ。いろんなものを見られたし、遊んだり話したりできて楽しかったですよ」



 鶴山さんは、いつもの通りに笑って言う。


 ……いつもの通り。そうなのだ。


 俺はこれ以上踏み込めていない。


 鶴山さんもこれまでそうだったはずだ。


 何故なら、本当の趣味を言えなかった。


 オタクであることは言っていたが、エロゲ趣味のことは言えなかったはずだ。


 だから秋葉原で会ったとき、あれほど慌てたのだ。



 なのに。今日はすけぼくの話をしたし、エロゲのコラボカフェにも率先して行くことを希望した。


 つるきちもそうなることが分かって計画したのかもしれない。



「……あの、鶴山さん。話しておきたいことがあります」


「? なんですか?」



 ……こういう時、サラッと言葉が出ないのはどうしてだろう?


 後ろめたいからか。


 嫌われるかもしれないことが、怖いからか。



「あの……今日、樹君と鉢合わせたのは偶然じゃないんです」


 鶴山さんが、俺をじっと見つめている。次の言葉を待つように。


「私が呼んだんです。鶴山さんに話したいことがあって、私だけだとわからないことがあったから」


 甘いものを飲んだからか、口の中がカラカラだ。唾(つば)を飲んで誤魔化す。



「遊園地行った時の、ナイトパレードの……後のことで」



「……えっ」



 鶴山さんが息を呑む音が聞こえた。


 え?


 ということは……やはり特別なものを感じていたということか?


 逆に俺が自然体だから安心してただけなのか!?



「あ、あの! 別に大した話じゃなくて! 鶴山さんの様子がおかしかったから気になったって話で! あの、特別な何かがあるってことじゃないんです」



 俺は慌てて捲し立てるように否定する。いや、もし告白だと思っていたとしてこの否定の仕方はそれはそれで失礼なのか!?


 ダメだ、混乱してる。どうすればいい?



「……樹から何か聞いたんです?」


「いえ! 何も聞いてないです!」


「そう、ですか……」


 ……ん? 聞いた?


 つるきちに言ったじゃなくて?


 分からないが、今は言わなければならないことが先だ。


「でも……もしかしたら謝らなくちゃいけないのかなって思いまして」



 これは、どっちに転んでもこの先を否定する言葉だ。



「あのナイトパレードを見せたことが、鶴山さんにとって特別な意味を持たせてしまったのではないかと。私の特別な思いがあると思わせてしまったんじゃないか。と」



 相手を傷つけるかもしれないからこそ、言葉を選ぶ。


 慎重に。



「私は、男女の機微に疎くて! デートの作法とか、不文律とか。そういうのとは無縁のまま生きてきました。だから、男女でナイトパレードを見ることが特別な演出になることは……いや、いいだろうなとは思ってたけど、そこまでのものだとは思ってなかったのです」



 自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。早く言い切らないと。困らせる前に。



「だから、鶴山さんの中で特別になりすぎていたら申し訳ないなって。実際、帰り道でぼーっとしてたから、もしかしたらと思ったので。今日……この話をしようと思いました」



 ……冷静になってから考えたら。


 そういう場所につるきちを連れてくるのは意味がわからない。


 それは鶴山さんにとっても、当然つるきちにとっても迷惑な話だ。



 つくづく自分の浅はかさに反吐が出る。



「なんで樹がいるんだろう? って思ったら、そういうことだったんですね」



 矢継ぎ早に紡いでいた俺の言葉が止まったのを確認して、鶴山さんはぽつりと呟いた。


 その声はいつもの調子のままだ。



「私も、大倉さんと似たようなものなんですよ。遊園地どころか、デートなんて今まで一度もしたことなかったです」



『姉貴もくらさんとそんな変わらんから』



 ボイスチャットの時の、つるきちの言葉が頭をよぎる。



「だから私、逆にあの時は特別でしたーって言われてたら困ってたと思います。私もまだ、そういう気持ちはわからないんです」


 ともすれば男として悲しくなるだろう言葉なのだけど、それは俺も同じだった。


 分からないから、探しているところなのだ。俺も、鶴山さんも。


 最初の出会いで「真剣に向き合う」と互いに誓い合ったこと。今はまだその最中ということだ。



「でも——」



 鶴山さんは、穏やかに続ける。


 穏やかで優しい……鶴山さんの声で。



「あのナイトパレードは、見てよかったです。あの日は、そのまま帰らなくて本当に良かった」



「鶴山さん……」




「遊園地のナイトパレードは、私にとって特別なものでした。でも——大倉さんのおかげで、特別なものがもっと特別なものになったんです。本当にありがとうございます」




 笑顔。



 それは、鶴山さんの笑顔だと。



 そう認識する前に、



 綺麗だ——。



 と。




 心が言ったんだ。





 ✳︎





『だから大丈夫っつったじゃん』


『まあな。すまんなわざわざ』



 家に帰って服を脱ぎながら、俺はつるきちにメッセージを送った。


 恐らくまだ電車の中のはずで、通話は出来ないから普通のチャットでのやりとりだ。



『見た時なんもねーなーって思ったよ。それどころかめちゃくちゃ距離あってびっくりした。これで婚活してるって言われても誰も信じない』


『そこまで?』


『そんなんなのに、コラボカフェでは妙にイチャイチャしてるように見えてさ。めっちゃ気まずかったんだけど』



 ……そうなんだろうか?


 イチャイチャしてた気はしないのだが……。



『つーかさ。普通、実の姉と友人のデートに合流させる奴おる????????』


 「?」の数は原文ママである。


『それはマジですまん』


 冷静に考えて、その場に居合わせるにしてはあまりに地獄すぎると思う。しかも、結局いる意味なかったわけだし。


『くらさんも妹とその彼氏についていくってどんな気持ちになる?』



 嫌 す ぎ る 。



『最悪やな……』


『その最悪を今日体感したんだよ』


 そりゃ機嫌も悪いわ。


 物で買収したとはいえ、さすがに限度があるというもの。


 思えば最初から嫌がっていたな。



『実の姉の恋愛とか見たくないんだよ。ただでさえ気まずいのに』


『気まずい?』


『結構歳離れてるからね』



 あー。


 うちは3歳差だし、妹の性格がサバサバしてるから気まずさとか感じたことがなかった。きょうだいにも色々あるわけだな。


『ますます済まんかった。ぶっちゃけ、冷静じゃなさすぎた。どうやって誤解を解こうかしか考えてなかった』


『別に。そうだろうなと思ってたよ』



 まぁ素っ気ない返事ではあるが。


 そこまで怒っていないように見える分、多少は救われる思いだ。



 そういえば……。


 電車で話した時、鶴山さんは気になることを言っていた。



 ——樹から、何か聞いたんです?



 あれば言い間違いだと思っていた。だが。



 ——遊園地のナイトパレードは、私にとって特別なものでした。



 確かそう言っていた。


 つまり、つるきちは遊園地のナイトパレードが特別である理由を知っている?



『あのさ。失礼を承知で、もう一つ聞きたいことがある』


『なに?』


『鶴山さんがさ。ナイトパレード自体を特別なものって言ってたんだけど、それが何なのかわかるか?』


『あー』



 それっきり、しばらくつるきちからメッセージが来なくなった。ようやくメッセージが返ってきたのは20分後のことだ。



『それを姉貴から話してもらってないってことは、好感度が足りてないんじゃない?』



 そんなギャルゲーの進展パートみたいな。


 だがつるきちは知っていて、俺に教える気がないことらしい。



『くらさんがもっと好感度稼いだら、姉貴の方から教えてくれると思うよ』



『わかった。言いにくいことを聞いてすまん』


 恐らく、それくらい大切なことなのだろう。


 特別なもの。と称するくらいには。


「……ま、気長にやるか」


 今日のように、あるいは遊園地デートのように。交際を続けていけば、わかる時が来るかもしれない。



 それまでコツコツと積み重ねていけば良いだろう。


 そうすれば自分の感情についても、結婚したい気持ちについても、わかる時が来るはずだ。



 そう。別に焦ることないさ。



 って。



 今までは思っていたのだ。






 ——その日が来るまでは。

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