第9話 現実とゲームは区別しないとダメです
居酒屋デートから2週間が経った。
それ以降も2度ほど一緒にご飯を食べている。
逆にいうと一緒にご飯を食べることしかしていない。
お互い仕事の融通が効かず(特に鶴山さんは)、ご飯を食べるくらいの時間しか取れなかった。
俺も雛坂日奈子の生配信を休ませたくないので、徹底的にその日を避けている。
今日もその生配信の日だし。
妹には、
「は? 1ヶ月近く経ってまだ婚約まで行ってないの? どんだけ遅いの? 高校生のガキでももうチューしてるでしょ。ウブかよ!」
とボロクソに言われている。
まぁ確かにエロゲの学園生なんかは2週間やそこらで関係が成立してセックスまでして、長年連れ添った幼馴染が泣く羽目になっている。
時間をかけたところで変わることなどないだろう。
とはいえ。関係を進められないのには重大すぎる理由がある。
それは、お互いに秘密を打ち明けられない……特に俺が絶対に言えないということ。
「俺……実は、鶴山さんのこと雛坂日奈子さんだって知ってて。出演してるエロゲ全部持ってて。何度もあなたが演じているキャラでシコッてるんです!」
——言えば終わる。打ち切りエンド。ご愛読ありがとうございました、陽彦先生の次回作にご期待ください。
だが……いつまでも秘密にしていられないのも確かだろう。もし仮にこのまま交際を続けて、もっと仲良くなったとして。どこまで仲良くなれば打ち明けられるのか?
……一人で考えても答えは出ない。
それを測るにも、俺は彼女のことを知っていきたい。
今もデートのことを考えているのもそれが理由。
今後を考える為にも、ご飯を食べるだけでなくもっとデートのバリエーションを増やしていかねばならない。というのが今日の趣旨である。
鶴山さん……いや、雛坂日奈子は普段何をしているのか。手始めにSNSを遡って見ることにする。
ほとんどが出演作のRPで埋め尽くされている。
たまに声優仲間の日常ポストがRPされている。残念だけどシューマイは丸くてもゼロカロリーではないよ。
ようやく掘り当てた日常投稿……これは、よく連んでる声優との飲み会だな。プライベートでもいつも呑んでるらしい。
「……ん?」
添えられたフォトを見て違和感というか、記憶と繋がるというか。
とっくりと二人のピースが映る後ろにあるのは——巨大な水槽。
「ってここ前に俺が連れて行った居酒屋かよ!!」
さっそく活用してんじゃないか。友達と行きたくなるほど気に入ってくれているとは……自分も妹から聞いた立場であるが結構嬉しい。
それにしても。
俺には確信があったから間違いないと思っていたけど、こうして証拠があると「俺は雛坂日奈子に会っているんだな」と実感する。
俺と会っている間はもちろん鶴山さんなのだけど、こうして雛坂日奈子の立場でも同じことをしていると、どうしても切り分けられなくなる。
ダメだダメだ。俺は鶴山さんのファンであってはいけない。向こうが雛坂日奈子を出してこないのだから、俺もそれを尊重するべきなんだ。
それはこれまで会ってきて得た結論だ。彼女は意図的に声優であることを隠している。そうである限り、俺もオタクであることを隠すしかない。
ただ、こうして掘り返す日常投稿には……鶴山さんの片鱗が見て取れる。
家を出るときにドジった話とか、一昨日聞いたのと全く同じじゃないか。
趣旨が変わりそうになってきた。この辺にしておこう。そろそろ生配信始まるし。
結局ヒントは得られなかった。配信で何かわかればいいのだが。
今日の放送は……定期的にやってるお題箱の一問一答か。ナイスタイミング。
俺がここでお題箱に直接的な質問を投げ掛ければ完璧——、
『質問の受付は終了しました』
ですよねー。
編集しなきゃいけないのにギリギリまでまってるわけないですよねー。
案の定、お題箱のサイトでは募集が締め切られていた。こういうのは大抵前日までなんだよな。
まぁそうでなくても配信30分前に投稿して読まれるわけないわ。
「……飯食って待ちますか」
人間、諦めが肝心なんだよ。人生の教訓だ。
✳︎
「……はい、皆さんこんぴよー! こんぴよー。ぴよぴよ〜。待機ありがとうございまーす、こんぴよー。ありがとうございまーす。スパチャありがとーぴよぴよー!」
待機画面から切り替わり、ほんわかする特徴的なアニメーションから始まる。
それが終わると配信画面に何故かニワトリの被り物をした黄色い髪色のロリキャラが出てきた。
いわゆる「ガワ」。
配信で動くアバター「ひなたん」である。
ニワトリになりたいヒヨコのイメージだからぴよぴよ言っているらしい。
まあヒヨコはヒヨコであってヒナとは言わないのだが……。
この可愛らしい外見と可愛い声で、エロゲ声優ながらかなり人気配信者なのだ。
ちなみに俺はこの配信の最古参勢の一人だ。なんとか盛り上げようと積極的にコメントしていたのが懐かしい。
今はコメントもスパチャもほとんど投げない傍観者みたいな立ち位置だ。なんとなく。
「というわけでー、今日はー……はいドン! お題箱百問百答! いや百問は無理だけどね! いっぱい! いっぱいね! 恒例のやつ! 昨日まで募集してた皆さんの質問をどんどん答えていきます。え、百問して欲しい? いや無理無理無理用意するのすごい大変なのよこれ。質問厳選しなきゃいけないんだから」
ほとんどノンストップで喋り続けるひなたん。アバターがぴこぴこきょろきょろ動いてて大変可愛らしい。
「って事でどんどん答えていきますからねー! 一気に行くからね! 息継ぎしてね、ちゃんとね」
そうしてひなたんの一問一答……ではなく百問百答が始まった。
「はい最初の質問ーこれ! 『靴下どっちから履きますか?』みぎでーす。はい次ー」
どっちでもいいわ。
「『お酒はいつから飲み始めましたか?』大人になってからです。次!」
もしかして未成年の時から……深く考えてはダメだ。
「『最近夏にしては過ごしやすい気温ですね』そうですね!」
くだらねえ! 質問せいよ。
「『全裸で待機してました』服着てねー。次ー」
いつから? だから質問しろって。それは報告なんだよ。
とまあそんな感じでハイペースで進んでいく。大抵がどうでもいいくだらない質問だ。
いや、もしかしたら重要な質問はわざと弾いているかもしれないのだけど。
「『最近印象的だった場所は?』えーと。居酒屋です!」
お? もしかして。
「居酒屋っていうか、バーみたいな? どことは言えないけど、なんかイカついオカマっぽい人がいて、お酒とか料理とか出してくれるの。洋風じゃなくて和風なの」
違った。いや何を期待してるんだ俺は。そんなプライベートなこと明かすわけないんだよ。コンプラ違反になるし。
……イカついオカマ、和風。スマホで検索したら出てきた。居酒屋風バーらしい。コンプラとは?
ほらコメントでも特定されてるし。大丈夫なの? 今時オカマとか言っちゃって。
「あ、特定やめてくださーい。しー。しー、です。皆さん分かったらこっそり行ってください、私の名前は出しちゃダメですよ。あ、オカマとか絶対言っちゃダメよ。ダメ! 分かった?」
火消ししてるし……。
「はい次。『おやすみの日は何をしてますか』」
おやすみの日。
普段何をして過ごしているのか、本人の口から聞ける?
「おやすみの日だからこうやって配信してたりするんだけど、それ以外はオタ活してる! お酒飲みながら! あとは……撮り溜めたアニメ見たり、マンガ読んだりー……あ、全部オタ活か! うん、今も呑んでるよ! かんぱーい」
……結局のところインドア派ってことか。
これは経験則なんだけど、インドア派ってのはある時期にそうなるとずっとインドア派になる。
例えば俺が積極的に外に出たいと思わないのは子供の頃からそうなのだ。
もし鶴山さんもそうなら……。
大人のデートとは違うかもしれないが、もし経験がないなら一つの手段かもしれない。少なくとも俺が経験していない。
エロゲーでも定番のデートスポット。
——遊園地だ。
「はい次ー……はもうないっぽい! いっぱい答えたと思う! 100は行ってないと思うけど。でもすごいいっぱい答えた気がする。過去最大? ……91? もうほぼ100だー」
おっと気がついたら質問タイムが終わっている。せっかく配信見てるのにぼーっとするのは良くない。
「ってわけなんですが、ごめんなさい事前に告知してたんですけど、明日の準備をしないといけないので今日はここで配信は終わりになっちゃいます。ごめんね、だいぶ早いけどね。明日ちょっと朝から遠出しないといけないので。うん、ごめんねー。おつぴよー。おつぴよありがとうー。だから次の配信はちょっと長めにやります! なんかゲーム企画とかで! 視聴者参加型の何かをやろうと思ってますので、是非来てくださいね。それではまた来週、おつぴよ〜」
コメント欄が視聴者のおつぴよで完全に埋まる。
あれ、そうだっけ? と思ったけどSNSのポストに告知があった気がする。
俺が……雛坂日奈子の伝達事項を把握してなかった?
それくらい、鶴山さんのことにリソースを費やしていたのかもしれない。
見逃した配信は後でアーカイブで見るとして、問題はどこの遊園地に誘うかだ。
妹に相談しようと思ったが今の時間は確実に職場。以前電話した時は部下に痴話喧嘩だと思われたらしい。ブチギレだったもんな。
という事で俺の交友関係でデートに誘う話ができるのは……つるきちか。
別に他にも友人はいるんだぞ? ただ婚活のことを話してないだけだ。
……言い訳乙。
『ごめん、明日法事だから準備で忙しい』
しかし返ってきたのは素っ気ない返答。
『マジか、了解』
「さて、どうするか……ん?」
配信が終わった画面から映し出された動画広告に、ふと目を引くシーンが映る。
なるほど、使えるかもしれない。
俺は即座に、選択肢にある大きめの遊園地の中からそれがあるスケジュール表を探し始めた。
カクヨムでは先行連載中です。続きが早く気になる人はこちらでもお読みください!
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