第15話 ビデオって単語、通じますか?
「ショッピングモールに行きませんか?」
そう提案したのは、つるきちと話した後のこと。
外は暑いし、かと言って食事だけというのも芸がないし、それならいっそ涼みながらいろんなお店を見て回るようなデートはどうか?
となったわけだ。
しかしだ。俺に問題がある。
「ショッピングモールって何するところだ?」
デート弱者すぎて楽しみ方がわからないのである。
普通に考えれば買い物するところなのだが、物には特にこだわりを持ったことがなく大体が機能性重視で百均なり通販なりで済ませてしまう。
完全に情緒のない現代社会の独身である。
一応、選択肢が広くなるように埼玉某所にある大きいショッピングモールを選んだわけだが、午前からというのは早計だったかもしれない。
俺はモール前にある待ち合わせに指定した駅でモール内の地図を開く。パンフレットが駅に無料で置いてあるのだ。
……しかし見ても何があるのかわからない。
もういっそ秋葉原の方が楽しめたのでは?
一抹の不安に苛まれているうちに、改札前まで来ている鶴山さんを発見。
……うっ。
そうだ。デートどうしようどころではなかった。
あの遊園地でのデートでナイトパレードを一緒に見たことで「告白しようとしている」と思われているかもしれない。
その誤解を正すことが最終目的だった。
しかしいざ対面した時にどう対応すれば良いのかを全く考えていなかった。
つるきちに同行を頼んでも「最初からは嫌すぎる」と拒否されてしまったので自分でなんとかしなければならない。さてどうしたものか……。
「あ、お待たせしてすみません」
「いえいえ、今来——」
……。
「——ちょうどパンフレットを見てたところですから。私はなかなかこういうところに来ないので新鮮で、つい読み耽ってしまいました」
思わず引き攣った笑いを浮かべた。「今来たところですから」とか言い出したら完全にデートじゃねーか。いやデートなんだけど、あまりにも露骨過ぎると「告白されるかも」と思わせてしまうのではないか……?
これは……思った以上に気を使うことになりそうだ。
✳︎
「何から回ろう……と思っても見渡す限り大体同じようなお店ばっかりですね」
暑いのですぐ近くの建物に入って、とりあえずお店を物色しようと思ったのだが……ここはブティックエリアなのだろう、右も左も通路の先まで洋服屋だった。
「へー、結構充実してるんですね。目移りしちゃいます」
ヤバい、男女で感想が違いすぎる。こういうところはやはり鶴山さんも女性なんだな。
「……お恥ずかしながら、私は服に詳しくなくて。鶴山さんはおしゃれですけど」
「え? いやーありがとうございます。でも私も詳しくはないんですよ。お店行って目に映ったものを合わせたりするだけで」
「あー、大体似たようなものです。とは言っても自分はあんまり迷わないし、けっこう即決してすぐ帰っちゃう典型的な出不精です」
「へー……それにしては結構おしゃれだと思いますよ。センスいいんですねー」
「そんなこと言われたのは初めてですよ」
とまあ……何事もなく会話が進んでいる。
何故何事もない??
あのデートの帰りの様子や、秋葉原で鉢合わせた時の慌てよう(ほわー! とか言ってたのよく考えたら可愛かった)を鑑みるに、結構意識しているはずだと思っていたのだが。
つるきちが「大丈夫だと思う」と言ったのは家族フィルターありきではなかった……ということか?
微妙な違和感を覚えながら、午前中は服のウインドウショッピングを満喫するのであった。
✳︎
昼は軽食で済ませようとフードコート。
「こういうところほんとに来ないですから、色々あって目移りしちゃいますねー」
「はは、私もです。いっぱいある中で何か一つ選ぶのって結構難しいんですよねえ」
マジで何食べようかな。うどん、たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、ラーメン……。
粉物多すぎだろ。
「こういう時珍しいの頼んじゃいたくなるので、この沖縄のにします」
ソーキそば。やはり粉物である。
「いいですね! 私は……じゃあ焼き鳥丼にしようかな」
思ったよりガッツリ行きますね鶴山さん。
あ、でもたしかに美味しそうだ。創業50年以上のお店の出張店舗らしい。秘伝のタレがどうとか。
「へー。こういうお店もフードコートで出してるんですね。あ、鶴山さんビールも頼めるみたいですよ」
「え? 呑んでいいんですか?」
…………。
「いー……やー……で、きれ、ば控えて欲しい、かなー、って思いますー……」
なるほどー……鶴山さんにお酒の冗談は通じないのかー……。
「そうですかー……」
しょんぼりしないでください。
二人とも注文を済ませたら、料理ができるまで席で待つ。番号札から直接呼び出し音が鳴るので、その後取りに行けば良い。
焼き鳥丼の方が先にできたらしく、待っている間にスマホを確認する。
10分ほど前にメッセージが来ていたようだ。つるきちからだ。
『今起きた』
この野郎。
『すぐ準備してさっさと来いや』
キレ気味にメッセージを返しておく。あいつの家は神奈川の方にあり、埼玉は東京の更に奥となる。時間はかなりかかるのだ。
実は、前払いでつるきちには色々と奢っている。今日失敗できない以上、すっぽかすことは許さないのだ。
「お待たせしましたー。今度は私が荷物見てますから取りに行っていいですよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
スマホを睨んでいたらいつの間にやら鶴山さんが帰ってきたらしい。周囲の喧騒が結構うるさいから気づかなかったが、呼び出し音も鳴っていたようだ。
その後、食事をしながら適当なことを話した。その間も鶴山さんは完全に自然体で、特に何かを気にしている様子はなかった。やはり思い違いなのだろうか。
そんなことも考えつつ、やがて混んできたためフードコートを後にした。
ちなみにソーキそばは結構美味かった。スペアリブが食べづらかったが。
✳︎
腹ごなしに色々と歩いた後、ゲームセンターエリアにたどり着いたのだが……。
「あっ! あれって『すけぼく』のグッズじゃないですか?」
……なんだって?
鶴山さんに袖を引かれた。指差された先にあるのは、「すけべなゲームの主人公になった僕はどうすればいいですか?」というエロゲ、略して「すけぼく」の原作グッズがクレームゲームの景品として並んでいるところだった。
アニメではない。
原作のグッズだ。
このエロゲ作品はアニメだけでなく、ブランドが中心となって幅広いグッズ展開がされていることが特徴だ。最近ではカードゲームにもなっている。
なのでクレーンゲームの景品になっていてもおかしくはないのだが……なぜファミリー層も来るようなショッピングモール内にこれが?
アニメがあったからそちらと混同したのか?
グッズ自体は健全なぬいぐるみなのだけど……。
「大倉さん、前この作品知ってるって言ってましたよね! プライズ展開してるのは初めて見たな〜」
俺も初めてで正直欲しい。特に——。
「あっ、あそこに赤い髪の子いるじゃないですか! あの子が私の推しなんですよ!」
そう、その原作にしか出ていないサブヒロインのぬいぐるみが欲しいのだ。
だがそれを言い出してはならない。
何故ならそのキャラのボイスを担当しているのは。
雛坂日奈子だからだ!!
いやこの人テンション上がってて何言ってるのかわかってないんじゃないの!?
自分はこのエロゲやってますって言ってるようなもんだろ!
あまつさえ!
自分がボイス担当しているキャラを「推しです」とか言い出してどうすんだよ!!
「へー……そうなんですね。私は見たことないなぁ……アニメにいましたっけ」
「あっ、OVAで……あ、なんでもないです」
なんて?
OVA?
それは、オリジナルビデオアニメーションのこと。要するに地上波で放送しない販売限定のアニメである。
雛坂日奈子がOVAに出る……のはこの際どうでも良い。
問題は……俺はOVAが作られている情報を知らないことだ。
俺は雛坂日奈子の情報は逐一チェックしているし、当然だが雛坂日奈子の登場したゲームの情報も全て追っている。
その俺が知らないということは。
――この人は業界の重大な情報漏洩を冒したことになる。
鶴山さんの方を見ると、俺が横目から見てもわかるくらい青ざめた顔をして口をつぐんでいる。
なんでもないと言ったのは、やらかしに気づいたからなんだろう。
これは拾うわけにはいかない。
「なんかわからないですけど。じゃあこれ、挑戦してみましょうか。自慢じゃないんですけどこういうの得意なんですよ。大体一万円くらい使えば取れます」
OVAナニソレオイシイノ?
と言った風に装いつつ、腕まくりをする。
「えっっ……やめときましょう! お金がもったいない!!」
はっと我に返って慌てて止めに来る鶴山さん。だがもう遅い。五百円玉は機械に吸い込まれた。クレーンゲームは苦手だが、まぁ奇跡が起これば取れるだろう。
「……ストップ! あれ?」
案の定、けっこう手前で止まってしまう。コントロールが難しい。だが、奥行きには問題ない!
「……あれ、全然ダメだこれ」
思ったよりも奥にしないといけなかったらしくタグどころか本体にも引っ掛からなかった。
「あーやっぱり大倉さん下手じゃないですか!」
うわっはっきり言われた。わかってたよそれは!
全く空間把握できないまま500円使い切るまで取ることができず、お金を無駄にしただけで終わった。
「大倉さんはここに近づくべきじゃないです。お金が湯水の如く流れ落ちていきます」
「はい……」
こういうものは一切苦手なのは事実。欲しくなっても手に入れることができない地獄の空間と化しているのだ、このコーナーは。
こんなことなら事前にクレーンの腕を磨いておけば良かった。
「ん……そういえば鶴山さんはやらないんですか?」
そういえばやってる間も「自分がやる」とは言い出さなかった。
「私もこれ苦手なんです……二万円使って見かねたスタッフさんに取りやすいようにしてもらったのに外して逆に取りにくくして、結局ほとんどプレゼントみたいにして景品をいただいたことがあります」
「……お互い、ここには近寄らないようにしましょうか」
心の平穏のために。
そしてゲーセンの外に出たところ――ようやく。
「あれ、樹。なんでこんなところに?」
——鶴山さんの弟であり、俺の友人。つるきちと鉢合わせたのだ。




