第10話 青春はたぶん麻疹(はしか)のようなもの
さて。
突然だが、ここで今の季節がなんなのか答えよう。
夏である。
7月が始まったばかりの。
そんなアバンチュ〜ルな夏を彩る現在の気温は。
——35度である。
「すみません……最近ずっと涼しかったから油断してました……ぜんっぜん暑いですね……」
冷やしたタオルで汗を拭いながら、鶴山さんの方を見ると、首元になんかひんやりしてそうなものを巻いていた。なんだっけ? アイスネック?
「おとといまで31度とかでしたからね……私も朝起きて最高気温見たらびっくりしました。あ、これ中に保冷剤入ってるんですよ」
何それすっごい気持ちよさそう。
「本当になんかこう……微妙にから回っちゃって恥ずかしい限りです。とりあえず、遊園地の中に入ったらさっそくお店に入りましょう」
そう言って鶴山さんの分のチケットを手渡した。
今日は大人二人の遊園地デート。
のっけから雲行きが怪しいのに、実際の空は忌々しいほどに晴れ渡っていた。
雨が降られてもそれはそれで困るけど。
✳︎
日付は午後を回っていたので、涼むついでに昼ごはんも食べた。
今回のデートは夜が本番であり、その前に力尽きないように遅めの集合にしたのだ。
……なんか響きが卑猥な気がするけどそんな意図はない。いやマジで。
「今日は土曜日ですけど、暑いからか人は多くないみたいで。アトラクションは空いてそうです」
店内のクーラーで涼みながら、二人で一枚のパンフレットを眺める。鶴山さんは結構興味津々みたいだ。
「……鶴山さんは子どもの頃、遊園地行きたいと思ってました?」
「はい! 小さい頃はもう憧れの場所ー! って感じでした」
遊園地にはしゃぐ小さな鶴山さんはきっと可愛いだろうなーと思いながら、その言葉の意味を吟味する。
「憧れってことは……結局行けなかった感じですか?」
「はい。一回だけ行く機会があったんですけど、その日にちょうど弟が熱を出しちゃって……」
弟さんいるんだ。
「それは……なんともタイミングが悪かったですね」
「大倉さんはどうだったんですか?」
「私も小さい頃は楽しみだったと思います。何度か行った記憶もあります。でも、いつからか行こうと思わなくなって。妹が遊園地行きたい! って言ってもついて行かずに留守番したりしてました」
「えー。それなんか寂しそうですよ」
「案外そうでもないですよ。家に一人だけってのが楽しくて。今一人暮らしなのもその時の楽しさが理由かもしれません」
一人でゲームしたりご飯食べたり。
まるで自分だけの世界にいるような感覚があって、全能感があったことを覚えている。
もっとも、一人暮らしする頃にはそんなことないと気づいていたけども。
「私は……一人暮らししてると、ちょっとだけ寂しい気持ちになりますね。仕事してるとそんな気にならないですけど」
「へえ、お仕事——」
…………。
「……ま、今日はいろいろ巡りましょう。来たことがないなら色々新鮮だと思いますし!」
「そうですね! パンフレット見てると目移りしちゃいますね。やっぱり定番のジェットコースターでしょうか……でもちょっと怖いかも」
「何事も経験だと思いますよ。私も得意じゃないですけど」
油断も隙もありすぎる!
家で独りは寂しい→仕事してると気にならない→どんな仕事してるんですか? →えっと……。
ここまで連鎖するのが見えて、急遽話を変えたのだ。
日常の話をするとどこに地雷が埋まっているかわからない。このような緊急回避は必須なわけだ。
俺は今日のデートをどう楽しませるか頭の中で組み立てつつ、改めて気を引き締めるのだった。
✳︎
「……う、うぐ」
「だ、大丈夫ですか……? 大倉さん」
店から出た時の決意は一発目で粉々に砕け散った。
今、俺はジェットコースターの待機列に併設されたベンチで座ってうずくまっている。
端的な話、酔ったのだ。
「まさか、ここまで三半規管が衰えているとは思いませんでした……」
忘れていた。既に肉体のピークは過ぎていることを……。
そうか、大人があまりこういう遊具で遊ばないのって、これが理由かよ……。
「あはは……落ち着くまで休憩しましょうか」
一方で鶴山さんはピンピンしている。何故?
酒に強い人は乗り物酔いにも強いの?
「……こうしていると、うちの親は結構無理して付き合ってくれていたんだなって思います」
ふと思い至ったことを口にする。
「私が子どもの頃、ジェットコースターに乗りたいと言った私に付き添ってくれた父は30代でした。身体的にここまでキツいなんて、思っても見なかった」
そういえば母は遠慮していたような。妹もいたから気にしていなかったけど、あれは単に乗りたくなかったのか。
「……って、すいません。無神経でしたね」
遊園地行ったことないって言ってる鶴山さんに話すことじゃない。
しかし、当の鶴山さんはニコニコして言った。
「そうやって親の優しさに気づけたのは素敵なことだと思います。それだけでもここに来た価値があると思うのです」
「……」
「私も、遊園地行けないって当日に分かった時、すごい泣いたんですよ。それを見かねた父がじゃあ2人で行こうって提案して、母に怒られました。それって、母の優しさだったんですね」
そうだろう。俺にも妹がいるからそれが分かる。きっと心から楽しめない複雑な思い出になるだけなんだ。
「当時は、なんでお母さんはそんな意地悪なこと言うの!? って思いましたけど」
そう言って笑う鶴山さんにつられ、俺も笑った。
なるほど。こうやって親の気持ちを識ることが「大人になる」と言うのだろうな。
「よし、そろそろ落ち着いた気がします。暑いですし移動しましょう。次はどのアトラクションに行きましょうか?」
「あ! じゃあこのコーヒーカップってやつを」
「すいません勘弁してください」
確実に吐きます。
✳︎
「これがお化け屋敷……?」
俺と鶴山さんは、遊園地の定番であるお化け屋敷に来た……のだが、どうやら思っていたのとは違う。
「私、もっとこう……おどろおどろしい建物みたいなのイメージしてました。廃屋って感じの……」
「わかります。これはなんていうか……」
少なくとも屋敷ではなかった。
例えるなら鍾乳洞のような、洞窟である。
岸壁のような壁にポッカリと開いた穴があり、中は外からでは暗くてよく見えない。かろうじて矢印が見えるので順路はあるようだ。
「お化け屋敷へようこそ! 体験して行きますか?」
いや洞窟だろ。と思うがお化け屋敷で通すらしい。
「挑戦者にはこのロウソク型LEDライトをお持ちいただきます」
いま挑戦者って言った?
「これはお客様が感じた恐怖を感知して数値化する計測器です。屋敷内で手放さず必ず持ち帰ってくださいね」
「へえ……結構面白そうですね」
どんな仕組みなのだろう?
「よし……行きましょうか鶴山さん。ちょっと怖いですけど何事も経験です」
「はい、お化け屋敷ってどんな感じなんでしょうね〜」
「なんでちょっとワクワクしてるんですか?」
お化け屋敷に対するテンションじゃなくない?
中に入ると随分と薄暗く、青白い光が点在していた。どことなく肌寒いのは霊……ではなく冷房が効いているせいだろう。
「何が出るか分からないってのは……警戒心が高まりますね。鶴山さんも気をつけてく——」
キエエエアアアァ!!
突然響きわたる奇声!?
左の壁から俺の目の前に飛び出す白くて不気味なナニカが!?
「どわああぁッ!?」
警戒の意味!?!?
なんだこれ怖がらせるというか脅かしてるだけじゃねえか!
いや怖かったけど!
「びっっくりした……鶴山さんは……鶴山さん?」
「わーすごーい。こうやって驚かしてくるんだ」
は?
「ギミック凝っててすごいですね大倉さん! あの壁、隠し扉みたいになってるみたいです」
は?
「いやあの……怖くないなら、良かったです」
鉄人か?
この人もしかして……オーバースペック過ぎるのでは。
その後も鶴山さんは色々なギミックを文字通り楽しんで、対して俺はしっかりとアトラクションの上客になっていた。
「やっと……出口……」
外の光が輝いて見える。
あんなに暑苦しくて煩わしかった太陽が恋しい……。
「あーもう終わりですか。結構楽しかったのに」
至極残念そうな鶴山さん。あんたすげえよ。尊敬するよマジで。
「はーいお疲れ様でした! ロウソクを回収しますね! では彼氏さんから怖がりメーターを計測しますね!」
彼氏じゃないけど、まぁいいか……反応する元気はない。
「計測結果は……レベル8! かなり怖がりさんみたいですねー!」
うるさいよ。
「彼女さんの方は……なんと0!? すごいですね、彼氏さんに守ってもらったんですか?」
いいえ。そのメンタルは自前です。俺は何もしてないよ。
「結構楽しかったですね! 涼みながら歩けたし、暑くなったらまた入りますか?」
「鶴山さんそれ意地悪で言ってますよね?」
2回目ならマシかもしれないけど、そうかお化け屋敷ってこんな怖かったのか……今までバカにしててごめんな、エロゲのキャラクター達……。
そして今分かった。
雛坂日菜子は今までホラゲ実況をしたことがない。
何故なら彼女は、全く怖がらないから。
なんのエンタメにもならないのだ。
もっとも、単に興味がないだけかもしれないが……。
「いやー……自分がこんなに怖がりとは知らなかったです。トラウマになりそうだ」
「あれ、お化け屋敷初めてだったんですか?」
「遊園地自体がここより小さかったのもありますが、多分親が入りたくなかったのかもしれません」
親もホラー映画見ないもんなあ。
そうか……二人とも初めてか。なのにこの差……。
「今日はわくわくすることがいっぱいです。年甲斐もなくはしゃいでるような気がします。なんか恥ずかしいですね」
そう言って笑う鶴山さんは確かにテンションが高く見えた。
仕事ばかりしている彼女は、羽目を外す機会がなかなかないのかもしれない。
……よし。
「今日はまだまだ時間ありますから。大人になってからはなかなかできなかった遊び方を今しましょう!」
インドア派の俺と、遊園地に来る機会がなかった鶴山さん。
俺たちは、過去に置き忘れた「青春」を取り戻している途中なのかもしれない。
それにしては、俺が情けなさ過ぎるけど。
そこは愛嬌ってことで許してくれないか? 鶴山さん。




