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第9話 コート

「カクさぁん、起きましょう。」

 コーディリアがまだ眠そうな声で起こしてきた。昨日夜更かしでもしたのだろうか。

「昨日何かあったのか?通信も結局今日になるまで切ったままだったし。」

「空振について調べていたんです。私には何も起こっていないので、安心してくださいね。」

 そういえば空振について聞かれた後、真剣そうな雰囲気で「通信を切る」と言ってきたのだった。ともかく無事なら良かった。

「ところでコーディリア、ちょっと聞きたいことがあるんだが。」

 そういってカクは、昨日貰った能力測定用紙を机の上に広げた。ギルドの受付曰く、付与の能力値には伴侶の付与以外の能力値の平均が入るそうだ。これがコーディリアのものなのか確かめなければ。

「コーディリアってここにいたとき、どんな魔法を使っていたんだ?」

「主に植物系の魔法ですね。木を生やしたりお花を咲かせたりできましたよ。」

 彼女らしい魔法だ。もしもう一度直接会うことができたら、見てみたいな。

「その気になれば森を作ったりも?」

「いえ、流石にそれは無理ですよ。私の魔力は人より少し多い程度なので、せいぜい数十本生やすくらいしかできませんよ。」

「『少し多い』って、具体的に魔力値はどれくらいなんだ?」

「27です。」

 「少し多い」というのは「かなり多い」の間違いではなかろうか。

「すごいな。ちなみに他の能力値はどれくらいだったんだ?」

「え、えぇ?私の能力値、全部知りたいんですか?」

 コーディリアが急に慌てた。自分の目的がばれてしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。昨日は通信が切れていたし、向こうとは声しかやり取りできないはずだから、僕が測定用紙を持っていることもわからないはずだ。

「ああ。全て聞きたい。」

「一度しか言いませんからね?よく聞いて下さいよ。体力13、速度25、幸運30、思考力30、付与0です。」

 平均ぴったり25。自分の付与の値と同じだ。

「そ、そうか。ありがとう、コーディリア。」

「あ、でも、付与は今測りなおしたら違うと思います。」

 コーディリアが聞こえないくらい小さな声で言った。


 僕は朝食を済ませると、ギルドへ向かった。依頼を受けてお金を稼がなければ、またあの賭場へ逆戻りすることになってしまう。

 依頼の書かれるギルドの掲示板の方には人だかりがしていた。それを押しのけて掲示板を見ると、中央に大きな紙でこう書かれていた。

「大規模依頼:魔王討伐」

 驚いた。まさかいきなりこんな依頼を見ることになろうとは。事実は小説よりも奇なり、といったところか。よくよく考えてみれば、ゲーム等で最初は依頼が簡単なものしか来ないというのは、そう設計されているからだ。いわばご都合主義だ。この場で突然魔王討伐なんて依頼を見ることになってもおかしくはない。

 僕は依頼を詳しく読んだ。受注受付は今日までであること、依頼は数千人規模の魔法士部隊で遂行すること、参加条件は戦闘もしくは労働に従事できる体であること、報酬は成果によるが普通の魔物討伐よりは多めだということが書かれていた。

「コーディリア、依頼に魔王討伐ってのがあるんだが、行くべきだと思うか?」

 一人で考えても埒が明かないので、コーディリアに聞いてみることにした。

「魔王、ですか。ついに居場所が分かったんですね。報酬が良いなら行ってみると良いのでは?どうせ危険な戦闘は上級魔法士さんたちがやるんですし、命の危険はないと思いますよ。」

「親玉が分かった、というのはどういうことだ?今まで何か事件でも起こしてきたのか?」

「魔物に魔法をかけて凶暴化させたりしてるんです。最初のうちはスライムの動きを素早くする、とかいう程度だったんですが、それがだんだんエスカレートしていったんです。終いには今まで伝説上の存在だったドラゴンまで復活させてしまって、安全に対する脅威となってきたんです。」

「そこでこの一個師団の派遣、と来たわけか。」

 これは面白そうだ。せっかくファンタジーの世界に来たんだから、冒険をしなくちゃつまらない。ついでに世界も救って万々歳、というわけだ。そうと決まればさっそく準備だ。まずは装備を整えなければ。


「装備?もう全部売り切れたよ。」

 防具屋に入って事情を伝えると、あっさりとそう言われてしまった。それもそうか。他の人も魔王討伐の準備をしているのだ。

「では、戦闘用でなくてもいいので、旅に役立つ服はありませんか?」

「それも売り切れさ。残っているのは学者さん用の服くらいさ。」

 白衣だろうか。

「ほら、これさ。」

 そういうと店主は、深滅紫(ふかけしむらさき)のコートを引っ張り出してきた。

「おいくらでしょうか?」

 色が気に入ったので、まともな値段なら買っても良いだろう。

「15万円ポッキリだよ。」

 高い。ブランド物でもそうそうない値段だぞ。足元を見てぼったくろうとしているのだろう。

「すみません、やっぱり…」

「いや待ってくれ。さっき『学者用』だといっただろう?これには便利な魔法が内蔵してあるんだ。」

 帰ろうとした矢先、店主が自慢げにセールストークを始めた。それにしても、魔法を内蔵する、というのはどういうことだろうか。

「まず、このコートには高精度な温度調節魔法がついている。まあこれは大抵の他のコートにもついているんだがね。」

 なるほど。そのような便利な物があるのか。

「それから、このコートを着ると肌全体に防護魔法が張られる。錬金術で危険な薬品を扱うときも安心だ。もちろんお客さんの行く遠征にだって使える。簡単な毒くらいなら無効化してくれるだろうさ。」

 店主は続けた。

「さらにポケットにも魔法が施されているんだ。」

 そういうと、店主はどう見てもポケットではない部分を指で指した。彼は陳列棚にあるアクセサリーを取り、先ほど指さした部分にそのアクセサリーを近づけた。するとその部分の周りがうっすらと光った。

「ここに物を入れられる。」

 そう言うと、彼はそこにアクセサリーを突っ込んだ。まるでコートの向こう側に空間があるかのようだ。

「さらに、ここに入れると重さもゼロになる。」

 これはとんでもないテクノロジーだ。重力質量を他の力で打ち消すだけならともかく、慣性質量もゼロにするとなると、量子力学の研究がいくら進もうと実現できるかわからない。もはやこのポケットだけで15万の価値はあるだろう。だが、それでも値切らなければ生活が苦しい。

「でもそれだけでは…5万円なら買えるんですけどね。」

 交渉開始だ。

「お客さん、ばか言っちゃいけないよ。こんな便利な品物、他にはそうそうないよ?」

「いえ、もっと他に安いところで…」

 帰ろうとするふりをする。

「あー、わかった、13万円まで下げようじゃないか。それでどうだい?」

 最初から2万円下げてくるということは、少なくともその数倍は利益のマージンがあるということだろう。まだ値切れる。

「そんな、13万円ではとても買えませんよ。そもそも戦闘用でない服なら他の店にも残っているでしょうし…」

「仕方ない、12万にしよう。もうこれ以上は下げられないよ。」

 決まり文句だ。だがこういう時は決まってそれ以上下げられる。

「でも他の服一式も買わなくてはいけませんから。ほら、あそこのズボンとか一万円もするじゃないですか。」

「なら一番安い服一式もつけようじゃないか。それ以上交渉したいってんなら出ていきな。」

 店主の機嫌が少し悪くなってしまった。潮時か。

「ならそれでお願いします。」

 カクは代金を払うと、満足した表情で店を出た。

 もう既に依頼は受けてある。後は顔合わせをして、出発するだけだ。

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