第16話 そういやこいつ何のために来たの?
ゲーセン前で鉢合わせたつるきちは。
何故か美少女ゲームキャラがデカデカとプリントされたTシャツを着て携帯をいじっていた。
「…………だからなんでお前そんな格好してんだよ」
つるきちはあっけらかんとした様子で言う。
「いやー今日の今日まで忘れてたんだけどさ。このモールで美少女ゲームブランドのコラボカフェがあるんだよ」
なんだって??
「それこの辺だとアキバだけじゃなかったの?」
つるきちが言うコラボカフェは現在、全国の主要地区で開催されていて、当然アキバでも開催された。
俺は先日まで、"今日の開催を除いて"全て通い、コラボメニューをコンプリートしてきた。
特に昨日は自分にとって実質最終日であり、ランダムでついてくるコースターをコンプする為に腹の中が洪水になるまでドリンクメニューを頼んだ。
当分甘い飲み物は飲みたくない。……糖分だけに。
しかし、まさかここでも開催されているとは。この辺りをぶらぶらすることしか考えていなかった。
「ずっと大学があって行けなかったからさ。今日ちょうどいいかなーって」
ちょうど良いってお前……。
俺が呼んだ理由わかってるの?
俺と鶴山さんのデートだぞ??
コラボカフェに連れて行くの???
「いくらなんでも無理だってそれ——」
「樹、コラボカフェに行くの? 私も一回行っときたかったのよねー!」
…………はい?
「つ、鶴山さん……乗り気ですか?」
「あっ……大倉さんはそういうの、苦手でしたでしょうか……? だとしたら遠慮しますけど」
「ああいえ、それは全然構わないんですけども……」
そこで鶴山さんは合点がいったようで。
「ええと、すみません。樹と一緒にいるってことは、そういうの平気な人だと思って……。やっぱり、はしたない。でしょうか……」
「そんなことはないですよ! 私は理解がある男です」
つるきちがジト目で見てくる。やめんか。
「あの、一応中は健全だと思います! 美少女ゲームって言っても内装とかは成人向けにはなってないですから!」
知っています。
「んじゃ待ってね。予約人数書き換えるから」
そう言ってつるきちはスマホをぽちぽちしている……フリをしている。
そうか、こいつ……初めから3人で予約していたな。
こうなることがわかっていたのか、あるいはキャンセルされたらされたでいいと思っていたか。
何にせよ、用意のいいやつだ。
✳︎
予約の時間までゲーセンで時間を潰し(つるきちもクレーンゲーム下手くそだった)、コラボカフェ会場へと向かった。
そこはやはり夢のような空間だった。
まず、内装全体が美少女ゲームキャラのイラストで埋め尽くされている。
レジ前は購買、正面には巨大なスクリーンが設置されていて、ブランドの最新作含むタイトルのオープニングが流しっぱなしになっていた。
なるほど……アキバとは全然違うな。
正直アキバの方はかなり狭かった。施設が小さいので仕方ないが、予約は常にいっぱいで人が多く、あまりゆったりという感じではなかった。
しかしこちらは施設そのものも広く、かつオタクカルチャーがメインではない場所なので、人は多くなくとてもゆったりできそうだ。
他の場所もあるなら行けばよかった。思わぬ発見があるな。
「わーすごいです! イルミネーションが綺麗だし、席もなんだか豪華ですね!」
見ればレースのついたホワイトクロスに椅子は背もたれの後ろにキャラクターのイラストが掛けられている。なかなか凝った感じだ。
「……そういえば。俺らがいるところがよくわかったな?」
鶴山さんが周囲を見回して感動している隙に、つるきちと先ほどの疑問点について話す。
「メッセージ送ったけど気づかないから、適当にいそうなところブラブラ歩いてただけだよ」
「マジか。気づかんかった。すまん」
「いいよー別に」
「つか、来るのも早くなかった?」
神奈川に住んでいると言ったのだが、そこから来たにしては流石に早すぎる。
想定だとあと一時間くらいかかると思っていたのだが……。
「近くで泊まってたんだよ」
「なんでだよ」
「用があったから」
何の用があったら泊まりになるんだ……?
訝しんでいると、鶴山さんはいつの間にやら奥の席にいて、こっちに向かって手を振ってきた。
「あ、大倉さーん。番号札の席ここみたいですよ! スクリーン近い特等席です!」
……なんだか鶴山さんがいきいきしている気がする。
もしかして、今まで気を使わせすぎたのかな。
オタクだけじゃなくて「エロゲ好きでも気にしません」ってのは早めに表明しておいた方が良かったかもな……。
席に座り、メニュー表を開く。意匠は違うが、メニューの中身は一緒か。……コーヒーは欲しかったなー。
「注文しましょう。あ、仕組みわかります?」
「ん? ああ。このシートに番号書くんですよね。似たような店に樹君と行ったことがあります」
つるきちはいつまでオタク隠してんのって目で見つめてくる。そんな簡単じゃないんだよ。
なんせ、俺が雛坂日奈子を知ってるって鶴山さんが分かったら、途端に大問題にな——。
「皆さーん! こんにちは、もしくはこんばんはー! 本日はコラボカフェにお越しいただきまして! 誠にありがとうございまーす!」
「————————」
脳の稼働、停止。
俺は目を瞬かせ、そして鶴山さんを見る。
今……鶴山さん喋りました??
……鶴山さんはニコニコとメニューを選んでいる。口なんて開いていない。
「げっ……今日のオープニングボイス、雛坂のキャラかよ。ローテーションの最後を任されてんのか」
日替わりのキャラクターボイスだなとは思ってたけど、雛坂日奈子が出る日なんてあったの?
聞いてないが???
——まずい。
俺がそれを知らなかったのは仕方ない。これは多分サプライズ的に用意されていたものだ。納得はいかないが結果的に聴けたのだからそれは良い。
問題は今この場の話。
なんでこの場に鶴山さんときた時にこれが流れるんだよ!
大事故確定演出じゃねーか!
背中に嫌な汗が流れる。鶴山さんはどうなっている——。
「〜♪」
だが平然と鼻歌を歌っていた。上手いな。
え、なに。焦ってんの俺だけっすか。
「俺、雛坂の声苦手なんだよなー。なんか生理的に無理というか」
つるきちはつるきちで心無いことを口にする。お前横にその本人がいるってのに……。
鶴山さんはそれを聞いても平然と……。
「……」
してませんね。こめかみピクピクしてますね。
雛坂日奈子をディスられて腹が立ってるけど弟に自分であるとは言えないし、言及もできないが気持ちはわかるといったところか。
何とも難しい関係である。
「……私は書きましたよ。樹は水ね」
「なんで!? せっかくくらさんの奢りなんだからがっつり食うよ!」
「ははは……」
結構怒ってますね。
……なるほど。この人は俺にバレると思ってない。
なんせ、一番近くの身内が気づいていない、というサンプルがある。
たとえ弟であっても、演じ分けされた声は普段の声と結びつかないものなんだろう。
ってことは俺みたいな奴はそんなにいないんだろう。
「じゃあ、店員さん呼びましょうか。すいませーん」
「はい、注文票お預かりいたします」
そう言ってコラボメニューを読み上げる店員さん。
「以上でよろしいでしょうか」
「はい、お願いしまーす」
「…………」
鶴山さんの声を聞いて目をパチクリしている店員さん。
……めっちゃ気づいてそう!
「どうかしましたか?」
「い、いえ! なんか、ナレーションのキャラとよく似てるなーって思いまして!」
「あーよく言われます。ふふ」
それで誤魔化せるの?
「そうなんですね。びっくりしました! それではごゆっくりどうぞー」
そう言って店員は何の疑問も持たず(詮索せず?)仕事に戻っていった。
声優はコラボカフェに訪れたことをよくSNSにあげている。喋ったら気づくんじゃね? って思ってたけど、こんなものなのかもしれない。
注文してからすぐに、コラボカフェのランダムコースターを渡された。
俺のは雛坂日奈子演じる俺の推しキャラクターが描かれている。当たりだ。
「あ、いいなーそのキャラ。私のと交換してくれませんか?」
俺が、推しキャラのグッズを手放すだと?
…………。
「いいですよ、どうぞ」
断る選択肢ないわ。
推し本人に推しのコースターと交換しろと言われる俺。冷静に考えて意味わからない。
まぁ言うて家にはもうあるしな。
「ありがとうございます! ゲットできてよかったー」
そう言ってスマホで撮影し始める鶴山さん。……まさかSNSにアップしたりしないよな?
「やっぱり、好きなキャラなんですか?」
声優本人に聞くのも意味がわからんが、あくまで俺は知らない体だ。
「はい! 礼儀正しいのに元気で明るくて、ムードメーカーなキャラクターなんですよ! 今ナレーションしてるのもこの子なんです!」
「そうなんですね、とっても愛らしくて可愛い声だと思いま……す……」
——何言ってますの?
担当本人にこんなこと告白してる俺なに?
顔から血の気が引くのを感じる。
もうやだこの状況バグるってえ!!
やばい、ドン引きされるのは確定だ。どうすればいい……。
「そうなんですかー、なんだか嬉しいですねー!」
は? 嬉しいの? そういうもんなの?
貴方の声が好きですって言ったようなものだぞ?
心臓が不自然に鳴り続けている。助けてくれ。
「くらさんは趣味悪いから」
「趣味とは何のことかね? つるきちくーん……」
「痛てててて!! 両側から足を踏むな!!」
オタク隠してるっつってんだろーが。
……ん? 両側?
俺は片足しか踏んでいない。
……あっ、鶴山さんの顔がさっきより引き攣ってる。笑顔だから余計怖い。
もう片方踏んでるのは鶴山さんか。弟相手だから容赦ないの? 意外な一面……。
「今度言ったらお前の飯は取り上げるからな」
「わかった! 腹減ってるからもう言わねえよ!」
そう言って口をつぐんでぶすーっとするつるきち。普段から生意気なガキだけど、なんか今日はいつもよりガキっぽいな。
「にしても……ふふ。大倉さんって普段はそんな感じなんですね」
「えっ」
「なんだか、樹相手だとすごい自然体な感じで。私と話してる時と違うから新鮮で」
う……確かに、普段から敬語で接している相手の前でタメ口で話しているところを見られるのは……結構恥ずかしい気がするな。
だけど——。
「……鶴山さんもですよ。身内相手だも気やすい感じがします」
弟の足踏みつけたり。
鶴山さんはアワアワと顔を赤くした。よし、痛み分けだ。
「……つーか1ヶ月も婚活して未だに敬語で話してんのが変なんだよ」
「……」「……」
つるきちのぼやきに二人して閉口してしまう。
婚活として考えたら、確かに遅々としている。
それは。俺と鶴山さんも秘密を抱えすぎているから。
鶴山さんは今日、自分がオタクでエロゲ趣味を持っていることを打ち明けた。決断したのだ。
……俺もそろそろ決断しないといけないか。
「もういっそラブホ行ってセックスしてくれば?」
「するかボケ!」「せんわ!」
事情も知らぬノンデリ野郎の言葉に、俺と鶴山さんの声と蹴りが同時に炸裂するのであった。




