第13話 世間は広いと言えど秋葉原に限れば狭いと言わざるを得ない
「機種変できたん?」
「おう。すまんなちょっと待たせて」
秋葉原某所の携帯ショップで俺はスマホの機種変をしていた。先ほどそれを終えたところである。
「いや全然いいよ。中入って涼んでたし」
そのついでに久々につるきちと秋葉散策を敢行することにしたわけだ。
それが……目の前にいるこのチャラそうな若者。
身長は俺より高いから少なくとも175cm以上っぽいが、猫背だから正確なところはわかりにくい。身体つきは別に不健康そうではないがやや肉付きは悪く細身か。
だが茶色に染め上げた髪をツンツンに立たせ、派手なチェーンがついたジーパンとダボついたシャツがこいつの印象を陽キャっぽく際立たせている。
横にいる俺はさもミスマッチで、一見なんの組み合わせかわからないだろう。
――だが、シャツには長刀を構えたカッコいい爆乳キャラがデカデカとプリントされているのである。
「……お前、それ着て電車乗ってたの?」
「そうだけど?」
正面から見たら台無しにも程がある。なんでそこだけ気合い入れてねえんだよ。
つるきちは「何が悪いの?」みたいな顔でキョトンとしている。顔も悪くねーから外見に問題はないのに……何故TPOだけは考慮できんのだ……。
「ほらダイビング漫画でもイケメンがこういうシャツ着てるじゃん。だからいけるかなって」
そりゃ漫画だからだよ。現実じゃいけねえよ。
しかもそれ感度3000倍のやつ? やってねえから知らんけど。
「……まぁいいわ。とりあえず行こうぜ」
まぁ……最低限秋葉原にいる間は浮いてはいないだろ。帰りなぞ知らん。
✳︎
「おっそういえば買ってなかったわこれ」
アキバ某所のエロゲショップ。
そこで見つけたパッケージを手に取る。
先月末に発売された雛坂日奈子がメインヒロインのエロゲの通常版だ。
なお、豪華版は当日に通販で家に届いている。
「ほら、お前の好きそうなキャラも出てるぞこれ」
そう言って年齢層高めの女性ヒロインキャラを指差す。
「やだよ。くらさんが手に取るやつ絶対雛坂いるじゃん」
「あ゛あ゛ん?」
俺はつるきちにガンつけた。
「お前普段から声優拘りないっつってんのになんで雛坂日奈子だけ頑なに拒否すんだよ」
「声が無理って前から言ってんだろ。それよりほら、これどう?」
俺が持つパッケージの上からずいっと被せてくる。それは巨乳ばかり出てくるヒロインの平均年齢高めの作品だった。
「いや……雛坂日奈子じゃない年増ヒロインはちょっと……」
「あ゛ぁ゛?」
ガンつけ合い。
「……まぁ俺らがそれぞれのエロゲを勧めあったところで意味ねーんだよな」
「だな……そこだけが張り合いないよな……」
そして二人揃ってうつむき落胆する。もう何度目なのかわからないやりとりなのだ。
「まぁいいや。とりあえず買っていくわ」
「あ、俺もー」
それでもウマが合うのだから、なかなか得難い友人なのだ。
「あ、カードでお願いします」
そう言ってクレジットカードをかざす。が——、
ビーーーッ
「あれ?」
もう一度かざしてみる。が、使えない。
どうやら通信エラーが発生しているようだ。
「お客様、申し訳ございません。決済サービスで通信障害が発生しているようで、クレジットカードが現在ご利用いただけません」
マジか……携帯買う時は使えたのに。
「じゃあ現金で……あれ?」
財布の中を見ると現金ではお金が足りないようだ。
「どしたん? 貸そうか?」
横に覗き込んできたつるきちに「いや、いい」と遠慮する。
元々ゲーム自体は家にもあるし、別に今日買う必要はないだろう……。
思えばそれは、虫の知らせのようなだったのかもしれない。
もし今ここでそのゲームを手に持っていたら、言い逃れることはできなかっただろう。
——俺はこの後、未曾有の危機に瀕することとなるのだ。
それは、ショップから出た瞬間に突然訪れた。
「あ、樹?」
「げっ……姉貴!?」
「姉貴? お前、姉ちゃんいた——」
待った。
いや待ってくれ。
「の——」
それはダメだろ。
あっちゃダメだろ!
この秋葉原で。エロゲショップの前で。
その人と鉢合わせるなんてことが、あっていいわけない!!!
「……つ、つる、やま……さん?」
そこにいたのは、おそらく別ルートでエロゲやグッズを買っていた鶴山美鳥さんその人だった。
「……えっ!? ほ、ほわーっっ!?」
ほわー!? じゃないよ!!
なんでここにいるんだ!!
違うっ!!
俺がここにいる方がおかしい!!!
おかしいのは俺だ!?!?!?
「え゛っ、あ゛っ、だっ、え゛、ど……どうしてここ、に……」
エマージェンシープロトコル。
回避不能。
強制シャットダウンします。
不可能。
アホになります。
なってんだよ!
「まさか……姉貴と会うとか……法事んときから間が開いてないけど……あれ? くらさん? どしたの?」
…………。
「失神してる?」
「……ギリギリしてない」
できなかったんだよ。
「あれ、どしたんひ——」
「ふみちゃんストオオォップ! 名前NG!!」
「おっおう……あー……」
鶴山さんの横からひょっこりと顔を出した女性。彼女も何かグッズが入ったビニール袋を持っている。
何かを察したらしい彼女はその後「お手洗い行ってくるねー」と、そそくさと店内に入って行った。
「……つるきち。頼む。話を合わせろ」
「……? OK」
こいつは聡いやつだ。この短いやりとりでなんとかなるはずだ。なってくれ。
「鶴山さん、き、奇遇ですねぇ! 私は友人の付き添いでここに来たんですけど、まさか鉢合わせるとはー……ははは」
つるきちが怪訝な顔をしている。後で説明するから今は待て。
「あ、あはは……本当に奇遇ですね……まさか、弟の友人が大倉さんだなんて……驚きました」
お互い様だろう?
鶴山さんは先程持っていた袋を俺に見えないように背中に隠している……。
どうやらお互いに間が悪いみたいだ。
——ならば。
「……こ、こんなところでお話するのも難ですし、ファミレスでも入りましょうか?」
「い、いえ! 私も友人がいて、中で待たせちゃってるので! 今日はここで!」
そう言って手をブンブン振ってるけど、さっきまで隠してた袋が見えてるよ。めちゃくちゃエロゲショップのやつだよ。
「わかりました。じゃあ私は彼と飯を食ってくるので。またお会いしましょうそれでは!」
「うおっ、わっ、ちょ」
よし、計算通り。俺は踵を返してつるきちの袖を引っ張る。
つるきちはバランスを崩しながら俺の手を引き剥がし、正面向いて一緒についてきた。
「いくぞファミレス」
「お、おう……いや、歩くのはえーって」
そりゃそうだろう。一刻も早く立ち去らねばならんのだよ。
✳︎
「……てなわけ」
「マジかー……」
アキバ某ファミレス某所、俺はつるきちにWハンバーグセットプレートを奢りながら、鶴山美鳥さんとの関係を説明していた。
「姉貴が婚活してたのは知ってた。でもまさかその相手がくらさんだなんて思わなかった」
「俺もお前が鶴山さんの弟だとは思わなかったよ。微塵も」
確か樹と呼ばれていたな。図らずもネットフレンドのリアルネームを知ってしまった。俺も大倉という苗字は暴露されたけど、フルネームが判明したこいつよりはマシだ。
だが……そうか。思えば符合することはいくつもある。
特にこいつは雛坂日奈子が出る作品をやたら毛嫌いしていた。それは、姉のエロボイスだから……?
……それは確かにキツすぎる。
俺も妹がそういう仕事をしていたとしたら……やばい、すごいショックだし少なくとも聞きたくない。
こいつはそれを乗り越えているのか……?
「でも、そうか……くらさんがワンチャン俺の兄貴になんのか……微妙すぎるな……」
「どうだろうな……でも複雑過ぎるな……」
待てよ? 俺はコイツに姉との婚活相談してたの?
エグすぎるわ。人の心がないだろ俺。
「……なんつーか、すまん」
「いや別に……」
なんともびみょーな空気になる二人。
なるほど、友人の身内と恋愛するってこんな空気になるのだな。エロゲのキャラクター達はメンタル強ぇな……。
「まぁでも良かったじゃん。いや良くなかったのか?」
「何が?」
「少なくとも悩みは解消したでしょ」
「……?」
何を言っている?
「だって、姉貴が雛坂日奈子なわけないし」
「…………」
あー。
なるほどね?
「ちなみにお姉さんは何の仕事してるか知ってる?」
「知らね。なんか塾とかで教えてるとか言ってたけど何を教えてるのかすら知らん」
そういうカラクリか。
「じゃあ俺が雛坂日奈子と婚活しているってのは勘違いなのね?」
「そうじゃね? まぁこんだけ似てたらそう思うよな。くらさんが間違えるほどだもんなー」
……いいや。俺の耳に狂いはないよ。横にいた女性もひなたん呼びしそうになって慌てて鶴山さんが止めていた。アレは俺というかつるきちに聞かれないためだったのだろう。
……エロゲーマーの弟にエロゲ声優の姉か。
「お前はよく性癖歪まなかったな」
「歪むことを拒否して別方向に歪んだかもしれんけどな」
多分その方がいいんだよ。お前の為にも。
……とりあえず冗談でもこいつには雛坂日奈子がいるゲームを勧めたりしないようにしよう。




