手紙の行方・下
今週と来週、ちょっと短めです
翌朝、玄関をノックする音で目が覚めると、アイリスに連れられて病院へと向かうこととなった。
いくらなんでも早すぎなような気もしたが、受付を通された後にはすぐさま混雑し始めたので、アイリスの生真面目さには頭が上がらない。
検査自体は特に問題なく進み、聞いていた予定分を済ませると、看護師から精算が立て込んでいるからちょっと待っていてほしいと言われた。
仕方がないので適当なベンチで座って待っていると、話しかけてくるヤツが一人。
「おはよ…」
最初はアイリスかと思ったが、少し不機嫌そうな声を聞いてすぐさま訂正。そりゃあ確かにいないわけがない相手だった。
「ん、おはよう……キリエ」
「隣、座っていい?」
「ああ、悪い」
二人座るには微妙なスペースだったのを少し横へズレると、キリエがそこに腰を下ろす。どうにも、不機嫌そうなのは変わりないが。
「……」
「………」
「………元通りになったみたいでよかった。身体は大丈夫そうなのか」
昨日の今日まで子供になっていたのが元通り、なのは何の問題もないけど後遺症的なものが無いと言い切れるわけでもない。
「見てもらったけど何ともなさそう。しいて言うなら子供になってる時のことあんまり覚えてなくって、何がどうなったかはよく分からないくらい」
「そっか、じゃあちょっともったいなかったかもな」
「なにそれ」
「なんでも」
ミカに引き取ってもらって大分懐いてた、とかここで言ったらまた暴走しかねん。訝し気な顔をしてるが、ここは口を閉じさせてもらおう。
「ま、いいけどね。…それよりアンタ、私に言っとくことあるんじゃないの?」
一転して悪戯めいた意地の悪い笑みを浮かべだす。
そりゃあ、おれだって忘れてたわけじゃないし申し訳ないと思ってるが、こう先手を取られると言い出しにくい。
「ほらほら、心の広ーい私から言い出してあげたんだから、言葉にするなら今とか思わないわけ?」
「めちゃくちゃ楽しそうな相手に言ってやるべきかどうか一瞬で悩ませるのやめてくれ」
「なんでよ、謝るだけでしょ。まさかロスト、人に謝るの異様に嫌がるタイプ?」
「そんなんじゃねえ、…けど、巻き込んで悪かった。下手したら死んじまってたかもしれないのに」
あの夜、おれを庇ったせいで子供になってしまったのはキリエだった。自分では食らわないつもりだったけど、傍から見て危険だったのならそれはおれが弱いせいだ。
「ま、別にいいけどさ。無事だったんだしね」
「……ずいぶん軽いな」
「助けたのは私の勝手だしね。手のかかるお馬鹿さんに一々怒ってても仕方ないでしょ」
「そりゃどうも。とはいっても、今回は色々考えさせられた」
「…へぇ。たとえば?」
少し興味深げに身を乗り出すと、話を聞く態勢になる。キリエからするとそんなにもおれが反省しているのはおかしな光景だったりするのか?
「病院でする話じゃないかもしれねえけど…今回の犯人をさ、その…手に掛けるべきだったんじゃないかって。すべきことなら躊躇しちゃダメだったのかもしれないけど、結局手は止まっちまった」
「でも実質被害はゼロでしょ。私の他にも子供になってた人たちとか、襲われた新人の子も無事だったわけだし」
「全員助けられれば、って思ってたし今でも思ってるけど。目の前で取捨選択を迫られると色々考えちまってさ。これからの問題となったわけだ」
「……ふーん」
「…なんだよ聞いといて」
「別に、ちょっと気になることあったから一応聞いときたかっただけよ」
「なんだそれ」
「なんでも、ふふっ」
誤魔化した意趣返しか、同じ返され方をされてしまった。
まあ楽しそうだからいいか、変に怒られたりするよりはずっといい。
「あ、私呼ばれたみたいだから行くわね。じゃ、頭使うのもいいけどあんまり慣れないことして倒れたりしないでよ」
「んなことするか。それと今回の礼になんか奢る、いつになるか分からんけど」
「そう? じゃあ私の満足できる場所でお願いね」
「お前の好み詳しくねえよ」
「それ込みでよろしくってことよ。じゃあまた仕事で」
「あいよ、足りない頭動かしてみる。またな」
軽く手を振り、受付に向かっていくキリエを見送る。
おれの方は処理が滞っているのかまだかかっているのか。医者から聞いた話じゃ異常は見当たらないって言ってたから、今更呼び出されるってこともないはずだけど。
「あ、あの~」
「うあ、はい?」
おずおずと掛けられた女性の声に慌てて返事する。
もしかしてキリエと話してる時に呼び出しされてたのか? もしそうなら悪いことしてしまった。
そう思って振り返ると、そこにいたのは見覚えのある…。
「えーと、君…、裏路地の?」
「は、はいっ。助けてもらってありがとうございました。昨日から入隊しましたっ」
「昨日から、入隊?」
「そうです、あれ? 裏路地?」
おれと彼女、二人して相手の認識は間違ってないのに地味に話が食い違っている。そういえば昨日助けた子の顔って暗かったからちゃんと見えてなかったような…。
「ん? あ、ああ。ちょっと待って、整理させてくれ。……えーっと、じゃあ昨日助けたのは君で、裏路地で酔っぱらいから助けたのも君?」
「そう、そうですっ、えーっとあの日もありがとうございました! あとその前の——」
「ああそっか、そうだよな。へぇ、そんな偶然あるもんなんだな。何か変な縁でもあったりしてな。……」
「どうかしました?」
「いや、なんというか…ダメな先輩を思い出しちまって…。今言ったのは気にしないでくれ」
「は、はあ」
口にしてからナンパみたいな文言になってるのに気が付いた。フォムドさんやらサガやらと話す機会あったからか移っちまったかなぁ。
「そ、それにしてもよかった、話には聞いてたけど元気そうで。昨日は悪かった、もっと早く動けてたら危ない目に合わせることも無かったのに」
「いえいえそんなそんなっ、何も考えずについていったワタシも悪いですから」
「そんなことないだろ。何も知らなかったし、子供の相手してただけだしさ。でも、本当無事でよかった。それでなんでまた病院に? 昨日のことでだったりするのか」
「それもあるんですけど、元々の予定で健康診断だったんです。昨日のことはむしろついで、みたいな」
「なるほど」
「はい」
「……」
「………」
「もし待ってるだけなら座ったらどうだ?」
「あっ、いえ、だいじょぶですからっ。戦っていたヘリオール先輩が使ってください!」
やけに慌てた動きで遠慮してくれてるが、そこまで気を使ってもらうほどでもないって自覚はあるから、彼女の様子はなんだかおもしろく見えてしまう。
「別におれも体調は問題ないんだけどな。遠慮せずに座ってくれればいいよ。てか名前言ってたっけ? …さらに言えば君の名前知らなかった」
「あ、そうでした、ワタシ、エウリナっていいます。これからよろしくお願いします。先輩の名前は…えーっと、そのー…! 他の先輩に教えてもらったんですっ、ロスト・ヘリオール先輩だって」
「そっか、あーでも別に先輩付けなくってもいいよ。あんまり言われ慣れてないし、名前もヘリオールって呼ぶ奴いないし」
「え、でも流石に下の名前呼びは失礼じゃ…?」
「いいって、まあでもあんまり慣れないなら今のままでもいいや。呼びやすいのが一番だろ」
「なんだかすいません、気を使わせてばっかりで…。それに椅子のことも気を使っていただかなくっても…ぉ…」
何やら辺りを気にしてるし、もしかしたら次の検査とかがそろそろだったりするのかもしれない。
「じゃあおれもそろそろ呼ばれるだろうから行くよ」
とはいってもこのままだと気を使って立ちっぱなしにさせてしまうかもしれないし、おれがどけば話が早い。
呼ばれるまでまだ掛かりそうなら外で待ってくれてるアイリスに一旦伝えといたほうがいいしな。
「あ、あのっ」
「うん?」
「昨日は、本当にありがとうございました。ワタシも、その…ロストさんみたいに他の人を助けられるよう頑張りますっ」
「……、ああ。おれもそうする。お互い頑張ってこう」
「は、はい…っ!」
しっかり頭を下げてくれてる彼女と別れ、とりあえず状況を聞きに行こうと受付に向かうと、丁度そっちの方から聞きなじみのある名前が飛んできた。
「ロスト・ヘリオールさーん。受付三番にお願いしまーす」
「っと、ようやくか。紙一枚貰うだけなのに、なんでこんなに時間かかるんだ」
そりゃあ混んでるから。なんて分かり切った答えを頭の中で済ませつつ、検査結果と討滅局宛ての領収証を受け取る。
朝一番に来たはずなのに、病院の外に出た時にはもう昼過ぎだ。もっと早く終わるだろうと高をくくっていたのに。
「悪い、待たせた」
「私は問題ありません。むしろ検査の結果は大丈夫でしたか?」
外に出ると、備え付けのベンチに腰を下ろして静かに本を読むアイリスの姿。
こっちに気付くと本を閉じ、開口一番心配されてしまった。
「ああ、ビックリするくらい何ともないって逆に怒られた」
「お医者様なのに健康だと怒るのですか?」
「なんか滅茶苦茶元気な爺さんだった、普通に気圧されたわ。あとそうだ、キリエと新人の子とも会った。驚いたんだけど、この前酔っぱらいに絡まれてた女の子が新人らしい」
「そうだったのですか、あの方が。そういうことでしたらまたお話する機会が楽しみです。キリエとは病院を出てくるときに挨拶を」
「で、ここにいないってことはさっさと行っちまったわけか。アイツも忙しいのかな」
「何やら調べたいことがあるからと急ぎ足で去っていきました。私もロストを庇ってくれたことへのお礼を言いたかったのですが」
「それなら代わりに本人から言っといたから大丈夫だよ。お礼に高い飯奢らされそうだけど」
「そうですロスト、食事のことなのですが……」
「ん?」
なにやら言いにくそうな口ぶりで飯の話を始めるアイリス。そういえばずっと待っててくれたんだった。
「じゃあ飯行くか。待っててくれたお礼に奢るし、どこか行きたいとこあれば聞くけど」
「では——」
そうして、アイリスの口にした場所は想像通り、けどおれも丁度行きたいと思っていた場所だった。
いつものように食べているのだから飽きてもおかしくないのだが、逆に同じものだから安心して食べていられるということもあるらしい。
「失礼します」
「あら、アイリスちゃん。今日も来てくれたのねぇ」
「はい、いつもと同じものをいただけると助かります」
「はいはい、ちょっと待っててね。ロストちゃんと空いてる席で待っていてちょうだい」
「ありがとうございます」
もう目を瞑っても辿り着けるんじゃないかってくらいには通いなれた喫茶店。
初めてアイリスを案内した日から気が付けば常連、時間の流れがやけに速く感じる。
時間も昼を過ぎて混雑のピークを越えた頃か。残っているのはよく見る近所のおばちゃん達、いつものごとく世間話に花を咲かせているようだった。
(ま、向こうもおれ達のことはよく見る連中って思ってたりする——。ん、あれは…)
おばちゃん達から視線を外そうとして、見覚えのある姿がいた。
真っ黒な圏士の隊服、それに負けないくらい黒くて長い髪に、見た目で年を判断できないくらいの童顔。で、おれに厳しい指導係の姉貴分。
ミカは誰かと式神で話してるらしく、様子を見るにそろそろ終わりそうな雰囲気だ。
「それじゃあ気を付けてね。もう引退してるんだから。うん……じゃあね、また顔を見れる日を楽しみにしてる。……ふぅ」
「仕事の連絡か?」
「…っ、…なんだロストか」
「なんだとはなんだよ」
この店の二階に住んでるのは知ってるが、会えることはそうそうない。珍しいこともあるものだと話しかけてみたら、なにやらすごい目で見られた。タイミングが悪かったか。
「悪かったわね、ちょっと色々あったから。それより昨日は大変だったみたいね、ちゃんと倒せたみたいだからとやかく言うつもりもないけど。それはそれとしてサガがいなくても一人で倒せるようにはなりなさいね」
打って変わっていつも通りの悪戯っぽい笑みを浮かべるものの、一人であの『穢れ』くらい倒せるようになれと厳しいご意見を受け賜ってしまった。
「おれだって進歩はしてるの。ほら見ろ、前と違って右手もボロボロになってないぞ」
「アレは契約そのものを満足に使えてないってことだから論外でしょう。今回のでようやくスタートライン」
「……はい、ガンバリマス」
「聞き分けがよくて助かるわ。これからも励むように」
ポンポンと胸元を叩かれ、ついでに何かを押し付けられた。
受け取ると、そこには二つの封筒。大分くたびれた封筒が一つと、わりかし綺麗なのが一つ。
「なんだこれ」
「見ればわかるでしょう。手違いで私のところにまで来ちゃってね。ま、ボロボロなのは色々な人たちの忘れ物みたいなものだから、ちゃんと届いてよかったわね」
「ふーん、良く分からないけど分かった。届けてくれてありがとう」
「どういたしまして、私は中身見てないから安心なさい。拾った時には封が開いてたけど、そんなにボロボロになってたら仕方ないかもね」
「ま、いいさ。…アイツからの手紙だぞ、そんな順調には届かないさ」
「それは同感。ほら、頼んでた料理出てきたみたいよ。アイリスがこっちを気にしてる」
「ん? すぐ行くから先食っててくれ! ミカは今日も仕事か?」
「ええ、とはいっても例の事件の調べごとに駆り出されたんだけどね。ハイネがすっごい顔で資料とにらめっこしてたから、また様子見に行ってあげなさい」
「そうする。ほっといたら今度こそ倒れそうだ。カルディアのことも気になるし」
「お兄さんのこと? 彼なら今朝戻ったみたいよ。一応戦闘のことはバレてないわけだし」
「なんだ知ってたのか。それなら……、まだよかった、のか?」
「バレるバレない、って話になってる時点でダメダメよ。精進しなさい」
「その通りです、ハイ……」
「じゃあねロスト、休暇を楽しみなさい」
「じゃあなミカ、仕事に励んでくれ」
互いに別れの挨拶を交わすと、風も起こさずミカの姿は消えていた。走っていったんだろうが、まだ目で追いきれないことを考えると、実力差は目に見えないほどなのが良く分かる。
ってかアイツ絶対、おれはまだまだって言うために見せつけていきやがったな。
「悪い、また待たせた。なんだ、先に食べててくれてよかったのに」
席に戻ると既に飯を用意してくれていたが、アイリスは自分の食事には一切手を付けていなかった。
「問題ありません。お祈りは済ませておきましたのでいただきましょう」
「ん」
そこからは二人して黙々と手を付ける。
たまにアイリスの方を見ると何かを確かめる様に口を動かしてるが、何か気になることでもあったのか。
「どうかしたのか?」
おれの食っているものと一緒とはいえ、味におかしなところもない。おれの舌が馬鹿なだけかもしれないけど。
興味本位から聞いてみると、口に残っていた分を呑み込み口元を拭いてからゆっくりと話し出す。
「…、いえ先日ロストが持ってきてくださった朝食があったかと思うのですが」
「ああ、ファルムさんに奢ってもらったヤツか。いいとこなだけに味も旨かった」
気軽に土産としてもらうには些か値の張るものだったんだろうけど、ファルムさんに一切気にすることなく用意してもらってしまった。
また何かお返しでもできればいいんだけど、いかんせんカルディアのこともあって下手打つと誤解が更に深まりそうな気がしてならない。
いや、今はそれはいいや。カルディアと話すときにでも相談しよう。
「で、アレがどうかしたのか? また食いたくなったとか?」
今食ってるのも同じサンドイッチなわけだし、あの高級品を思い出してしまったわけだ。まあ、値が張るとは言ってもたまに自分へのご褒美的に買うのも悪くはないか。
なんて思っていたが、アイリスの様子からしてどうも違うらしい。
「確かに値段相応に非常に美味しくいただくことは出来ました。ですが…、やはり私にとってはこちらでいただくことのできるマダムの作るものの方が美味しく感じるようです」
「へぇ、気に入ってるのは分かってたけどそこまでだったとは」
「ロストはあちらの方がお好きですか? 誤解無いように言っておくと、これは非難しているわけではありません」
「分かってる。気になるとそればっかりなのがアイリスだからな。アイリスの言いたいことは分かるよ、おれも普段食うならこっちの方がずっといい」
「…自分でも不思議です。使われている食材も、料理人の技術面においても客観的には差があるのは間違いないというのに、私はマダムの作る料理に心地よさを覚えています」
そこまで言ってるアイリスの方が非難してしまってるんじゃないか、と言いたくなる口を抑えつつ、件のお婆さんがいないことを確認、よし。
「言いたいことは分かるけど、アイリスは良く分からないって?」
「ロストは分かるのですか?」
「多分だけど、アレだろ? 故郷の味とか、おふくろの味とか。そういうやつ」
「確かに教戒で過ごしていた時から簡素な食事をとることは多かったですが」
「そういうのに慣れてるんだよ。似たような飯を食えば昔のことを思い出す。で、懐かしさとか、思い出に浸ったり。人によるけど」
「懐かしさ、言われてみればそうかもしれません。思い出と呼ぶには些か褪せてしまっていますが、嫌な思い出でないことは間違いないようです。……きっと、それを無意識のうちに思い出しているのでしょうね。ロストにもそういった思い出が?」
「あー……、まあ一応。とはいっても、おれの方はコレよりもずっと酷かったけど」
「ひどい、ですか」
「おかげで、まともな飯を食おうと思ったら自分で作るしかなくってな。なんだかんだ店の料理も出してた。……灯日来るときにも近所の爺さんたちに引き留められたよ、“『穢れ』から護る前にワシらの食生活を護れ”って」
あの時の爺さんたちの目はひどかった、というか怖かった、本気過ぎて。
「お店の料理をですか? それはすごい、私も一度いただいてみたいです」
「勘違いしないでくれよ、別に普通なんだから。少なくとも、コレよりは程度が低い」
食いかけのサンドイッチを持ち上げ、そのまま口に運ぶ。うん、美味い。これに比べたらおれの作る飯は何段か落ちるな。
「ホント。勢いだけで作ってたもんなぁ……」
思い出せば思い出すほどに、よくもまああの料理の能力で店を開こうなどと思えたもんだ。
焼けば焦げ、煮れば崩れて汁は蒸発。んでもって味付けが毎回違う。
レシピを見て作っているにもかかわらず何故かおかしな味になる。ありゃ一種の才能といわないでなんと表現すりゃいいんだ。
「ですがロスト、言葉の割には楽しそうです」
「んぇ、そ、そうか? そんなつもりはなかったんだけど」
「はい、口元がほころんでいました。ロストはいつもアリスさんの話をされる時、文句に近しい言葉で話をしますが、その様子は楽し気です。とても、愛されて育てられたのですね」
「よ、よしてくれ……。冷静に分析されると恥ずかしい……」
顔が熱くなるのを感じながら、逃げるように茶をすする。ん、でもそういえば——。
「あれ、おれってアイリスにアイツの名前教えたことあったっけ?」
「あ」
「ん?」
なんかアイリスの動きが止まる。
言葉を探すように目が上の方を向き、口を小さく開閉させる。
「あ、アイリス? どうかしたのか?」
様子がおかしい。そこまでおかしなことでも聞いてしまったか?
「あの、ロスト。そのことなのですが……」
「ああ……」
心配になりつつも少し様子を見ていると、まだ落ち着き切ってはいないもののおずおずと話し始めた。
「その…、実は……。ロスト宛ての手紙を——」
「ん、ああ手紙が見えたのか。でも名前だけでよく分かったな」
ってことはミカから手紙を受け取った時に見えてたのか。
一通はボロボロだったし、おれに届く手紙ってことを考えれば大体のアタリもつくか。
「その、私と似た名前だったので印象に残ってしまい……」
「そうだよな、おれもたまに言い間違えそうになっちまってさ。もし間違えてたら言ってくれ、アイリスの名前間違えるのは失礼だし」
「はい、それでその…手紙のことなのですが……」
「コレのことだろ?」
「実はなく……え……あ、はい…それ、です。……あの、その手紙は?」
「ミカから渡されたんだけどさ、なんかアイツのとこ行ってたらしい。ま、おれのとこ送ってくるよりかは間違いなく届くか」
ミカとは古い仲らしいし、あっちへの手紙ついでに送っとけば見落とされることもないしな。おれ宛てに送るよりずっと確実だ。
「そ、そうですか……、そう…でしたか…ふぅぅ…」
「さっきからどうかしたのか?」
「いいえ、問題ありません。手紙が届いてよかったです」
「ん、あ、ああ」
大きく息をついた後にはだいぶ落ち着きを取り戻していて、浮かべた笑みはやけに清々しい。
「んん?」
疑問を浮かべるおれと、食事に戻るアイリス。
様子がおかしかったのは気になるけど、でもまあ大した事でもなさそうだし。
「まあ、いいか」
わざわざ突っ込むほどのことでもないし、どうしても必要なことならアイリスから言ってくるだろ。
「うん、やっぱりこっちの方がずっと美味い」
口に運んだサンドイッチの味が、アイツやおれの作ったものよりも美味しいことを再確認しながら静かに、昼の時間は過ぎて行った。
□ □ □
検査も終わって、病院からの帰り道。
わざとらしくそうだ思い出した、なんて隣を歩いていたザニアが話し始めた。
「そういえばエウリナ。ロストさんだったかしら、あの人とちゃんと話せたの?」
「う、うん。自己紹介とか、助けてもらったお礼とか。でもひどいよザニア、二人で行こうって言ったのに、背中押してきたと思ったらもういなくなってるんだもん…っ」
「アタシは別の日にするわ。それと、ちゃんと食事には誘った?」
「そ、そんなことしてないよぉ…! ほとんど初対面なんだから」
「んもう、それじゃあダメよ。またとないチャンスなんだから、助けてもらったお礼でも相談でも、なんでもいいから理由をつけて話せる場を作るの」
「えぇ…でもぉ、ワタシと二人でなんて迷惑じゃないかなぁ」
「迷惑かどうかも言ってみないと分からないでしょうに。アナタ、自分が引く手数多な人間ってことを自覚するべきよ。アナタに言い寄られて悪い気になる男なんてまずいないでしょうに」
「そうかなぁ。そんなことないと思うけど」
「まったくもう」
ザニアは呆れてるような姿を見せているけど、やっぱりワタシはそこまで自分に自信は持てない。
「三度も助けてくれたから、ちゃんとお礼したいとは思ってるんだよ? でも…ぉ」
「でもじゃないっ、次会った時にはちゃんと誘うのよ。その後なら手助けしてあげるから。…って三度? そんなに助けてもらってたの?」
「え? うん、部屋で襲われたのと、その前に酔っぱらったおじさんから助けてもらったの。あと…、灯日に来る時の列車が『穢れ』に襲われてね? そんなに強くもないのだったんだけど、やっぱり怖くて。その時に倒してくれたのがロストさんだったのっ」
列車が通る場所は昔から『穢れ』が出にくいところを通ってるから、滅多に現れることはないはずだったんだけど、あの時は運悪く出てきちゃった。
滅多に出てこないということは圏士も配備されにくいということで、他の乗客の人たちもパニックになりそうになってて、ワタシも慌ててしまっていた。
「アナタほどのお嬢様なら討滅局も護衛くらい付けてくれなかったの? むしろつけなきゃダメだと思うのだけど」
「アハハ……、ワタシも移動のためだけに目立つのはイヤだったから護衛は外してもらってて、それが裏目に出ちゃったんだ。あと念のために両親に伝えてた時間とは別の日の列車に乗ってたから」
「ふーん、アナタも大変そうね。それで、その時に助けてくれたのがロストさん?」
「そうっ、『穢れ』がこっちに気付いて近づいてきた時、光が目の前を横切ったかと思ったらいつの間にかもう倒されてたの。光の先を見たら圏士の人がいて、少し離れてたけどやっぱりアレはロストさんだと思う。部屋で助けてもらった時に見た光と同じだったもん!」
「それで、そのことは伝えたの?」
「え? ううん、そこまでの時間がなくって」
「ああもうこの子は! なんで自分の持ってる武器の強さを一切理解してないの」
「え、ええ? そうかなぁ?」
「ま、済んだことを言っても仕方ないわ」
「ほ…っ」
「これからのことに目を向けましょう」
「う…っ」
ザニアのワタシを見る目がやけに鋭い。
まだ友達になってから日は浅いけど、彼女が意志の強くてカッコいい人なのは分かってるつもり。その彼女がこんな目をするってことは……。
「ちゃんと食事に誘えるまで、剣術の訓練を厳しくするわ」
「えっ!? そっちが厳しくなるの?!」
「どっちにせよ必要なことなんだから構わないでしょう? アタシたちだって圏士なんだから、あまり無駄にできる時間はないわよ」
「そうかもしれないけどぉ~……」
まさかこうなるとは思わなかったけど、これからのことを思うとザニアの言う通り無駄にはならないし、ワタシも頑張らないとダメだ。
よし、大変なことばっかりだろうけど、ワタシにはワタシのやりたいこともあるから。
がんばっていこう! おー!
……なんて考えてたら隣を歩いていたザニアがいつの間にか消えていてた。
「あ、まってよザニア」
さっさと歩いていくザニアの後を追いかけていくと、向こうの方からガンダとデリン、二人がやってきていた。二人の検査ももう終わってたんだ。
「お待たせ。二人とも早かったんだね」
「待たせたかしら」
「うんにゃ、こっちもさっき終わったとこだ。ったく混みすぎで疲れちまった」
「そういうな。誰も彼もが馬鹿みたいに健康体というわけでもあるまい」
「ほっほう、オレを馬鹿だと」
「健康体と褒めてやったのだ」
「「ぐぬぬ」」
二人は顔を合わせる度に喧嘩一歩手前くらいになってるから、見ていると少し不安になる時がある。でもザニアに言わせると“子供の喧嘩”だから放っておいてもいいみたい。
「ほら、二人でバカやってないで早く食事にしましょ。思ったよりも時間かかっちゃった」
「ま、そうだな。適当に大通りの方でも行くか。店の方もちょっと調べてみたから、何件かよさげなとこは見つけたぜ」
「あら、準備いいじゃない。じゃ、案内は任せましょうか」
「うん、ありがとうガンダ」
「はっはっは、いいってことよ」
「それはいいだろうな。調べたのはほとんどお前じゃなく自分だからな」
「あ、今の流れで言うこたねえだろ」
「馬鹿者っ、人の功績を自然な流れで奪うな!」
またしても始まった二人の言い争いを聞きながら、どうすればいいだろうとザニアへと視線を向けてみる。
すると手を額に当てて大きなため息をつくと、近づいて行って向き合う二人の肩に手を置いた。
「そういうことだったのね。でもそんなことよりお腹すいたから早く行きましょう」
「………」
「あのさザニア、オレ達の喧嘩って昼飯より下か……?」
「当たり前でしょ」
「「……」」
二人は顔を見合わせると、こっちもこっちで諦めたように大きく息をつく。確かにザニア相手に言い争いしても勝てる気しないもんね。
「えーっと、ほらっ、みんな落ち込んでないで行こう? ここで止まってても——」
何とか空気を戻そうと歩き出したその時、……ワタシのお腹が鳴った。
「「「…………」」」
「……~~」
「……っぷ…、アハハっ、そうねすぐ行きましょう。ほら、お嬢様がお待ちかねよ二人とも。こうなったら倒れる前におぶってあげたら?」
「い……いやあ? それは流石にちょっとなあ? …くく」
「そうだぞ、余りからかいすぎるのも……。……」
「もぉっ、みんなもからかわないでよーっ!」
「だって今のタイミング完璧だったんだもの、ふふ…っ、もうエウリナもそんな顔してないで、お腹がすいてるのは分かってるから」
「そうそう、腹減ってるんだし肉にするか」
「それならこの店がいい。値段も手ごろだ」
「う……ぅぅ…」
行先が決まるとみんなしてさっさと進んでいっちゃう。
こういう時の団結力というかチームワークにはまだしばらく引っ張りまわされちゃいそうだなぁ。
「ほら、エウリナ。置いてっちゃうわよ」
「はぁーい、すぐ行くから待ってー」
楽しそうな顔でワタシを待ってくれてるみんなのところに追いつくと、さっきのことなんて忘れたようにまた別の雑談が始まる。
切り替えが早いなぁと感心するけど、一緒にいて嫌な気持ちになったりはしない。それはきっとみんなが優しい人たちだからなんだろうな。
ワタシもみんなに認めてもらえるように、がんばっていこう。
「うん」
音が出ないくらいにお腹が鳴ったのを感じながら、がんばる前にまずはお昼ご飯を食べに行こう。そうしたらこれからももっと頑張れるはずだから。
『本編について』
・三人組の名前
いつものコーヒー豆関係ですが、三人組は下記のとおりです。
ザニア → タンザニア
デリン → マンデリン
ガンダ → ウガンダ
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。(https://x.com/kuroyonosuke)
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




