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夢現の圏士  作者: くろよ よのすけ
2章:回帰事件
10/15

白黒猫の二人

「こちらのようですね」

「ずいぶんなボロ家だけど、マジでここなのか?」


 案内に従って辿り着いたのは大通りからは離れた一軒のボロ家だった。辺りは閑散としていて人通りも少ない。秘密の研究室、といわれればそれっぽい空気は確かに出ていた。


「っと」

「どうやら間違いはなさそうです」


 式神ウサギが肩から飛び降りるとボロ家へ向かって駆けていく。玄関のドアノブの前まで行くと跳びついて、器用に体重を掛けると開けてしまう。

 この前も見た光景だけど、コイツならカギ閉めてても入り込んできそうで嫌な予感が湧いてくる。


「どうしたのですか? 向かいましょう」

「いいやなんでもね。行くよ」


 先に歩いていたアイリスを追いかけて家に入ると、中もそれなりに汚れていた。というか整頓されていないというのが一番の原因か。


「ハイネー、どこだー?」

「こっちだ、上がってこい」


 適当に呼びながら足を踏み入れると、上の階から式神を通さないハイネの声が届いた。


「あいよ」

 

 二階に上がろうとすると、読み終わったと思しき本やら、良く分からない小瓶が階段に積まれていた。ちょっとぶつけたら全部が崩れ落ちそうで、気を付けて上っていくが、まさか階段で足の踏み場もないなんて言葉を使う時が来るとは思わなかった。

 先に上っていく式神ウサギの動きが頼りだった。上った先の部屋の一つに式神ウサギが入っていく。

 ドアの隙間から光も漏れているし、ハイネはあそこにいるんだろう。


「来たな」

「失礼します。お待たせしました、ハイネ」


 研究室といっていたし、階段の様子から実験器具が大量に置かれていると思っていたけど、想像に反して部屋には簡素な長机と椅子、あとは掛け時計のみ。

 窓は雨戸が閉じられているせいで外の光は入ってこないようになっていた。


「こんな家持ってたんだな。思ってたのと中身が違ったけど」

「その気になれば外から覗くことのできる場所に重要な器具を置くわけが無い。そういうものは地下室にある」

「へぇー、本格的だなぁ。てかお前、局から帰ってもここで何かしらやってんのか?」

「それがどうした」

「もうちょっと休んだ方がいいんじゃねえかと思ったんだよ。…言っても聞かねえだろうから、今はこれ以上いうつもりないけど」

「心配されるほどのことじゃあない。自分自身の身体のことは管理している」

「だろうな、じゃあ例の件の話にしようぜ。呼び出したってことは朝言ってた用件は片付いたんだろ?」

「根回しとおっしゃっていましたが、関係者が内部にいるということでしょうか」

「アイリスの言うように、そうであるともいえなくもないが——」


 言いながらハイネは一枚の用紙を机の上に広げる。古いものらしくところどころ線が薄れてはいるものの、中身はどうやらどこかの建物の設計、間取りが書かれた構造図らしかった。


「これは、外枠の形状からして…討滅局敷地内に建てられている館でしょうか」

「ほう…この図面だけで良く分かったな」

「…こんな建物あったか? 敷地内に?」


 感心したような様子のハイネからして、どうやらアイリスは分かってるらしいが、おれはマジで記憶にない。というか図面見ただけでどこの建物かなんて判断できない。


「敷地内といっても、用事がなければ普段は誰も近づかない位置にありますから。ロストも見たことはあるはずです。観測室の設置されている別棟の更に奥、訓練場とは真逆の場所ですね」

「んー…、あ、ああー。多分分かった、と思う。あの古そうな割には小綺麗というか、ちゃんと手入れされてそうな建物だよな」

「そうです。特別な来客や、年間行事の際にしか利用されていないようです」

「入ったことはあるのか?」

「いいえ。ですが、この一階のみ大きく取られている独特な間取りは、私の知る限り灯日ではあの建物意外にはないかと思ったので」

「それで分るってすごいな」

「そ、そうでしょうか」


 素直に感心していると、なんとなく照れたように顔をそむけてしまった。まだしばらくは褒められ慣れなさそうだ。


「それで、この図面がどう関係してくるんだ?」

「犯人が今日、ここに現われる可能性が高い」

「なんでわかるんだ?」

「見ろ」


 続いて机の上に放られたのは被害者リスト。

 何度も眺めているが、共通点のようなものはあまり見えなかったはずなんだけどな。


「そうだ、事件に関係しそうな共通点はまず無い。無いよう選ばれているからな」

「犯人にとっては、ということでしょうか。わざと適当に選ぶことで捜査をかく乱させるためといった」

「いいや」


 首を横へ振ると、また新しいファイルを取り出した。

 表紙には大きく“機密事項”、“持ち出し厳禁”などと書かれていて、ハイネが言っていた根回しっていうのはこれの入手のことだったようだ。


「あのさ、これどうやって」

「聞くのか? 聞かない方が身のためだと思うが」

「じゃあ、うん、いいや」


 変に圧掛けられるよりもあっさり言われる方が正直怖い。

 だってハイネからしたら根回しすれば何とかなる程度に、普段からやってることなんだろうし、おれが聞いても活用できそうにないし。


「さて、被害者を選んだのは犯人ではない。討滅局の方だ。犯人はそのリスト通りに犯行に及んでいたにすぎない。見ろ」

「これは…、“討滅局入隊式における警備任務詳細”、ですか。ではつまり被害者というのは」

「その極秘任務に就く予定だった人たちだったってことか」

「お前たちは後から入って来たから知らんだろうが、圏士であれば『原型』の正式譲渡もこの日に行われる。当日の関係者は内密に選ばれるのが通例だそうだ」

「確かにその発想はなかった。おれもアイリスも入隊式なんて受けてないしな」

「そうですね。警備にあたる圏士がいることへの意識もありませんでした」

「じゃあこれで分かったわけだ。あの野郎がこの情報をどっから引っ張って来たかはともかく、警備の人らを狙っての犯行だった」

「そして、こんな回りくどいことをしているということは会場に潜入するため。そしてその会場にこそ本当に狙っている人物がいるということだ」

「じゃあこのこと伝えれば済むんじゃねえのか。おれたちがわざわざ引っ掻き回すことないだろ」


 ここまで分かっているのなら、さっさと伝えて仮面野郎を全員でとっ捕まえればいい。今さらおれたちが潜入したりなんかしてても、下手したら余計に事態を混乱させかねない。


「それは、よした方がいいかもしれません」


 そう思っての発言はしかし、ハイネではなくアイリスによって否定された。


「ん、そりゃまたなんで」

「私の考えを口にする前に確認したいのですが、ハイネはこの資料を手に入れるにあたり部外者が取れる方法を行いましたか?」

「行っていない」

「分かりました。ではやはりこの件はこの場の三人で処理すべきものですね」


 アイリスの言うそれは、回りくどく言ってはいるがつまるところ……。


「もしかして、討滅局の中に手助けしてる奴がいるって言ってるのか?」


 ハイネはおれとほぼ同年代でありながら、圏士と瞳士を兼任し、その上階級も上位である一級だ。そのハイネが手に入れるだけで困難な資料を部外者が手に入れられるはずもない。

 ならその情報を仮面野郎が手に入れることはまず不可能だ。ただ一つ、誰かが横流ししていなければ。

 だけど、おれには分からない。


「そんなことして、なんになるっていうんだ…?」


 そんな行為に価値を見出せないというか、だってそうだ。仮に本命の標的一人を殺すための計画だとして、その影響で討滅局に被害が出たところで、巡り巡って困るのは自分の方じゃないのか?

 討滅局の弱体化はそのまますなわち人命、居住可能な環境の有無に直結する。

 仮面野郎には討滅局への個人的な恨みがあって、その前提を無視できるほどの内容だとでもいうのか。


「さてな。こんなバカげたことを無駄に手間暇をかけて行うような連中のことなど知らん。いいかロスト、私たちのすべきことを忘れるな。これが任務であるということもな」

「忘れちゃあいないけどさ」

「それならいい。そしてもう一つ、犯人が警備リストを手に入れた方法は確定していないとはいえ、手に入れていたのは間違いない。ならもっとの高い可能性は考慮して動くべきだ」

「…分かった。お前の言う通りだよ」


 身内を疑うということは気持ちのいいものじゃないけど、事実が目の前に突き付けられている以上は認めざるを得ない。


「なら、おれとアイリスで何とかして潜入して仮面野郎探せばいいってことか」

「潜入はお前だけだロスト、アイリスは犯人が逃げた時のために待機させておく」


 おれとアイリスで二段構えにして、ハイネはサポート兼予備隊ってことか。まあそれが一番マシな動きができるとは思う。


「でも潜入っていってもな。圏士だからってそんな重要な行事に正面から入れねえだろ」

「ロスト、ハイネの言っていた根回しとは、きっとそのことも含まれているかと」

「なるほど。飛び入り参加ってわけだ」

「……」

「今回の件、フォムド一級であれば被害者の共通点については把握していたでしょうし、あえて私たちに伝えなかったことを考えれば情報が漏れることを考慮したものかと」

「それか仮面野郎におれたちへの注意を向けさせといて、自分たちで捕まえるつもりとかかもな。囮みたいな感じで」

「とはいえ我々にそのことが伝えられるのは現状を鑑みても解決後となりそうです。こちらはこちらで出来ることを進めるしかないでしょう」

「そうだな」


 こんな大事な任務を丸投げしてきたフォムドさんは何考えてんだと思いもしたが、そういうことなら一応つじつまもあう。

 囮として使われてるのはいい気分ってわけじゃないけど。まああの人のことだから、おれたちが捕まえたならそれはそれで、とか思ってたんだろうな。


「ま、裏事情は終わってから問い詰めてやればいい。んでハイネ、誰に言えば上手いこと会場に潜入させてくれるんだ。そういうのもやっといてくれたんだろ」

「していないが」

「え」

「おまえ…な、んつった?」


 一切悪びれる様子もなく、自信満々、傲岸不遜に腕を組み、おれたちを見据えるハイネに申し訳なさ一切なし。言ってのけるセリフからはほころび一つない、圧倒的すぎるほどの投げっぱなし。


「潜入のための根回しなどしていないといった。そこまでの時間はない」

「……」

「おまえなぁ…」


 予想、というか信頼が完全に外れたアイリスは視線を外し、フードをかぶってしまっている。自信満々に断言してしまったことが恥ずかしかったのか。


「………」

「……」

「…」


 各々の沈黙が連続して続き、不意に全員の呼吸のタイミングが合わさった時、おれとハイネの間に火蓋は切って落とされた。


「それじゃあフォムドさんと大して変わらねえだろがよ!!」

「あの男と一緒にするなこの馬鹿者めが! 昨日の時点で捕まえられなかった貴様の責任でもあるだろうが!!」

「あぁテメェそれ言いやがったな!? 現場には現場の問題があるんですー!」

「その問題を解決できてこそのセリフだな。そら、建物の図面は用意してやったぞ。入れそうなところを探して潜り込んで来いッ!」

「無茶言いやがる! この古い図面で分るような穴なんてとっくに塞がれてるか重点的に警備割り当てられてるだろうよ!?」

「行ってみねばわからんだろうが!」

「それもはや図面いらねえだろ! てか入り込めたところで大っぴらに動けねえしやっぱり無理矢理すぎねえかなこの作戦っ」

『あ、あのー』

「もとはといえばフォムドが私たちに押し付けてきたのが原因だ。ここまで来たら解決ついでに引っ掻き回してこい!」

「そっちが本音じゃねえか! 被害者いるのにそんなこと言ってる場合か、仕方ねぇとりあえずは入り込む方法決めるのが優先だ、てか式の開始何時からだよ」

「あと一時間だ、こんなことをしている暇はないっ!」

「なんかテンションおかしいと思ったらお前半分くらい諦めてねえか!?」

「それがどうした! やってられるかこんなことッ!!」

「胸張って言うようなことじゃあねえだろうがよ!」

『あのぉ…、おふたりともー…?』

「「アイリスはちょっと待ってろ、コイツの口ふさぐから!!」」

「ロスト、ハイネ、それは私の声ではありません」

「「あ?!」」


 おれとハイネとは真逆、冷静なアイリスの声に振り向くと、その方向は呼びかけてきた声とは真逆。それにアイリスにしてはやけにおどおどした感じの声だった。

 声の大元はこの部屋唯一の入り口であるドアの方から、アイリスとは机を挟んで真反対の位置だ。


「「…アん?」」


 思わず乱暴な声を上げつつドアに目をやると、人の影も気配はない。ただ、ほんの少し開いたドアの隙間から恐る恐る頭を出してくる一匹の猫の姿があった。


『ひぁ…、えと、ぉ…えへへ、こんばんは、…っす』

「いいところに来たなカルディア。ドアを閉めていけ、私はこの馬鹿者をシメる必要がある」

「ちょっと待ってろカルディア。おれもやられっぱなしじゃ男が廃るからな…っ」

『あ、あわわ…、ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ…っ。落ち着いて話を聞いてほしいんっすよぉ…っ。アイリスさぁあん、助けてほしいっすぅぅ…』


 なにやら用事があるみたいだけどそれは後にしてもらう。まずはこのハイネという女と一旦やりあわなければならんのだ。

 そこでアイリスは静かに、しかしおれたちの目にうつるよう手を上げる。


「ロスト、ハイネ。発言をしてもよろしいですか?」

「「…ああ」」


 静かに、けれどはっきりと耳に届く声はアイリスなりの考えに基づいた力強さを持っていた。一度、深く呼吸を置くと諭すようにゆっくりと話し始める。


「お互い信頼し合う仲間である我々が仲たがいすることは本来誰も望んではいないはずです。確かにこの任務には不明点が多く、心から納得できる内容ではありません。しかし、被害者を救い、被害拡大を食い止め、犯人の真の目的を知るために出来ることは争いなどでは決してありません。違いますか?」

「「…………」」

「“皆を救いたい”と、夢を語ってくれたロストが今の状況に歯がゆい思いをしているのは容易に想像できます。ハイネも圏士、瞳士として多くの人を護る意志を持っているのだと、私は考えています」


 真っ直ぐにおれたちの目を見て話すアイリスの言葉に淀みはない。

 そう心から信じているからこその言葉は、何一つ歪むことなくおれたちに届けられる。


「もちろん私も同様に、卑劣な犯行に及び、キリエを襲った犯人を許すことは出来ません。私たちの想いは同じはず、ならば出来ることを一つずつ試しましょう。時間はありません、人でも足りないでしょう。ですがそれは圏士としてはいつものことでは無いですか。その中で、最善の結果を導けるよう戦うことこそ、たった一つ私たちにできることです。お二人は、ここで喧嘩することこそが、必要なことだと、心から思っているのですか?」

「「……思ってないです」」


 とても、反論しようなど一切なく。

 というか反論する必要の欠片もない信頼による言葉は、おれとハイネの勢いを殺し切るには十分で、母親に叱られた子供のように肩身を狭くするばかり。


「そうです。私の知るお二人が思うはずありません。貴方達は誰よりも命を貴び、その価値を信じることのできる人たちだと、私はそう信じていますから」


 そして最後の最後に微笑むというのはズルくないか。マジで何も、言い訳一つもできやしない。チラリとハイネの方へ目をやるとあっちもあっちですっげえ気まずそうにしてる。

 ハイネでもアイリスの勢いには勝てないものだと驚くところもあり、納得できる部分もある。

 …なんというか、ここにきて口でアイリスに敵わないことを知らしめられるとは思わなかった。勝てないというか、勝っちゃいけない気がする。


「ではカルディアさん、どうぞ」

『………え? あ、ハイっす…』


 ドアを盾にのぞき込んでいた式神ネコが恐る恐るといった様子で部屋に入ってくる。

 昼間と様子が違うのはカルディアが操作しているからか、ネコながらどことなくアイツっぽい動きになっている。


『あ、あはは~…。あらためてこんばんはっす』

「その式神、ここにいたんだな」

「食事を運んできた後、観測室に置いていくつもりだったんだがな。どうやってもくっついてくるから仕方なく連れてきた」


 じゃあ朝の食事はちゃんと届けてくれたみたいだ。式神には感謝だな。


『あ、じゃあここハイネ先輩の家なんすね。個人の研究室を持ってるんじゃないかってちょっとした噂があったんで興味あったんすよ——』

「それで、何の用だカルディア。別れの挨拶なら必要ないぞ。静かに帰れ」

『うぐ…。容赦ないっすハイネ先輩…。アタシでも手伝えるかもしれないから怖いの我慢して声かけたんすよぉ』

「…チ、聞いていたか。私以外が入った時の警報装置も自分が連れ込めば意味がないか」

「ですが、聞かれてしまった以上は仕方ないかと。相手もカルディアさんですし、悪用はしないと思います」

「らしいけど、その前にどっから聞いてたんだ?」


 そんなに期待してないけど、任務の内容がどこまで聞かれてたか。それ次第で今後の対応も変わらないわけじゃない。


『あー…ハハ、ロストさんたちが入って来た時からは聞いてったっす。アタシの式神、どこにいるか分からなかったんで繋いでみたら良く分からないところにいて、そうしたらロストさんの話声が』

「まあ、仕方ねえか。ていうかカルディア、朝のはどういうことなんだよ。良く分からんうちにお前の恋人扱いだったぞ」

「え」

「なに?」


 何やら素っ頓狂な声を上げるアイリスとハイネ。ハイネは分からないでもないけど、アイリスはどうしてだ?


「え、話してなかったっけか? カルディアの兄さんと飯食った話ししたよな」

「は、はい、していただきました。ですが、食事に誘われたとはお聞きしましたが、恋人扱い…という話までは」

「あれ、そうだったっけか」


 言われてみれば、別に話すほどのことでもないかと思って口にはしなかったかもしれない。そのうちにカルディアの家の話になってたからアイリスにも言ってなかったか。


「別に大したことじゃねえ、というか言い出したのカルディアの方だし、おれは巻き込まれた被害者なんだけど」

『ぐ…っ、いやまあそのとおりっす…、仕方なかったとはいえ申し訳なかったっす…』

「くくく…、貴様らが付き合ってるとは…中々悪くないんじゃないか?」

「だからそれは一時的な冗談、みたいなもんでさ。ファルムさんも別に恋人同士じゃないって気付いてたみたいだし、問題ないって」

「そう…でしたか。ハイネ、話をややこしくしないでください。しかしカルディアさん、な、なぜロストを恋人などと…?」

『え、それはそのぉ、偶然近くにいたからというか——』


 いつの間にか式神ネコの眼前に顔をくっつけて質問、というか問い詰め始めたアイリスにおののき一歩引く式神ネコ。

 視界を共有しているカルディアも引き気味である。


「アイリス、気になっているところ悪いが、その話はあとにしろ。事実私たちには時間がない。…結局、ロストにも会場に入り込んでもらわねばならんことに変わりはない」

「……は、はいすみません。カルディアさんも驚かせてしまい申し訳ありませんでした」

『い、いえいえ、なんでもないっすから』

「はぁ、やっぱそうなるか。じゃあ仕方ねえし、図面見るか…」


 ようやく話もまとまったのでみんなして図面に目を落すと忍び込めそうなところや、隠れられそうなところを探し始める。


「他に手もないのでな。私が手を回せれば、まだ楽に進められたかもしれんが…」

「よせよ、しおらしくしてるなんてお前らしくない。いいからやるぞ、おれが十人よりもハイネ一人の方が効率良いんだから。いつも通りやってくれ」

「…ふん、ならば言わせてもらうが。その図面は上下逆だアホウめ」

「マジ…? くそぅ、間取りのラインしか描かれてねえから良く分からん…」

「ここが入り口だ。そこを基準にして見ればいい」

『あ、あの』

「でしたらこちらの窓などどうでしょうか。裏手なので見つかりにくいのでは?」

「そこは討滅局の本棟から視界が通っている。悪くはないが二番手だな、他になければそこで行くしかない」

『えーっと』

「んならここの天窓は? 上手いこと飛び込めば屋根裏いけるっぽいぞ」

「悪くない、その屋根裏から降りた先は……。チッ、ダメだな、会場が吹き抜けになっているせいで降りている間に見つかりやすい」

「こっちも決め手に欠ける感じだな……。そういや警備ってどういうルートで見回ってるのかは分からないのか?」

「分からん、あのクソのような犯人のせいでシフトが変わっているようだ。そこまでは調べ上げられなかった」

「そうなると、どこから入ったとしても一か八かだな。最終、安全に建物の中にさえ入れる場所が分かれば犯人が顔を出すまで息をひそめるっていう手も使えなくはないけど…」


 それは被害が先に出るという可能性もはらんでいる。

 被害が出てからでは遅いし、死人が出ること自体許されるわけがない。なんとしてもおれが気づかれる前に仮面野郎を見つけ出して、動き出す前にとっ捕まえる必要がある。


『あ、あのぉ!』

「なんだカルディア、やかましいぞ。それとこの件は他言無用だ。誰かに漏らした場合は…」『…場合は?』

「首を切る」

『ひぃ!?』

「冗談だ。それでどうした、わざわざ残っているということは用があるのだろう」

『……冗談に聞こえないっす』

「何か言ったか?」

『いえなにも!』


 コイツの冗談は冗談に聞こえない。って感じてるのはどうやらおれだけじゃなかったらしい。あれだな、目つきが悪い。


『その、っすね? ロストさんなら、正面から入れるかもしれない…っす。というか入れるっす』

「なに? なぜそれをはやく言わん」

『だってアタシの声届いてなかったじゃないっすかぁ~!』

「そんな怒らなくてもいいだろ。手があるなら使うべきだ。んでカルディア、どうすればいいんだ」


 理由はどうあれ、正面から堂々入り込めるっていうならこれ以上なく都合がいい。

 色々手を回してくれたハイネからすればちょっと複雑かもしれんが、ここはこういうこともあるさと我慢してもらおう。


「それでカルディアさん、ロストはどうすれば? 変装、などでしょうか」

『えぇーと、っすねぇ…』

「歯切れ悪いな。そんな厄介なことなのか? つっても時間もないし、やれることならやるつもりだ。だから言ってくれねえか」

『じゃあ、言うっすよ? というかロストさんのせいでもあるんすからねコレ!』

「?」


 何やら怒っているような声を上げるカルディアだが、つられて式神ネコも前足を上げて威嚇っぽいポーズ。


『アタシが、ビン家の代表として入隊式に出ることになってるっすから。……アタシの恋人兼護衛として、入ればいいっす…。兄さんに言えばすぐ話も通ると思いますし…』


 もじもじと話すカルディアは本人も頭を抱えているのか。式神ネコも机の上で身をよじらせていた。


「ほう、だがロストは先ほど恋人関係は誤解であると言っていたが」

「…、そのとおりですカルディアさん。お兄様自身が嘘であったことを気付いていると」

『あの人がそんなの気付くわけないっすよぉ! っていうかロストさんのせいでより信じちゃってるっすぅー! どうしてくれるんっすかぁ!』

「うぇ!? おれそんな変なこと言った覚えないぞ」

『あ、アタシが死ぬまで護るとか、付き合い続けるとか言ったらしいじゃないっすか! ロストさん的には全員そうかもしれないっすけど、兄さんからしたら護る対象はアタシだけにしか聞こえないんすー!』


 おれは完全に分かったうえでの発言だと思っていたが、あの人はおれの思う以上に真っ直ぐすぎる人だったらしい。いやおれの言い方も悪かったかもしれねえけどさ。


「あー…、じゃあファルムさん…」

『普通にアタシとロストさんは仲睦まじい恋人だと思ってるっす。思ってるんす……!』

「そりゃあ、なんというか…わるい…」

『いえ…いいんす……巻き込んだアタシが、というか寝坊したのが悪いんす……』


 式神ネコは最終的に脱力した状態で手足を放り投げていた。カルディア的にも精神的限界が近づいてきているのか。


「だが、これで方法は決まったな」

「で、ですがロストはこの方法でよろしいのでしょうか。男女の関係を盾に嘘をつくというのはあまり褒められた行為ではありませんし、お二人自身の気持ちのこともありますし」

「んー、まあ、これが一番確実だしなぁ」

「それにだ、別にこのままくっついてしまっても構わんだろう。嘘から出た実という言葉もある。とりあえず関係さえ持ってしまえばあとはどうにでもなろう」

「そのような刹那的な関係はよくありませんっ。いいですか教戒の教えでは男女というものは——」

「ならばアイリス、他に確実な手はあるか? 誰にも怪しまれず、偽装工作もせずに会場に入ることのできる方法をだ」

「…そ、それは……」


 何とか説明をしようとするアイリスを制止するハイネの言葉は、時間と手段の両方を欠如しているおれ達にとってはどうしようもないほどの正論だ。

 いかんせん、あと一時間無いと来てると手段の良し悪しなんて気にしていられない。


「別に犯罪行為ってわけじゃないしさ。ファルムさんにも犯人捕まえた後、ちゃんとカルディアと一緒に本当のこと言って謝る」

『え』

「なにが“え”、だ。当たり前だろ、恋人同士ってのはともかく、嘘つくのはよくない。それに後々尾を引いたら取り返しつかなくなるぞ」

『そりゃあそうっすけどぉ…』


 カルディアは後々のことでまた落ち込んでいるが、そうも言ってられない。まずは仮面野郎をなんとかしないとな。


「なら決まりだ。じゃあすぐカルディアのとこ行けばいいか?」

『えぇっと、そうっすね。この子に案内させるんでついてきてほしいっす』

「了解、んじゃ行ってくる。アイリスは建物の外で待機してくれるってことでいいんだよな」

「そのつもりです。何かあればすぐお呼びください。すぐに参ります」

「ああ、アイリスがいてくれれば頼もしいからな」

「は、はい」

「さっさと行ってこい。くれぐれも犯人を取り逃すなよ」

「分かってる。ちゃんとやるって」

「ならいい」

『じゃあ案内するっすー』


 式神ネコは身軽に机から跳びついてきたかと思うとおれの肩に着地、そのまま上着の中に入り込んできた。


『これなら振り落とされもしないっす』


 そのままハイネの家を出ると、前足を器用に伸ばして進む方向を教えてくれる。式神なんだから先導してくれた方が楽なんだけど、瞳士的には操作しなくていいからこっちの方が楽なのか。


「にしてもだ」


 まさかこんなところで朝の出来事が絡んでくるとは思わなかったが、おれとしては助かったというほかない。


「ファルムさんに勘違いさせたままのは申し訳ないけどな」

『ホント、あの後大変だったんすよ。兄さんったら滅茶苦茶嬉しそうにロストさんの話するんすから。冗談だったなんて言ったら気絶するかもしれないっす…』

「ハハ、確かにあの人ならそれくらいしても不思議じゃないけどな」

『…………』

「……まさかマジで言ってる?」

『冗談だったら、良かったんすけどね…』

「…謝る時は、ちゃんと二人で謝ろうな」

『…はいっす』


 案内に従って到着した先はカルディアの家、というか普通のアパート。特別高級な物件でもないし、どこにでもあるような普通の場所だった。


「お、お待たせしたっす…」

「おう、てか隠れてねえで出て来いよ。諦めろ」

「はい…っす」


 到着した先では朝着ていたドレスとは別の衣装を身にまとったカルディアが柱の陰に隠れていて、覗かせている顔は赤く、たまらなく恥ずかしそうにしていた。


「はやく済ませちゃいましょ、この服きてると恥ずかしくてたまらないんすよ…」

「別に似合ってるだろ、ってかいつも来てる服の方が露出多いくらいじゃねえか」


 黒を基調とした落ち着いたワンピースは入隊式という場所で目立ちすぎないようにするための色か。単に一番おとなしい服がアレだったのかもしれない。


「そういう問題じゃないんすよぉ。でも、はぁ…仕方ないっすね。兄さんは先に会場で待ってるって言ってたっす。…ロストさんも一緒だって言ったらものすごく喜んでたっすよ」

「そんな気にいられるようなこと言った覚えないんだけどな」

「みー」

「お前もそう思うよなー?」

「式神と話して現実逃避しないでくださいっす」

「…すんません」

「連絡用にその子も連れてってもらって大丈夫なんで、何かあればすぐアイリスさんに繋げるっすよ」

「助かる」

「……」

「……」


 目的地の討滅局に向かうまで、少し沈黙が挟まってしまう。

 辺りでは仕事終わりの人たちや学生くらいの少年たちが繁華街に向かったりしていて、日が落ちたとはいってもそれなりに賑やかだ。その中を無言で歩く圏士とお嬢様の組み合わせはどう見えているのか。良く分からないけど、おれが悪人扱いになりやすいのは間違いない。

 ちょうど時間も話題も空いてたし、そこでふと気になっていたことが口をついた。


「カルディア、お前なんで瞳士になったんだ。実家、金持ちなんだろ?」

「あー…それ聞いちゃうっすか?」

「嫌ならいいけどさ。おれもどうしても聞きたいってほどじゃない。家出る理由なんて人それぞれだしな」


 実際、そこまで気になっているわけでもない。聞くことでカルディアが傷つくなら聞かない方がいい内容だ。


「でも、ロストさんならいいっすよ。色々ご迷惑かけちゃってますし、えへへ」

「そっか」


 恥ずかしそう、というよりかは気恥ずかしそうに笑うカルディアは今の衣装にも少し開き直ってきているのか、おれの知るいつもの彼女に戻ってきていた。


「うちが傭兵みたいなことしてるっていうのは知ってるんすよね」

「ああ、ビン教導隊ってやつだろ。アイリスに教えてもらった」

「そうなんす、けどうちのは傭兵というよりも軍隊っていう方が近くって。お堅いというか、規律第一、みたいな。なんか初代が圏士だったらしくって、兄さんだって訓練となるとめっちゃ厳しいんすよ」

「まあ確かにすげえハキハキしてる人だよな。それにガタイもいいし、どんな時でも体幹が一切ぶれねえから、単なるステゴロだと普通に負けるだろうな」

「へぇ、やっぱそういうのってわかるんすねぇ。じゃなくって、アタシも小っちゃいころからそういう訓練場とかによく連れられてたんすけど……どうにも合わなくって、行きたくないとかいうと呆れられてたっす」

「別に、行きたくないって言うくらいおかしなことじゃないだろ。おまえ女の子だし」

「あはは、ただ我が家の場合だとおかしなことなんすよ。というかアタシ以外に女がいないんすよね。しっかりしてる年上か、アホガキの同世代の男ばっかで」

「まあガキだったら全員アホだわな、男なんて。でも母親だっているだろ、味方してくれたりしなかったのか」

「面白いこと言うっすねロストさん」

「んだよその反応」


 やれやれと両手を上げて肩をすくめる。

 表情も呆れてます、とアピールしまくってきている。


「じゃあ仲悪かったのか? …まさかもう亡くなってるとかか?」

「残念ながら…」

「そりゃ、悪いこと——」

「そういうわけじゃなかったんすよぉ」

「おまえなぁ、本当に亡くなっちまってると思ったぞ。気ぃ悪くさせたんじゃねえかって」

「えへへへ、まあまあ、そういわないでくださいよ」


 イタズラに成功したのが嬉しいのか頭に手を当てて笑う。髪もカルディアが自分でやったのか、珍しくちゃんと手入れされていて寝ぐせも立っていなかった。


「ほら、あんまり触ると崩れるぞ。せっかく整えたんだろ」

「ああどうもっす。で、お母さんのことなんすけどね。ちょっと考えてみてくださいよ、うちの男家系に嫁いでくるような人っすよ? めちゃくちゃ母性の塊か」

「はたまた男相手でも一歩も引かないような人、か?」

「だいせいかーい、…っていうことっす。なんで自分たちからアタシみたいなのが生まれたのかも良く分かってないんじゃないっすかね」

「そこまで言わなくてもいいんじゃないか」

「そうっすねぇ、ロストさん」

「なんだ」

「悪いことなんかじゃないってアタシは思ってる、っていう上で、あんまり気を悪くしないで聞いてほしいんすけど。ロストさんって血のつながってない人に育てられたんっすよね」

「ああ」


 物心ついた時、というか拾われる以前の記憶が無くなってからの生活はいつも彼女とともにあった。別におれの本当の両親がいるっていうならそれでもいいが、彼女に対しては感謝してもし足りないっていう気持ちは間違いない。


「そういうの、幸せ者っていうんすよ。…アタシも、お金持ちなんじゃなくっていいから、ちゃんと話を聞いてくれる人が親だったら嬉しかったな。なんて思ってたっす」

「ファルムさんがそうじゃないのか、灯日に来るのも後押ししてくれたんだろ?」

「あ、その辺り聞いちゃったんっすか? もう、兄さんおしゃべりなんすから。まあ、かいつまんで話すと、子供の頃から体育会系の家があんまり好きじゃなかったっす。アタシの話す言葉を独自解釈した上で、理解できないって言ってくる親も」


 その声からは、これがカルディアの本音らしい本音だということを物語っていた。


「そうか」


 だから、おれのできる返事は相槌くらいのものだ。

 自分の家庭問題を話してくれるなんていうのは、問題に巻き込んだっていう負い目があったとしても、それなりに信用してくれていることなんじゃないか。

 なら、話は最後まで聞いてやらないと。


「でもどうしよっかなーって。アタシにできる特別なことなんてあるのかなーって。お金持ちで、歴史があって、いまも記録更新中の立派すぎる家を飛び出すくらいの理由なんて、あるのかなーって」

「それで、見つけたのか」

「…へへ、まあそうっす。堅苦しい言葉遣いも所作も、ぜーんぶほっぽって自分らしく生きていく方法。…あ、でも今から言うことは他言無用っすよ。もし本人にバレたりなんかしたらロストさんを毒殺するっす」

「おいおい、いきなり危ないこと言うやつだな。分かったよ、ちゃんと聞くし、約束も守る。で、何があったんだ?」

「ある日、うちに一人の圏士の人が来てたんす。アタシは別に興味も無かったんすけど、偶然家族とその人が話してる、というか揉めてるのが聞こえてきて。…なんて言ってたと思います?」

「ん? そうだな、圏士が教導隊と揉めてたっていうなら……、お前らのやり方効率悪いとか?」

「おお、そこそこ当たってるっすね。やっぱ普段から話してると考えも似てくるものなんすかね」

「? まあ、それでどうなったんだ」

「その圏士の人、ビックリするくらい喧嘩買ってるんすよ。多分うちのアホが先に喧嘩売ったんすけど。親でも殺されたのかって言うくらいメチャクチャで、あんまりいうもんだからうちの人たちが手上げちゃうくらいで…」

「うわ、それ大丈夫だったのか。瞳士っていっても傭兵相手なら歯が立たないだろ」

 

 するとカルディアは指を一本立てて、チッチッチとわざわざ口で言いながら否定する。となると、結果はおれの予想と反対だったらしい。


「それがっすよ、圏士だって聞いてたその人はちぎっては投げちぎっては投げの大暴れ。今まで嫌がらせとかしてきてたアホガキたちも纏めてやっちゃうもんだからもう気持ちハレバレで見惚れちゃいますよ」


 思い出すだけで胸がすくのか、話し進めれば進めるだけ上機嫌になっていくカルディアは見ているこっちも嬉しくなってくる。


「で、それ見てたから討滅局に入りたくなったのか」

「それもないわけじゃないっすよ。第一、その人がやってたことは圏士の仕事にかすりもしてないですし。『穢れ』じゃなくって人間ボコボコにしてるっすからね」

「だな」

「でもそういう人がいるっていうのが知れたんす。例え女の人でも、圏士っていう嫌われ物の仕事でも、アタシみたいなダメダメの心を救い上げてくれたんす。その後からは自分なりに色々調べて、勇気出して、家族に灯日へ行きたいって」

「で、ダメって言われた」

「我が家唯一の女の子なんだから良いとこに嫁げ、お前には一人暮らしなんて無理だって。時代遅れっすよねえ? やってみなきゃわからないっすよそんなの。もしも最初っから討滅局に入りたいなんて言ってたら気がおかしくなったと思われてたかもっす」

「そこについては同感だな。でもファルムさんが助け舟出したって聞いたぞ」

「んー…、そうっすね。確かに兄さんが助けてくれたっす。それもちょっとズレてましたけど、まあ結果オーライなんで。定期的に手紙を出すみたいな約束はいくつかさせられましたけど、なんとかこっちに来れて、独学の甲斐あって瞳士になれたっす」

「その手紙で恋人がいるって書いちまったわけだ」

「うぐっ」

「しかもファルムさんが会いに来るってなって、それらしい相手も用意できないで、偶然いたおれを人柱にしたわけだ」

「うぐぐぅ…っ」

「ったく、なんでそんなこと書いたんだよ」

「……手紙だといつも、いっつも心配ばっかりの内容だったから、たまには喜ばせてあげたかったというか…」

「今度からは別の内容にしてやれよ。…おれもたまに送られてくる手紙は似たようなもんだけどな。心配っていうか返事を書けってのが多いけど」

「アタシのことは置いちゃうっすけど、返事書かないのはダメだと思うっすよ」

「つい忘れちまうんだよ。なに書けばいいかも分かんねえしな」

「ホントっすよねぇ。特段珍しいことが起きてるわけでもないし」

「はは…、お互い様だからこれくらいにしとくか。それで話し戻すとだ、その圏士とも会えたのか? 任務の援護とかで一緒になったりとか」

「ふっふっふ」

「なんだその笑い方」


 今度はにやりと笑い、何やらおれの方を見てくる。

 一瞬おれのことだったりするのか? なんて思ったけど、そんな大暴れした記憶はない。第一、ビン教導隊自体知らなかった。


「会えたっすよー。まさかの観測室で、でしたけど」

「観測室で? 圏士だったんだろ、その人」

「もう、察し悪いっすねぇ。話の流れ的に一人しかいないっすよ」

「そういわれてもな…」


 話の流れって言われても、何年も前から圏士やってて、喧嘩っ早くて、いつもは観測室にいるヤツ。


「あ、いた」


 確かに一人いた。というか一人しかいねえ。


「遅いっすよ、もぉ」

「なるほどハイネかぁ、そりゃあ確かにやるわな。アイツなら。相手が売ってきた喧嘩は買うし、勝つ」


 じゃあ最初に本人にバレたら、って言ってたけど、本当に気を抜いたらバレる相手だったわけだ。


「どおりで、やけに懐いてると思ってた。その時のことハイネは覚えてるのか?」

「ボコボコにしてたこと自体は覚えてるかもしれないっすけど、アタシは廊下の窓から見てたんでそのことは知らないと思うっす」

「そっか」


 この思い出はカルディアにとってはきっと何より大切なものだ。

 人生の選択肢を前にくすぶってたお嬢様が、ハイネの大暴れを見たせいでマイペース瞳士になるなんて、家族のだれも思いはしなかっただろう。

 そういえばファルムさんの前じゃ、言葉遣いもやけにたどたどしかったしな。性根的にも今の方があってるってことか。

 でも、おれの知るカルディアはこのカルディアだ。その彼女が彼女らしく生きられないというのなら、それはこっちもいい気分にはなれない。おれにできることがあるとするなら、約束一つを護るくらいのことか。


「なら、おれもちゃんと黙ってるよ。お前に毒殺されたくないしな」

「そうするといいっす、えへへ」

「っと、おい、服汚れるぞ」


 上機嫌に、急にくっついてきたカルディアをこかさないように気を付けながら歩くスピードを落とす。変な笑い方をしている様子はカルディアらしいが、おれの隊服は基本汚れているから、移してしまわないか少し心配になる。

 

「黒いから目立たないっすよぉ」

「んなわけあるか、ほらよく見せろ。おまえだって一応お客様だろ。せっかく綺麗な服着てんだから気ぃ使えって」

「んもう、カワイイ女の子にくっつかれてるんだからもうちょっと嬉しそうにしてほしいっすよねぇ」

「嬉しさを感じるのが麻痺するくらいには慣れっこなんだよ。……いや待て、元々感じてたか…?」

「ちょっと!?」

「アハハ、まあそんな話はどうでもいいだろ。そろそろ着くんだから、しゃべり方とか直しとけよ。今のままなら一瞬でバレるぞ」

「ぐ、そうでした。はぁ、あれすっごい疲れるんっすよねー。言葉選びの時点で脳がフリーズっすもん」

「傍から見たらおとなしいお嬢様だろうよ。アイリスもかた無しだ」

「ム」

「んだよ」

「こーいう時に他の娘の名前出すのはどうかと思っただけっすー」

「ん? ああ、そうか。おれたち恋人同士だったな。ちょっと素で話しただけで忘れちまってダメだな」

「んもう…っ」

「そう怒んなよ。ファルムさんの前では気を付ける」

「………そういうことじゃないんすけど…」

「なんか言ったか」

「言ってないっすぅー」


 そういうと、討滅局に近づいてきたのもあってくっついてきてた身体を離す。心なしか表情も硬くなっているが、また恋人の演技するってことで緊張しているんだろう。


「おれの方も気を付けないとな」

「え?」

「ほら」

「…ああ」


 暗がりの中、遠くからこっちに手を振る大柄な男の姿が見える。

 その人物が誰なのかなんて考えるまでも無く、おれたちはファルムさんの案内で会場へと共に進むこととなった。


  □ □ □


 同刻、ハイネの研究所


「ハイネ、異変はありましたか?」

「まだ式自体始まっていない。アイリス、お前が出るのは少し待て。式が始まる頃合いに外から不審者を探してもらわないとならん」

「はい」

「ハイネ、何か問題は起こっていませんか?」

「…式以前にロストもカルディアも会場に到着していない。あと20分もすれば出られるから落ち着け」

「はい」

「……」

「ハイネ、ロストたちの様子に何かしらの変化は見られませんか?」

「……アイリス」

「はい」

「あの二人のことが気になるのは構わんが、ここで私に聞いたところで何も変わらん。作戦が終わった後に自分で聞け」

「…?」

「……なぜ今の回答でそこまで疑問符を浮かべられるんだお前は」

「いえ…、戦闘が発生する可能性が高い場所へ向かわれた二人のことを心配するのは当然だと思っていたので」

「一応聞くが、あくまで奴らが無事かどうかを気にしているということでいいんだな?」

「ええもちろんです。ロストは顔を知られています。道中で襲われる可能性は否定できません」

「そうか、…それならいいが」

「はい、そのため何か起こればすぐお伝えください。被害が出てからでは遅いので」

「そうだな、ああ。その通りだ。なら一応言っておくが」

「はい」

「カルディアがロストに抱き着いている」

「…………そろそろ時間ですね、出ます」

「待て、あと15分以上ある」

「いえですが」

「ですがではない」

「………」

「………」


 ロストたちが出て行ってから数分、ハイネはアイリスの様子がおかしいことに気が付いた。彼女の知るアイリスは常に落ち着いており、よほどのことでも起きない限り現状を把握することを優先するタイプだと思っていたからだ。

 だが今日の様子はどうだ。なにやらそわそわしているというか、やけに二人の状況を気にしている。

 その理由も傍から見れば簡単に想像はつくのだが、アイリス自身が一切そういった可能性に目を向けていない。というか自覚していないらしい。


(アイリスに恋愛感情があるのは別におかしくはないが、少し予想外ではある)


 別にロストとアイリスがくっつこうが、このままの勢いに流されてカルディアとくっつこうが、まったく別の女性と出来ていたとしても彼女の知ったことではない。

 アイリスからすれば、討滅局に配属されてからというもの、任務においてはほぼ常に行動を共にしているのだから好意を持つのはそれほどおかしいことではない。

 ロストという人物は夢見がちな馬鹿ではあるが、不快感の塊というわけでもない。そういう男に惹かれる女もまたいるのだろうというのが考えだった。

 

(しかし、ここまでの自覚のなさはどうだ。絶滅寸前だぞ)


 おかしくはないが珍しくはある。

 そして、巻き込まれている彼女としては集中を途切れさせられるので少し困る。ロストであれば力づくでねじ伏せれば済む話ではあったのだが、相手はアイリス。

 先刻、ロストとの諍いを鎮められたことで、彼女にとってはある種の天敵だということが分かった。


「ハイネ? 眉をしかめてどうかしたのですか?」

「…いや、気にするな。何も問題は起こっていない」

「そうですか。ではお二人の方は——」

「……勘弁してくれ」


 一度気になったことはとことん追求する。

 それは研究者としては素晴らしい心がけかもしれないが、答えが分かり切っているのに本人だけが真っ直ぐ別の方向を見ているのだからたちが悪い。

 これを微笑ましいという者もいるかもしれないが、問い続けられる彼女からすれば困ったものだろう。

 結局それはアイリスが出発する時間まで続けられ、見送った後の彼女の様子は寝不足の時よりも疲れた様子であった。


「はあ…、まったく。……次ロストに会った時は殴ろう」


 疲れのあまりなにやら物騒なことを口にはしていたが、これも彼女なりの親交の深め方なのかもしれない。最も、彼女自身に自覚はないようだが。


「そういえば忘れていた。アイリスに持たせたほうが…いや、あとで式神にとどけさせるか。まったく、この面倒な任務も今日で終いにさせてやる」


 モチベーションを無理矢理上げつつ、懐から取り出した手紙を仕舞い直す。


(ロストも無くしたこと自体分かっていないようだったしな。急ぎというわけでもあるまい)


 以前、ロストとアイリスが観測室から出て行ったとき、忘れられているのを見つけたがこのような書類があっただろうかと中を覗いてしまっていた。

 大切なものではあるはずなのだから、書類の山の中に置いておくわけにもいかず、とりあえず持ち運んでいたが、ずっと持っていても仕方ない。

 忘れないうちに届けさせておかねば本当に忘れかねない。


「…誰だ?」


 そう思っていた矢先、玄関の扉が叩かれた。

 この家に他人が訪ねてきたことはない。『原型』を手に取ると警戒を高めながら階下へと向かう。


「……」


 扉の先から殺意はない。

 先に此方へと手を伸ばしてきたかと思いながらも、ゆっくりと力を入れて玄関を開いていき——。


  □ □ □


「なんだ、ロスト君もここには入ったことが無かったのか」

「はい、おれが入隊したときは他の皆よりも後で入ったもんで、こういう式みたいなのには参加してなくって」

「自分もこの場所は年に数度しか使われていないと聞いたよ。内装も造りも歴史あるものだし、もっと活用できればと思うんだがね」

「そうだファルムさん。せっかく呼んでいただいて申し訳ないんですけど、警備にはいらないといけないんでそろそろ…」


 ファルムさんの伝手で会場に入れてもらっているが、その名目は警備人員の追加だ。ちょっと無理かもと思ったが、仮面野郎のせいで減らされた警備の補充は満足にはいかなかったらしく、何とか滑り込むことができた。


「そうだったね。できれば一緒に君の後輩たちを見たかったがしようがない。ロスト君にはロスト君の役割があるということだ。ほらディア、ちゃんと送り出してあげないと」

「え、えと。気を付けて、ください、ね?」

「…ふっ、ああ、ちゃんと守り切るよ。ここの皆、全員な」


 借りてきた猫のようにおとなしくなったカルディアが、慎重に言葉を選ぶ姿はなんだか笑ってしまう。が、ファルムさんの前だから突っ込むのはやめておく。


「じゃあ行きます。ありがとうございました」


 これ以上はお互いにボロが出そうだから、一旦離れよう。ここに来た理由はファルムさんと話すためじゃなくて仮面野郎をとっ捕まえて、事件を解決することだ。

 追々誤解も解かなきゃいけないのもあるが、あんまり仲良くなりすぎてもファルムさんに悪い。


「ああ、警備は重要な任務だ。引き留めるなんてもってのほかさ。では頑張ってくれ」

「はい」


 二人と別れると、一階と二階を適当に回ってみるが、建物の中はハイネの用意した図面と全く同じ間取りに見えた。

 ファルムさんのいうようにどこもかしこも古くはあるが手入れが行き届いているようで、ボロさよりも綺麗さが先にやってくる。最近になってから付け加えられたようなところも見つけられないし、目に見える範囲でどこかに隠れるっていうのは無理そうか。


「どこもおかしくはないか…」

「あれ、ロストじゃねえの。何やってんだこんなとこで」 


 一応、窓に仕掛けが施されてないかと手に掛けた時、声を掛けられた。


「んだよサガかよ。脅かすな」

「オメエが勝手に驚いたんだろ。その辺りならもう調べたぜ」

「っていうか肩に腕乗せてくんな。重たいしサボってると思われる」

「おいおい、オレのことを何だと思ってんだ? これでも圏士の中でもいい成績なんだぜ?」

「言ってろ。結果じゃなくて過程が悲惨だろう、アンタ」


 ひょっこり現われたのは『サガ・カロシ』、褪せた金色に近い目を引く明るい茶髪、飄々とした態度は見た目の軽薄さをさらに際立たせている。

 身にまとう隊服は圏士の証であり、腰には二つの『原型』が吊るされていた。階級は一級であり、おれからすれば先輩にあたる。

 普段はどこにいるのか良く分からない。呼ばれた任務には参加してるらしいが、一緒に行った連中からは不評しか聞こえてこないのが現状。

 曰く、敵前逃亡、味方を囮にする、むしろ『穢れ』ごと攻撃する。なんてのがよく流れてくる。

 当然皆の嫌われ物だが、討滅数としては圏士内でもトップクラスであり、切るに切れない人材という、なんとも困った男だった。

 そしてどうにも、おれはこの男からそれなりに気に入られているらしく、会うたびに絡まれている。そのせいで何度か変な任務に連れていかれたりしているから、関わるにしてもほどほどにしたい。


「てかオマエ警備に入ってたっけ?」

「飛び入りでさ。あそこの…ファルムさんとちょっと仲良くなって」

「え、マジ? あの野郎ってビン教導隊の長男だろ。何をどうしたら仲良く…と思ったけどアレか、カルディアと仲いいんだったなオマエ」

「てことは、アンタってカルディアの家のこと知ってるのか」

「まあな、情報通ってやつだ。あとせめて先輩付けねえもんかね?」

「あー、そういえば前もそんなこと言ってたな。自分は情報通だからって。何がどうすごいのか良く分からねえけど」

「そうそうなんでもペラペラ喋ってたら信用に関わるんだよ。必要な時に必要なことだけ喋ってるのさ」

「そういう割には今の話必要だったか?」

「……フっ、まあそんなこたぁいいじゃねえの。え、何オマエいつの間にカルディアとデキてたの? そんならアイリスちゃんは愛人か? そんな軟派だなんて思わなかったぜ、オレはロスト君には期待してたんだけど裏切られてた気分だ」

「アホ言うな。色々あるんだよこっちにも。ていうか期待してたとか一度も思ったことねえだろ」

「いやいや、オレが嘘なんてつくように見えるか?」

「この前つかれてるから信用してねえの」

「ハッハッハ、どれのことだか覚えてねえや。そういや件のアイリスちゃんはいないわけ? あの子が来てからはいっつも一緒だろ」

「今日は別だよ。なんだよ、会いたかったのか」

「それも悪かねえが、どうにもオレは嫌われてるらしい。てかそれ以前か」


 苦い顔を浮かべてるけど、この男がするにしては珍しい顔だ。

 アイリスから嫌われてると言われると、まあコイツの普段の調子を思えば好かれるタイプでもないか。サガが一から十まで規則を守った行動してるとか一日たりともないだろう。


「それで、サガもここの警備だったわけだ」

「そ、急に連絡来たせいで休みがパァだ。他にも面倒な仕事押し付けられたしな。ま、今年は可愛い子が入ってくるから、そこを楽しみにするっきゃないけどな」

「アンタそればっかか。アイリスと初めて会った時もなんか口説こうとしてなかったか?」

「真正面から断られた、っていうよりも興味持たれて無かったけどな。詳細な理由説明込みでオレに恋愛感情がないことを一から説明された」

「ああそれで。待ち合わせ場所に行ったらアイリスの前でサガが膝ついてるもんだから、何があったのかって驚いたぞアレ」


 サガが色んな女性隊員を口説こうとしては袖に振られる姿は局内でもよく見る光景だ。悲し気に笑うサガには別に同情もしない。明日には別の人に声を掛けてるだろうさ。


「そういや、おかしなこととか起こってないよな」

「別に? 起こってたらオメエとここで話してない」

「そりゃあそうか。じゃあなんか役立ちそうな情報でもあったら教えてくれ」

「とはいえ、なんか皆まともな衣装なのにおれたちだけ隊服なんで変な感じだよ」


 ここにはファルムさん以外にも高そうな服を身に纏った人たちが複数人集まっている。華やかというのはああいうのを言うんだろう。

 おれたちみたいに機能性重視の真っ黒な隊服を着ているようなのとは別の世界みたいだ。


「そりゃあ単純に言えば、あちらに集まってるのはお金持ちの方々だからな。オレらみたいな汗水たらして命かけてるのとは一線を画す人生を送っているわけなのだよロストくん」

「へぇ…そんな人たちが入隊式に来るのか。もっと淡々とやるもんかと思ってた」

「そっか、オメエは出てないんだったな。式自体は普通に進むぜ。ただここ何年かは局長の尽力で色んなとこから資金を調達してるらしい。所謂スポンサーってやつだ」

「最近いないのもそれ関係だったりするのか?」

「さてね、そこまでは知らねえ」

「情報通とか言ってなかったか?」

「なんにでも限界はあるってこった。さて、あんま喋ってるとさぼってると思われる。ここはオレに任せて他のとこ回って来いよ。お客様に失礼なことするなよ、それなりにデカい問題になりかねないし、局長の苦労が水の泡だ」

「…気を付ける。助かったよ」

「分かればヨシ、行ってこい。あと先輩とか付けるつもりない?」

「そういうの気にするタイプでもないだろアンタ」

「ハっ、それもそうだ。ああそれとロスト」

「なんだよ」

「もしも暴れるってんなら先に言え、ちょっとの間だけだったらここの連中でなんとかしてやるよ」

「……んだよ、知ってたのか」

「何のことかね、詳しいことは知ったことじゃないし興味もねえ。けどオレは今の生活ってのを結構気に入ってんだ。だから、崩れるくらいなら面倒でも手伝ってやる」

「回りくどい言い方しやがって。手伝ってくれるならそれでいいだろ。じゃあもしもの時は連絡するから、サボんなよ」

「さてね」


 背を向けて歩き去るサガは曖昧な返事をしてきたけど、まあいいか。

 既にこの会場内に仮面野郎が隠れてても何ら不思議じゃない。客の中に紛れ込んでるかもしれないし、注意深く探さないとな。


「絶対に逃がさねえ」


 ここに金持ちが集まってるとなると目的もなんとなく見えてくる。

 これ以上好き勝手させてやるものか。外ではアイリスが周囲を見てくれているし、逃がすつもりはない。

 このバカげた事件も、何が何でも今夜で終わらせてやる。

『本編について』

・サガ=カロシ

 能力はあるものの問題児、戦績が被害を絶妙に超えるくらいの成果を上げるので怒られてはいるものの、なんとかなっている。

 ロストが討滅局に入隊後、初期の任務での指導役。この頃にロストが学んだのは始末書の書き方。


『定期連絡』

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・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。(https://x.com/kuroyonosuke)

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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