第11話 リフレイン
お化け屋敷から出てからも様々な場所に行った。
コーヒーカップ(結局乗った)やカフェ(やっぱり酔った)、落ちるだけのアトラクション(カフェ行く前に乗れば良かった)に観覧車 (気を使われた)。
人が少ないのが功を奏して、思った以上に遊べた気がする。
「今日はいろんな体験できてよかったです。ゲームのキャラクターがよくデートで来てて、どんな感じだろうなって思ってたんですよー」
……エロゲの話なんだろうなー。
「実は私もです。どんな風に回ればいいのかわからなくて、アニメとか見ました。……その結果がこの体たらくでした」
本当はエロゲ。大体デートに関してはエロゲを読めば書いてある。
……が、それを現実にしようとしたらどうなるのか身に染みて理解した。
少なくとも、30の男が耐えうる運動量じゃなかった。
教訓、体力計算はきちんとしましょう。
「あはは……無理はしない方がいいですね」
ちなみに鶴山さんはとても平気そうである。そのバイタリティこそが今の仕事量をこなす源なんだろう。
「……ん」
園内を歩いているとカップルとぶつかりそうになった。咄嗟に鶴山さんを庇いながら横に避ける。
——夕方に差し掛かって、人が増えてきたな。
「鶴山さん、一旦お手洗いに行きますね。混んできたからなかなかいけなくなっちゃうかもしれません」
「あー……そうですね。私もじゃあ」
そう言ってお手洗いの場所を探すと……。
「ん? 男女場所が全然違うのか」
←男子トイレ 女子トイレ→
という感じで誘導板が違っていた。しかも距離がだいぶ遠そうである。
「じゃあ、一旦ここで別れましょう。終わったら合流する感じで」
「はい。分かりました。また後ほど」
まぁどうせ俺の方が早い。終わったら女子トイレの近くで待ってれば合流できるはずだ。
✳︎
しかしトイレは既に行列ができていた。
「うわっ」
想定以上である。これだと女子トイレの方はもっと混んでいるのだろう。
結構待つことになるかもしれないな。
しかし。
用を足して、女子トイレの方に向かうと。
「な……どういうことだ?」
女子トイレは男子トイレの半分くらいしか並んでいなかった。
不可解であるが、それよりも。
「やべ、すれ違ったか?」
この人数だと、鶴山さんの方が先に出た可能性が高い。
俺は急いで男子トイレの方に戻るが……。
「いねえ……」
まずい。大の大人がデート相手の女性とはぐれて迷子だと?
あり得ない。
「そうだ、スマホ」
急いでスマホを取り出して、連絡を取ろうとする。大人には文明の利器があるから迷子になどならな——。
「は? 圏外……? おい嘘だろ?」
おい文明の利器。
今この時代になってもそんな脆弱な電波なのかよ!
「くそ……人が増えたからってよ」
憤ってる場合じゃない。鶴山さんはこの女子トイレと男子トイレの区間に必ずいるはずだ……。
そう思っていた俺の横っ面をぶん殴るような立て看板が、女子トイレの前にあった。
←あちらにも女子用トイレがあります→
「はああああああ!?」
なんだそりゃ!?
最近のニュースで女子トイレが少ないだの言ってたアレか? アレが理由か?
急遽増やしたのか!?
ってことは鶴山さんはこのどちらかのトイレに行った可能性もある。
女子トイレの前で急に叫んだ俺を怪訝な目で見つめる女性達に軽く会釈してとんずらこきつつ、今の状況を考える。
「……くそ」
紛れもない。
迷子だ。
スマホにメッセージは来ていない。少なくともこちらは圏外のままだ。
もし合流できなければ。
このまま解散して帰宅することになりかねない。
今、俺の頭の中に選択肢が浮かんでいる。
一つは、このまま合流不可ということで各々で遊園地を出て解散すること。
——ふざけんなよ。
それだけは絶対に選ばない。
もう一つは……言うまでもない。
「絶対鶴山さんを見つけてやる!!」
デートは——まだ終わってねえ!!!
✳︎✳︎✳︎
「失敗したなぁ……」
遊園地の出口前、昼間にピエロっぽい着ぐるみが子どもに風船を渡していた広場で、私は独りごちる。
トイレが思ったよりも混んでなかった。並んでたら待たせると思って他の女子トイレに行ったのが運の尽き。戻ったらもう男子トイレには大倉さんがいなかった。
完全にすれ違い。
慌ててスマホで連絡取ろうと思ったら連絡がつかない。多分、大倉さんのスマホが圏外なんだ。キャリアによっては人混みに弱いのよね。
そうして途方に暮れながら歩いて、いつの間にか出口前。
太陽はもう沈んで、夜の帳が降りかけてる。
——帰ろうかな。
大倉さんには申し訳ないけど。
でもじゅうぶん遊園地を堪能できたし。
今回のアクシデントで、多分大倉さんは気に病むんだろうな。
大倉さんはすごく気遣ってくれる人だから。
「……一応、連絡入れとこう」
スマホでメッセージをぽちぽち。
『最後はぐれちゃってすみません。なかなか合流できないのでお先に失礼します。
ちゃんと帰っているので心配しないでください。
今日は本当にありがとうございました。
はじめての遊園地、大倉さんのおかげでちゃんと楽しかったです』
ちゃんと絵文字まで付けて、楽しかったことを目一杯表現する。
大倉さんが自分自身を責めて、今日のことで懲りないように。
きっちり送信出来たことを確認して、私は出口を出ようとした。
——そのギリギリで、左手を誰かに掴まれた。
「——鶴山さんッ!」
「……えっ!?」
びっくりして振り返った。
そこにいたのは、全身汗だくになって息を切らした大倉さんだった。
「はぁ……はぁ……鶴山さん……やっと見つけました……ダメです、まだ……帰っちゃ……」
息の整わないままに、大倉さんは私を引き止めていた。
「……あ、大倉さん。大丈夫ですから! ゆっくり、息を整えてください」
慌ててバッグからタオルを引き出して手渡そうとした……けど、私が拭いてあげた方が早い。
「あ、はは……すいません、貴方を探し回って遊園地2周くらいして……息を切らしてしまいました……はは……明日からジム通おうかなあ……」
こんな広い遊園地を2周して体力不足も何もないよ。
汗は拭けたけど、このままじゃ脱水症状になっちゃう。飲み物あったかな? ないかも。
「とりあえず、購買に行きましょう。何か飲まないと倒れちゃいますよ!」
「大丈夫です……それより、もうそろそろ時間になるので。ついてきてください」
そう言って歩き出しちゃう大倉さん。時間? 何かあるの?
何もわからない私は、ただただ大倉さんに付いて歩くしかなかった。
✳︎
空のオレンジ色が完全に見えなくなった。
やがて並んでいる人影が見えてきた。ここは……大通り?
「ギリギリ間に合ったっぽいけど……見える位置に行けるかな。すいませーん、ここいいですか?」
そう言って家族連れの横に入り込んでいく大倉さん。
人がいっぱいで息苦しい。一体何が始まるの?
「窮屈ですいません。でも、どうしても鶴山さんには見てもらいたくて」
……見る?
「遊園地のアトラクションって、子どもの時に遊ぶものですが……まぁ私たちはめっちゃ遊び倒しましたけど」
遊園地の電灯が一斉に消えた。
周囲が夜空の色と同化して、周りの人達のざわめきが大きくなる。
「でもこれは、大人でも楽しめるもの……そう——」
流石に分かった。今から始まるのは——。
「ナイトパレードです」
暗闇が——色とりどりのネオンに染まる。
輝きは愉快な音楽を引き連れて……やがて私の世界を光でいっぱいにした。
そこは、かわいらしいマスコットたちが手を振る幻想の世界だった。
「すごい……綺麗……」
一生忘れられない景色が、ここにあった。
もしかしたら、生涯の宝物になるかもしれないくらいの。
「パパー! すごい! キラキラ!」
ふと、女の子のはしゃぐ声が何故か耳に入った。声のした方を見ると、お父さんに抱っこされた子どもがマスコットを指差してニコニコと笑っている。
その光景を見た私は、あの日のことを思い出した。
——なんで行っちゃダメなのー!?
——お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。樹が熱出しちゃったんだから。
——やーだー! せっかくお父さんお休みなのになんでー!?
——しょうがない。俺が美鳥を連れて……。
——ダメに決まってるでしょうが!
——えー! なんでお母さんいじわるいうのー!
——そうだよママ。美鳥は遊園地のパレードが見たいんだよな。わーって光がたくさんあってめちゃくちゃ綺麗らしいぞ!
——見たい! ぱれーど見たいー!
——いい? 美鳥。そういうキレイなものはね。みんなで見るものなのよ。樹にも見せてあげないとかわいそうでしょう? 美鳥が一人で見ても、樹と一緒に見ればよかったーってなるわよ。ずっと。
——うーっ!
——あなたも、わかったわよね?
——うむ……ごめんな美鳥。
……そっか。
いつの間にか忘れてた。
これは私がずっと見たかったもの。
もう届かないと思って、蓋の中に大事に仕舞ったものだ。
大倉さんの方を見ると、大倉さんも光の洪水を目に焼き付けていた。
そうだね、大事だよね。私も見よう。
今度は忘れないように。
それから私は、暗闇が戻ってくるまでずっと幻想の世界を見つめ続けた。
大倉さんと。
記憶の中の私と――。
そういえば、蓋をしていた私の記憶には続きがある。
——ぱれーどってみんなで見るもの? みんなってかぞく? ともだち?
——そうね。家族と友達……あと、恋人ってのもあるわね。
——こいびとみんな?
——恋人は一人にしなきゃダメよ。
——うっ……美鳥に恋人か……考えたくないな。
——そんなこと言ってるうちに女の子はすぐ婚期逃すんだから! 適齢期までに恋人いなかったらお見合いに出すわ!
——わ、分かったよ……なるべく美鳥に選ばせてやりたいな。
——そうね……きっと美鳥が選ぶ恋人は、
——パパみたいに思いやりがあって優しい人かもしれないわね。




