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夢現の圏士  作者: くろよ よのすけ
3章:赤蝕雷銅
20/22

赤銅の武人

 目の前の荒野には何体もの『オオカミの穢れ』がこちらを睨みつけ、今にも飛び掛かろうと様子を伺ってきている。

 ああ確かに、コイツらはこの前倒した『穢れ』と全く同じだ。何十体といるのにその体格も動きの癖も全部一緒。まるで鏡に映った偽物みたいだ。

 そして、それを生み出しているのは『木の穢れ』、今だって休みなく実をつけては新しいヤツを生みだしている。造ってるって言った方がいいのか?


「キロクゼ…さん、アンタは何が出来るんだ?」

「ハハ、呼び捨てで構いませんよ。色々とできはしますが、あの『穢れ』を倒すほどの力はありません。大技も先ほどの攻撃で打ち切ってしまいまして」

「……よく分かんない能力してるんだな。いいさ、大元を切り倒せば済む話だ」


 少なくとも、一度使ったらしばらくは使えなくなるってことか。気になるけど、詳しいことを聞いてる時間もないし、敵を前にして刃を鈍らせていたらこの前の二の舞だ。


「ふぅ――」


 場所は荒野、相手は『穢れ』、――ならば、何を気にすることがある。

命がある以上、救える手段が、共存する道があるのならそれもいいだろう。だが、奴等とは言葉を介することはできない。人の生命圏を脅かす以上、どこまで行っても戦うしかないのだから。


「エウリナ」

「は、はい」

「その内キリエが来る。自分がしなきゃいけないことは分かってるか?」

「……はい、ちゃんと謝って。それから…自分の気持ちを伝えます」

「そっか、頑張れよ。……そうだ、あと一つ」

「?」

「キロクゼが来るまでの間、一人でよく頑張ったな」

「…………ふぁい」

「おやおや」


 緊張してたのが抜けたのか、ちょっと弱々しい返事が来たけど大丈夫だろ。ここまで一人で諦めずに戦おうとしていた。これからのことはともかく、エウリナは自分自身の力を示したんだ。

 隣でキロクゼが手を口に当てて笑ってるけど、とりあえずほっとこう。


「じゃあエウリナを任せた。残った連中が襲ってくるかもしれない」

「ええお任せください。指一本、触れさせはしません。ご武運を」

「あ…っ、が、頑張ってください」

「ありがとう、行ってくる」


 二人の応援を背に、一歩前へ。

 膠着状態だった『オオカミの穢れ』たちが一斉に唸りだし、ジリジリと距離を詰めようとしてくる。だが、そいつらは眼中にはない。

 狙うべき相手はただ一体、獣を生み出す木だけだ。


「ああいう『穢れ』、アンタは知ってるのか?」

『いいえ。我が主、私もこのような『穢れ』を見たことはありません』

「なら相当珍しいか、新しいヤツか」


 『代行者』への疑問は否定によって返される。それならこれ以上考えていても仕方ない。


「略式契約――」

『代償を代替により履行、……使用可能です』


 『原型』から伝わってくる彼女の声を合図に、神威が雷となって白い光を放ち始める。

 それは天に上る太陽の光さえ引き裂くと一瞬、雷鳴が空を分断するように。黒刀を中心にして、破り捨てた写真を繋ぎ合わせたかのような奇怪な光景を荒野に生み出した。

 

「様子見とか言ってられないし、そういうことやってると取り返しがつかなくなるって分かったからさ」

 黒刀を握りしめ、周囲へと無差別に暴れまわる白雷を黒刀へと収束させる。

肉体を満たす神威により人外の膂力を体現している今、何物をも斬り捨てることができると錯覚できるほどの力をこの手に握っている。


「けどな」


 そうだ、この程度では足りないと知っている。倒すべき『穢れ』に傷つけることは敵わず、救うべき少年一人救うことが出来ないと知っている。


「―――!!」


 痺れを切らし動き始めた『オオカミの穢れ』、飛び掛かるヤツらよりも更に低い姿勢で大地を蹴り飛ばし、地面を奔る影となって最速へ至る加速を生み出す。

 突撃の余波でさえ『穢れ』達を退け、追い付くこともできはしない。

 それは標的であった『木の穢れ』も同様。

生物的な姿を取っていない以上、具体的な意志が存在していたのかどうかは分からない。これまで存在が確認されてこなかったし、時間を掛ければ地上を移動だってできたのかもしれない。

 白雷が空気を震わせたとき、風が吹いても微動だにしなかった枝がわずかに身じろぎする。逃げようとしてるのか反撃しようとしてるのか。

けど、どっちにしてもそんな暇はくれてやらない。


「――ッ!!」


 お前は、あの『龍の穢れ』のように固い鱗を持っているのか? 急速に成長を遂げ、都市に大打撃を与えるほど巨大になるのか? 

 それとも、エイオスのように何者をも閉じ込める空間を創り出すことができるのか?

 それらすべてが恐ろしい特性で異能だ。人が相手をするには本来釣り合わないほどの。

 ならばどうするべきか。

 答えは単純で、失敗はおれに教訓を与えてくれた。


「攻撃が当たらないならともかく、当たるんなら加減する必要もない」


 当たるのならハナっから全力の一撃を叩き込む。当たらないのなら逃げ場を潰して無理矢理当てる。

 あとは力任せでも何でも、確実に討滅してやる。

 ――失敗したときは、その時だ。


「オラァ!!」


 枝がやせ細り、次いで幹もわずかに細くなり始める。

 おれの速度で認識できる中でさえ変化が目に見えるなら、エウリナたちからすれば瞬きしたら次の瞬間には消えているだろうな。

 でも遅い、命の危機を認識してからでは間に合わさせてやらない。

 すでに『穢れ』は間合いの中、振り下ろした刃はもうおれでも止められないし、止めるつもりは毛頭ない。この瞬間にも速度は増し続け、逃げようとする幹へ吸い込まれるように刃が白雷を引き連れて奔り――、瞬きし終わるまでも無く『木の穢れ』を両断して見せた。



  □ □ □



 閃光が地上を奔り、その後には一筋の破壊痕が残された。

 ――無論、その道中に存在していたものは例外なくこの世界から消滅させられてしまったが。

 それはつい数分前まで苦戦していた『木の穢れ』も同様であり、幹の中程の位置で両断され、地面に倒れる前に切り株と共に消滅してしまった。


「……凄まじいものがありますね」

 キロクゼがぽつりとつぶやいた言葉はロストの生み出した衝撃の余波によって掻き消された。

 昼さえも切り裂く白き雷光、稲妻さえ匹敵する速度は『穢れ』に行動する暇さえ与えずに戦いを終わらせてしまったのだ。


 周りを取り囲んでいた『オオカミの穢れ』も、生みの親である『木の穢れ』が消滅したことと共鳴してか続々と消え始めた。

 キロクゼもエウリナも辺りに気を配ってはいるが、すぐにその必要もなくなるだろう。


「と、思っていたのですが」


 だが獣には獣の意地があるということか、完全に消滅する寸前の一体が捨て身で襲い掛かって来た。手足は地上を蹴った反動で消滅し、もはや胴と頭だけだがそこから覗く牙は人一人に致命傷を負わせるには十分だ。


「略式契約」


落ち着き払った声で略式契約を発動。またもや本の頁を引き千切り、そのままの勢いで『穢れ』へと腕を振るう。

 振り切った後の手には神威を収束させて創り出したかのような、光の剣が握られていた。眼前の『穢れ』は大きく開かれた顎から上下に両断され、そのまま着地することなく空中で消え去った。それと同時に彼の意思とは関係なく光の剣も粒子となって消えてしまう。


「よし、これですべて――」

「キロクゼさんっ!」


 危機を知らせるために声を上げるエウリナ。

 彼女の声が指し示す方向へと視線を向けると、そこには意地を見せた二体目の獣がすぐそばで鋭い爪を振り下ろすところだった。

 しかしキロクゼは焦りも驚きもせず、何事も起こっていないかのように本を閉じてエウリナに向き直る。彼女は信じられないというように目を見開き、何とか間に合わせようと駆けだそうとした時――。


「エウリナを任せたとは言ったけど、なんで自分を護ろうとしてないんだよ」


 『木の穢れ』の元にいたはずのロストが、いつの間にか眩い雷の明滅と共に現れ、『穢れ』を斬り捨てていた。その様子にキロクゼは引き続き驚くこともせず、にこやかに質問へと答えを返しだす。


「貴方がこちらに向かっているのが見えたので。僕がもう一度剣を振るよりもそちらの方が早いでしょうし」

「分かってやってんだか呑気なんだか分かんねえ」

「ははは、信頼というのですよ」

「ほぼ初対面だぞおれたち」

「いえいえロストさん、単純な時間だけで説明できないこともこの世界にはありますから」

「ああそうかい。あと、おれのことも呼び捨てでいいから。さん付けで呼ばれるの正直慣れてなくて」

「そういうことでしたらお言葉に甘えましょうか」

「……やっぱり正反対…かな?」


 呆れたように話すロストと楽し気に笑うキロクゼ。二人の様子を眺めていたエウリナは小さく首を傾げつつ思ったことを口から出てしまう。

 似てないような、やっぱり似てるような。不思議な二人だ。性格も容姿もそれほど似てはないのだが、もっと根本的な部分が同じなのかもしれない。


(そういえば二人とも、夢がみんなを救いたいって――。それってなんだか素敵なことかも)


 討滅局と教戒、立場は違えども目指す場所は同じで、そのために頑張っている人たちがいる。その上、まず出会うことのない二人がここにいるのだ。


(これって、もしかして運命…みたいな…っ)


 そう思うと、エウリナは昔読んだ冒険譚に描かれた登場人物たちのように目の前の二人が見えてきてしまう。

 彼等は今後の方針を決めるための会話を続けているものの、基本的にはロストの行動に従うというところで話が進んでいる。

 一人飛び出したエウリナとしては一切断る選択はないため、おとなしく事の成り行きを見守っているが、二人の他愛のないやり取りを見ていると生きている実感が湧いてくる。

 戦って、生き残ったのだと。今度こそ剣を握っていた右腕の疲労がしっかりと伝えてきていたのだ。


「…………っ」


 けれど彼女は多くの人に迷惑をかけてしまった。だからほんの少しだけ、目の前の二人にも見えないくらい、いいや誰にもバレないように小さく微笑んで、拳を握りしめる。

 自分が生きているのだと、自分自身で認められるように。



  □ □ □



「へぇ――、なんだか楽しそうだけど、どうかしたのかしら?」

「――――っ、…………えぇとぉ……。いつ到着、してたの……? お姉ちゃん……」

 

 背後から聞こえてきた声に全力で驚いて肩が跳ね上がる。


(まだ心の準備ができてないよぉ……)


 その声は間違いなく彼女の姉、キリエのものであり……、エウリナにとってある意味で一番出会いたくない相手であった。

 

「…………」

「…………ええと」

「どこも怪我してない?」

「え? えっと、おっきいのは無いと思う。小っちゃいのは、もしかしたらどこかにしてるかも」

「……そう、それならよかった」

 

 ため息とも安堵ともとれる息をつくと、そのままゆっくりと手を伸ばす。

 叱られると思ったのか、身をすくめるエウリナへと伸ばされた手は振り上げられることもなく、土埃で汚れた頬へと添えられた。

 頬を拭う親指は微かに震えており、伝わってくるのは純然たる親愛ともう一つ。それは一つとはいってもひどく混ざりこんでいて、一言で表すにはうまく思いつかず、エウリナはそのままされるがままになる。

 

「うぇ…? えと、おねえ…ちゃん?」

「……このおバカ!! なんで一人で戦いに行ってるの!!」

「うっ、ご、ゴメンナサイ! でもどうしてもワタシ、証明したくって……」

「そのためなら皆に心配させてもいいわけないでしょう!? アナタは子供の頃から頭よりも先に身体が動いてばっかりで……、いつも、心配ばっかりかけて……っ」

「おねえちゃん…?」


 段々と小さくなる声、その中で混じり込む小さな嗚咽はキリエの抑えていた感情が溢れてしまったからこそ。

 エウリナにも初めから分かってはいたこと。圏士になることを反対しているのは自身を心配してくれているからこそなのだと。ただ、あまりにも真正面から否定されてしまって、そう、意地になった。


「心配させないでよ…、エウリナが……死んじゃったらって…どうしようって……」

「うん…、うん、ごめんなさいお姉ちゃん。でもワタシちゃんと生きてるよ、死んだりなんかしてないから……」

「当り前よ…っ、死んだりなんかしたら叱るくらいじゃすまないから…っ!」

「うん…そうだね、ねえお姉ちゃん……」

「…なによ、ぐす……」

「戻ったら、もう一度お話ししよう? ワタシもお姉ちゃんも、きっとまだまだ言い足りないことばっかりだもん。お姉ちゃんが間違いだって言っても、ワタシにとっては正しい道があって、その逆もあると思うから。…えぇと……だからね?」

「……いいわよ、姉妹って言っても別の人間だもの。意見が違うのは当然で、だからちゃんと折り合いをつけないとね…。でも、次は加減なんかしてあげないから。覚悟しなさいよ」

「ぇぇ……、あれで加減してくれてたの? 完全に聞く耳無かったよぉ…」

「あ、当たり前じゃない。それに言いたいことがあるなら言いなさいって時間は与えたし……」

「えー! あんな会話拒否みたいな空気出しておいて聞くつもりだったなんて厳しすぎるよおー!?」

「それぐらい言ってあげないと覚悟を測ることなんて出来ないでしょ!」

「ワタシそれは間違ってると思うなー! 人に話を聞くならもっと優しく――」

「どんな時でも甘く相手してあげるのが正しいっていうわけじゃないでしょ! いかなる時も確固たる意志を――」


 いつの間にか姉妹喧嘩の様相を呈してきたが、喧嘩とはいっても二人そろって笑顔を見せている。ならば、彼女たちにとってはあれが本来の関係性なのだろう。



  □ □ □



「彼女は?」

「エウリナの姉さん、ちょっとあれだから離れるか」

「家庭の事情というやつですか。ではあちらの方へ」


 そして、その光景を邪魔しないよう離れた位置から見ている男が二人。


「いやあ、仲良きことは素晴らしいことです」

「もうちょっと声落としといたほうがいいぞ。キリエに聞かれたら照れ隠しからの八つ当たりが飛んできかねない」

「ハハハ、可愛らしくていいですね。それにしてもロスト、凄まじい力でしたね。あの『穢れ』もそうですが、貴方自身が」

「ん、いやあまだまだだよ。おれとしてはアンタの能力の方が興味あるけどな。普通は一人一つだろ」


 キロクゼの代償契約はおれが見た中でも少なくとも火の玉と剣を取り出す二つだった。ただ、別に同じ能力の応用にも見えなかったんだけどな。

「もちろん、僕のも一つだけですよ。ただこの『原型』は――」

「本の形状の『原型』に複数の能力が綴じられており、その時々に必要なものを取捨選択し発動可能。ただし一度発動すると時間をおかなければ再度使用は不可、でしたね」

「みあ」

 そこで割って入ってきた声の主はいつの間にやらおれとキロクゼの間に立っていて、身に纏う外套と同じ色の式神ネコを腕に抱いていた。


「おやアイリス、お久しぶりです。一度しか説明していないのによく覚えていましたね」

「あれ、知り合いか。いや二人とも教戒にいたらおかしくないのか。にしても珍しい能力だよなやっぱり。何でもできて便利そうだし」

「ただその分、一芸特化とはいきませんから。ロストのような破壊力や高速移動という一騎当千の活躍はかないませんが」

「最近のロストは訓練にも身が入っていますし、以前よりも更に能力にも磨きがかかっています。速度と威力という点では討滅局内でも上位に食い込むかと」

「なんか恥ずかしいからあんま褒めないでくれ。……で、なんで『原型』持ってる教戒の人間がこんなところにいたんだ?」

 

 偶然通りがかったのが圏士ならあり得る話だけど、本来なら日環にいるはずの人間が偶然通りがかるにはあんまりにもあり得ない。

 エウリナを助けてもらっておいて疑うつもりもないけど気にはなる。なんかアイリスとも知り合いみたいだし。


「列車で灯日に移動していたのですが、おかしな気配を感じ取りまして様子を見に来たら彼女が危険だったので応援に入ったのですが…。えぇとそうですね…、こういう時のために確かこの辺に……ああ、あった。とりあえずこちらに来ていたのはこれがきっかけですね」

「手紙?」

「それは、私が書いたものですか?」

「ええ、討滅局より貸与いただいている『原型』、その内の数本が盗まれていないか調べてほしい。最初に目を通した時は非常に驚きました――」

「どうだった」

「……ある意味では残念なことですが。こちらで保管している分については一つたりとも紛失は確認できませんでした。これは教戒、大司教であるヴァルド・キタムの名を以てお伝えさせていただきます。彼からの親書も預かっておりますので、後ほど局長であるリッカ様にお渡しさせていただきます」

「そうか……、じゃあハイネの調査待ちになるな。今日の『穢れ』のことも報告しとかないと」

「残念ですが仕方ありません。それに私としては教戒が責任を果たしているという証明にもなるため少し安堵しています」

「アイリスからしたらそうか。二人は昔からの知り合いなのか?」

「そうですね、育った孤児院が同じだったものですから。ある種兄妹のようなものです」

「はい、彼は一足先に『原型』との適正があることが判明したため孤児院を離れていましたが、それからも度々孤児院へと顔を出しては差し入れや金銭的支援、幼い子たちの勉強を見てくれるなど、助けられました」

「それを言うなら、アイリスだって同じでしょう。適正があることが判明してからも孤児院へ顔を出すことを休んだことは無かったですし」

「私はただ運よく力を賜っただけです。やるべきことをしないという理由にはなりません。それに、やはり私にとっては落ち着く場所でしたから」

「そうですね、親を失ったものばかりの孤児院とはいえ、あそこは僕たちにとってまさしく“家”だったわけですから」


 懐かしむように話す二人の様子を見ていると、ちょっとばかり残っていた警戒心も薄らいでいく。

 偶然でもなんでもエウリナが助けられたのは事実だし、あんまり気にしていても仕方ないか。下手に疑ったりしてアイリスを悲しませたくないし。


「このようなところで再会できるとは驚きましたが、嬉しいです。しばらくは灯日にとどまるのですか?」

「そうなります。教戒として公的な来訪ですので組織間の結束をより強固なものにできればと思っています。さっそく良き友人もできたことですし」

「良き友人って、それおれのこと言ってる?」

「もちろん。共に戦った中ではありませんか。それに目指す理想も同じ場所に通じていますし、僕としては親交を深めたいと考えていますよ」

「確かにキロクゼとロストは優しいところがよく似ていますし、友として良い関係を構築できるのではないでしょうか」

「「……」」

「どうかされましたか?」

「ああいや……」

「素直な考えを口にすることは美点ですが、言われる側となると気恥ずかしいものですね」

「分かる」

「そういう…ものでしょうか……?」

「はは、そういうもんだよ。アイリスって昔から素直さの塊みたいな感じだったのか?」

「ええその通りです。ですが、こちらに来てからのアイリスは――。いえ、野暮なことはよしましょう。なんにせよ元気そうでよかったです」

「? ありがとうございます、キロクゼ。ん、ロスト、この手は?」

「あっと悪い、つい手が…っ」


 きょとんとした顔を見せながら首を傾げる姿を見ていると、なんだか面白くなってきて、ついつい頭に手を置いてしまう。あんまりにも何にも考えずやってた。アイリスも女の子なんだから髪を触られるのは嫌かもしれん。しまった。

 すぐに手を引こうとしたけど、アイリスは空いている手を伸ばしておれの手を引き留める。するとアイリスの方も動きが止まって、傾げていてた首の角度がもう少し深くなる。


「ど、どうしたアイリス……」

「いえ…、なぜロストの手を引き留めたのか。理由が思い当たらなかったので考えているのですがそれらしい答えがまだ浮かばず」

「…そうか」

「はい」

「なら一旦放してもらった方がいいかもしれん。隣の奴の視線がなんか嫌だ」

「いえいえ、僕のことなどどうぞお気になさらないでください。手紙でも仲良くしている様子は伝わってきましたが、実際に見るとアイリスの成長を見ているようで嬉しくなってきますね」

「お前の立場がよくわかんねえ」

「そうですか? 私はこのままでも構わないのですが」

『……あー、あー聞こえるっすかー、ロストさーん。返事くださーい。至急、急いで、現状報告をくださいっすー……』

「っとカルディアからだ。ほら、まず報告しないといけないし」

「ではそのようにしましょう。ですが式神との会話であれば今のままでも可能なのでは」

「いいから、やりにくいことに変わりないし、カルディアに見られてたら後でからかわれる」

「そう、ですか。仕方ありませんね」


 そこまで言うとアイリスも折れてくれて掴んでいた手の力を緩めてくれた。

 おれはアイリスの少し寂し気な視線とキロクゼの楽し気な視線に挟まれつつ、預かっていた式神ネコを首元から引っ張り出す。


「悪いカルディア、連絡遅くなった。もう戦闘は終わってるし、みんな無事だ。デカい怪我もない」

『あ、っそうっすかぁ。出てくときはあんなに焦ってたのに、なんだか楽しそうにしてるんで心配してたこっちとしては心配損っていうかー』

「……悪かった。また飯でも奢るから。とりあえず報告だけ頼むよ、教戒の人が来ててさ。リッカさんに会いたいらしいんだ。話を通しておいてくれないか」

『ふぅ…仕方ないっすねぇ。お高いとこでお願いするっす。あと、アタシへのお詫びってことを忘れず、二人で店はとっといてくださいね』

「え? まあそりゃあそうするだろうけど。それじゃええと、その人の名前はキロクゼ・イェメクで、教戒の――」

「一応司教の位にあたります。それと次に到着する列車の中に荷物を置きっぱなしにしてしまったので、それも回収いただけると助かります」

「ってことらしいから。あと『穢れ』についても気になることあるから戻ったら報告する」

『りょーかいっす。それともう近くにいた他の圏士の人がそっちに向かってるんで、護衛ってことで合流しといてくださいっすー。……って、司教? それってほんと――、な…らすご、えら――い――ひと』

「? おい、カルディア? どうかしたか? ……切れちまった」

「なんて言ってたの」

「丁度近くに圏士いたからこっち来るよう言ってくれたって。そしたら会話切れちまった」


 なにやら音声が途切れ途切れになったかと思ったら音がぷっつりと切れてしまった。灯日からそこそこの距離もあるから、中継地点にいる式神との間隔が離れすぎたか?

 それから少し待って、何度か試してみたけど全然。うんともすんとも言わないから諦めた。いい加減キリエたちも落ち着いたみたいで、圏士云々とは別の他愛もない雑談をしてるみたいだった。

 二人はおれたちの方の会話が終わったのを見計らうと、これから灯日にどう帰るかを決めるために集まってくる。仲良さそうに手を繋いでる様子からして、もうすれ違うような喧嘩をしたりはしなさそうだ。

 

「そういやキリエ、二日酔いは大丈夫なのか?」

「ちょっと、エウリナの前でその話するのやめて。酔っぱらいが必死で走って来たなんて恰好が付かないでしょ」

「いやだって…、昨日のお前の様子見てたら心配にもなるって」

「お姉ちゃん、そんなに調子悪かったの?」

「そうなんだよ、コイツときたらエウリナに対して言い過ぎたんじゃないかって――」

「はいそこまで、それ以上はアンタの口が飛ぶわよ」

「……首じゃなくて?」

「ええ、そのおしゃべりな口を切り飛ばすわ」

「…………エウリナ助けてくれ」

「あはは…、ほらお姉ちゃん、ロストさんをあんまり困らせちゃダメだよ。一番に助けに来てくれたんでしょう?」

「ぐ、ま、まあそうだけど…。そうね、ちょっと言い過ぎた。…それに大丈夫なのは本当。走ってるうちに治っちゃったみたい。汗と一緒にどっか行っちゃったんじゃない?」

「それホントか? …はぁ、ならいいけどさ。いつもの調子なのは間違いなさそうだし。じゃあどうやって帰るかな」

「歩いていくのはエウリナさんの体力的に推奨は出来ないかと。初の実戦で彼女の感じている以上に疲労がたまっているでしょうし」

「では僕かロストがおぶっていきましょうか。圏士でなくともそれくらいの体力はありますし、略式契約を用いればまず確実です。後ほどお一人が合流するのでしたら、それまではゆっくり進むことになるでしょうし」

「まあ別にいいけどさ。あと、そういうことならお客さんにそこまでは頼めないし、おれがやるよ。戦ってもらって運んでもらって、なんてのは流石に」

「そうですか? そういう事でしたらここは身を引きましょう。ですが僕は気にしていないので、交代が必要であればすぐに言ってください」

「あいよ」

「アンタ、エウリナに変なことしたら怒るからね」

「そのすでに怒り顔なのを鎮めてから言ってくれ」

「あはは…、お姉ちゃんがなんだかすみません」

 

 いつも通りのキリエが帰ってきて、その妹が一人増えた。これからどうなるかは……、まあ深く考えるほど謎ってわけでもない。

 それよりも、サガのことは戻ったらすぐに問い詰めないといけないし、あの『木の穢れ』についても謎が多い。分からないことだらけで色々とごたついてはいるけど、一つ一つ解決してかないとな。

 そのためにも、まずは帰ろう。次の話はそれからでいい。


「んじゃ行くぞー」

「え、えとよろしくお願いします……っ」

「もう一度言うけど変なことしたらただじゃ置かないからね」

「ロスト、足元にはお気を付けください。あ、式神さんはこちらにどうぞ」

「いやぁ、皆さんに最初に出会うことができて本当によかった。単なる移動が楽しみになりますね」


 各々元気に歩き出し、灯日へと向かう。

 のんびり歩いていけば夜には到着するだろうから、いっちょ気合を入れていくか。隣のお姉さんの視線が刺さってきてるのは……気のせいということにしておこう。



  □ □ □



「エウリナ、一応言っておくけどロストの戦い方とか参考にしちゃダメだからね。コイツのはなんというか、無茶苦茶だから」

「以前の戦いから代償契約の使い方も洗練されてきています。それに従い威力も増してきているように見えますから」

「へぇぇ…、やっぱり力の加え方みたいなものなんですか? …ロストさん?」


 背中から掛けられる声に返事は出来なかった。

 『穢れ』を倒し、後は帰るだけだっていうのに異質な空気が風に乗って流れてきた。それはふと流れ込む冷気であり、まるで――。


「北です」

「ああ……みたいだ、一旦降ろすぞエウリナ。キリエ、頼む」

「え、ちょっと急にどうしたのよ」

「略式――」


 その冷たさは厳しい冬の山脈を想起させる死の気配を漂わせながら、決して揺るがぬ大地の力強さを有している。そこに圏士とも『穢れ』とも違う異質さを混ぜ込んだ異質さ。

 相手は間違いなく此方を認識したうえで己の存在を知らしめている。まるで喧嘩を売るかのような荒々しさは敵意とはまた違う感覚を叩きつけてきている。


「多分これ、おれにぶつけてきてみたいだけどよく気付いたな」

「列車から気配に気付いたという話、信じてもらえそうでなによりです」

「お二人ともどうされ――、これは……」

「これ、人間?」 

「うう、なんだか…寒い……っ」


 次いでアイリスが、キリエが、エウリナが、北から流れ込む冬の気配に身構える。

 誰もいないはずの荒野の先、山々の一つも目視出来ず、はるか遠くに佇む山脈の気配を纏った存在の気配が段々と大きくなっていき、その存在が決定的に己を主張した時――。

 鉄槌を思わせる巨大な拳が頭上から振り落とされた。


「ふんッ!!」

「―――ッ?!」


 とっさに『原型』で受け止め、その衝撃と重さに全身がまるで杭のごとく地面に打ち込まれたような感覚を覚える。

 刀を握った手を危うく放してしまいそうなほどの膂力、略式契約による身体強化で無理矢理に押し返そうとするが、生半可な力では受け止めきるのが限界。その上――。


(なんだこの感覚……っ、思う様に神威が収束しない――!)


 反撃のために刀身へ白雷を発動させようとしているのに、神威の流れが断絶されているように発動そのものが上手くいかない。


「ぐ…っ、この! 舐めるな!!」


 それでも無理矢理、出力を上げて斬り上げると、岩塊を思わせた肉体は羽根のような軽さを見せて翻り、音もなく着地する。


「ハァ……、なんだ、アンタは」

「ふん、こんなものか。聞かされていた話よりもあまりに弱い。俺を馬鹿にしているのか」


 そこに立っていたのは巨大な体躯を持つ偉丈夫だった。

 背はおれよりも頭一つ以上優に高く、肌は褐色、腰まで届く朱い髪を纏める三つの金の髪飾りがやけに目を引く。全身に鋼の様な筋肉を纏っているが、さっきの動きを見るに単純な膂力だけでなくしなやかさも常人をはるかに超えている。

 彫刻家が頭の中の理想だけで彫った英雄、それが第一印象だ。どう鍛錬を積んでもこうはならないだろうというくらい、造り物みたいに出来すぎている。

 そして、それよりもおかしなところがあるというなら。この男が正真正銘、素手だったということだ。さっき殴りかかってきたときは間違いなく拳での攻撃だった。だっていうのに、改めて見たコイツは籠手も手袋もない素手。

 『原型』を持っているようには見えず、神威の感覚も感じ取ることは無かった。それが雷纏わせた刀を正面から殴って来ただと? 

……どうやったって指が飛ぶ。けれど、アイツの拳にはかすり傷一つついていない。古い傷痕が残っているだけだ。


 ただ立っているだけだというのに、その気配は圧倒的だ。

 この距離での一挙手一投足、それを一つ見逃せば次は頭を吹き飛ばされると肌で感じる。ゆえに誰も声を上げることができない。男が何を以て開戦の合図とみなすか分からないからだ。


「ロスト、ここは逃げるべきです。あの男は、危険すぎます」

「ああ、だから、任せてもいいか?」

「……命に代えても」

「助かる」


 『原型』を取り出しながら小声で伝えてくるアイリスの言葉はもっともだ。一言でいうならば超人としか形容できない現状、真正面から戦うなんて命知らずにもほどがある。

 だが、狙いがおれだからこそ、一度逃げればおれ以外が危険に陥りかねない。なら今は、せめてその機会をこちらで計るようにしなければ――。


「…よく分かんねえこと言ってないでまず質問に答えろ。なんで攻撃をしてきた。勘違いでの事故だっていうならここは流してやる」

「冗談のつもりか? あまり上手くはないようだな。貴様と殺り合えると聞いたからここまで来たんだ。あまり失望させるな」

「ならきっと相手が間違ってるぞ。とっとと来た道帰って二度と来んな」

「いいや、間違ってはいないさ。俺は貴様と戦うために此処に立っている。だが、ああそうだな。正しく口にすれば別の人間ではあるのだろう」

「何を言って――」

「自覚がないのか? ずいぶんと大切に育てられたようだな。だが、貴様のこれまでの人生など、俺にとってはどうでもいい。重要なことは、そうだ、何よりも重要なことはッ!!」

「……ッ」

「今この瞬間ッ!! 命を掛け、俺と貴様が持ちうる限りの武力を以て、どちらがより猛き強者であるかを決めることだァァッ!!」

 

 怒号のような叫びはそれだけで空気を、大地を震撼させる。

 身を低くし、突撃する寸前の一角獣のような態勢は、こちらの都合など知ったことかと言葉通りに臨戦態勢を取っている。

 蒸気のように身体から立ち上る透明なオーラ、神威とは異なるそれは幻覚などではなく、正真正銘ヤツから発せられている何らかの異能。

 波動となって伝わってくるソレは胎動する爆弾のようだった。それもいつ爆発するか分からない危険物。

 そして、さっきの一合ですでにヤツの強さが遥かな高みにあることは分かっていた。

 ――だが、狙いがおれだけだというのなら。


「お前らは逃げろ。理由は知らんが、おれが相手をしなきゃ一生追いかけてきそうだ」

「ちょっ――、馬鹿、それって…っ」

「助けを呼べ、お前らは戻ってくるなよ。カルディアの式神、さっきの衝撃で飛ばされたみたいだ。見つけても多分もう動かない」

「ロスト――!」

「いけません。ここはロストを信じて……従うべきだ」

「ですがっ」

「彼がここに来たのは皆を助けるためだ。その願いを、邪魔することは僕にはできない」

「それは、貴方もそのはずでしょう……?」

「…行きましょう。キリエさん、エウリナさん、よろしいですね」

「……で、でもキロクゼさんも一緒なら――!」

「行くわよエウリナ。私たちがいても…邪魔になるだけ」

「でも――!」

「だから! 急いで応援を呼ぶの、アイツがアンタのために駆けつけてくれたみたいに。間に合わなくなる前に!」

「……っ」

「行きますよアイリス。ここで貴女を戦わせるわけにはいかない」

「ぁ、キロクゼ……待っ…、ロスト、絶対に死なないで――」


 アイリスの声を背に、構えたままの男へと先制攻撃を仕掛ける。

 アイツらを巻き込ませはしない、実力差など考えている場合でもない。

 白雷を纏った真正面からの斬り上げは、当然のごとく片手で受け止められた。それも白刃取りなんてものじゃなく、何も身に着けていない手の甲で。

 だがそんな結果は分かり切っていた。


「戦いが何より重要なこと? 違うな。大切なことはアイツらを、誰一人取り残さずに救うことだ!」

「クク…ならば、俺は貴様を打倒した後、彼奴等を殺そう。心してかかってこい!!」

「ふざけたことを…言いやがってェ!!」

「なればこそ、加減などしている暇はないぞ!!」

「ぐっ」


 受け止められていた黒刀を力任せに押し返され、ヤツの足に力が籠められるのが分かった。元々突っ込んでくる態勢だった以上、次の展開は目に見えている。


(避けるか――? いや、アイツらを巻き込む!)


 全力で跳べば回避できるかもしれないが、そうしたら背後にいる全員を危険にさらす。

 なら、選ぶことのできる選択肢は一つ。


「ぉぉおおお!!」

 正面から受けきるために神威を放出させ、許容値限界まで肉体を強化する。だが――。

「その意気や良し、だが……その程度ぉお!!」

「が…っ――、ぅぉおお!」


 突撃を受け止めきることは出来なかった。列車を思わせる重量と勢いによる突撃は受け止めるという前提自体が間違いだ。だが、それでもやらないと…っ。


「ふんッ、期待をこうまで裏切られるとは失望したぞ! なんだその剣技の無様さは、型通りに振るだけの我流以下でしかない!!」

「テメエが勝手に言ってるだけだろうが……ッ」


 勢いを緩めることなく更に拳を見舞おうと大きく振りかぶり、今度こそおれの頭を吹き飛ばそうと力を籠める。

 突撃を受け止めきれず押し切られようとしている中では、防ぐことも避けることも出来ない。


「そうか、ならば追い込むまでだ。まだ全力じゃあないだろう! 見せてみろ、貴様の真の力を!」

「ガ――ッ」


 抵抗は意味をなさず、これまで受けたことのない衝撃と共に意識が断絶する。


「何を寝ている!!」

「――!? このッ」


 数秒の気絶、目覚めた時には崩れ去った岩山へ身を埋め、焦点の合わない視界の中心には追撃をかまそうとしてくる男の姿。

 一瞬、周囲を確認すると全く見覚えのない場所。どうやらただの一撃で馬鹿みたいに吹き飛ばされたらしい。


(略式での全力じゃ無理だ……! それに、打ち合った時の違和感――)


 『原型』を使っているわけでもない人の身で、ここまで動けるのはどういうことか。何かしらの能力を持ってはいるようだが、圏士が扱う神威のそれとは根本的に違う。

 ヤツの拳に刃が触れると神威が乱れる。雷という現象に置き換えているはずなのに、ヤツの前では威力が弱まり、そのままおれの身体強化にまで作用を及ぼしてくる。

 まるで神威の存在を否定、無効化されているかのように攻撃が意味をなさなくなっている。仮に略式契約で発揮できる全力を叩き込めたところで、無抵抗のヤツを仕留めることは出来ない。


「ハハハッ、勘づいたか。だが分かったところでどうするという。俺はまだまだ全力には程遠いぞ、さあ見せてみろ貴様の全力を神の物語の顕現を!! それさえも打ち倒して俺がこの世界で最強であることを証明させろ!!」


 視界がぶれたまま飛び退き、ただのパンチで粉砕された瓦礫の破片を盾に距離を取る。が、そんなものは障害ですらないと笑いながら勢いが止まることは無い。


「これ以上反撃もせず、戦うことを放棄するというのならそれまでだ! この一撃で塵と化せェ!!」

「…っざ、けるなああ!!」


 おれの能力が無効化されるっていうのなら、無効しきれない威力を直撃させてやる。お前の拳にとっての射程圏内はおれにとっても零距離に等しい。


「具象契約、代償をここに――!!」


 この一撃の後のことなど考えてはいられない。

 避けられようが防がれようが耐えられようが、一時的にでも動きを封じなければ意味はない。ヤツにとっては普通のパンチがこっちにとっては一撃必殺。掠めただけでも骨が砕ける。

 ゆえに必殺必中の一撃を。

 迫る拳を限界まで目で追って、確実に全力のヴァジュラによる雷撃を叩き込む。


「形骸神骨、黄昏殺す神滅の(アスラハン・ヴァジュラ)!!」

「ふ、ハハハ――ッ!」

 

 身体の構造を一部無視しての零距離で最高速へ至る雷の投擲は間違いなく、ヤツの胸を刺し貫き、光の速さを以て地平の果てへ吹き飛ばした。

 閃光と爆発、数秒遅れて迫る衝撃波に飛ばされてしまわないよう膝をつきながら爆心地から目を離すことはしない。


(笑ってやがった)


 回帰事件で討滅した『龍の穢れ』へと打ち込んだ時より、ヴァジュラに注ぎ込んだ神威は多い。無理しての発動だったとはいえ単純な火力はあの時よりも超えているはず。

 ――本来、耐えられるはずのない。人に向けていい一撃ではないはずだ。


「く…はぁ……ふざけやがって――」


 自分が未熟であることは理解しているが、アイリスの言っていた通りヴァジュラによる破壊力が圏士の中でも上位に来ることは自覚している。過去の圏士を遡ってさえ、これほどの者はそうはいないはずだと、ハイネが口にしていたんだから比較に嘘はない。

 ゆえに、これは人間が耐えられる限界を優に超えているはずであり、もしも五体満足で生きている存在がいたとすれば……。


――それは人間と呼んでもいいのだろうか。


「小僧、今のは中々よかったぞ。なぜ初めから使わなかったのかは理解できんが。……代償だったか? よもやそれを恐れての出し惜しみじゃあないだろうな」


 距離で言えばキロ単位で吹っ飛ばしたはずだ。雷の刃から伝わる手応えは間違いなく鋼の肉を貫いたはずだというのに。


「だが、まあいい。これで俺の野望に一歩近づいたわけだ。あの詐欺師も戦いを欲するなら追い詰めればいいと口にしていたしな。さあ、続きだ。今ので終わりなど、言うはずもあるまい?」


 男の声は、今や目の前から聞こえてきていた。


「どうなって、やがる……っ」

「なんだもう限界か、冗談はよせ」


 上半身の服は衝撃で吹き飛んではいたが、その下の肉体には傷一つついてはいない。態度からもダメージを負っているようには見えず、やせ我慢というわけでもない。

 男はその手にヴァジュラから元の黒刀に姿を戻した『原型』を持ち、期待外れという気持ちを隠すことなく顔に出している。


「察しはついているだろう、俺の肉体から立ち昇る“気”の存在とその力に」


 だが、そのおかげか。さっきまでの戦闘狂染みた猛攻は鳴りを潜め、別人であるかのように対話可能なほどに落ち着きを取り戻している。本来の彼はこういった精神性なのかもしれない。

そしてこの機会を見逃すわけにはいかない。

おれが狙いで、アイツらの逃げる時間を稼げるなら、この会話は絶好の機会だ。


「神威の、無効化……」

「肯定であり否定だ。この力以外の無効と否定、神羅万象を塵芥と化す人間の真価に他ならん。――俺は『塵威(じんい)』と、呼んでいる」

「塵威、だと」

「かつて、遥か遠い過去、人が人のみの力で『穢れ』共と渡り合っていた英雄と栄光の時代より存在する力。貴様ら圏士のような、時代の敗者に力を借りねば戦えぬ弱者には到底理解しえぬ力だ」


 ヤツが何を言っているのかは分からない。『穢れ』を倒すには『原型』が必須だというのはこの世界の常識で、過去にはそれさえ必要なかったっていうのはどういうことなんだ。


「その塵威があるからおれの攻撃も聞かなかったって言うのか? 手応えは間違いなくあったぞ」

「ああ、今のは良かった。骨があったな、ずいぶん久しぶりに痛みを覚えた。だが神威を己が武器と化す代償契約である以上、塵威を纏う俺に傷をつけることは出来ん。そして――」

「…っ、なにを」

「斬ってみろ、一撃くれてやる。剣の才は無かろうが、型通りに振るえば俺を斬ることも叶うかもしれんぞ」


 『原型』をおれの足元へと放り、狙いはここだと言わんばかりに両手を広げて見せる。

 おれが剣を振る才能自体を否定しながら、その成果を見せてみろと。


「…………」

「どうした、やらんのか? 貴様が真に強者であるというのなら、ここで俺を打倒する力を持ち得ているはずだ」

「……ぬかせ…っ、…はああ!」


 無理な発動のせいで連続での具象は出来ない。

 痛みを訴える右腕を無視して黒刀を握り、そのまま心臓めがけて突撃する。男は依然抵抗するそぶりを見せず、黙して切っ先を受け入れた。

 だが――、切っ先は皮膚一枚貫くことも叶わず、刃がそれ以上先へ進むことは無い。何も力を使っていないはずなのに。


「――。こ、のぉ……」


 どれ程力を込めようと、身体強化を行おうとも切っ先は僅かたりとも動くことは無い。しかも、ヤツの肉体よりも早く『原型』の方が悲鳴を上げ始めた。

 本来、壊れるという物理現象が起こり得ない物質であるはずなのに。


「さて、それが貴様の限界か、ならばもはや価値はない」

「―――が」


 目で追う事すらできず、今度こそおれは横殴りの拳を受けた。不意打ちとも呼べない雑さは、男にとって羽虫を払う程度のことでしかないのかもしれない。


「ほう、無意識で防いだのか? 剣士としては及第点以下だが、戦士としての惜しさがないわけではない。だが環境が貴様を殺す。誰一人、貴様自身の才など興味はないのだからな」

「――――ぁ、ぐ……ぁ」


 完全に意識外での行動だった。死を前にした肉体が無意識で腕を振り上げ、拳を防いでいた。ちぎれていないのが不思議なほどで、もしも胴体へ直撃を受けていたなら、少なくとも心臓は潰れていた。


「そして、やはり貴様は器でしかないようだ。俺はその中身を喰らいたいというのに。ままならんな」


 ヤツが何を言いながら近づいてくる。……アイツとおれはこれほどまでに離れていたか? いや、また吹き飛ばされただけ。

まだだ、まだおれは生きている。腕が一本使えなくなってはいるが、戦えない理由にはならない……。

 だがアイツの攻撃を防いだというのに、おれの意識は風前の灯となっている。視界は闇が侵食し、耳からはおれの鼓動と血の流れる音だけがいやに大きく聞こえてくる。


「ハ――っ、ハァ――…!」


 意識の断絶を繰り返す中、男がコマ送りのように距離を詰めてくる。

 それまでの時間を掛けておれにできたのは不格好にも武器を構えることだけ、切っ先は震え、持ち上がりきってすらいない。赤ん坊以下の無様さ。


「それでも尚、武器を取ったことは認める。……然り、なればこそここで貴様を終わらせてやろう。誰一人残さず救うなどという、儚き夢を抱きながら……ここで屍をさらすがいい!!」

「――、……は――ぁ…」


 額を流れる血が目に入って何もかもが赤く染まっている。腕が上がらない分、顔を上げて睨みつけた男の顔は獲物を前に興奮する獣ではなく、死を看取る狩人のそれだった。


「おまえ……、名…前は」


 喋るたびに喉が裂けて血が零れ落ちる。

 今度こそ、不完全にさえ防ぐことはかなわない。どこにくらおうが結末が見えている。

だがその前に一つだけ、こいつの名前が気になった。時間稼ぎだとか、自分を殺す人間の名だからってわけじゃない。けど、こんな化物みたいなヤツの名前がどうしても気になった。


「ふん…、名か。本来、弱者へ名乗る名はないが――、先の一撃には敬意を表してもいい。俺の名は“カイン”だ、好きに呼ぶが――……チッ」

「あ…?」


 舌打ちと共に振り返る。だが、おれからはカイン自身の身体が壁になっていて何が起きたのかは見ることができない。

 視線が外れたことで身体にかかっていた圧力が消え、反動か限界が訪れたのか膝から崩れ落ちる。

 黒刀を杖にして倒れないよう堪えるが、それでも顔を上げることすら苦しい。落ちそうな瞼に抵抗しながらなんとか前を見続けていると、不機嫌さを隠そうとしないヤツの声ともう一人、聞き覚えのある声が微かに届いてきた。


「ボクの友人から離れてもらいたい」

「小僧、自分が何をしたのか理解していないようだな」

「仲間を傷つける相手に対して礼を尽くす必要がどこにあると?」

「そうか、ならばよし。雷環の器の前にまずは貴様から、俺の拳の前に跪かせてやろう」


(キロクゼ、じゃない……誰だ?)


 初めは逃げるように言ったキロクゼたちが戻ってきてしまったのかと頭をよぎったが違う。それは朦朧とした意識の中でも分かるが、じゃあ一体、誰……。


「ぐ……ぁ……」


 おれが耐えられたのはそこまでだ。

 痛みなど問題にならないほどの抗いがたい喪失感が全身を貫き、『原型』によりかかったまま、おれは意識を失った。



  □ □ □


 

 ジャイロに届いた連絡は帰還するエウリナたちの護衛であり、伝えられてきた際には久しぶりの再会に年甲斐もなく多少胸躍る部分もあった。


「あれは――」


 だが、遠くから全身を叩きつけてくる雷の神威、その余波はまぎれもなくロストのものであり、威力からして具象契約。地面に巨大なクレーターを残しかねない破壊力は、神域の森に破壊痕を残した頃より成長していることが伝わって来た。

 アレを受ければひとたまりもない。それが人でも『穢れ』でも、どうあれ決着をつけることのできる最終手段に等しいものだ。

 その攻撃が必要となる相手がその場にいて、使わざるを得ない状況に追い込まれている。焦りを覚えながらもしかし、ロストの具象契約を耐えきれる存在がいるとは思えなかった。


 ――だからこそ、目の前の光景に脳が一瞬理解を拒んだ。

 彼が辿り着いた時、そこにいたのはただ立っているだけで圧倒される雰囲気を纏った武人であり超人。そしてその先で膝をつく、掛け替えのない圏士の仲間の姿。

 すでに意識を保つのも限界のようで、あの怪我を負ってなお倒れずにいるものの、すぐ治療を行わなければ命の保証はないということは一目で理解できる。


「カインだったね。退くんだ、彼を死なせるわけにはいかない」

「ふん、貴様に名乗った覚えはないがな。どれほど威勢のいい言葉を口にしようが実力が伴っていなければ意味がないことを理解できないわけじゃあるまい。これは俺の獲物で、勝者も俺だ。ならば生死を定める権利は俺にある」

「ロストに固執する理由は分からないけれど、ただで退いてくれる相手じゃないことは分かった。…なら一つ、賭けをしないか」

「中身は?」

「ロストでも出来なかったこと。アナタを倒すことのできる異能を見舞ってみせる」

「ほう……? 貴様が、俺に。フ、ハハハハハ――! そこの小僧が魅せた雷撃は未熟ではあったが、悪くは無い一撃ではあった。アレを超える実力があると、そう言うのか?」

「そうだ。出来るからこそ、口にしているんだ」

「ならば加減はいらんか? さて……、初撃くらいは耐えて見せろよ」

「…………」

「ハッ、アアアア!!」

 

 大地さえ震わせる叫びを引き連れ、目で追いきれない速度で迫りくる。

 武器を構える時間さえ与えない。いいや、本人からすれば十分与えているつもりではあるのか。ただ、圏士が弱いだけだと。

 何物をも圧殺するに足る拳が狙い違わずに頭蓋へと繰り出され、回避も防御も意味はないと知らしめるが如く、純粋な破壊が迫る。

 だが彼は、ジャイロは前者も後者も選択することなく、自然体のままそこに立っている。

 男もまた、結局は口だけの小僧であると認識を確固たるものとして、勢いを緩めることなく総てを破壊せんと拳を振るい――。

 ……ジャイロに直撃する寸前でその動きを止めた。


「貴様、自信があると思えばそう言うことか。つまらん男だ、勝利の栄光も敗北の恥辱も自ら勝ち取ることさえ出来ず、それに甘んじているとはな」

「何が分かるという」

「分かるさ。貴様は哀れな傍観者にすぎん。舞台に上がる資格一つ持ち得んな」

「言わせておけば――ッ」

「ならばなぜ、全力を出そうとしない。敵意の一つもぶつけられん貴様は相手をする価値もないな。そしてやはり、自らの力ではどちらへの道をも選べんようだぞ」

「…………っ」


 カインは伸ばした腕へと“衝突してきたもの”に目をやる。

 ロストが放った全力のヴァジュラでさえ傷をつけられなかったというのに、間違いなどではなく傷を負わせていた。

ジャイロにとって信じがたいことではあったが、起きた事実を受け入れない理由はない。

 その腕からは薄く血が流れていたのだ。傷つけた『原型』はジャイロのものではなく、投げつけてきた別の人間のもの。

 

「圏士……いいやその服は教戒か。俺の知る奴らは何事をも前にしても無抵抗に受け入れることで心の平穏を保とうとする弱者だったが……、ククッ、貴様はそうは見えんなぁ」

「ふーッ……、フー……ッ」

「アイリスさん……」

「良い顔だ、やりがいがありそうだ。思えば教戒の連中とやり合ったことは無かった…! 一人で来るというならそうしろ、別に誰が何人相手であろうと俺は構わん。総ての敵をただ打ち破るのみだからなあ!!」


 怒りを抑えきれず、歯を食いしばりながら『原型』を投げつけたままの姿勢で固まっている一人の少女の姿に、カインは高揚し拳を握り直す。

 もはや目の前にいるジャイロなど興味はないと言ってのけるように。


「……あな、たは…」


アイリスは慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと、歯を噛みしめながら声を漏らす。もしも力を入れたままにしていなければ、自分でも抑えが効かないと分かっているからこそ。


「ああ、俺がどうした?」

「……なぜ、ロストを――」

「戦いたいと思っていた。小僧は期待外れだったが」

「――、…っ、……そう、ですか…」


 怒りに呑まれそうになる心を落ち着かせるために深く呼吸を繰り返しながら瞳を閉じる。 そこに写り込むのは瞼の裏ではなく、この場に来る前の皆との会話だった。


『待ちなさいアイリス、どこ行くつもり――!?』

『ロストの加勢に向かいます。私でも役に立てることはありますから。皆さんは灯日へ向かってください。巻き込むわけにはいきませんから』

『アイリス、いけません。僕は貴女を死なせるために灯日へ推薦したわけではない。“アレ”を使おうとしているのでしょうが…、認めるわけにはいかない』

『……キロクゼ、貴方は幼いころからいつも、皆の心配をしてくれていました。ですが、先ほどの揺れ、アレはロストの具象契約によるもの。そしてまだ戦いは終わっては――』

『アイリス――!!』

『…キロクゼさん、落ち着いてください心配なのはみんな同じですから…』

『ふぅー……すいません取り乱しました…、ですがそれでも…僕は貴女にそうまでして戦ってほしくはない……』

『それでも、行きます。私の願いを止めないでください』

『…………そう言われてしまったら、僕には止められない。分かっているでしょう…?』

『だからこそ、口にしたのです』

『……』

『キロクゼ、お二人をお願いします。…キリエ、エウリナさん、もしも戻らなければその時は――』

『許さないから。絶対に、戻ってこなきゃダメよ。…エウリナが助かっても、アンタたちが帰ってこなかったら、意味ないじゃない……っ』

『ハイ、もちろんです。それでは』

『待つんだ、アイリス――!』


「…ふぅーーー」


 自分がこのような行動に出ていることなど、過去の彼女は思いもよらなかっただろう。

 だが、その記憶さえ覆い尽くすのは血塗れになったロストの姿。

 怒りとなって心を燃やし尽くそうとするその光景は、アイリスにとって受け入れ難い現実であり否定しなければならない運命だ。


 “ただ在るがままに”

 物心つく頃からその教えを受け、日々の生活の中で、訓練の中で、実戦へと身を置くその時でさえ、教えを実践するよう努めていた。

 孤児として生まれ、ただ生活することに枷を嵌められながら生きてきた彼女にとって、目の前の事象を受け入れることは生への諦観であり、また納得でもあった。

 けれど、今この瞬間。その教えから目をそらしてでも為さねばならないことがある。

 ――それが例え、自分自身の命を糧とする結果になったとしても。


「ほう」


 閉じられていた瞳を開いた時、それまで彼女の心を焼き尽くさんと燃え上がっていた怒りを強靭な意志によって抑えつけ、カインから視線を離すことなくジャイロへと声を掛ける。


「ジャイロさん、ロストを連れて逃げてください。出来る限り急いで、遠くへ」

「君は――」

「お願いします」

「……分かった」


 力強い言葉にジャイロは言い返すことも出来ず、ゆっくりとその場を離れてロストの元へ向かうことしか出来なかった。


「いい女だ、ここで死ぬのが惜しいな。武器が欲しければ取りに行かせてやるぞ」

「必要ありません」

「ならばこれ以上、対話は要らんな。……気合を入れろ、戯けた真似を見せるなら貴様の護りたいと願う彼奴らを! 一人残らず殺し切る!!」


 狂拳を持つ武人は今度こそ始末をつけるべく突撃姿勢をとる。

 贔屓目に考えたところで『原型』を手放しているアイリスが勝利する可能性は砂粒ほども存在しない。炉端の石にも満たない抵抗の後、轢殺される未来がすぐそこまで迫ってきているのだ。

 だが、彼女の瞳に恐れはない。

 透き通るように青い瞳に宿っている光、それは言葉にするのならきっと――献身だ。


「力を貸さないとは言わせません」


 色とともに、時間の流れさえも失われていく。


『あらアイリス、アナタったらいつからワタシに命令できる立場になったのかしら?』


 何もかもを馬鹿にしているような可憐で美しい声とともに、首に回された少女の腕。

 カインの足元へ放られたままの『原型』、その『代行者』。


「貴女にとっても断る理由はないはずです。何らかの思惑があるようですが、ここで私が死ぬことを良しとはしないはず」

『フフフっ、随分自分を高く買ってるみたいね。そういうの、思い上がりっていうんじゃないかしら? 『代行者』のワタシにとって、契約相手は別にアイリスじゃなくってもいいんだもの。アナタが死んじゃった後にでも新しい相手を探すわ』

「嘘がお好きですね」

『嘘? ワタシが嘘を言ってるっていうの?』

「私でなくてもよいというのなら、回帰事件の時に止める理由はありません、そうでしょう? それ抜きにせよ、貴女があの男を見過ごすようには思えません。……嫌いでしょう、貴女の性格からして」

『アハハハハ――っ、何それそんな理由でワタシが手を貸すって思ってるの? 相変わらずお馬鹿さんねアイリス。人を馬鹿みたいに信じちゃってるところがとっても可愛いわぁ。フフフ…っ』

「答えを」


 耳元で笑い続けている彼女に端的に返答を求める。別にまともに相手をする必要はない。彼女は非常に不真面目であり、『代行者』としての責務を果たす気など更々存在しない。

 むしろ契約者が困る姿を見るために契約しているのだ。精神破綻者と考えられるような言動もするような、アイリスにとって唯一信用に値しないと考えさせる存在だ。

 だが契約を交わした以上、彼女の存在が無ければ戦うことすらできない。だからこそ彼女の性格はイヤになるほど理解せざるを得なかった。


『アー…ハハハっ…、フゥ…、ハァーー……』

 笑い飽きるまで笑い尽くし、息をついた時の彼女の声からは不機嫌さだけが残っていた。

『あの肉達磨不快だわ、彼を傷つけるなんて…、ええとっても許せない。ねぇアナタだってそう思うでしょアイリス』

「初めて貴女と考えが合いましたね」

『あらそうだったかしら。フフフ…、でもええ。そんなの今はどうでもいいわ、じゃあ、さっさとアナタを犠牲に殺しちゃいましょうか。運がよかったら、生きてまた会いましょう?』

「言われるまでも…、ありません」


「――ォォオオオオオ!!」


 世界へと色が戻ると同時、カインが一歩を踏み出した。それだけで地面を砕き、空を震撼させるほどの壮絶さ。

 皮膚を引き裂きかねない圧力を真正面から受けながら、アイリスは挨拶をするような何気なさで右手をカインへと伸ばした。


「――――」


 その姿はあまりにも戦場には似つかわしくない、武器を握ったことすらない一人の少女にしか見えないものだったから。

 カインもまた一切の容赦なく、塵威の纏った拳を振るおうとしているというのに刹那の間、少女の姿に目を奪われた。



「…………」


 死を前にしながら武器は手になく、しかし祈ることはしない。

 この場において彼女は修道女ではなく、しかし無力な人間でもない。

 何故ならば彼女は教戒より討滅局へと派遣された一人の戦士であり、圏士に引けを取ることない実力を持つと、大司教たるヴァルドが認めたからこそ選ばれたのだ。


「具象契約――、代償を此処に」


 ――だが、その異能はあまりに危険過ぎた。

 実力を認められた要因でありながら使用そのものを禁じられた。まるでそれこそが罪であるかのように。


「来れ暴食、其は天星喰らい尽くす群勢の魔王」


 ソレは無より現れる個体であり群体。

 地を這い、空を覆い尽くす混沌の影。枯れ果てた大地広がるこの世界でさえ、忌避される悪の具現に他ならない。


「神技、具象」


 嘗て確かに在ったはずの、気高き栄光より歪み凌辱されたその名こそ――。


「――万象喰らう蝿の王(ベルゼブブ・ダスト)


 混沌が肉を喰らい、羽音を立てながら湧き上がる。

 この世界に生きとし生けるもの、それら総てを喰い潰すまで止まること無き罪の群れ。

 彼女の怒りと祈りによってもたらされた、最低最悪の災厄だ。


『本編について』

・カイン

能力無効化持ちのフィジカル特化、単純に強いだけの男なのである意味で対処が最も困難。

北の地である極骸では神威や原型といった異能ではなく各個人ごとに異なった異能を発現する場合があります。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。(https://x.com/kuroyonosuke)

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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