第12話 ロマンティックが止まらない?
遊園地を出て、俺と鶴山さんは帰りの電車に乗っている。
方向が退社組と逆であるためか車内は比較的空いていて、二人とも座っているのだけど……鶴山さんは何故かここまで無言。
俺も話しかけにくい雰囲気を感じて、言葉を紡げないでいる。
「……」
「……」
…………。
いや気まずいって。
なんか喋ろうと思っても、頭に何も浮かばない。というか、全体的に今日の失態が多すぎて語れる口がない。
鶴山さんも鶴山さんで、どこか上の空のように見える。ナイトパレードがそれほど衝撃的だった——ならば良いのだけど。
「……………………」
いや何? めっちゃ緊張する。
鶴山さんの視線を追っても、何を見ているのかわからない。
例えるなら、虚空を見つめる猫?
幽霊でも見えてるのかなって思うアレ。
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
だれかたすけて?
その救いは「時間」と共に訪れた。
「あっ……鶴山さん! そろそろ着きますよ! 乗り替え!」
「……あ、はい。あ、わわ」
「あああ慌てなくて大丈夫! まだ着いてない!」
なんか新鮮な反応。
何を考えていたのだろう?
俺が聞いても良いことなのだろうか?
残念ながら、その時間はなかった。ここから鶴山さんとは逆方向だからだ。
「では。失礼します。暑い中ずっと外だったし、体調にはお気をつけて」
ぼーっとしてたしさ。
「はい、大倉さんも。今日はありがとうございました」
そう言って会釈しあって、俺は踵を返した。
「——あの!」
「はい!」
びっくりした!
今日一番の大声じゃないか?
鶴山さんの声は周囲に響きわたり、俺以外も何事かと振り返っていた。
「あ……えっと、今日は楽しかったです。また誘ってください」
声量のコントロールができなかったらしく、照れくさそうにはにかんで言った。
そんな鶴山さんが、俺には——まるで幼い頃の妹のようだなと思った。
何故? いや妹はないだろ。
「はい、こちらこそ。また誘いますね」
もう一度会釈して、その場を離れた。
「……んー?」
別の電車(満員だ……)に乗り換えて、さっき幻視したものの正体について考えてみる。
……まあ妹ではない。酒くらいしか共通点がないからな。
さっきの鶴山さんは……そうだ、いつもより幼く見えた。
いつも愛嬌はあるけど……普段は大人びていて落ち着いている大人の女性。
それが、配信者やラジオで見せる雛坂日奈子の姿とのギャップだ。
さっきのは、そのどちらでもなかった。
……すげえなあ、演じる人って。
さっきのは、鶴山さんの色々ある顔の一つなのだろう。
改めて……俺は鶴山さんのことを何も知らないのだな。と思った。
「ん?」
腰のポケットに震えを感じて、窮屈な電車内で身を捩りながらポケットをまさぐる。
スマホにはメッセージが2通。
開くとそこには。
帰ろうとしたあのとき送ったのであろう、過剰に装飾した長文の「楽しかったです!」といったメッセージと。
『今日は本当にありがとうございました! 遊園地のパレードは私にとって特別なものでした。大倉さんのおかげで、特別なものがより特別なものになりました。また一緒に行きましょうね』
と。前のメッセージよりずっと装飾されていない、新しいメッセージが表示されていた。
特別なもの。その意味はわからないけど。
俺は安堵した。
どうやら今日のデートは、成功だったと思っていいらしい。
✳︎
「んが? おかえりー」
「なんでいる」
家に帰ると電気がついていて、妹がリビングで酒とつまみを嗜みながら寛いでやがった。
こいつ……昔は鶴山さんくらい愛嬌あったのにどうしてこうなったんだ……。
「合鍵ー」
枝豆についた塩を舐めた指で、なんか浅草で買ったよくわからないキーホルダーにぶら下がった鍵をプラプラする由貴美。
「なんでお前が持ってんだよ」
「だってなんか忘れ物した時に困るじゃん。入れなかったら」
だからって勝手に持っていくなや。
「百歩譲って合鍵持ってるのはいいとしても、なんで家主がいない間に入って酒かっくらってんの?」
「いいじゃんあたしが買ってきたもんだし」
そういう問題じゃないんだよ。
「はぁー……もういいよもう。なんか作るか?」
「いいよ、疲れてるでしょ。なんか顔死んでるよ」
「……」
疲れは自覚している。ともすればさっさと寝たいくらいだが。
「んじゃあ、俺も御相伴に預かりますかね」
それよりも呑みたい気分だ。
俺は机の上に鎮座している缶ビールを一本手に取りプルタブを開けた。
「500えん」
「…………」
俺は無言で財布を取り出し、親指で500円玉を全力で弾き飛ばした。
妹の額に向けて。
「いったぁ!? 何すんの!」
「うるせー馬鹿野郎」
「野郎じゃねーわ!」
テンプレで返すなや。
「いったぁマジで……何、機嫌も悪いの?」
「そこそこ」
ビールが苦い。冷蔵庫に入れてなかったなコイツ。
「デートだったんでしょ? 今日。失敗だったの?」
「……最終的には失敗じゃなかったとは思うが、それまでがな」
良かったと言えるのは最後だけ。鶴山さんはしっかり感動していたみたいなのでそれは良いのだが……。
アトラクションでは失態ばかり、おまけに迷子騒動。
余韻が薄れた今、魔法が解けたかのように重くのしかかってきたわけだ。
「ふーん。どこ行ったの?」
「……遊園地」
「ぶふっ……」
答えた瞬間噴き出す妹。掃除はこいつにさせよう。
「何笑ってんだお前」
「いやっ……だって……遊園地って……小学生カップルみたいで……ぶふふっ」
殺したろかコイツ。
「お前な……。まあまあいたぞ、大人のカップルも。暑いからそんなには多くなかったけど」
「そうじゃん今日めっちゃ暑かったのになんで遊園地なんか連れて行ったのよ。彼女さんかわいそうでしょ」
「彼女じゃねえけど。……まあでもそれが失敗の一つだな」
とはいえ、ナイトパレードの予定とデートが重ねられる日は今日くらいしかなかったのだ。それしか考えてなかったのが問題だった。
「一つ? 他にどんな失敗したのよ」
「迷子になった」
「バカ?」
バカです。
「何をどうしたらそうなんのよ。スマホで連絡取れよ」
「圏外だったんだわ」
「キャリア変えろやバカ」
「そうするわ」
妹がものすごい胡乱な目で見てくる。お兄ちゃん別に追い討ちをかけてもらいたくて話してるんじゃないんだぞ?
「はー……こりゃダメかもねー。全然進展してない上に、遊園地デートって。このクソ暑い日に。都合の良い女の子しか出てこないエッチなゲームばっかしてるからそうなるのよ」
「その言葉は俺に効きすぎるからやめろ。それに遊園地だって目的があって行ってんだよ」
「何?」
「ナイトパレードだよ」
「……ふーん」
あれ、なんか反応が?
「それって、特別な時間を二人で過ごしたいってアピールじゃん。すごいね、よくそんな勇気あったね」
「…………」
——勇気。あるいは、無謀。無知蒙昧。
「……何それ?」
「遊園地のナイトパレードを二人で見るって、それ告白みたいなものじゃない?」
「え、まって知らんけど何? 若い子たちではそうなってんの?」
「いやあー……あたしは別に若くはないから知らないけどさ。でもだいぶお熱じゃない?」
ひええええ。
まさか、鶴山さんが帰りに様子がおかしかったのって……。
「ま、それだけ進展してるならいっか。拒否されたわけじゃないんでしょ? いやーやっとお母さんに良い報告できそうだわー! ……どしたの?」
俺は机に突っ伏して、動けなくなっていた。
酒を呑んでいて良かった。恥ずかしさで耳まで熱いことを悟られないで済む。
鶴山さんに植え付けてしまった(かもしれない)誤解を、いったいどうやって解けばいいのだ?
酒と疲労が入ったこのポンコツ頭じゃ、いくら考えても答えが出ないのであった。




