第20話 春、裏庭にて
三月の初め、雪が解け始めた。
義母からの書状は、二月を境にぱたりと届かなくなった。
屋敷の屋根から雫が落ちる音が、朝から聞こえていた。ラヴィはその音が好きらしく、窓の外をずっと見ていた。
「ねえ、もうお花咲いてる?」
「まだ早いわ。でももうすぐよ」
「明日は?」
「もう少し後」
「明後日は?」
「ラヴィ」とセリーヌは笑った。「もう少し待って」
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月に一度の「業務以外の話」の時間は、夕食後に設けることになった。
最初の夜、ルカスは何を話せばいいかわからなかったようで、三分ほど無言だった。
「子供の頃の話でもしますか」とセリーヌが言った。
「私の?」
「どちらでも」
「……私は、あまり楽しい子供時代ではなかった」
「私も」
それで奇妙な均衡が生まれ、ふたりは少し笑った。
ルカスが笑うのを見たのは、セリーヌには初めてのことだった。小さく、ほとんど目だけで笑う人だ、とわかった。ラヴィが「目が笑ってた」と言ったのは、正しかった。
「父は厳しい人だった」とルカスは言った。「感情を出すことを好まなかった。私もそれが当然だと思って育った」
「今は?」
「……今は、少し疑っている。あれが本当に正しかったかどうか」
「感情を出すことは、弱さではありませんよ」
「あなたは、感情を出すか」
「……出します。ただ、場所を選びます」
「今は?」
セリーヌはその問いに、少し驚いた。
「今は——出せている方だと思います。ここ最近は」
「私の前でも?」
「……少しずつ」
ルカスはそれを聞いて、また目だけで笑った。
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三月の半ばに、裏庭の雪が完全に消えた。
「咲いてる!」
ラヴィの声が庭に響いた。
黄色い水仙が、二十本ほど、凜と立っていた。
ヤンが遠くから「やっと咲きましたね」と声をかけた。コーラが台所の窓から顔を出した。シクストが訓練の合間に立ち寄って「今年は少し早いですね」と言った。
セリーヌはラヴィの隣に膝をついて、水仙を見た。
「きれいでしょう」
「うん!」ラヴィは満足そうに言ってから、セリーヌの手を握った。「約束、守ってくれた」
「守ったわ」
「ずっといてくれる?」
セリーヌはラヴィを見た。
六歳の真剣な目が、まっすぐこちらを見ていた。
「いるわ」とセリーヌは言った。「ここにいる」
ラヴィは「やった」と言って飛び上がり、ルカスの方へ走っていった。
「おじさん! セリーヌがずっといるって言ってくれた!」
ルカスはラヴィの頭に手を置いて、セリーヌを見た。
言葉はなかった。
ただ、目が笑っていた。
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その夜、ふたりきりになったとき、ルカスが言った。
「正式な挨拶がまだだった」
「え?」
「三年越しになったが」
彼はセリーヌの方を向いた。
「よろしく頼む。セリーヌ」
直接名前で呼んでもらったのは、初めてだった。
セリーヌは少しの間、それを受け止めていた。
「こちらこそ」とやがて言った。「よろしくお願いします、ルカス様」
屋敷のどこかで、ラヴィが歌を歌っていた。
窓の外では、春の夜風が吹いていた。
水仙はまだそこに咲いていた。
おわり




